第百四十五話 残虐の根源(カチーナside)
『フハハハハハ、そうかそうか! なるほど貴様は本能で我が想いを理解したというのだな、さすがは根源を同一とする同志である。この場から見下ろすのが祭の最中、混乱に満ちた民衆の姿が見え、泣き叫ぶ絶叫を聞き取るのにふさわしい観覧席である事を看破したという事なのだから』
「私は、そのような下衆な理由でこの場を見出したワケではありませんが?」
『クフフフ、謙遜する出ない我が後継者よ』
私の気分とは裏腹に、アクロウは陽炎のように揺らめきながらも機嫌良さそうに笑い始める。
実に……癇に障る笑い方で。
まるで私の本音など分かっているのだとでも言いたいように。
『我と同じ崇高な魂を持つ者であるなら、人の世で只人としての仮面を被り続けるのはさぞかし苦痛であろう。この場に貴様が訪れるのは計算外ではあったが、良い機会でもある……貴様を縛り付ける偽りの感情を我が今宵解き放ってやろうではないか……』
「それは、是非とも遠慮願いたいです」
私は鞘からいつでもカトラスを抜けるように柄に手をかけて、アクロウの動きの一つ一つを見逃さないように警戒する。
目にしているのにそこにいるような気がしない気配の無さ、皮肉な事に千年前のエルフの亡霊と同じような事を人間とエルフのハーフであるホロウ団長が実践している。
初見に比べればある程度の警戒は出来る……とは思うものの、逆に
どっちにしても、私の正攻法では掠る事すら敵わないのは分かっているが……。
『我と魂を同じくする貴様なら、我が脚本を受け継ぐに相応しい貴様であるなら、コレからこの町で起こる最後の舞台を存分に楽しめるハズである』
「最後の、舞台だと?」
何とも不吉な言葉に眉を顰める私だったが、アクロウはまるでコレから始まる演劇を盛り上げようとする舞台俳優のように両手を広げて語り始める。
『今宵、長年王国の貴族たちが争い続けたザッカール王国南方領は、我が長年に渡る計略の果て、終焉を迎える事になるのだ! しかもそれはこの地を、人々を守り、国を守らなくてはいけないはずの貴族家同士の死合いによって!!』
嬉々として語るアクロウに、私はギラル君が仕入れた情報を元に考察した事が思い当たった。
「長年の計略……と言う事は、やはり歴史書にあった両家の諍いが起こる度に姿を現していた『耳の長い謎の男』というのは貴方の事だったワケですか」
『ほお、知っておったか? その通り、我は長い年月の中、時に人に擬態し、時に人に憑依し、巧みに心理誘導しつつ決して表には出ず崇高な脚本を描いて行ったのだ』
「…………」
『特に初代グレゴリールとロコモティの悲劇は、我にとって最高傑作である。首尾よく邪人化に成功した女を人として救う為に、男が血涙を流しつつ合い討つのは正に感動的でなぁ……それが原因で両家が骨肉の争いに発展したのには笑いが止まらんかった!』
「!?」
それが、遺跡で亡くなっていた婚約者同士の死の真実か!
おそらくはヤツが関わっているとは思っていたが、なるほど……人として救えない状況に陥った婚約者を人として終わらせるために、共に……。
私は自分が今の話にイラついた事実に、心から安心した。
笑いなど欠片も湧かない事に……感謝した。
『そして、これより両家の終焉を彩るのもグレゴリールの子倅とロコモティの娘。しかし初代とは違い、彼の二人はどちらも疎み憎しみ合っておる。今宵、祭りを舞台に両家の遺恨を終わらせようとするほどにな』
「それが……貴方の言う貴族同士の死合いですか」
『そうだ、クフフ……我が真理誘導の中でも今代のグレゴリールの子倅は最も面白くハマりおってなぁ~。魔力至上主義、魔法が卓越した者こそが貴族の頂点に立つべきで金で成りあがった貴族など邪道である、という思想にうまく凝り固まってなぁ~』
「……つまり、ジャイロ少年があのような振舞になった一端は貴方にもあったという事なのでしょうか?」
私が睨みつけるとアクロウはますます上機嫌に、眼下に広がる港町を示した。
『その通り! そして魔導を納めロコモティへの悪感情を高まらせたヤツが両家の禍根を終わらせようとロコモティの娘と決闘する時、奴らは全てを失う事になるのだ……』
「すべてを……終わらせる?」
『クフフフ、クライマックスは秘密にしておこうじゃないか。しかしどちらも自らが正しいと信じて疑わない両家の跡継ぎ共が血で血を洗う死闘を繰り広げ、その結果自分たちの決意や覚悟が全て無意味に終わる瞬間……それは得も言われぬ感動を快感を約束する瞬間であるのは保証しよう……同士よ』
気分よく自分の悪事を語り、自慢げに披露する千年前の怪物。
そんな奴が用意した終焉とやらが碌なモノじゃ無いのは、私にも想像できるが……。
ヤツの話を聞き終えた時に私の口から出たのは、罵倒の言葉でも憎悪の罵りでもない……重た~い溜息だった。
「はあ~~~、もう宜しいでしょうか? 幼少期に僻み根性でしていた妄想を引き出されるようで、居た堪れないのですが……」
『……なに?』
多分この流れなら私が罵倒してくるのだと思っていたのだろうが、生憎私が感じるのは心の底からの情けなさ。
ギラル君が現れなかったら、自分の未来はコレだったのだと見せつけられると……もう。
「私がこの場所を見出した理由は……貴方が言うような残酷な舞台を眺めたいなどという“後付け”の感情ではありません。もっと単純な……私自身が封じたい臆病な記憶からの憶測です」
『後付けだと? 貴様は何を言っておる。我と魂を同一とする者ならば、我と同じように生まれながらにして根源に破滅の脚本を完成させる願望を抱いているハズ。全ての絆を破壊する悦楽を求める崇高な魂がな……』
自分の魂は私と同一、邪気を受け渡して私を後継者『邪闘士』へと導けるほど同一であると確信しているアクロウは、私は同じ感情を心の底に持っていると思い込んでいる。
互いに根源にしているモノが『残虐性』であると。
しかし千年も存在する魔導霊王にそんな事を言われても、それと私が同一の魂を持っていると自覚していても……私の気持ちは揺らぐ事はない。
「どうやら、千年の月日を無為に過ごすうちに自身が何者であったかすら忘れたようですね。いや? 忘れがたかったから都合よく解釈を変えたのかも……」
『…………』
ユラリ……その言葉にわずかにだがアクロウの体が揺らいだ気がした。
しかしそれだけで、私は確信する……やはりコイツは私と同じだ。
私と同じように、外道聖騎士カチーナと同じように、同じ根源を持つがゆえに外道に堕ちた最悪の結果。
「楽しいお祭りの夜。なんでこんな場所に一人で現れたのでしょうね? 私にとってはつい十何年前の事ですので非常に残念ながらハッキリと覚えておりますが?」
『ふむ……どうやら我が同志、我が後継者にはいささか躾が必要なようだな。我が脚本を受け継ぐには少々理解が足りないようだ』
その瞬間、魔導霊王は初めて不快そうな声を出したかと思うと、さっきよりも遥かに悍ましい悪寒を伴う気配を発し始めた。
魔力も邪気も感じ取れない私には、それが一種の気配としてしか感じ取れない。
ギラル君なら『気配察知』で五感を駆使してもっと具体的な情報として生かすのだろうけど、剣士として生きて来た私にはもう少し漠然とした感覚でしか感じ取れない。
全身を凍り付かせる、相手を殺生する事を目的にした必殺の気配……殺気として。
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