第百五十二話 神様の家で、とある格ゲーに刷り込まれた記憶《フェチ》

 ドラスケを伴い祭りの喧騒でにぎわう港町へと再び戻って来た俺だったが、その時はグダグダに疲れていた。

 本日はずっと走りっぱなしの動きっぱなし、おまけに『気配察知』で常に五感を最大限にしている状態だったから肉体だけじゃなく精神的にも疲労が半端じゃ無かったのに、加えて今回はほとんどがタダ働き状態なのも地味にキツイ。

 船頭のオッサンが別れ際に幾らか護衛料金として渡してくれたのがせめてもの救い……こういう時に“助けてくれなんて言ってない”ってゴネル輩もいるんだから、あのオッサンが常識人で良かったところだけど、ぶっちゃけまたもや蜘蛛糸を使い切ってしまったから実質赤字である。

 が……そんな不景気な気分満載で『ツー・チザキ』まで戻って来た俺は、その光景を目にして……すべての疲労感が吹っ飛んだ。

 正確には幼児からお年寄りまで、女性たちが来ている薄くヒラヒラした衣装を目にして。


『フフフ、やはりお前も男よのう。精霊の羽衣を纏う女性に目が行かぬ男子はそうそうおるまい。アレは、良いモノであるなぁ』

「精霊の羽衣? あの女性たちが着てるヤツ?」

『ああ、何でもこの地を守る水の精霊ウンディーネがあのような“水の如く流れる薄い羽衣”を纏うとこの地では伝わっているらしくてな。祭りの日、女子は皆あの格好をして祭りに参じるのだよ』


 肩に留まったドラスケがニヤニヤしながら教えてくれるが、正直頭に入って来ない。

 精霊の羽衣……それは透けそうで透けない薄い生地に思い思いの色とガラを付けて、長い袖と裾がヒラヒラしている。

 それは言ってしまえば袖の長いワンピースのようだが、ピッタリとした服で大胆に妖艶にラインを見せる人もいれば、逆にラインを隠すように、服に着られている様子を強調する事で可愛らしさを演出する者もいる。

 そして何といってもチラチラとスリットから見え隠れする脚が……。


「……ちゃいなドレス?」

『何だそれは? 羽衣の別の名か?』


 それは神様に見せて貰った絵の中にあった……今考えればアレを見せられたからこそ、俺に妙な性癖が芽生えたのではないかと思っている女性の服装に似ていた。

 まあ、あっちはもっと短いし、何より袖も無かったから同じものではないだろうが……。

 いずれにしろ祭の夜に着飾る女性たちは特別な世界を作り出し、老いも若きもそれぞれに美しさを演出している。


『我も生前であればたまらんだろうがな、そっちの感覚を失うと純粋に愛らしさ、美しさのみを愛でる事が出来て、それはそれで悪くないがの。どうだ青少年には……たまらんのでは無いのか?』

「…………いい……特に脚の見せ方が……」


 思わずつぶやく俺に、ドラスケはオッサン特有のニヤニヤ笑いをする。

 本当に骸骨のクセに器用な……。


『一度スケベ心を自覚した男が開き直った辺りが思春期の終わりっぽいが、ギラルよ……一度暴かれてからはお前さんも性癖を隠さんようになって来たな?』

「ほっといてくれ……」


 良いじゃないか、誰にも迷惑かけてないし……良い物は良いのだ。

 深く入ったスリットでも、長い裾がそのおみ足を簡単に見せてはくれない……でも動くたびにもどかしく見えそうになり……。


「俺……あの服を作り出した先人を尊敬してもイイ……」

『まあ、そそる格好ではあるからのう。今日を切っ掛けに良い仲になろう、意中の男を虜にしようと勝負をかけている女子たちは多いらしいなぁ。祭りの魔法と言うか、当然この後しけこんで別の祭りに興じる連中は多く毎年の風物詩なんだとか……』

「……どうでもいいけど、お前やけに詳しいな? この辺の出身だったのか?」


 饒舌に卑猥な事を解説するドラスケが気になったが、ドラスケは何でもない事のように虚空を見上げる。


『なに、さっきから祭りに参加しとる祖霊共が勝手に教えよるのよ。自慢げに“俺はこの祭りで町一番のバアさんを落したんだぜ~”とか宣うのもおれば“祭りに浮かれてしまって、捕まってしまった”とか言うのもおるのう』

「あ~、そう言えば祭りで帰って来てるんだったな……先祖たち」


 その事を利用して魔導霊王を始末したというのに、その事を忘れかけていた。

 う~ん……我ながら何とも罰当たりな。

 しかし一応形だけでも謝罪しておくべきかと思うと……ドラスケが苦笑しつつ言った。


『そんな与太話を言う連中も皆、お前に感謝の念を残して行くのだ。お前さんが見つけ出し解放してくれたから、再びまみえる事が出来たとな』

「…………」

『魔導霊王に封じられ、邪気の楔に捕らわれた連中に手出しは出来なかった。それを解放してくれたギラルと言う盗賊に、祖霊たちは皆感謝しておるのだ』


 そう言われると……何ともむず痒い。

 俺は自分の目的の為に、魔導霊王に憎悪の念を、邪気の全てをけしかけただけに過ぎないのにな。


「知らねーよそんなの。俺は結局利用しただけの罰当たりでしかねぇってのに。それに、感謝するなら気持ちじゃなくて現金寄越せ現金」

『カカカ! だ、そうだぞお前ら。こんな捻くれ者はほっといて祭りを楽しむ事だ。長年待ち焦がれた日なのであろう?』


 ドラスケがそんな事を言っても、俺には誰に言ったのか全く見えない。

 ただまあ、言葉の半分は本音だからドラスケが言った事は俺の本音に近い。

 俺の事なんぞ放って置け、祭りを楽しめ……。


『連中も祭りの終わりで帰るからのう。現物を求めるのは無理があるからな……お?』

「…………どした?」

『いや……祖霊たちのお礼よりも先に、お前には水の精霊ウンディーネからのご褒美があるようだな』

「ご褒美?」


 再び何やら面白い事を見付けたと、オッサンが揶揄うような笑い方をし始めたドラスケに一瞬警戒すると、聞きなれた声が背後から聞こえた。


「ギラル君! 心配しましたよ、無事で何よりです」

「ヤッホー、結構遅かったね。また何か面倒事があったっぽいけど」

「カチーナさん、リリーさん、そっちこそ無事で何より。いや~こっちも色々と……」


 そして振り返った俺は……言葉を失った。

 精霊が……そこにいたのだ。

 水色の、黄色い可憐な花をあしらった精霊の羽衣……ピッタリとした薄手の服を纏うその姿は見事なプロポーションを余す事なく表面化させ、美しすぎる曲線を描いている。

 更に深く入ったスリットからは、まさに見えそうで見えない絶妙な加減でもどかしくなる美しいおみ足が……時々チラッと見えてしまう太ももが……。

 いつもの部屋着でまるっきり見えてしまうのも、それはそれで素晴らしいのだが……コレはコレで得も言われぬ背徳感と言うか特別感と言うか……。


「あの? ギラル君?」


 ハ!? そうか、これこそが伝説のチラリズム!?

 カチーナさんを見た瞬間に息すら忘れて、自分がガン見している事にも気が付かない俺に、背後からリリーさんが耳打ちして来た。


「おやおやおや~? どうかしたのかな青少年? 目が釘付けじゃないですか~?」

「は!? いや、その……」

「無理も無いけどね~。いや~私も今日はいい仕事したと自負してるよ? 完全に新たなモンスターを生み出してしまったからね」


 ニヤニヤとしながらカチーナさんのおみ足にコレ見ようがしに視線を落とすリリーさん……にゃろう、俺がどこにくぎ付けになっていたのかも把握してやがる。

 そんな風に揶揄って来るリリーさんも、ピンク色に紅い花をあしらった精霊の羽衣を着ていて、見た目が幼い自分の容姿を最大限に可愛らしく飾り……二人が並んだだけで、祭りの中でもひときわ際立つ。

 妖艶な色気漂う水色のカチーナさんは、こういう可愛らしい女性の服は好きなのに自分が着る事にはまだちょっと抵抗があるらしく……こんな格好なのに恥ずかしそうで、むしろそれがたまらんし、ピンクや赤のリリーさんは無邪気な明るさを振りまく天真爛漫な美しさ。

 

「イイ……今日だけは精霊神教を信じてもイイかも……目の前に水と火の精霊が降臨したと言われても、今日なら信じる!」

「何を言ってるのギラル君?」

「女性のおめかしを手放しで褒めるのは男として合格だけど、さすがにそれは言い過ぎでしょ。そもそも火の精霊イフリートは教会じゃ~マッチョな男の姿だし」


 若干2人とも呆れたように言うか、俺は正直そんな感想しか浮かばない。

 それくらいに二人とも美しいし可愛らしい……。


「ならばこの瞬間、新たな精霊が誕生したという事で良いのでは? 剣の精霊カチーナと魔弾の精霊リリーとか……」

「ちょ、ちょっとギラル君? その辺にしておきましょうよ……」

「一応アタシ、元聖職者で元異端審問官だった事忘れてない? 別の精霊の存在ってのが立派な教義違反なのは今更でしょ……」


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