第百五十話 千年分の裏方と十五年のメインキャスト

“死霊使いの能力は我らの里で発現するはずの無い力! 貴様があの呪われた連中の血を引いているのは間違いない!!”

“お前が邪気何か見るから、私が不貞をしたなど疑われたんだ!! お前なんか息子じゃない! 出ていけ! 呪われた忌み子め!!”


 ……なんでだよ。

 なんでみんな、避けるの? 仲間外れにするの?

 僕が一体、何をしたっていうの!?


『雑音がドンドン酷くなる……。く……マズイ、邪気が取り込めず存在を維持できなくなり始めている……』


 アクロウは焦っていた……千年間一度も襲われる事の無かった消滅の危機を前に。

 事前に召喚した眷属『グリモワル』から邪気の吸収を目論んでいたのだが、その計画はギラルの働きとライシネル大河の浄化能力の前に白紙にされてしまった。

 そうなると弱体化したアクロウはまともに邪気の恩恵を得る事が難しくなっていたのだ。

 自然界に存在する邪気だからと言っても“自分が扱いやすい親和性”が無ければ扱う事が難しい。

 生物の負の感情の発露とは言え、感情の塊だからこそ、従える為の力が重要なのだ。

 簡単に言えば弱弱しい指導者に従う民衆がいないのと同じように……。

 自分の眷属、元は自分の邪気だったからこそ取り込む可能性があったのだが、その方法が取れないとなっては、折角弱体化してまで逃げたというのに消滅を待つだけになってしまう。

 運悪く遭遇してしまったギラルから辛くも逃げ出したつもりで、薄れゆく意識、千年かけて作り上げた“気になっていた”魔導霊王アクロウという存在が消えかかるのを留めようとし、アクロウは足掻いていた。


『こうなれば最後の手段…………復活までに何十年かかるか見当も付かんが……我が邪気を溜め込み復活できる可能性は……あの小僧しか……』


 アクロウは最後の逃げ場としてグレゴリール子爵家の長男の居場所を目指していた。

 それと言うのも、弱体化して自らの力では邪気を取り込む事が難しくなったアクロウにとって、最後の武器と言えるのが“千年前に王国とかわした契約”だったから。

 王国が千年前にアクロウへの生贄として、元々親しい両家に骨肉の争いをさせる為に南方領に赴任した貴族家に等しく強制的に結ばれる呪われた契約。

 その支配下にあるシャイナスことジャイロは、彼が長年かけて心理的に隷属させた最後の砦だったから……。


『才能ある魔導師は魔力のみで全てを凌駕出来る。魔力の無い者は総じて弱者である』

『弱者は弱者であるからこそ群れたがり姑息に動く。強者たる魔導師は己の魔力の鍛錬のみに集中するべき。体術など時間の無駄である』

『強者たる自分が行う事は全てにおいて正しい。自分が悪だと思えたのなら、それをくじく事の全ては正義である』


 幼い日からそうやって刷り込んで来た事で自分に対して心理的繋がりを持ち、更にロコモティ伯爵家の令嬢に敵意を持っている。

 

『主導権を握る事が出来なくても彼に憑依する事が出来れば……ロコモティとグレゴリールが争い続ける限り、我は邪気を溜め込み、再び復活する事が出来るハズ……』


 最早肉体など失って久しいというのに、彼は息切れでもするかのように必死にジャイロの居場所へと向かっていた。

 月光降り注ぐ神の御座、今夜決闘の約束をしていたはずの場所……水精霊の岬に。

 そして……ようやくその場所に到着したアクロウは、目撃した。

 対峙する男女、グレゴリール子爵家長男ジャイロと、ロコモティ伯爵家長女ナターシャが真剣な眼差しで睨み合う姿を……。


「よう、待たせたな。ロコモティの成金女。今宵こそ、貴様の命を貰い受ける」

「遅かったじゃない、貧乏貴族のグレゴリール風情が……語りますね。それはこちらのセリフ、今夜こそ貴方の全てを奪い取って差し上げますわ!!」


                *


 慌てた様子で一瞬姿をくらましたかに見えたアクロウだったが、存在感は希薄なのに動きは魔力も邪気も感知できない俺が追えるほどにお粗末で……むしろ霊体のクセに俺に後ろから付けられているのに気が付かない体たらく。

 だが、何を目指していたのか察しがついたのは、その光景を目撃したヤツが呆気にとられて立ち尽くした時だった。

 まあ、正直当初は俺もそうだったのだが……意味が分かるにつれて、心の底から笑いが込み上げてくるのを抑えきれない。

 そのくらい目の前で“見つめ合う”二人、先日は往来で罵り合っていたジャイロとナターシャは笑わせてくれる。


「よう、待たせたな。ロコモティの成金女。今宵こそ、貴様の命を貰い受ける」

「遅かったじゃない、貧乏貴族のグレゴリール風情が……語りますね。それはこちらのセリフ、今夜こそ貴方の全てを奪い取って差し上げますわ!!」


 そんな臭いセリフを吐いて“抱き合う”様を見せつけれらて……この二人の関係を察せられない者はさすがにいないだろう。

 俺は正直、この場面で大笑いして水を差さないよう笑いをこらえるのに必死だ。


「ぷ!? プ……クク……なるほど、そういう事か。さすがはリリーさん、こういう機微には敏感だね~。さすが女子」


 道理でリリーさんは果たし状の内容に関しては『心配ない』と言っていたハズだ。

 リリーさんはこの二人がこういう関係である事まで察して、アレが『果たし状』じゃなく『お祭りデートのお誘い』だという事まで読んでいたという事なのだ。

 そしてしばらくの間、熱い抱擁をしていた二人はそのまま祭のお面を被ると、「よし、今夜は実家の事は無し!」「うん、夜通し盛り上がりましょう!」と笑い合って祭りの灯へと駆け出して行った。

 もちろん手をつないで……。

 変装してお面付けて、それなら両家の二人だとはバレないだろうって考えなのだろうが。


「……アレ、絶対に町中でも気が付いている輩はいるだろ? 見て見ぬふりする優しさって事なのか?」

『ど……いう……事だ? あの小僧はロコモティを、あの娘を疎んで……』


 両家の歴史の中で悲劇が起こる度に姿を現す『耳の長い男』ってのが人間に擬態したコイツなのは間違いないだろうし、今回の介入では最終的に息子に父殺しをさせるところまでがシナリオだったのだから、アイツにも何らかの関りを持っていた事は想像できるが……この様子を見る限り。


「いやいや、こいつは一本取られたなお互いに。期待も予想も完全に裏切られちまったぜ」


 俺は最早何か策を弄する雰囲気でもなくなってしまったアクロウに、天気の話でもするかのように気軽に声をかけた。

 さっきは俺みたいな死霊を滅ぼす力を持たない雑魚相手に逃亡を図ったというのに、今はそんな素振りすら見せない。


『何を……言っている? 何が……そんなに可笑しい?』

「ハハハ、何言ってやがる。俺もカチーナさんも命がけで魔導霊王なんぞとバトルしたつもりだったし、グレゴリールの親父さんも千年間悲劇を味合わされた両家の先祖の方々だって重たい宿命に四苦八苦して来たってのに、あのガキ共はそんな俺達全員を前座にしちまったんだぜ?」

『ぜ……前座……だと?』

「いや、それも違うか。あの二人は両家の諍い魔導霊王の腐った契約のせいとか、悲劇の詳細とかそんなもんすらロクに分かっちゃいねぇだろう。となると、俺たちはさしずめ奴らの舞台を盛り上げる為の裏方だな! アハハハハ!!」

『う、うら……裏方……だと!?』


 絆を壊す下衆な脚本を千年間も繰り返して来た自分の所業を、舞台俳優がアドリブで台無しにしてしまった。

 俺はその事実に腹の底から笑い、そして脚本家アクロウは信じられない、信じたくないとばかりに歯噛みする。


「アイツらは多分ガキの頃に両家は仲が悪いけど、それでも一緒にいる為の手段として仲違いを演じてたんだろうよ、お前の呪いとかそんな事も考えずにな。対外的にそんな態度を取って痛々しい言動や文章で罵っているようで、実際はイチャ付いていたワケだ」

『う……嘘だ。そんなワケ……だってジャイロは常々、いつかあの娘の全てをロコモティ伯爵家から奪い去ってやると……』

「そう言いだしたのは何時頃だ? こうなると両家のいがみ合いなんぞ盛り上がる為の燃料にしかならねぇだろうに。ずっと見て来たテメェは詳細な時期すら知ってるんだろ?」

『…………』


 言葉を失う様子を見るに、どうやら相当早いうちからそんなやり取りしてやがったな、あの二人。

 そして立ち尽くすアクロウに俺は笑いをかみ殺して言う。


「どうした、笑えねぇか? こんなに愉快な案件なのに。多分俺だけじゃねぇ、仲間のカチーナさんもリリーさんもドラスケも……後で飯時にでも話してやれば爆笑必死。それに両家の親たちも、千年間でお前に人生を台無しにされて来た祖霊たちですら自分たちを裏方にして奴らが盛り上がってるのを見りゃ『やられたぜ』『やりやがる』って苦笑するハズ」

『…………』

「なのに、何でお前だけは笑えない? ジャイロが自分の仲間にならなかった事がそんなにショックなのか?」

『!?』

「千年間も時間があったクセしやがって、たかが15そこそこのガキどもにダシにされたのがそんなに悔しいか? 独り者仲間だと思ってたヤツに彼女がいた事がそんなにショックかい?」


 多少のカマかけだったが“なぜ分かった”とでも言いたげな顔になったアクロウに……俺は確信した。

 コイツは……神様に出会えなかった時の俺と同じ、人の幸せを自分の為に踏みにじる事を良しとした、踏み外した者の成れの果て。

 俺みたいに只の人間だったら、いつかは誰かに殺されて終わるところを、こいつは幸か不幸か魔法の才能と、魔導霊王となって悠久の時を渡る膨大な時間があった。

 最初につまずいた事で長い長い時を孤独に過ごす事になった事で、残虐な脚本を楽しむという言い訳をしながら、自らに絆が手に入らないのなら他者の絆を壊して自分と同じ孤独仲間を増やしてやろうと……。


『やかましいいいい!! 何故だ!? 何故我には与えられない絆を他者は易々と手に出来る!? 何故我にはそんな機会が訪れん!?』


 たまらず叫んだアクロウの目からは血涙が流れていた。


『我に死霊使いの才があったとて、何故我が疎まれねばならん!? 何故我が忌み子として嫌われねばならん!? 何故我が全ての悪として親に、里に捨てられねばならん!?』

「…………」

『愛情? 友情? 団結? 我には生まれながらにそんなものは手に出来なかった!! だったら我に与えられぬそんなモノ、壊そうと踏みにじろうと何が悪いと……』


 それは多分アクロウが魔導霊王になる前の、生前の記憶なのだろう。

 コイツは多分エルフの里の中だけじゃなく、親兄弟からも疎まれていて、その中で絆を得る事が出来ず腐らせてきたのだろう。

 大本を考えれば、こいつもある種の被害者と言えるかもしれん。

 しかし血涙を流す憎悪の象徴とも言うべき姿なのに、恐怖の念も哀惜の念も何一つ湧いてこない。

 心の底から思う…………だから、どうした?


「悪いに決まってんだろ。お前の不幸自慢なんぞ他人にとってはどうでもいい」

『な……んだと……』


 俺は余りのくだらなさに耳をほじりつつ、言ってやる。


「お前自身に悪口や苦痛を与えた連中をぶん殴るくらいなら……俺も聖職者のうきんどもも良いんじゃね? って言うがな、自分は苦労したから、悲しい思いをしたから無関係な幸せな連中を地獄に叩き落として良い……何て理屈、あるワケね~だろ」

『きさ……ま……』

「コレが何も悪事を働いてない飲んだくれのオッサンの愚痴だったら、少しは聞いてやっても良かったがな……。手に入らないからって他人の大事なもんを壊して来たクズに成り下がった時点で、お前にはそんな事を嘆く資格すらありゃしねぇ。結局飲んだくれのオッサン程度でも手にしたかもしれない機会を不意にしたのはお前自身だろうが」

『…………そんな……事は……』


パキリ…………自業自得だと俺が罵ると、小さく何かが砕け散った音が聞こえた。

 そしてしばらくすると、呆然と虚空を見ていたアクロウの姿がドンドンと薄れて行き……やがてそこに残ったのは一抱えほどの岩だった。

 多分以前からここにあったものだろうが、俺は慌てて辺りを見渡すけど何処にもヤツの姿は見えない。

 また逃げられか!? そう思い焦り始めると、不意に上空から頼もしき骨のあるアイツが舞い降りて来たのだった。


『無事かギラル!』 

「おおドラスケ! 良いところに」

『何だ!? まだ何かあるのか?』


 しかし慌てる俺の様子に警戒心を強めるドラスケだったが、俺がアクロウを取り逃がしたかもしれないと言うと……彼はアクロウが消えた場所、岩へと顔を向けた。


『ギラルよ、心配いらん。奴はそこにおる』

「……え? そこって』

『魔力体を依り代にする霊体は魔力体を失えば、力を失い流され浮遊する存在になるか、もしくは土地に縛られ身動きが取れなくなってしまう。奴は最後の魔力体を砕かれ、お前さんに見えない程まで弱体化したがために、その岩の辺りに縛り付けられてしまったのだ』

「…………」

『お前、一体何をしたのだ? 本日は魔力弾すら持って無いだろうし、そもそも我やリリー殿がおらねば魔力体を狙う事も出来んハズなのに』

「いや……別にただ喋っていただけなんだが……」


 そう言われて再び岩を見てみるけど、やっぱり何も見えない。

 魔物として人間を襲う死霊レイスでも無ければ生きている俺らには全く分からなくなるのは知っていたけど……。


「ドラスケ……ヤツはここから動けなくなったのか? こんな港町でも観光名所っぽい、家族連れも来そうだし、バカップル共のデートスポットにもなりそうな場所に?」

『……そうだの。好きな者ならデバガメし放題であるな』

「……よくあるこういう場所に来た人たちに不幸をもたらすとか、そんな事は?」

『無理であるな。コヤツにはそのような力すら残されておらん。ただただ観光名所に訪れた人々の絆を見せつけられ、誰にも気が付かれずに孤独を噛み締める日々を過ごす事になるのではないか? それこそ千年以上は……』


 自分には手に入らない他人の営みを、何の手出しも出来ずにただただ見つめるだけ。

 自ら引き起こした事の為に、誰にも知られず、誰からも相手にされず……豊漁祭の最中でも黄泉の国から誰も迎えに来る事はない。

 ヤツの孤独は……ここからが本番と言う事なのか。


「運が悪かったなアクロウ。お前も俺みたいに道を踏み外す前に思いとどまる事が出来れば……少なくとも晩飯くらいなら付き合っても良かったのにな」


 俺はそれだけを呟くと踵を返した。

 一瞬だけ“待ってくれ”と聞こえた気もしたけど、ただの一度も振り返らず……その場を後にした。


                 *


 ロコモティ伯爵領『ツー・チザキ』の観光スポット、水の精霊『ウンディーネの岬』。

 この場所には観光地にありがちではあるものの、不思議なジンクスがあった。

 告白すれば必ず成功する。

 プロポーズしてOK貰えば必ず幸せになれる。

 訪れた者は、どれほどこじれていた人間関係であっても修復して仲直りが出来る。

 絆を結び、絆を修復し、絆を深める事にご利益がある観光名所として有名になったのだ。

 元々その気がある者じゃ無ければ訪れないだろうとか無粋を言う者たちもいるのだが、いずれにしろ、そんなジンクスの火付け役になったのは、とある長年の因縁があった貴族家同士の子供たちだったそうだ。


 今日もそんな観光地を訪れ、幸せそうに抱き合うカップルが誕生する。


 誰にも気が付かれず、何もする事が出来ず、ただただ自身の孤独を噛み締めその様子を見続けている存在がいる事にも気が付かずに……。

  • Xで共有
  • Facebookで共有
  • はてなブックマークでブックマーク

作者を応援しよう!

ハートをクリックで、簡単に応援の気持ちを伝えられます。(ログインが必要です)

応援したユーザー

応援すると応援コメントも書けます

新規登録で充実の読書を

マイページ
読書の状況から作品を自動で分類して簡単に管理できる
小説の未読話数がひと目でわかり前回の続きから読める
フォローしたユーザーの活動を追える
通知
小説の更新や作者の新作の情報を受け取れる
閲覧履歴
以前読んだ小説が一覧で見つけやすい
新規ユーザー登録無料

アカウントをお持ちの方はログイン

カクヨムで可能な読書体験をくわしく知る