第百四十二話 直火と蒸し焼きの違い
不満を露にする爆死確定なオッサンは置いといて……現実に問題なのは俺たちもそも星周りの渦中にいるって事だ。
運搬船がようやく方向転換を終え、下流に向かって動き始めた事で大群のグロガエル共に囲まれる最悪の事態だけは脱する事が出来たみたいだけど、危機が去ったという事ではない。
数匹の泳ぎが早い個体が船体に張り付いて登って来たり、さっきと同様に水面から飛び上がって来たりして襲い掛かって来たのだった。
「……チッ、無賃乗船お断りだっつーの!!」
今度は鎖鎌の鎌、刃の方を投げつける。
鎖鎌の投擲は分銅の方が用途が多い、鎌は鎖と分銅を使って至近距離に引き込んだ敵を斬る為の、いわば至近距離の運用こそが重要だからな。
しかし投擲の技法も勿論ある。
その方法も外側に向けて“押し切る”ではなく手元で草を刈る時と同様に内側に向けて“引き切る”事こそが重要、下手に刺されば抜けなくなるし、何よりも欠けたり折れたりしてしまうからな。
投擲と同時に攻撃対象を間合いの内側、飛び掛かるヤツの喉笛、這い上がるヤツの脳天を走る軌跡を脳内で描きつつ、鎖を引き戻す。
「ゲビ!?」「グジョ!?」
鎖鎌術『飛翔蟷螂』……喉笛と脳天を真っ二つに裂かれたグロガエルたちは、奇声を上げて体液をまき散らしながら川へと落ちて行く。
しかし落ちた水面にドス黒い体液が見えて、一瞬やったか? と思ったのだが、切り裂いたはずのそいつらは何事も無かったかのように傷口が開いたまま、再び追走を始める。
致命傷を負っても向かって来る魔物、そんな存在は一つしかない。
「クソ、邪気発生で予想はしてたけど、やっぱアンデッドの類かよ。物理攻撃もこれじゃ意味ないな」
普通ゾンビやスケルトンのような肉体を持つアンデッドなら、肉体が破損して物理的に動けなくなれば攻撃できなくなるけど、こいつ等は再生能力があるからどうしようもない。
だが悪態を吐く俺とは裏腹に、シャイナスが言った。
「いや……それでも魔法での負傷に比べて再生速度が遅い」
「……え?」
言われて気が付いたが、確かにさっきは瞬時に再生したどころか分裂増殖までして見せたというのに、今は治り切らないまま追走をしている。
いや、今だって再生はしているけどさっきと比べると明らかに遅い。
「……再生にも魔力を利用している?」
「確かにそうだ。それにあれらがアンデッドの類だというなら、納得できるところもある」
「何がだ?」
「アンデッドは基本的に魔力体、核をどこかに持っているものでゾンビみたいに魔力体が魔力で無理やり死体を動かしているか、死霊みたいに魔力体が特殊な魔力で体を構成するタイプかの2種類。死霊の体については判明していないけど、アレは前者、魔法を吸収利用する特殊な死肉を魔力体で動かしているタイプのアンデッドなんだ」
「…………」
俺は正直、、シャイナスのそんな冷静で知的な分析に舌を巻いていた。
『魔力感知』で見えるからってのもあるだろうけど、それは紛れもなく『予言書』で勇者を導き仲間たちの頭脳として動いていた賢者としての姿を彷彿させる姿。
さっきは自身の魔法で引き起こしかけた事態にショックを受けていたのに、既に立ち直ったとするなら、やはりこいつは知識だけじゃなくメンタルも強い。
ただ、その分析が正しいとすらなら……。
「シャイナス! アンタの魔法で魔力体ごと吹っ飛ばすのは可能かい?」
ゾンビを倒す最も手っ取り早い方法が頭部の破壊、何故なら生前脳があった場所だからか、魔力体がある場所は基本的にそこ。
魔力体は肉体から切り離されると、しばらくすると消失してしまうから。
それ以外は魔力体を魔力で破壊するしかないのだが“予想通り”シャイナスは渋い顔で首を横に振る。
「無理だ。一匹ずつなら可能だろうけど、あの数をまとめてでは確実に打ち漏らし、殺しそこねが出る。殺しそこなって高位の魔力を利用されたら……何匹アレが増殖する事か」
「……だよな」
……本当に、面倒臭い。
しかし朧げに太古のエルフたちが湖を消失させるしか無かった理由も見えて来る。
水に潜んだ毒素をまき散らす魔物を駆除するにはそれしか方法が無かったのだろう。
魔力だけじゃなく独自にも増殖を始められたら、こんなの手が付けられない。
「うわああああああああ!?」
解決策が浮かばず、最悪ライシネル大河すら消失させないと無理なのか考えていたその時、後方ばかり警戒していた俺にオッサンの悲鳴が聞こえた。
いつの間に船首の方に回っていた奴らが2~3匹飛び掛かって来ていたのだ。
「やべぇ!?」
「く……
「「「ガボ!?」」」
が、慌てて俺が迎撃しようとした矢先、3匹は空中に発生した下からの強風に阻まれ吹っ飛ばされた。
シャイナスによる風魔法の障壁が間に合ったのだ。
俺は心からホッとすると同時に“何だよ、ちゃんと戦いも出来るじゃん”と思い、現状の奇妙な思考が自分の責任でもある事を思い出して落ち込みかける。
しかし目の前で起こったある事に気が付き、沈みかけた気分が吹っ飛んだ。
「あ、あれ? 今吹っ飛ばされた奴ら……増殖していない??」
それはほんの少しの違和感ではあったが、決して無視してはいけないと本能的に注目するべきだと思った。
もう一度川に戻された数匹のグロガエル共に注目してみても、やはり増殖はしていない。
魔法によって傷が付かなかったからなのか?
それとも風属性魔法だけは連中にも吸収が出来ないって事なんだろうか?
いや……それとも……。
「……どうかしたのか、我が宿敵。突然考え込んだりして」
「その宿敵ってのはそろそろ止めろよな、俺はギラルってんだ! それよりも少し思いついた事があるんで、実験に付き合ってくれるか?」
とりあえずこのまま宿敵呼ばわりも面倒だし恥ずかしいから、今更ながら自己紹介しておく。
今後ちゃんと呼んでくれるかは分からんけど。
そして俺が実験と言うと、シャイナスは露骨に嫌そうな顔になった。
「実験って……さっき焔玉撃ち込んだ時のようにか? さっき増殖した時に『魔力感知』の瞳で魔力の流れは確認していたが、あれは属性だの関係なしに『魔力』を吸収していた。他属性の魔法を試してもおそらくは……」
「へえ、さすがよく見てるな。やっぱ奇天烈な格好してても賢者様ってか」
「なんだって?」
「いや、なんでもねぇよ。それよりも俺は魔法についてはガワの知識しかねーからよ、ちょっとご教授願いてぇんだが……今お前さんが使った『烈風障壁』だったか? アレにぶち当たったカエル共は魔力を吸収、増殖しなかったぞ。何でだと思う?」
『予言書』でおそらく世界最強の賢者であった人物の片鱗を感じつつ、そんな疑問を現漆黒の戦士に投げかけてみるが……ヤツは“何を今更”とばかりに鼻から息を吐き出した。
「それは当然だろう? 焔玉は魔力の火を直接撃ち込む魔法だが、烈風障壁は“風の魔力で強風を起す”魔法だからな。同じ風属性魔法でも直接相手を切り裂く『
「……それはつまり、間接的な現象であれば魔力を使っても、ヤツには吸収されないって事なのか?」
魔力を吸収されずに魔法を行使する方法……ようは魔法を直接当てなければ良い。
俺はそこにこそ突破口があると思い至ったのだが、そこまではシャイナスはとっくに気が付いていたようで、残念そうに首を振る。
「考えている事は何となく理解できる。風魔法を直接使わないように、例えば周囲に炎を上げて蒸し殺すとか、水の魔法や土の魔法で巨石を奴らに落とすとか……そんな感じではないか?」
「…………」
「残念だけどそれを実行する為には場所が悪すぎる。流れの急なライシネル大河では継続的に炎で囲む魔法など使えないし、そんな事をしたら森林が消失する大火事になってしまう。当然岩を落せるような崖も大岩もこの先には一つとして存在しないしな」
その通り……まさにそれこそが太古に起こった湖をエルフたちが消失させるしか無かった原因だろう。
アンデッドとはいってもこいつらも水生の魔物、水の無い場所での乾燥には弱いと見る。
湖全体に増殖してしまった毒素をまき散らす連中を処理する為には、逃げ場を無くす意味でも水場を全て消し去るしか無かったのだろう。
強力な火の魔法でも使って湖全体を沸騰させ、蒸発させるしか……。
ライシネル大河は、そんな消失した湖の名残……そんな場所で仮にも同じ手段を行えば千年越しに全ての水源を失う羽目になるのかもな。
それこそ、そんな事態になったら魔導霊王アクロウは高笑いする事だろう。
指を突きつけて『最後の水源を枯らしたのはお前自身だ』などと言うのだろう。
手を付けられずに下流の町で甚大な被害が起きたら『傍観して何もしなかったおまらえらの責任だ』とニヤニヤして宣うのだろう。
……まあ、そんないい気分にさせてやるつもりはないけどな。
「シャイナス、お前さん中々観察力があるじゃねーか。案外研究者とかに向いてんじゃねぇのか? 多種の魔法も使えて付与も出来る、知識も豊富。多彩なのは羨ましいこって」
「……何を言っている」
間接的な魔法の使用も今の状況では不可能だと告げられたのに、俺がむしろニヤニヤと笑って見せた事でシャイナスは戸惑ったようだ。
しかし勝ち誇り、嘲り、見下したヤツが計画通りに事が運ばずに歯噛みする……そんな状況を“無理やり”妄想して先に笑ってやる事にする。
どんな悪人より、黒幕より先に笑ってやる……気に入らない連中から他者の不幸を楽しむ嗤いを盗み取る為にな。
「なあ……“フリーズドライ”って知ってっか?」
「……は?」
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