第百五十一話 悪友の手
赤黒く禍々しい鎧、錆び付いた大剣……およそ“今の”カチーナには似つかわしくないその姿が砕け散り、静寂の訪れた雑木林に彼女は一人立ち尽くしていた。
そんな彼女の前に小柄の魔導師が、いつも通りに武骨な形の特殊な杖を手に姿を現した。
「お疲れ様~やれやれ何とかなったみたいね。でも、毎回毎回私らの仕事は綱渡りで行き当たりばったりになりがちなのは頂けないよね」
「……リリーさん」
「カチーナは元王国軍だし、アタシは元異端審問官。戦略は常に前もって準備するのが常のハズなのに、これって絶対ギラルの悪影響よね~」
「実際のギラル君は誰よりも慎重なのですが、状況が許してくれませんから……」
実際に策略てしては上手くいったのだが、戦略としては本当に行き当たりばったり。
カチーナの奥の手、リリーの簡易結界、ドラスケが連れて来た怨念たちの援護、更にギリギリまでこっちを雑魚と侮っていた魔導霊王の油断……すべてが揃わなかったら勝利はあり得なかったのだから。
軍師だったら戦略だなんて口が裂けても言えないだろう。
「ま、それでもロクに防御としても役に立たないアタシの簡易結界すら使いようによっては役に立つんだから……こういう小細工がハマった瞬間は快感なのよね。何ていうの? 大人に悪戯が成功した、みたいな!」
「…………」
そう言ってケラケラと笑って見せる彼女が、さっきから自分の事を聞こうともしない事にカチーナは彼女の気遣いを感じ……そして今まで言わなかった事への罪悪感が込みあげてきていた。
聖騎士カチーナ・ファアークスからの最後の力。
不確定要素が多すぎて、それこそ戦略に組み込んで考えるワケには行かないという建前はあったものの、結局カチーナは仲間たちにその事を知られたく無かったのだった。
自分に最低な未来への可能性がまだあった事を……。
「あの……リリーさん」
「何があったか、別に無理に聞く気はないよ。多分ギラルもドラスケも同じだろうし、貴女が何者であったか、何者になるところだったのか何て今更だし?」
しかしカチーナが意を決して、今自分に起こった事を放そうとすると……リリーはスッと手を挙げて、待ったをかけた。
やんわりと、何も固い意志を感じさせることの無い、友人としての笑顔で。
「気持ちの整理が付いたら、話したくなったらで構わないし……何だったら教えてくれなくたって構わない。なんせ私らは世界の予言を壊す『共犯者』だし、貴女と私に関しちゃ同じ男に未来を盗まれた被害者同士だからね」
「…………その言い方では、まるで私たちがギラル君に何やら良からぬ事をされたように聞こえますよ?」
「ハハハ、私は大事な命は盗んでもらったけどハートは盗まれてないからセーフだけどね」
「ハート、ですか?」
リリーが揶揄する言葉の意味をカチーナは分からなかったが、彼女が自分の心情を慮っている事は分かる。
狙撃専門で遠くからでも視認できるリリーが、さっきのカチーナの変化を見ていないハズは無いし、何だったら予言書の内容もカチーナがなるハズだった結末も知っているのだから聞かなくても予想は出来る。
なのに言わなくても良い、言いたい時に言えば良いと無関心を装う理由は『共犯者』だから、『被害者同士』だから……仲間だから……。
当たり前に、何て事の無いように言ってくれるリリーにカチーナは思わず笑ってしまった。
そして視線を落とした右手首には、既に茨の紋どころか、そのような物があった形跡すら無くなっていた。
「そう……ですね。いずれお話いたします。もう二度と相まみえる事の無い、私の友人について」
そしてようやくカチーナは自分が雑木林の中で立ち尽くしていた事を思い出し、周辺にさっきまでいた骨のあるヤツの姿が無い事に気が付いた。
「あ……そう言えばドラスケ殿はどうしました? 大勢の方々を連れてきて中々大変な様子でしたが?」
「ああ、アイツは魔導霊王が消えた後、ギラルの方に行くって言ってたよ。何かあっちもあっちで色々あったみたいでさ」
「!? それは……ギラル君は大丈夫なのですか?」
齎された新たな仲間の危機の情報、とばかりにカチーナは緊張感を露にするが、リリーは特に気にする様子もなく手を広げた。
「それがさ『昼間に大量に発生したハズの邪気がもうほとんど感じない。邪気に特性も無いクセに、また何かやらかしたのではなかろうな?』って、むしろアイツの事よりもやらかしの方を心配してたから、大丈夫でしょ? 少なくともギラル自身は」
「それはそれで別の心配もありますけど……」
ギラルは非常に分かりやすい性格であり、基本的にはリアリストでありお人よしだが、気に入らない敵に対しては容赦がない。
ザッカール国王ロドリゲスや王妃ヴィクトリアなどは最たる例だが。
とは言えカチーナは一先ず“ギラル自身に心配はない”と結論付けた。
それは、ギラルが身の丈以上の危険に突っ込むような男ではないという、今までの信頼の成せる心情であった。
「さ~て、面倒な仕事はこれまで! モヤモヤした気持ちはパーッと晴らそうよ。何といっても今日はお祭りなんだから、人知れず町を守った私らには今日と言う日を楽しむ権利が、いいえ義務があるのよ!!」
心機一転、とばかりに声を上げたリリーはそのままカチーナの手を取って走り出した。
本来は夜の帳が下りる時間なのに、今日は祭りの明かりで町全体が夜でも明るく賑やかだというのに、ここだけは暗く静かな雑木林から出る為に……。
「お祭り……ですか」
しかしリリーに手を引かれつつもカチーナは幼少期、屋敷を抜け出してまで訪れた祭りの事を思い出していた。
家の中に居場所がないのに、祭りであっても人の中には入って行けずに、こんな暗がりに逃げ込んだあの日の事を……。
アクロウ相手に罵ってはいたものの、自分も同じだったあの日の事を。
しかしリリーはそんなカチーナの心情を分かった上で、無視した。
無視して無理やりに祭りの灯へと引っ張って行く。
「嫌な想い出は良い想い出で塗り替えるに限るのよ! 下町の悪ガキ根性が未だに残るこの私が、今日は先輩として祭りの楽しみ方ってのを叩き込んでやろうじゃない!」
「え? ちょっとリリーさん?」
「お祭りってのは非日常の宝庫。いつもと違う自分で、いつもと違う友達と、いつもと違う事で盛り上がれる特別な日なんだからね」
「あ…………はい、宜しくお願いします先輩」
祭りに誘ってくれる友達……幼少期に待ち望んでいた存在が現れた事に、カチーナはいつしか一緒になって走っていた。
悪ガキに連れまわされる、清楚なお嬢様……そんな雰囲気を醸し出して。
「まあ、特別な日なんだから男女が特別になる日でもあるワケだし……、そう言えばこの町の祭りは女性が精霊の羽衣を着る習慣があったハズ……。結構色っぽい……」
「……何か言いましたかリリーさん?」
「いいえ? ギラル達が来る前にやる事があるな~って思っただけで……」
「??」
いや、どちらかと言えば悪徳プロデューサーに騙されで舞台に上げられる踊り子と言った方が良いだろうか?
新規登録で充実の読書を
- マイページ
- 読書の状況から作品を自動で分類して簡単に管理できる
- 小説の未読話数がひと目でわかり前回の続きから読める
- フォローしたユーザーの活動を追える
- 通知
- 小説の更新や作者の新作の情報を受け取れる
- 閲覧履歴
- 以前読んだ小説が一覧で見つけやすい
アカウントをお持ちの方はログイン
ビューワー設定
文字サイズ
背景色
フォント
組み方向
機能をオンにすると、画面の下部をタップする度に自動的にスクロールして読み進められます。
応援すると応援コメントも書けます