第百四十六話 共感と同調の違い

 だが次の瞬間には、一度も視線を外していないというのにアクロウの姿を唐突に見失っていた。


「!?」

火炎散弾フレア・ホーネット

「ガバ!?」


 そして聞こえた声は真後ろ。

 気が付いた瞬間には強烈な衝撃を背中に受けて、肺の酸素が激痛と共に強制的に持っていかれる。

 しかし苦痛を無視して背後を見ても、そこにアクロウの姿は無い。


土石弾射ガイア・ショット

「な!?」


 姿を視認する事すらできずに次の詠唱、背後からの攻撃で前のめりになった私に、今度は地面から無数の礫が打ち出され襲い掛かって来た。


「……グ……」


 私は腹部に数発の礫を受けて、流れで後方へ交わそうとしてしまう。

 が、私はその本能を無理やりねじ伏せて、足を踏ん張り“前方”へと飛び出した。

 背後から正面、そして次に選ばれるのは……。


氷柱豪雨アイシクル・レイン

「!?」


 思った通り、私が反射的に動こうとした先に上から氷柱が降り注いできた。

 三連発の魔法攻撃、継ぎ目のない有能な攻撃手段であるが、何とか3撃目だけはかわす事に成功し……その時、ようやく再びアクロウを視認する事が出来た。

 この辺は毎日切磋琢磨してくれる仲間たちに感謝ですね。

 あの人たちのフェイントはこんなものではありませんから……。


『ほう、土石弾射から逃げずに向かう事で本命をかわすとは……中々にやるようだな、同士よ』

「肉を切らせて骨を断つ……とまでは行きませんでしたが、今の私にには頼れる仲間が色々と教えてくれますので」

『仲間……』


 不敵に笑って言ってみたものの、正直に言えば余裕など一切ない。

 向こうとしても最終目的である私を死亡させることは無くても、今の攻撃は重傷を負いかねない威力だった。

 アンデッドだからこそ“死ななければ良い”くらいに考えていそうです。

 それに、今の邂逅で嬉しくない情報も発覚した。

 少なくとも今の3段攻撃は火、水、土と全部別の属性、魔導霊リッチは極端に言えば魔法が使える死霊で、当然その属性魔法は生前に引っ張られるのだが……さすがに腐り切った者であって王の名を冠する魔導霊王エルダーリッチ、人柄も性格も認めたく無いが、他の死霊とは格が違うという事か。

 しかし私が更なる攻撃を警戒していると、何故かアクロウは呆れたように溜息を吐いた。


『仲間……そうか、どうやら貴様はそんなありもしない幻想にしがみ付いているというのだな……世の真実を知らぬとは、哀れな』

「……何が言いたいのです?」

『仲間など、他者を都合よく動かすための戯言に過ぎん。そんなものが幻想であると我が同志ならば理解しているハズなのに、それでも淡い期待を込めて自身の居場所と縋り付こうとは……嘆かわしい』


 そう言いつつ、ヤツはまたもや唐突に目の前から姿を消した。

 私は咄嗟に背後に向けてカトラスを振り回すが、その刃は当然のように空を斬り……ヤツの声は右、真横から聞こえて来た。


『仲間など、絆を語る言葉に惑わされている内は、本物の強者にはなれん……爆火掌ブラストボム

ボン!! 「グハア!?」


 次の瞬間には私は真横に吹っ飛ばされていた。

 消えたと同時に背後に回った最初で次も背後を印象付けて置いて、その次は横から……単純だが効果的な誘導方法。

 引っかかってしまった私は地面に叩きつけられ、口から空気と共に血も吐き出される。


『どうだ? 貴様がよりどころと思い込んでいる仲間とやらがいかに無力であるか、理解できたか? 所詮他者同士が集まろうと人に身では限界があるのだ。貴様であれば我が力を受け継ぐことができる。いや、我を超える力を得て、我よりも素晴らしき最後の脚本を描けるだろう! 偉大な唯一の狂気がこの世界に誕生するのは間違いない!!』

「がは……最期の……脚本?」


 呼吸が乱れる、わき腹に激痛が走る。

 しかし寝ころんでいられる状況じゃない……私はそう判断してふら付く足を叱咤し無理やり立ち上がる。

 少しでも回復の時間稼ぎをする為に、話しかけながら……。


『そうだ! 貴様も既に気が付いているハズだ。他者が幸せにしている時を、絆を壊した時、それを高みから見下ろせる、他人事として見物できるその瞬間の至上の喜び。我らはその崇高な脚本を共にする、同一の魂を持つ偉大な存在になれるのだ!!』

「…………」


 残念な事に、ヤツが嬉々として語っている存在について……ヤツの言っている事が正しい事を私は知っている。

 ギラル君の伝えてくれた『予言書』で、夢に現れ右手に想いを託した未来の自分が、目の前の魔導霊王が自分がなるかもしれなかった姿なのだと、イヤでも突きつけて来る。

 私は……こうなったかもしれない自分の薄暗い感情を過去から想像する。

 手に入らないからとねだる癖に何もせずに嫉妬していたあの日の記憶から。


「こんな祭とは無縁の場所から見下ろして、あの仲良く歩く親子連れが惨殺されたら……あそこで友達同士でたむろっている子供たちにゴブリンの群れでもけしかけたら……初々しく手をつなぐあの男女、通り魔でも片側を刺し殺してくれたら……、そうなったら良いのに…………そんなところでしょうか?」

『おお、その通りである! 流石は我が同志、祭りなど絆と言う戯言を深めるというイベントが崩壊していく様を高みの見物で臨める……やはりこの場所を見出せる貴様は私の意志を継ぐべき後継者で……』


 それはまるで本物の理解者を、友達を得たと言わんばかりの笑顔。

 だけど私は一つも笑わず、いや笑えず……自分がなったかもしれない“何か”を真っすぐ見据えた。

 今としてはもう無いはずの、過ぎ去った過去の遺物を憐れに思い……。


「壊れる様を楽しみたい……では無いのでしょう? 最初の根幹に貴方が抱いていた本音は…………羨ましい、だったのでしょう。我が同志よ」


 私がそう言った瞬間、上機嫌に笑っていたアクロウはピタリと動きを止めた。

 絆を壊したい、否定したい、自分の手に入らないモノであるなら全てぶち壊してしまいたい……私は確かに幼少期に自分自身が抱いた身勝手な感情を暴露する。

 私もヤツも、魂を同一とする魂の根源の正体を。


「千年前の貴方がどのような人物であったかなど、私の知るところではありません。知りようもなく興味もありませんからね」

『……何だと?』

「私がこの場所を見つけた理由、それを貴方は自身の残虐性と結び付けたいようですが……幼少の頃実家の特殊な状況の為に家族から疎まれていた私は、家の中で居場所などなかった。そんな私が一度だけ、王都の祭りに抜け出した事がありました」

『…………それがどうしたと言うのだ?』

「年に一度のお祭り、そこに行きさえすれば家族に疎まれ絆など実感した事も無い私でも、誰かと繋がりが持てる、友達ができるのではないか……そう期待してな。しかし私があの祭りの日に最終的に至った場所は、こんな祭りの喧噪は聞こえるのに誰一人他の人がいない陰気な場所であった。私は祭りの間、楽しげに仲間と、家族と笑い合う人々を羨み、そして妬ましく、何か彼らに不幸でも起こらないかと睨み続けていたのですよ」

『…………』

「これが余所者を受け付けなかったり、同世代の子供に爪弾きにされたトラウマでもあれば……まだ後に自己嫌悪を抱く事も無かったのですが、その日の私は何もしませんでした。何もせず、絆を求めて祭りに訪れたというのに……何もしませんでした。何もせず、自分が一人でこんな場所にいるのはアイツらが悪いのだと、逆恨みをして睨んで……」


 無言、だが明らかに苛立った様子になり始めるアクロウ。

 私は同一の魂だというなら、絶対に共感してもらえるハズだと確信していた。

 共感などしたくも無いだろうが、絶対にアクロウもこの陰気な場所に至った経緯は同じなのだと。


「分かりませんか? いいえ、分かっているハズですよね。魔導霊王アクロウ……私がこの場所を見出せたのは残虐性などではない、逃げたからだ。折角機会を得たというのに他者との交流を恐れ、何の行動も起こさずに逃げ込んだ場所がそんな場所だったからです」

『…………』

「私は何も知りません。そも、千年も昔の、しかも他人の感情など知りようもありませんからね。しかし……私は確かに貴方から聞きました。魂の根源を同じくする同士であると」

『黙れ…………』

「何を怒っておられるのでしょう、我が同志よ。“臆病者”の魂を根源とし、幸せな他者を妬む事を嗜虐心であると誤魔化し外道を成す卑怯者よ! 私の事は分かると言ってくれたのは貴方でしょう?」

『黙れええええええええええええええええ!』


 その瞬間、感じていた殺気が一気に膨れ上がった気がして冷や汗が滝の如く噴き出す。

 邪気など感じ取る事も出来ないですが、それでも今、目の前の魔導霊王が完全に私の事を敵と認識した事は……肌で感じる。

 どうやら図星を指されて、千年前の“何か”を思い出してしまったのでしょうか?

 さっきまではユラユラと蠢き、気付いたら消えて現れるスタイルだったのに、まるで弾丸の如く感情むき出しで突っ込んで来たのだ。

 あまりに今までと違うスタイルに面食らってしまう。

 だが直線である事だけ分かっていれば……!

 私は咄嗟に横っ飛びに交わしてカトラスを抜き、アクロウの攻撃を受け止め、流した。

 ヤツが手にしていたのは燃え盛る一本の杖……それは魔力を攻撃に変換する類の魔導具なのか、勢いのまま地面に激突してクレーターを発生させる。


『黙って聞いておれば好き勝手な事を……。貴様が我の力を受け継ぐ後継者であるなど、どうやら思い違いであったようだな! 仲間を、絆を持つ者が羨ましいだと!? そのような世迷言を抜かしよるヤツなど……』

 

 怒り心頭……どうやら私は逆鱗に触れてしまったようですが、私はそれでも、かつては同一の臆病な魂を持っていた同志とやらに、一言言いたくなった。

 我ながら性格が悪いと自覚しつつ、ニヤリと笑って……。


「ちなみにアクロウ、私は今日この後に仲間と祭りを巡る約束をしているぞ? どうだ、羨ましいか? 我が同士よ!!」

『ガアアアアアアアアアアアアア!!』


                 *


「ちょっとちょっと……なに煽ってんのよ。真面目ちゃんのカチーナにしては珍しいわね」


 狙撃体勢を取るリリーは、雑木林の中で戦うカチーナを援護する、もしくは魔導霊王を仕留めるつもりでチャンスをうかがっていた。

 その距離は約400メートル、そこそこの遠距離だがリリーにとってはほぼ確実に狙撃できる範囲でもある。

 しかし魔導霊王を仕留めるのは魔力体を魔力で狙撃するしかなく、当然だが魔力の防壁で防ぐ事だってできるから、ほぼ一撃で仕留めないとならない。

 そうなるとカチーナがピンチに陥る瞬間でも不用意に狙撃するワケにも行かず、歯がゆい思いをしていたのだった。


「おまけにさっきよりも動き回るし、雑木林も邪魔だし……あ~も~!」

『……リリーよ、今どんな状況だ?』

「!?」


 スコープを覗くリリーは突如背後から掛けられた声に驚くが、その声は良く知っている仲間の声だと気が付き息を吐きだした。


「ドラスケ!? 狙っている時に急に声かけないでよ、今カチーナが絶賛バトル中で狙撃のチャンスをうかがっている真っ最中なん…………」


 しかしスコープから視線をドラスケに向けたリリーは、その異様な姿に声を失う。

 いつもは白い子ドラゴンの骨である彼の全身が真っ黒く染まり、それだけじゃなく付けている鎧の各部が人の顔が張り付いたような禍々しく不気味な様相になっていたから。


「……ドラスケ? また王子様に魔改造でもされた?」

『不本意だが、そっちの方がマシだったかもしれん……』




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