第百四十四話 祭りの私の居場所(カチーナside)

 私たちが再び港町『ツー・チザキ』に到着した時、そこは先日とは打って変わった様相を見せていた。

 夕刻の薄暗くなり始めた街並みを色とりどりのランタンが照らし出す幻想的な雰囲気の中、出店が立ち並び楽し気な町民たちが親子と、友達と、恋人と思い思いに闊歩する。

 本番では精霊と祖霊に感謝を捧げ、皆で歌い踊るそうだけど……誰もが祭りを楽しんでいる事は“嫌でも”伝わって来る。

 グレゴリールからここまで、王都からに比べれば近いけれども走破するにはそこそこ時間が掛かってしまったようだ。

 しかし私は昔から騎士として鍛え続けていた事もあったが、リリーさんも私と同様に走り続けていたというのに呼吸も乱れていない。

 小柄な体格であっても、さすがは聖女エリシエルのパートナーだった人ですね。

 私が感心していると、彼女は一つ伸びをして背中に畳んでいた狙撃杖を取り出してガシャリと遠距離用の長尺へと変形させた。


「ふ~、何とか事が起こるより前に着いたね。これからあのクズリッチが何を仕出かすつもりなのか知らないけど、祭りが一番盛り上がる瞬間を狙う気がするね」

「その辺は、同意です」


 皆が最も盛り上がる、注目する瞬間に……それは私も想像した事がある。

 ただそれは……混乱とか破壊とか、そういう事では無く……私は何となく、祭りの中心である水の精霊像へ視線を向ける。


「ねえカチーナ、、本当に一人で囮をやる気? 狙いは貴女だから囮をするのは分かるとして、有効な攻撃手段を持たないのは変わらない。危険には違いないよ?」


 アンデッドでも死霊のように魔力体で邪気を操るタイプは、魔力体を破壊しない限り倒す事は出来ない。

 つまり本来私たちのパーティー『スティール・ワースト』ではリリーさん以外に倒せる者はいないのだから、彼女の心配は最もな事。

 何か反則技でもない限り…………私はそっと右の手首に触れた。


「大丈夫ですよ。どちらにしても向こうが欲しているのが私自身だというなら、少なくとも致命傷を与えるような事はないでしょう。それに私は、毎日高速の盗賊と魔導師と鍛錬しているのですよ? 並大抵の攻撃が当たるほど鈍いつもりはないです」


 それも半分以上は本音、ギラル君とリリーさんの攻撃は威力よりもスピード重視。

 しかも日に日に速度は上がって行くし、攻撃手段も多彩……簡単にやられるようでは彼らの沽券にもかかわってしまう。

 そういうとリリーさんは溜息交じりに苦笑する。


「やれやれ、貴女は見た目通りに融通が利かないね。自身が傷つく危険があるのに進んで請け負うのを是とするのは、もう『ワースト・デッド』の業なのかもね」

「少なくとも、私にはギラル君ほど自己犠牲精神はありませんけど」

「アイツのは使命感ってより恐怖心からのモノだろうけど……」


 どうやらリリーさんも気が付いていたようですね。

 私たちは全員最悪な死の未来を抱えていた同志、だけどギラル君だけは直接『予言書』を見て、自身の、私の、私たちの最低な顛末を目の当たりにしている。

 それだけに、又聞きの私たちとは『予言書みらい』対する心構えが違う。

 今だって別行動で何をしているのか……無茶していなければ良いのですけど。

 そんな事を思っていると、リリーさんが狙撃杖を肩に担いで祭りが催される町とは反対側へと向かう。

 私と距離を置きつつ狙撃の瞬間を狙う為に。


「んじゃ、私はしばらく貴女のストーキングに専念するから。早いとこ片付けてみんなでお祭り回りましょ。精霊神教も利権でガッチガチな組織だったけど、祭りだけは嫌いじゃ無かったのよね~アタシ」

「あ~……はは、了解です」


 私はリリーさんの言葉に微妙な気分になりつつ、反射的に答えていた。


「そうか……リリーさん、お祭り好きなんですね」


 そして彼女が姿を消した辺りで、私は逆に祭りで賑う町中へと歩を進める。

 ボンヤリと幻想的に灯が照らし、楽し気な夜を彩る。

 どこからともなく笑い声が聞こえ、遠くから本日の為に用意された音楽団の陽気なミュージックが聞えて来る。

 まさに海の男たちどころか、海の民たちが一年で最も燃え上る特別な日。

 そんな中、私は一人、鬱々とした気分で歩いていた。


 私は……祭りが嫌いだった。


 楽し気に出店で買い食いする友人たち。

 特別な日に愛を語り合うカップル。

 親にねだって“仕方ねーなー”とオモチャを買ってもらい大喜びの子供たち。

 メインイベントになる祖霊への踊りなどイベントに興じる年齢も関係ない、仲間たちが団結する風景。

 どれもこれも……他人の絆を見せつけられるだけで、幼い頃の私は祭りの度に惨めな気分を味わっていた。

 こんな事は親を惨殺されたギラル君や、元々親を知らない孤児だったリリーさんに比べたら酷く甘ったれた感情なのは分かっている。

 けれども、私はその家族が存在したからこそ……こうしたイベントに縁が無かった。

 幼少期、普段は私を見向きもしないクセに、祭りの日は決まって“立場が”とか“地位が”とか貴族として、長男としてなど御託を並べて祭りに参加する事が出来なかった。

 町から聞こえる楽し気な音楽を聞くだけで悲しい想いをしている私を他所に、普段は選民思想の塊でしかない義母や妹たちをお忍びで祭りに連れ出しているにも関わらずにだ。

 当時はその理不尽な扱いに絶望するのみだったが、今考えれば父も義母も妹たちも……お忍びで祭に行って私が悔しい想いをしている事を知っていたのだろう。

 知っていて……私が悔しい想いをしているのを喜んでいたのだろう。


 それでも一度だけ、祭りの夜に抜け出せた日があった。

 あの楽し気な夜に自分も入り込める、そこに行けば自分も孤独じゃない……そんな淡い幻想を抱いて……。

 でも……そんあ奇跡的な日に私が取った行動、私がいた場所と言うのは……。


「ここ、かな? ここなら祭の全容が見渡せるし、何よりも誰もいない。自分一人しかいないのに祭に参加している気分になれる」


 私は港町を抜けて、町全体を見渡せるロコモティ伯爵家のある丘の上よりは少し下の雑木林の中にいた。

 かすかに聞こえる喧騒と音楽はあるのに、大勢の人の声は聞こえるのに自分しかいない異空間。

 私はそんな、祭りの日だというのに陰気な場所に立っていた。

 あの魔導霊王が自分で語ったように私と同じ魂だというなら。

 外道聖騎士として私と同調できるほどに、私と同じ精神の形をしているというなら……。


「……いるのでしょう? 同じ魂と豪語するからには、祭りの日にこの場所に貴方がいないワケは無いでしょう? 魔導霊王アクロウ」


 その声は暗い雑木林に響いた。

 正直な所、私は今の声が虚しく響くだけで終わる事を期待していた。

 ちょっと格好つけた今の言葉に何の反応も無く、先日のシャイナスの同類だと恥ずかしい想いをして、後でギラル君とリリーさんにイジって笑ってもらう事を期待していた。

 だけど……。


『ほほう……よくぞ私がここにいる事を看破できたな。人の身で邪気を感知できる者は僅かしかおらん、貴様にそれが出来るとは思えんが……』

「……貴方が言った事です、自分と同じ魂を持つと。ならばこの日、祭りの日に私が自信が選ぶ場所にいる可能性が高いと思ったのみです。 実に……実に不本意ですが」


 雑木林の暗がりから魔導霊王アクロウが嬉々として現れた瞬間、凍えるような悪寒が全身を襲うが……私は圧倒的なガッカリ感のせいで気にならなかった。


「コレが未来の自分の姿だと思えば……少しはギラル君の恐怖も分かる気がします」


 その瞬間、右手首に記された細い一本の茨の紋が軽く締まった気がした。

 私は未来の自分から託されたおもいにそっと手を触れて……気持ちを新たにする。


「分かってますよ。私は……聖騎士アナタにはなりません……」

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