第百五十四話 それは共にいて欲しいという願い

 色んな出店で飲み食いして、色んな出し物に挑戦して、それこそガキの頃に戻ったみたいに走り回り……途中から本当に昔から知っているダチと一緒に遊んでいる錯覚になる。

 まだトネリコの村があったガキの時、いつもは農作業ばかりの村で、こんな規模とは雲泥の差ではあるものの一年に一回だけの祭りの日。

 走り回りバカやる村のダチの中にも、ちーちゃん、リったんって女友達がいたような……そんな淡い幻想……。

 そんな過去が無いのは俺自身が重々分かっている事だけど、今夜くらいはそんな妄想に浸ってもいいだろう。

 それくらい、童心に帰るのは特別な時間ではあった。

 でも、やはりどんな祭りも終わりは訪れる。

 どんなに浸っていたくとも、どれほど名残惜しくとも……。

 祭りのフィナーレを飾る、大広場で大々的に行われる巨大な篝火キャンプファイヤー……闇に沈んだ夜を幻想的にオレンジに染め上げる炎の周りを、楽団の軽快な音楽をバックに男女がペアになって踊る。

 いつの間にかカチーナさんは、そんな光景を石段に腰を下ろして見つめていた。

 美しい……炎の明かりをアンニュイな瞳で見つめるその姿を前に、俺には何の捻りも無いそんな凡庸な感想しか浮かんでこなかった。

 と……そんな風にボーっと見とれていると、カチーナさんは俺に気が付いたようだった。


「ギラ……え~っと、ギッちょん君? リリ……リッたんさんは何処に?」

「あ、ああ、何でも“まだ食い足りない!”って言って串焼きの屋台に舞い戻って行ったよ。ついでに一杯ひっかけて来るとさ」

「あはは……私に合わせてお子様モードでしたからね。何か申し訳ないです」


 一応3人で童心に帰る事を前提にしていたからアルコールは控えてたんだよね。

 アルコール入れると童心に帰るどころか幼児退行する危険も感じてたのはあるけど。


「中々渾名呼びには慣れなかったみたいだけどね、ちーちゃん? どうしても君付けさん付けは抜けなかったし」

「ふふ、すみませんね慣れないモノで……でも、楽しかったです。あの日、暗がりで祭りを睨んでいた私にも友達ができたみたいで」


 そういうとカチーナさんは再び篝火へ視線を移して溜息を吐いた。


「私が何故に魔導霊王アクロウを見つけ出す事が出来たのか、分かりますか? それは君が『予言書』で伝えてくれた事がそのまま正解でした。アレが私と同じだったからです」

「…………」

「後から妬みいじけて腐って肥大化した成れの果てではなく、最初にアレに同調を感じたのは孤独。何も自分でしないクセに構って欲しいという我儘で臆病な孤独感のみでした。だからこそ、祭りと言うこんなにも眩い光景の中ででも孤独になれる、その上で祭りの喧騒が聞える……そんな場所を見出す事が出来たんですよ」


 そう呟いた彼女は右手首に視線を落とした。

 俺は話だけでしか聞いてないけど、そこにはさっきまで未来の可能性の象徴、外道聖騎士カチーナの力の一部が宿っていたらしい。


「あの人は……未来の私は笑ってました。自身が否定される事を、自分がして来た悪事の全てが無かった事になる事を、自身の存在が完全に消失してしまう事を喜んで」

「あの人って……聖騎士の?」

「はい……呆れたものでしょう? 誰よりも人を妬み傷つけ、あらゆる絆を踏みにじり最終的には憎悪によって食い殺されるような悪女だというのに、結局はあの人も後悔していたのですよ。だったらやらなければ良かったのに……君ならそう思いますよね?」

「…………そうっスな」

「魔導霊王とて最初の最初はそうだったはずです。やらなければ恨みを買う事も無い、当たり前な事だというのに、自分の不幸を誤魔化す為に他人により強大な不幸を与えて自分の方がマシだと思い込みたかった…………本当にどうしようもないクズですよね」


 右手首にあったらしい茨の紋は影も形も無く、それは未来永劫『予言書』に現れた最悪の悪女が現れる事が無くなった証明であった。

 それは喜ぶべき事なハズなのに、カチーナさんの表情は晴れない。


「でも……非常に残念な事に、私にも少し理解できてしまうんですよね。そんなどうしようもないクズの気持ちが。自分よりも不幸な者を作り出して見下したいという……最低で卑屈な劣等感を」

「…………」

「あの人は、外道聖騎士の『予言書みらい』の私は自分が生まれる可能性が消えると喜んでいましたが、私には完全に無くなった自信はありません。このような矮小な劣等感を燻ぶらせている限り……私は……」


 童心に帰って遊んで、そして彼女の中に残っていた幼い日に残した孤独感、劣等感も引っ張り出してしまったのだろうか?

 だが、俺は彼女に何を言うべきかと思っていると……視界の隅にどこかで見た事のある二人を捉えた。


「よう、ちょっとちょっと……あそこを見てみな、ちーちゃん」

「え? ………………え!? アレって!?」


 俺が示した方向に視線を投げたカチーナさんは、その二人を見付けて目を見開いた。

 それは老いも若きも楽しそうにペアになって踊る光景の中、一際仲睦まじく両手を繋いでクルクルと踊る若い男女。

 炎の光に照らされて、楽団の軽快な音楽に合わせて楽し気に笑う二人は共に祭りの仮面を付けていて…………何というか本人たちはそれで誤魔化せているつもりかもしれないが、見る者が見れば一目瞭然、現に付き合いの浅い俺やカチーナさんでも一発で看破できた。


「あれって……グレゴリールのご子息とロコモティのご令嬢では? あの二人はいがみ合う仲だったのでは??」

「あ~~、何というかリリーさんは既に見抜いてたっポイけど、あの二人……多分ズッと前からそういう仲だったみたいだな。両家の不仲を考えて、表面上は敵対関係を演出して」


 今日はそんな事を忘れて本来の姿で……仮面を付けて本性を晒しているようだが、やっぱり周囲にはそんな二人を“分かっている”目線で見ている連中もチラホラと……。

 言わない優しさって事だろうか?

 そんな二人が仲よく踊る光景をカチーナさんはしばらく呆然と見つめていた。

『予言書』では聖騎士カチーナの外道として象徴される程の賢者シャイナスと恋人ナターシャへの裏切り行為。

 カチーナさんにとって目の前の光景は犯した事も無い罪が、本当に無くなった象徴でもあるはずだ。

 俺はしばらく見つめていた彼女の表情が柔らかくなって行くのを見守る。


「……で? あの二人を見て、貴女は妬ましいとかぶっ壊したいとか思うかい? 壊した結果結局は後悔するって事まで分かった上で、そんな事を実行するとでも?」

「いえ……ホッとした、が正直な気持ちです。私が余計な事をしなければ、その二人が共に歩める未来がある。しいて言うなら“やられた”ってところでしょうか?」


 それは最早消え去ったという聖騎士カチーナも同じだろう。

 今回あの二人の姿を見て笑う事の出来ないヤツは一人だけ……それで良いのだ。

 俺はそんな事を考えつつ、ガラじゃない事は重々承知の上で、カチーナさんに手を差し出した。


「じゃあ……俺たちも踊ろうぜ、カチー……いや、ちーちゃん。お貴族様のダンスに比べれば簡単な振付だし」


 ガキのノリ、ガキのノリ! ガキが仲の良い女友達を踊りに誘うノリで!!

 恥ずかしさを必死に誤魔化して、篝火のお陰で顔が真っ赤になっている事も誤魔化せていると信じて俺が差し出した手を……カチーナさんはビックリした様子で見つめると、クスリと笑って取ってくれた。


「……お貴族様とは言え、私は女性パートの経験がありませんよ? エスコートしてくれるのですか? ギッちょん」

「そう言うなら女性を踊りに誘った経験すら無いよ俺……。まあ何とかやってみようかね」



 それから俺たちは祭りがフィナーレを迎えるまで、時間の許す限り踊った。

 周囲の見様見真似ではああるものの、祭りを楽しむ為の踊りはそんなに難しいモノじゃない、元々俺たちにとってステップは重要な技術だし……。

 ただこの時俺たちは知る事は無かった。

『ツー・チザキ』の篝火の周囲で男女ペアが躍るという事に色々と意味があったなど。

 夫婦であれば、末永く共にと言う願い。

 家族同士、兄妹などであれば家内安全、いつまでも仲良くという願い。

 そして未婚の男女であれば…………。


                 *


 ロコモティ伯爵領とグレゴリール子爵領、長年いがみ合ってきた両家が突如和解したのは、『ツー・チザキ』の祭りが終わってからしばらくの事。

 それまで実に300年以上も骨肉の争いを続けていたハズの両家であるのに、その和解は呆れるほどにアッサリと成立して……周辺の貴族たちも驚きを隠せなかった。

 両家が和解に動き始めると必ず再び争いが起こる……それは300年どころか建国以来南方領を納める貴族間で言い伝えられ続けた真実だったがゆえに。


 しかし今回和解を成立する上で成された二つの事は、まずはグレゴリール子爵家長男ジャイロ・グレゴリールと、ロコモティ伯爵家長女ナターシャ・ロコモティの婚約と、両家に連なる関係者全てにエレメンタル教会より定期的に邪を退ける処置を徹底する事だった。

 この事について、何故か王国側から難色を示す命もあったのだが『国内における貴族同士が争いを止め婚姻を結ぶ事に何の不都合があるのか?』との“質問”に返答する術を持たず、最終的には祝福をした。

 千年前の建国の頃から保管されていた『英雄の契約書』が燃え落ちた事で、南方領を生贄としていた魔導霊王を何らかの形で滅ぼした事を知った王国側が南方領を恐れた結果でもあったのだが……。


 そして和解成立後、グレゴリール子爵家現当主ジャック・グレゴリールは今までロコモティ家に行っていた妨害工作や犯罪行為への加担を全面的に認めて爵位返上の上、領地の吸収を願ったのだが、その願いは聞き入れられる事は無かった。

 今まで当主が魔導霊王に憑りつかれていた事もあるが、そもそもグレゴリール子爵は私財を投げ打っても領民の為に働いた人物で、下手に爵位返上されて任されても領民が納得しないから困るという打算があった。

 故にロコモティ伯爵家はグレゴリール子爵家と共同の形で、被害者への賠償責任を負い、同時にグレゴリール家の優秀な魔導師を商売に協力させる事になる。


 付与魔法に相性のすこぶる良い『虹の羽衣』にあらゆる魔法を付与して、貴族だけじゃなく冒険者にも平民にも人気となるブランド『ロコモリール』の魔法服が誕生するのはそれからしばらくしてからの事。


 そして更に、南方領では質の良い乾物が名物になって行く。

 足の速い魚は勿論の事、肉も野菜も保存が効いて何よりも美味いとなれば、遠征のある軍や野営の多い冒険者たちも、南方領へ注文する頻度が増えて行き……やがて一つの大きな都市に発展する切っ掛けになるのだが……その立役者である魔導師ジャイロは、どんなに味の良い乾物が出来ても納得していない様子だったという。


「ううむ……あの人が言った3分で乾物を戻せる方法とは? フリーズドライ……もう少し、しっかりと聞いておけば良かったな」

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