第百四十七話 千年分の取り立て(カチーナside)
速い……だが感情的に突っ込んでくる動きは単調で先読みが可能。
人はどんなに激高していても、ドラゴンやオーガなど自分よりも危険な魔物に無策で突っ込むような真似はしない。
それを実行するという事は、相手を格下、弱者だと侮っているからに他ならない。
振り下ろされる魔力を加味した杖の威力は確かに高いのだが、威力は劣っても殺気みたいに背後から魔法を使われた方が厄介なくらい……今の攻撃は単調に過ぎる。
千年も月日を経ていても、精神的に未熟……所詮成長と言うのは自身の意志にゆだねられるという事なのだろう。
私は振り下ろされる杖の力に一切逆らわず、カトラスを滑らせて、体全体をしならせる事でいなした。
「どうしました同士よ! 私を躾けるのでは無かったのかな? さっきから当たりもしませんが……」
『抜かせぇ! 小娘!!
そう言って発動した魔法は大量の氷柱を頭上に落とす攻撃魔法。
たださっきに比べると魔法の発動範囲が広い、私が咄嗟にかわしにくいように発動範囲を広くとったらしいですね。
しかし私は発動する魔法に構わずアクロウへと突っ込み、そのまま肉薄する。
『ク……!?』
それだけで、アクロウは折角私の頭上に落とす予定だった魔法をキャンセルしてしまった。そして苦し紛れに肉薄した私に杖を横なぎに振り回す。
杖は雑木林の木の幹を横に抉り取るものの、肝心の私は超低空に身を屈めてやり過ごしていた。
『おのれ!!』
「おやおや、私に魔力体を攻撃する手段が無い事に高をくくって広範囲の魔法を使っておきながら、自身が巻き込まれる範囲になると自滅を恐れて発動をキャンセルしますか」
『な!? 矮小な寿命しか持てぬ人間風情が知ったような口を!!』
「長ければ良いというモノでは無いでしょう? 今の攻撃を仮に私よりも年下のあの人が使えたなら、今の場合躊躇いなく自分ごと魔法を発動した上で、自らも負傷覚悟で斬り込んで来たでしょうに。図分とまあ……無為な時間を過ごしていらっしゃったようで」
『おのれおのれおのれえええええ!! 貴様など我に通じる攻撃手段も持たん劣等種の分際でえええええええ!!』
しかし煽る事で怒らせて、その上で攻撃をいなす事は一応成功しているが、奴が口にする決定打が私に無いのも事実。
一応の切り札、仲間たちにも言ってないヤツが私の右手首には備わっているものの、おそらくこの切り札は一撃しか使えないか細いもの。
一度でも見せてしまえば元々陰から覗き見て人の不幸を嘲笑うタイプのアクロウと、対面する事は二度と無いだろう。
『……む!?』
しかし私がそんな風に攻めあぐねていると、不意にアクロウが明後日の方向に視線を向けて、回避行動を取った。
そして次の瞬間、今までアクロウがいた場所の地面が抉れ、火柱が立ち上った。
これは……リリーさんの火属性魔法?
『フン、そう言えば貴様の仲間とやらにも魔導師はおったな。このような遠距離から打ち込むのは良いが、腕が無いのでは意味が無かったな』
「…………」
魔力弾に気が付いて回避した事を得意げに語るアクロウは、ここぞとばかりに仲間の、リリーさんの事を煽って来る。
しかし私はリリーさんの腕前を、それこそ毎日目にしており、肌で知っているのだ。
他者と同様の魔力運用ができない事で、代わりに磨き続けた狙撃に修練が伊達では無いという事を。
そう思って千年間成長しなかった者の足元に視線を向けると、そこにはたった今燃え上った地面に残された燃え跡が残っていて…………ああ“そういう事”ですか
私はそのメッセージの意を受け取り、そのままアクロウと肉薄する。
相変わらず振り回される杖をかわしつつ、その間にも数回の狙撃が足元に飛んできては地面から炎が上がっていた。
『フハハハハ! 所詮は人間の落ちこぼれ、一つとして当たる事も叶わんではないか!!』
「…………」
他者を貶める事で再び上機嫌になったのか、調子よく喋るアクロウを他所に、私は別の事を考えていた。
今、リリーさんが実行しようとしている事をやった場合、最終的には私が全て対処するという事になるのだが、少なくとも私自身には正攻法で魔力体を攻撃する手段がないのだ。
「どうしろと言うのですか……さすがに気合のみで能力の有無を覆せるものでは……」
『なくも無いぞ、カチーナよ』
「!? その声はドラスケ殿、貴方はギラル君の方では………………どうされたのですか? その姿は」
『まあ、運搬作業は大変な仕事だという事だ』
良く分からない事を言うドラスケ殿は普段は小ドラゴンに鎧といった、基本的に白い色合いだというのに、今の彼の全身は真っ黒に染まり、更に目立つのは普段は簡素な鎧が分厚く禍々しい黒に近い青紫色の様相に変わり、それどころか要所要所から怒り狂う人の顔のようなモノが見えて……蠢いている。
どう考えても、贔屓目に見てもあまり趣味が宜しくない……私が考えたのは精々その程度の事だった。
しかし、ドラスケの出現、と言うよりもドラスケが持って来た黒い存在に過剰に反応したのは、今まで嘲笑と怒りの表情しか見せなかったアクロウだった。
『き……貴様、それは何だ? 一体何をここに連れて来たのだ!?』
『オウオウ、言わねーでも分かってんだろ。お前が千年間も長い月日をかけて溜め込んでいた大事なお宝を、ワザワザ持って来てやっただけであるぞ? 同じアンデッドの我だからこそ可能な裏技なのだから、感謝するが良い』
お宝……他者の絆を、幸せを壊す事を快楽にする魔導霊王アクロウのお宝。
どう考えても碌なモノでは無い事が察せられるが、蠢く無数の顔は全てが怒り狂っている事だけは分かる。
しかもアンデッドでもない私たちにすら確認できるという事は、それほどまでに邪気が濃く強力で凶悪な怨念を持っている事に他ならない。
『連れ出した、だと!? まさか貴様、遺跡に隠していた罪人共の墓を!?』
『我のアイディアではないぞ? うちのリーダーはこういう機微にはうるさくてのう。復讐は間違いなく、本人の手によって行うべきだと言って聞かなくてなぁ。厳しいであろう? 死後ですら自分の敵を間違う事無く、自分で討てなどと……我を通して真に打つべき黒幕の正体すら教えてやってなぁ』
『な……何と余計な事を…………』
『『『『『『『『オオオオオオオオオオオオ……』』』』』』』』
無数の顔が一斉に上げる怒りの咆哮に、今まで見せた事はなかった怯えた表情を浮かべるアクロウ。
私は何となく蠢く怒りの顔たちの正体を察した。
しかし強烈な寒気を伴う、生者であれば本能的に逃げたくなるような唸り声だというのに、私がこの時思ったのは……。
『さあ、待たせたなお前ら。アレだ……あれこそが貴様らに長年に及ぶ罪の意識を押し付けて来た元凶。息子を殺させた、不貞を計らせた、民を虐殺させた、自身では絶対にありえなかった所業をやらせ、その上で苦しむお前らをニタニタ笑ってみていた本物の宿敵である! 今宵は死者に安らぎを、恨みを忘れろなぞ無粋は言わん、存分に……殺ってしまええええええ!!』
私と同じような気持ちでドラスケ殿が叫んだ瞬間、彼の全身からブワリと黒い煙のようなモノが一斉に飛び出したのだった。
それらは壮年の男性であったり、年若い女性であったり、幼い子供であったり……様々な人々の顔ではあるもの、共通して全ての人たちが憎悪の表情を浮かべていた。
『な、なんという事を! 真実を知り憎悪で肥大化して悪鬼と化しておるではないか!? く、こんな者どもに付きあってられ……グ!?』
さすがに同じような霊体、しかもこの数を相手にするのは分か悪いと判断したのか空中に逃亡を図ろうとしたアクロウでしたが、上空で“ナニか”に阻まれ一瞬動きを止めた。
『な、魔導結界!?』
「気が付かなかったようですね。私の仲間の腕は一流です。狙撃は貴方に当たらなかったのではなく、地面に結界の魔法陣を描く為だったのですよ」
「……は!?」
アクロウはその時初めて地面に注目して、焦げ跡が魔法陣を描いている事に気が付いた。
狙撃で文字を描くのはリリーさんの特技、そして火と風の魔力を混合した結界魔力結界を作り出す事も可能なのだ。
ただ残念な事に、この魔法陣は手間がかかる上に、物理攻撃の一撃でも破壊できるほどに脆いから実用性は余り無い。
しかしだ、実戦においてそんな紙の如き薄い結界であっても、一瞬だけ動きを止める事が出来るのなら……。
「鬼ごっこはそこで終わるのですよ?」
『『『『『『『『オオオオオオオオオオオオ!!』』』』』』』』
『ヒ、ヒイイイイイイイイイイ!? よ、寄るな! 我に近づくんじゃない亡霊共!!』
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