第百五十三話 今宵は3人の悪ガキで

 と、奇跡の光景を前に少々テンションがおかしくなった俺に、リリーさんはあきれ顔のままチョコチョコと近寄って来て耳打ちしてきた。


「アンタがカチーナのおみ足にハッスルするのは狙い通りだけどさ、ちょっとだけ真面目な話……あの娘って今までガッツリ祭りに参加した事ないみたいなの」

「…………ん? それって」

「うん、あの娘の家が特殊な環境だったのは知っての通りだけどさ……だからか、こんな祭りに家族で、友達で参加してハメ外した事ないみたいでね。ちょいとお祭りにネガティブイメージがあるみたいなのよ」

「あ~~そういう……」


 言われてみると今日のカチーナさんは若干オドオドしている。

 なれない服装で恥ずかしいってのもあるだろうけど、何と言うか身の置き場がないかのような心細さを感じると言うか……。


「家での居場所は無い、男装の事もあるし何より貴族……バカやれるダチがいた事は無かっただろうな」

「そうね……周囲に私達みたいな悪い友達の一人二人いれば別だっただろうけど」


 本当に妙なもんっだが、俺もリリーさんも親を失った孤児ではあるけど、それでも友人はいた。

 リリーさんは言うまでも無く孤児院仲間に、何といっても大親友のシエルさんがいた。 

 俺だってトネリコの村がまだあった頃、一年に一度行われた祭りで友達とバカな遊びをして、馬鹿笑いした記憶はある。

 親もいるし金銭的に困る立場でも無かったはずなのに、カチーナさんにはそんなバカやれる友達がガキの頃にはいなかった。

 因果なもんだよ……全く。

 そう思った瞬間、俺は自分の両頬をバシリと叩いて気分を入れ替え、少しの間は性的衝動リビドーにはお控えいただく事にして……宣言する。


「うっし! それじゃあ今日は悪ガキモードで行こうか皆の衆。全員推定十歳の気分で今晩は完全に敬語禁止! んでもって本名呼びも封じとくか!!」

「……ええ!? それって一体どういう」


 突然俺がそんな事を言った意図が分からないカチーナさんが困惑の声を上げるが、当然リリーさんは意図を汲んでニヤリと笑う。


「お、イイねイイねぇ~。じゃあワタシはリッたん、ギラルがギッちょん、んでもってカチーナは……ちーちゃんで行こう!」

「ふえ!? ちーちゃん!?」


 ビックリして振り回されるカチーナさんてのも結構珍しいな。

 まあ今までの人生でちゃん付けで呼ばれた事なんか無いだろうし、本人的にも新感覚なのだろう。

 なんせ俺たちの普段使っているデッド付きの字に比べりゃ相当にポップだしな。


「よっしゃ行くぜお前ら、屋台端から回るぞ! 的当てで普段の修行の成果見せちゃる」

「お~ギッちょん、投擲方向でアタシに敵うとでも? 相手になってやろうじゃない! 行くよ、ちーちゃん!」

「え……ええ!?」


 バカ二人に手を引かれ、ガキみたいな呼び名で呼ばれて益々戸惑うカチーナさん……もとい、ちーちゃんであるが、若干嬉しそうに見えるのは見間違いでは無いだろう。

 俺も今日は悪ガキ根性丸出しで、友達とバカやろう……そんなどうでもいい決意をしていると、不意に今まで肩にいたドラスケが飛び上がった。


「お? どうした、ドラスケ?」

『なに気にするな、今宵お主らはガキのノリで祭りを楽しむのだろう? 我も我で付き合いがあるのだ』


 そう言いつつドラスケは誰もいない虚空をジッと見つめる。

 まるでそっちに誰かがいるかのように……。


「あ~、そういやお前、昼からずっと帰って来た祖霊の方々に誘われてたって言ってたな」

『ついでに言えばお前が解放した連中も、カチーナと共に戦った輩もまだおるぞ? なんぞまだ、礼を言いたがっておるがの』

「……そういうのはもう良いっての。よろしく言っといてくれ」

「あ、ドラスケ殿。私からも共に戦って頂き感謝している旨を伝えて置いて下さい」


 ドラスケがコレから俺たちには見る事も出来ない人たちと対話する事の意味を察して、カチーナさんがそんな事を言うと、ドラスケは手を挙げて了承する。


『ああ、しっかりと伝えて置く。何も心配ないとな』


               *


 ザッカール王国の南方領、現ロコモティ伯爵領の港町『ツー・チザキ』の豊漁祭は水の精霊ウンディーネと祖霊に感謝を捧げる祭りであり、祭りの夜は黄泉の国より祖霊たちが帰ってきて祭りに参加するという言い伝えがある。

 その言い伝えは事実であり、実際に祖霊たちと対話するドラスケからの情報でギラルたちも知っている事だったが、正確には知らない事があった。

 と言うか、ドラスケが意図的に伝えていない事が……。

 帰って来るのは、この土地の祖霊だけではない。

 この土地にゆかりのある者に対して、水の精霊が一日だけ特別に祖霊に今の自分を見せる機会を与えるというモノだった。

 ギラル達自身は気付く事はない。

 何故なら特別な事をしたというつもりが全くなかったから。

 しかし南方領を滅びから救われた水の精霊ウンディーネは、千年の絶望から解放された祖霊たちは、ギラル達をこの地にゆかりのある者として認めたらしく……黄泉路から一人の女性が、そして壮年の夫婦が祭りに招待されていた。

 その者たちは祭りで賑う喧騒の中、幼少期の境遇を慮って今日は子供時代に戻って遊ぼうなどと言って笑う連中を空から見下ろしていた。

 ドラスケはそんな連中の傍に生える木の枝に留まって語り掛ける。


『見えるかい? もう大丈夫だろう……。お前さんの大事な娘が暗く孤独な奈落に堕ちるような事は無かろう。家の柵や望まない生き方、そのようなモノは全てあの男に盗まれてしもうたようだからな』

『…………』

『ん……そうだのう、そっちもすっかり盗まれておる気はするな。大分悪い男に染められているのは、あの格好で分かろう。男に見せたくて着飾るなぞ、理由を聞かんでも分かろう』


 ドラスケがそんな事を言うと、長い金髪のドレスを着た“カチーナに似た”女性は柔らかく笑った。

 安心した……そう言うように。


『ああそうだよ。お前さん方が命がけで守ったガキは、慎重でリアリストのクセに、自分が見たくないって結末を自分好みに勝手に変えちまうって言う、実に頭の悪いお人よし……そんな男だ』

『『…………』』

『胸を張りなよ、アンタ等が守り通した息子は、この世でもあの世でも自慢出来る憎らしくイイ男であるぞ。まだち~っと初心なガキではあるがのう』 


 ドラスケがそんな事を言うと、夫婦は揃って大笑いした。

 そんな事は当然知っている、とでも言いた気に……。

 そして金髪の女性と壮年の夫婦は、互いに顔を合わせて頭を下げ……そして再び眼下で祭りに興じるバカたちを見下ろした。


                ・

                ・

                ・


「ああ! ギラ……ギッちょん君、一度に的二つはズルいですよ!」

「うるせぇ! 力比べでちーちゃんにゃ敵わねぇんだから、これくらいは……」

「うらあ、今んとこ1対1対2でアタシのリードよ! 次は輪投げで勝負じゃ貴様ら!!」

「受けて立ちますリッたん!!」


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