閑話 神様、あっちの世界を垣間見て、またもやらかす

 クリエイティブな仕事がしたい。

 そんな中身の無い言葉を口にして、結局働かない口実にした事は今まで何度もあった。

 実際には何一つ行動せず、その他人が作り合上げたクリエイティブの産物、ゲーム、漫画、アニメを見続けているだけなのに、ヒキニートが親に言い訳する常套句の一つ。

 その他には“社会の歯車になりたくない”だの“働いたら負け”だの、歯車にすらなれないで勝負すらした事もない者が現実も知らずに垂れ流す逃げ口上。

 過去その言葉を口にした自分に、声を大にして言いたい。


 甘いんだよ!!


 現実に何もない所から商品を作り出す本物のクリエイターは、そんな事は口にしない。

 それは昔の画家が『金や名声を考えている内は画家では無い』とか言ったという精神的な理論じゃない。

 そんな事を考えている余裕がないからだ……。


「監督……数学って本当に偉大ですよね。なんたって答えがあるんですから」

「あ? 何言ってんだお前。土方野郎の仕事場で何小難しい事考えてやがる」


 アルバイト開始直後に比べれば体力も筋力も人並みには備わってきて、先輩だけじゃなく後から入って来た人たちにも迷惑をかけていた頃に比べれば、最近は一輪車で砂利を運ぶのにも慣れて別の作業もさせて貰えて来た。

 昼休憩の最中、一番気にかけてくれている現場監督が奥さんに余分に作って貰った弁当を分けてくれ、ありがたく頂いている時に不意にそんな事を言っていた。


「いえ……こういうこういう現場だってキログラムもメートルも重要な数字だし、先輩方が操る重機だって全部が数学が導き出した答えの結晶。コンビニのレジ打ち何かでも金計算は大事だし、在庫整理だって数字の増減で次も仕入れるか新商品を入れるか判断するでしょう? 現代社会を支える業種のほとんどが数学の答えから出来上がっているって事を考えると、数学ってのを考え出した偉人って本気で凄いな~って」

「おめぇ……大丈夫か? また別のバイト詰め込んでんじゃねぇだろうな?」


 唐突に俺がそんな事を言いだしたのを監督は心配してくれたみたいで、眉を顰めさせた。

 別に心配させるつもりじゃなかったのに、何か申し訳ない気分になる。


「ま~た限界越えて働くくらいなら、今日はもう上がっても……」

「いや大丈夫ですよ! 体的には今のところ問題無いですし、何よりもこうしてに肉体労働に勤しんでいる間は余計な事を考えないで気分転換になりますから!!」

「そ、そうか?」


 監督のお気遣いはありがたいが、少なくとも今の俺にはこの現場で汗水たらして働く事が自分を社会に繋ぎとめる生命線に思えていたのだから……。


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 政治、経済、医療、公共事業、商売などなど……数字で重要な事を決める時には、そこに何らかの答えを導き出す必要がある。

 無論経済の流れがそれで絶対に決まるって事はあり得ないけど、少なくとも“景気が悪いから引き上げる”もしくは“景気が悪いから資金を投入する”などの判断基準にはなる。

 それはやはり凄い事なのだ。

 人生で初めて、クリエイティブな仕事に片足を突っ込んだ俺は……過去の俺にマジで伝えたい。

 答えの無い仕事という魑魅魍魎集う地獄の世界があるのだという事を……。


『異界精霊戦記・another history』

 2期アニメの一話目、しかも冒頭10分そこそこの脚本に携わる。

 ド素人の自分にxxさんから言われた内容はそんな無茶な事だったが、後で冷静に考えれば経験も無い自分にそこまで本編に関われるとは思えない。

 つまりはダメ元……そう考えて当初は気楽に捉えていたのだが。


『おお、良いじゃないか! だけどこの辺が少し気になるね。書き直そうか!!』

『なるほど素晴らしいね! でもこの辺がアレだから、そこだけ直せば完璧だな。書き直そうか!!』

『最高だ! 素晴らしい出来だ!! 全部書き直そうか!!』


 あれ~? たしかxxさんって日本人だったよな?

 何か段々と、日本人どころか言語も常識も一切違う……地球でもない異世界人と話している気分になって来る。

 そして最近常々思い悩むのは……面白いとは何か?

 世間が言う面白いという事の正解なんてあるのだろうか?

 そんな哲学めいた事を言っといて、対して深くも無い……そんなのはクリエイターと呼ばれる連中がみんな抱えるジレンマだろう。

 そんな中で大衆が求めるモノを作り出せる連中は正に神……いや、化け物なのだ。


 最近になりxxさんは『異界精霊戦記』の第2期制作を発表して、更に今作のヒロインについては『前作の登場人物をヒロインにする』という情報を小出しにしている。

 当然所謂『考察班』の連中はこぞって次期ヒロイン、更には2期での主人公についての憶測が飛び交っていた。


『ヒロインは前作で生き残った最後の聖女イリスしかいない!』

『いや、最終戦に参加しなかったお姫様じゃないか?』

『そもそも主人公はだれだ? またお決まりの異世界召喚?』

『童貞勇者の復活は勘弁してほしい。アイツだと現地妻の展開は期待できないからな(笑)』


 ネットで飛び交う議論の中に一つとして前作の作中で最も嫌われ、そしてアンデッドに確実に食い殺された『カチーナ・ファークス』の名も、そして冒頭で真っ二つになったモヒカン男の名も出てこない。

 この辺はxxさんの狙い通りと言えるだろうが……。


「そもそも主人公のギラル自身がキャラ立て出来てないからな~」


 バイトから帰宅後、パソコンを立ち上げて既に何度目かになるのか分からない『書き直そうぜ』メールを確認した俺は椅子の背もたれに体を預けて天井を見上げた。

 考察班の連中が議論していたのは次期主人公、ヒロインの事は勿論だけど、最大の懸念事項はxxさんが危惧した通り、前作の世界観が壊れないか否か……。

 実際には世界観どころか“世界を壊す”予定なんだよな……。

 裏事情を知る身としては連中の的外れの議論が、放映後にはどう変化するのか興味はあるものの、恐ろしくもある。

 自分自身が批判されるのはまだしも、それが原因でxxさんや『異界精霊戦記』そのものが批判されると言うなら……やっぱり俺が関わるべきじゃ無いんじゃ……。


 そんなネガティブ思考に陥っていると……不意に新しいメールが入った事に気が付く。

 それはさっき『書き直そうぜ!』メールを開いたばかりのxxさんからのモノだった。


『そろそろ自分の置かれた立場にビビって着た頃かな? 世間では第二期を楽しみにされ、でも駄作を懸念する声もある。なのに自分が任された仕事はダメ出しされて正解を言い渡して貰えない焦り……何度か逃げ出したい気分にもなっただろう?』

「……う」


 見透かされている……そう思って苦笑が漏れるが、xxさんの続く言葉目にして息が詰まった。


『ようこそ、こちら側へ……』

「…………」

『答えの無い、正解の無い世界に踏み出した君にアドバイスを……。2次創作のギラルに比べて最近貰った設定のギラルには思い入れが足りない。君が本気で心配して救いたいと思った人物が投影されていない。その事を念頭に置いて、もう一度書き直して見てくれ』


 激励と具体的なアドバイス、俺はそのメールを目にして、肩の力が少し抜けた気がした。

 確かにここ最近、俺は物語優先、世間の目を優先に考えて2次創作の時みたいに自己投影した形で人生をやり直させようと考えた時みたいに思い入れが足りてなかった。

 同時に、このタイミングで仲間認定するようなメールを寄越すxxさんの強かさ、手腕に驚いてしまう。

 こっちが一番の乗って来るタイミングを見逃さない……やはり業界の化け物は一味違うという事か。


「そうなんだよな……思い入れ、そう考えるとギラルに日本人が転生ってのはちょっと違うんだよな。だってアレは自分自身を投影した姿だし……」


 どうしても、ど~しても自分自身をキャラに投影すると最終的には幸せになれない感じになってしまう。

 この年まで親に、兄に、世間に迷惑かけて来た自分が何妄想の中で幸せになろうとしてんだって……自己嫌悪してしまうから。

 そう考えると……俺の頭の中で最も気になる、少しでも幸せになって貰いたい人物は、やはり今まで迷惑をかけて来た人たち。

 そして、こんなクズを神様何て呼んで、最期の最後、自分の守るべきプライドを思い出させてくれたあのガキの姿で……。


「よし! とりあえずリアリティの追及の為にアイツの気持ちを少しでも味わって見ようかな? 数日間食事を抜いて、水も最低限にしてみて……」




 あのガキが空腹に耐えかねて喰い残しのピザを貪っていた初めての出会い。

 一度体験してみようと、そんな短絡的な事を考えてた俺が……工事現場で倒れて救急搬送されるのは数日後の事であった。

 バイト先のみんなに迷惑をかけて、現場監督に散々叱られ……その後一週間バイト禁止を申し渡されてしまうのだった。


 皆さま、マジですみませんでした……。





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