第百四十八話 友人へ贈る言葉

 死霊レイス魔導霊リッチ魔導霊王エルダーリッチなど死霊系のアンデッドとしては上位に位置するはずのアクロウの口から出たのは恐怖に慄く悲鳴であり、自分だって同じ亡霊の類だというのに、まるで“自分とお前らは違う”とでも言いたげな、この期に及んでも見下すような言葉。

 千年もの間、全て自分の悪事のクセに他人事として誤魔化し、悪趣味な傍観者として己の穢れた罪を知ろうともしなかった男の振舞はこの期に及んでも腹立たしい。

 何やら咄嗟に魔力を込めた杖を振り、魔法を放とうとしたが、そのすべては殺到した亡霊たちによって潰される。

 そして……


『コロスコロスコロスコロス!!』

『ニクイニクイニクイニクイ!! カエセ! ムスコヲカエセエエエエエ!!』

『シネシネシネシネエエエエエエエエエ!!』

『ギャアアアアアアアアアアアアアアア!! イダイイダイイダイ!? ヤメロオオオオオ!! 何故ダアアアアアアァ!? 魔導霊王ノ我ガ、ナゼイダイイイイイイ!?』


 殺到した無数の亡霊たちは各々怒りの相貌から絶える事の無い血涙を流しながら、ある者は剣で切りつけ、ある者は首を絞め、ある者は耳を食いちぎり、ある者は顔面を踏み砕き……怨敵であるアクロウへ怒りを吐き出していく。

 不思議な事に亡霊たちが恨みを吐き出し制裁を加える姿が、集団で暴行を加えているのではなく、代わる代わる何枚もの悪趣味な絵画が高速で入れ替わっているように見える。

 蹂躙されるアクロウだけは変わらないのに、制裁する人物だけは毎回違う。

 聞こえてくるのは圧倒的な激痛に耐えかねるアクロウの悲鳴……。

 霊体に痛覚は無いハズなのに? 図らずも当人と似たような疑問を抱いたが、ドラスケ殿が溜息交じりに教えてくれる。


『死霊は一方的に生者に害成す事が可能だがな、死霊同士となればそんな都合の良い事はない。本来痛覚の無い邪気で象られた肉体であったとしても、相手の恨みの念、負の感情が強ければ邪気はそっちの味方をする。邪気を通して生前の苦痛を再現するくらいにな』

「生前の痛みを……」

『死霊同士の場合、物理的な存在ではないから狂い、思考を放棄する事も肉体的な死を迎える事は永遠に無いし、ついでに言えば物理的な数の理論すら意味がない。数多の恨み募る者たちが殺到してもリンチの順番待ちをする必要もないのだ』


 ゾクリ……ドラスケ殿の言葉に私は理解した。

 つまり今私が見ている高速で変わる絵画は、同時進行で行われている死霊たちの制裁であり、アクロウはその制裁を狂う事も死を迎える事も出来ず、何千何万と同時に喰らっている最中なのだ。

 斬られようと喰われようと、肉体を消滅することなく同様の苦痛だけが延々と繰り返される無限地獄。


『グギャアアアアアアアアアアア!?』

『あのクズが千年もやってきた外道に比べれば、軽すぎる刑罰ではあるがな……』

「……ですね」


 ドラスケ殿の言葉に私も同意する。

 似合い、とも言えない……ヤツが奪ってきた絆の全てはこの程度は生温いとすら思える。

 しかし、私は自業自得極まる魔導霊王よりも、尽きる事無く制裁を加え続ける死霊の方々にこそ同情の念が湧いてしまう。

 この方々、魔導霊王と言う外道に大切な人を奪われ邪気に捕らわれてしまった人たちには救いがあって欲しい…………勝手かもしれないが、そんな事を考えてしまう。


「ドラスケ殿、彼らが憎しみを忘れる日は訪れるのでしょうか……」

『時間が解決する……としか言えんが、ヤツ等に関しては簡単に終わる事は無いだろう。お前には分かるのではないか? 実害を受けたのが自分だったらそれ程時も必要としないかもしれんが、奴らは大切な人を奪われた事を憎悪する類……簡単に許すと思うか?」

「無理でしょうね……無限の時を経ようと憎しみが終わる時が来る気はしません」


 自身への厄介事であるなら平気で受入れてしまうのが『ワースト・デッド』の悪癖、そう呆れられたものだが、逆に仲間の危険には過敏なのも一種の悪癖と言える。

 もしもギラル君の身になにかあったら、リリーさんに危険が迫ったら、理不尽に殺される事でもあったなら……想像するだけで平静を保っていられる気はしません。

 まあアンデッドのドラスケ殿は少々特殊ではありますけど……。


『しかし、それこそが邪気の恐ろしさ、いや罪深さと言えるのかもしれん。邪気に捕らわれると人は即物的に強力な力を手に出来るが、代償に極端に視野が狭くなってしまう。カチーナよ、上を見てみろ』

「上……!?」


 ドラスケ殿に促されて視線を向けた先、私はそこに大勢の光を纏った人々がいる事に初めて気が付いた。

 気配を全く感じなかった……しかしその様は邪気を纏う死霊とは違う光を纏った神々しくもある姿で、総じて眼下で邪気に囚われ、今もなお憎悪をアクロウに対してぶつけ続ける憐れな資料たちを悲し気に見下ろしていた。


「あの方々は……もしや……」

『この季節、祭りの日にあの世界の異物ギラルが蜂合わせたのは何の因果か……、最初からあの連中に開放した死霊たちを押し付けるつもりだったらしいがの』


 ロコモティ領、グレゴリール領所縁の先祖……いや建国以来、王国の策略によりアクロウの慰み者として生贄にされ続けてきた南方領の祖霊たちの関係者。

 海と祖霊に感謝をささげる祭りの日、先祖は祭りに参加する為に黄泉より帰って来る。

 そんな人々に、誤った自責の念に捕らわれ続けた憐れな人々を一緒に連れて行ってもらって浄化させようということらしい。

 なんとまあ……彼らしいというか。

 雑で人任せにしているようで、そのクセに自分は他の厄介事を請け負い、自分は何もしていないとばかりに嘯く。

 最も絆を大切に考えているクセに、後はご勝手に……と。 


『ギラルの思惑は間違っておらんし、我も賛成なのだが……折角セッティングしても邪気に囚われ続ける限り……分かるか? あれ程会いたかった、謝りたかった、触れ合いたかったはずの連中が迎えに来ているというのに、すぐそばにいるのに、見えておらん』

「…………」


 私は……そんあ尽きる事の無い怨念、邪気に捕らわれた人々の姿に胸が痛む。

 何も見えなくなるほど憎む相手に憎悪を叩きつける事のみに終始する、数多の死霊たちに延々といたぶられ死をも許されず悲鳴を上げ続けるアクロウの姿。

 見ていると胸が痛み、右腕の茨が疼きだす。


“そう……あれこそが、私の結末。貴女が辿らなかった、消えるべき運命”


 それは私の中でだけ聞えた誰かの声。

 いえ、誤魔化してはいけない……紛れもなく自分の声。

 自分であって自分でない、そう思いたくてもそれが、なり得たかもしれない自分だった事を、忘れてはいけない。


『邪気に捕らわれた死霊たちから邪気のみを取り除き請け負う。それは墓守のアンデッドたる我の役目……どれ、そろそろ……』


 そう思っているとドラスケ殿が一歩前に出た。

 同時に理解する、いつもドラスケ殿が邪気を積極的に吸収している理由。

 邪気に捕らわれ続ける限り、死霊……亡くなった人々は浄化出来ない。

 だから……。 


「いえ、ドラスケ殿。今回ばかりは私がお引き受けいたします。あの魔導霊王は私がけじめを付けるべき、私が破壊すべき未来への禍根ですから……」

『何を言っておる、死霊使いでもないのに生者のお主に邪気に干渉するなど……む!?」


 当然の事と私を止めようとしたドラスケ殿でしたが、私が右手首の茨の紋を晒して見せた瞬間に気が付いたようだ。

 私が、いえ……聖騎士カチーナ・ファークスが何をしようとしているのか。


「さあ、もう良いでしょう? そのような下らぬ者の相手をする事はありません。そんな者よりも、長年求め続けた、再会を待ち望んだ方々がお迎えに来ているのです。行くべき場所へ、返るべき場所へ、帰る時なのです」


 私は今の私の、『ワースト・デッド』の一人グール・デッドの象徴であるミスリル製カトラスを鞘に納め、右腕を未だ憎悪をアクロウへぶつけ続ける死霊たちへとかざした。


「下らぬ者の後始末など、かつては下らぬ者の同士であった、同一になるかもしれなかった……下らぬ私にお任せなさい!」


 その瞬間、右腕に走る茨が黒く、禍々しい光を発し……そして黒く蠢く死霊たちから黒い霧大のようなモノを吸収していく。

 右腕に吸収されて行く黒い物が邪気である事は明白。

 私が邪気を吸収し、捕らわれていた邪気から解放された霊たちは、やがて周囲で待っていた祖霊たちに気が付き、再会を果して行く……。


 涙ながらに手を取り合う親子……。

 ウエディングドレスの彼女を迎え入れるタキシードの男性……。

 多くの人々に心から謝罪し、その謝罪を快く受け入れる人々……。


 邪気から解放された人々が、笑顔と共にドンドンと数を減らして行き……そして最後にその場に残っていたのは……あれ程膨大な邪気を誇り、禍々しく尊大だった姿など欠片も見当たらない、憔悴した姿で佇む……魔導霊王アクロウのみ。

 邪気から解放された人々は祖霊たちと還るべきところに帰って行ったのでしょう。

 最早この場に残されたのは私とドラスケ殿、そしてアクロウのみであった。


『ア……ア……な、何なのだ……? 何故連中は突然……?』


 永遠の続くかと思われた地獄の責め苦が唐突に無くなった事に戸惑っているようだが、私は……今だけは私の中で蠢く邪気に精神を委ねる。


「“貴様より優先するべき迎えが来たからに決まっておろうが。貴様の浅い考えで既に失われたとなどと思い込んでいたようだが、生憎その程度で断ち切れるほど絆の力はヤワではなかったという事だ”」

『な……なん……だと? 奴らを、我の策略にハマり罪を犯した罪人共を……ずっと待っていたと……迎えにきたのだと!?』

「“そうだな……千年の月日を経ても誰一人迎えに来ない貴様と違ってな……”」

『…………!?』


 そう言われて反射的に周囲を見渡すアクロウの姿に……嗤えて来る。

 結局最後まで求めたモノが、絆が自分には一つとして残っていない事に愕然とする様に、普段ならあまり言わないような罵る言葉が、この魔導霊王を相手にすると自然と口にしてしまうとは思っていたが、今は嬉々として口にしている自分がいる。

 気に喰わない相手を貶め、罵倒し罵る事を至上の喜びとする最低な何か……。

 それに心を委ねると共に、自身の右手首にあるか細い茨の紋が、同調するように右腕全体へと肥大化、広がって行く。

 そして茨が広がり切った時、私の中に吸収された邪気の全てが私の意のままに、力として掌握され……具現化した力が鎧として全身を覆っていく。


 元は白く輝く聖なる証だったはずなのに、その全体が赤黒く血に染まり禍々しい色合いに変貌した聖騎士の鎧へと。

 そして最後に右手に現れた大剣も、手入れも行き届かず酷くさび付き、切れ味など望むべくもないのに……ひどくその鎧に似合う凶器。

 それは、私が最も望まない未来の姿……邪闘士となり外道聖騎士へと堕ちた四魔将カチーナ・ファークスの姿だった。


“自分の不始末は自分で……消えつつある私にもそれをさせるとは……貴女の手にした絆は中々厳しいな”

「だから……最高でしょう、聖騎士よ!!」


 そう言う未来の可能性、なるかもしれなかった私は笑っていた。

 笑いながら、体内に吸収した邪気の全てを大剣へ、攻撃へと転じて行く。

 過剰なまでに、全ての禍々しい力をこの場で使い切ってしまう為に……。


「“皮肉なモノだな。絆を否定した同士の力が、共に消える為に最後にまみえる事になろうとは……”」

『ア……アア……!? な、なにを言って……!? や、やめ……』

「“孤独で臆病、その苦しみ恐怖を知っていながら他者に同じ責め苦を味合わせた……そんな我らは……この世界に必要無いのだ…………我が同志よ”』


パキイイイイイイイ…………

 膨大な、過剰な邪気を込められた大剣の一撃がアクロウの魔力体へと振り下ろされた瞬間、乾いた音が辺りに響き渡った。


『アアア…………アア……ア……』


 そして魔力体を粉々に破壊され虚空へと消え去って行くアクロウと同じように、私が纏っていた禍々しい鎧も、錆び付いた大剣も全体にヒビが走り、粉々に砕け散ってしまう。

 それが、何を意味するのか…………もう、私の中で聞こえなくなった声から理解せざるをえない。

 私は自然虚空に向かって敬礼していた。

 無論魔導霊王にではない、もう二度と現れる事のない未来の可能性、もしかしたらなっていたかもしれなかった自分へと。

 誰からも憎まれ、誰の絆も得られなかった憐れな自分みらいの……最初で最後の友人として。


「今度こそサヨナラです。四魔将聖騎士、カチーナ・ファークス……」




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