第百四十三話 エビとタマゴと謎の肉
フリーズドライ、それは神様に教えて貰った……というか、偶然知る事が出来た知識。
俺が神様に出会った当初なのだが、神様に作って貰った料理に“お湯を注ぐだけで完成する”という魔法の食べ物があった。
俺はその麺類の虜になって嬉々として出されるたびに啜っていたものだが、しばらくすると神様自身が『いつも食うのは体に悪いから』と言ってたまにしか食わせてくれなくなったのだ。
まあそれ以外の食べ物も美味かったのだから、文句を言う気は無いのだが……。
ただ、味は勿論だけど俺はその食べ物がどうやって出来上がっているのかが気になったのだ。特に小麦の麺以外の、傷みやすく絶対に海辺でしか食えないはずのエビや調理後の卵なんかがお湯を注ぐだけで本来の姿と味になるって言う魔法のような技術。
当時の俺でもそれが干物に関連する乾物なのは予想したけど、そう言った乾物はお湯に入れても数分で元に戻るって事はあり得ないからな……。
そして、神様が『光る板』を使って予言書と似たような『動く絵』を見せて教えてくれたのは……。
「「「ギャギョギョギョ!!」」」
「ギラル!? 何をボーっとして、上ええええええ!!」
「ま……美味しく、形を保ちたいワケじゃねーから、フリーズの手順は別にいらないんだけどな!」
考えを巡らせていると、またもや数匹のグロガエルが水面から水しぶきを上げて飛び掛かって来た。
俺がそっちを向かず、警戒しているように見えなかったからか、シャイナスが悲鳴じみた声を上げるが……さすがに分かってるって。
あえて飛び掛かろうとする奴らが狙いやすいように、そして一か所に集まるように誘導した上で、俺は周囲に仕掛けていた『デーモンスパイダーの糸』を一気に引いた。
ビシイ……「「「「ギベギョ!?」」」」
捕縛術『投縄蜘蛛』、瞬間、空中で網にかかった魚の如く一括りに纏められたグロガエル共は、珍妙な奇声を上げて甲板へと落下した。
ボチャンという、なんとも水気を含んだ嫌な音と共に……。
「お、おいおい兄ちゃん……俺の船、あんまり汚さないで欲しいんだが」
「転覆するよりゃマシだろう。さ~シャイナス、コレからこいつ等を使って実験してもらいたい事があるんだけど……良いか?」
音も形状も生ごみの類にしか思えないようで、露骨に嫌な顔をするオッちゃんの意見を無視して、俺はシャイナスにコレからやって貰いたい事の詳細を教える。
その内容を耳して、シャイナスは意味不明とばかりに眉を顰めた。
「……そんな事をして何になるというのだ?」
「いいから頼む。少なくとも俺のダチにも小規模なら成功した方法だから」
「何だかわからないけど…………大空駆ける風の精霊シルフィード、我が創造を形に……」
半信半疑、と言うか何のためにやらされているのか分からない。
そんな様子でシャイナスは、不気味に蠢いて蜘蛛の糸から脱出しようとしているグロガエルたちに手をかざした。
そうしているうちに、次第に一塊にされた連中を中心に風が巻き起こり小規模の竜巻となって行く。
しかし小規模とは言え竜巻だというのに、術者はおろか俺にも船にも強風が襲ってくることはなく、本当に局地的にのみ効果を発揮する現象。
そんな事を可能とするのが魔法の力であり、そして後に賢者と言われる才能の片鱗何だろうな。
ったく、こんな時だってのに……やっぱり自分にはない才能を持ったヤツを見るのはムカつくぜ。
魔力と言う理不尽な才能を妬みつつ、しばらく竜巻が続いたかと思った時、その現象は突如として起こった。
ジュオオオオオオオオオオオ……
「「「「グギョ!? ギョ!?」」」」
「な、なんだ!?」
竜巻の中心にいたグロガエルたちの塊から、突然強烈な蒸気が発生した。
目から、口から、全身から……留まる事を許されず強制的に奪われて行く体内の水分。
当然だが、そんな風に急激に水分を奪われてしまえば生き物は瞬時に干乾びて行き、ミイラと化していく。
しばらくは何とか逃れようとしていたグロガエルたちだったが、ものの数秒も立たない内に最初の時は一抱えの大きさはあったのに、最終的にはボール程度の大きさにまで縮んでカラカラになってしまった。
ミイラにされたカエルたちは元より、今それを実行した本人であるシャイナス自信が何が起こっているのか分からずに目を丸くして口をパクパクしている。
「すげぇな……ダチの魔法剣士に同じ事をやらせても、せいぜい美味しい干物か干し肉が作れる程度の領域しか作れなかったのに、ちょっと教えられただけで甲板サイズの領域を真空まで持って行くか。さすがは賢者」
「どどどどどどどどどどういう事!? なんなのこの現象は!? 火属性魔法も使ってないのに、熱くなったワケでもないのに、こんな一瞬で奴らがミイラに!?」
ショックから立ち直ったシャイナスは興奮気味に俺に掴みかかって来た。
何というか怒りの興奮ではなく、困惑に近いような……あえて言うなら好奇心を刺激されたような……。
俺がシャイナスに頼んだのは“カエル共の周辺の空気を出来る限り無くしてくれ”というモノ……神様曰く、真空状態を作り出してくれと言う事だった。
空気にも重さが存在して、その重さ『気圧』が下がる事によって元は100度のハズの沸点が下がり、真空状態では自身の体温で水分は沸騰、蒸発してしまうのだ。
何度か再現できないものかと、よく風属性魔法を使えるロッツに原理を教えて小規模の真空状態を作り出してもらったもんだが、結果はヤツの乾物を作る腕が上がったのみだったな。
それが原因で酒飲みのリーダーに気に入られる一端になったのだから、何が幸いするか分からんもんだが。
「とにもかくにも、グロガエルたちは立派に干物になったのに、増殖する様子も再生する様子も無い。これらな当たりを火の海にする事もなく、魔法を使って間接的に連中を駆除できるんじゃねぇか?」
「そ、それはそうだけど、説明! 説明してくれ!! 僕は風の魔法で一定区間特殊な空気の薄い状態を作り出しただけだよ!? 一体何がどうなってこんな事に!?」
それは害獣退治の光明が見えたというよりは、知的好奇心に正直な学生としての、そして賢者としての表情だった。
漆黒の戦士よか好感の持てる態度ではあるが……。
「教えてやるのはやぶさかじゃねぇんだけど、今はそんな暇は無さそうじゃね?」
「……え?」
「「「「「「「「「ギャギョギョギョギャ……」」」」」」」
詰め寄るシャイナスを他所に、さっきとは比べ物にならないくらいの大量のグロガエルどもが甲板に這い上がって来た。
咄嗟に俺は鎖鎌を振り回し、シャイナスは魔力を直接当てないように『烈風障壁』でカエル共を吹っ飛ばす。
しかし後続の連中が次々に現れるから、段々と余裕が無くなってきて……と言うか。
「ちょっとオッサン、何か段々と船の速度が落ちてきてねーか!? 明らかにさっきより連中に囲まれ出して来たけど!?」
そう、カーブで減速したワケでもないのに徐々に追い付かれ出しているのだ。
このグロガエル共は環境への影響はさておき、個々の強さで考えるならそこまで強くはない。しかし数が問題……この辺は大抵のアンデッドに通ずる共通点だけど。
この手の連中と対峙するには逃げ足が最も重要なんだが……オッサンは俺の言葉に逆切れ気味に叫んだ。
「うるせぇ、これで一杯一杯なんだよ!! この前主にぶつけられてからエンジンの調子が悪いんだよ! 王都に戻ったらメンテする予定だったのに!!」
「オッサン……まさか年下の嫁さんだからって、“お兄ちゃん”とか呼ばせる更なる犯罪行為を仕出かしてないだろうな?」
「バ、バカ言うな! 俺はそこまでマニアックじゃねぇ!! 精々時たま“先輩”って語尾にハートマーク付きで呼んでも貰うくらいで……どわああ!?」
「な、なんだ一体……うげ!?」
オッサンが更なる犯罪を自供した瞬間、運搬船が大きく右に傾いた。
慌てて船体を確認すると、右側面が真っ黒に染まるくらいにカエル共がへばりついていて一斉に登ってきていた。
蠢き奇声をあげる黒いそれは、なんとも気色悪い光景である。
「即興命名、『熱砂の
しかし慌てて俺が鎖鎌と糸で連中を引きはがそうと考えた瞬間、グロガエル共に張り付かれた右船体部に竜巻が発生した。
当然それはシャイナスによる風属性魔法で、俺がさっき教えた真空乾燥。
ジュオオオオオオオオオオオ……
「「「「「「「「ギョヘエエエ!!!!?」」」」」」」」
巻き込まれた奴らは張り付いたまま全身の水分が強制的に抜き取られて行き、やがてミイラと化すとボロボロに砕けて川に落ちて行く。
船体に張り付いたままの前足だけを残して……。
しっかし、俺の少々の助言だけで真空現象を再現しただけじゃなく、もう独自の風魔法を編み出し使いこなし始めていやがる。
「んにゃろう……コレだから才能のある連中は嫌なんだ。こっちの何年越しの努力を鼻歌交じりに飛び越して行きやがる」
「何をブツブツ言ってる!? それよりも後で絶対この不思議な現象の説明をしてもらうからな!!」
こっちが勝手な嫉妬心を感じてるって言うのに、向こうはむしろ徐々に尊敬の眼差しを交えてきているのが……何ともやりにくい。
これだから天才ってやつぁ~。
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