第百四十話 人は知らずに罪を犯すモノなり

「ったく、悪い条件ばっかり重なりやがるな!!」


 悪態を吐きながら、俺はひたすらにライシネル大河を上流に向かって移動を続ける。

 ただし、ライシネル大河に隣接する森の木々を飛び移り、抜けて行くという酷く面倒臭い方法で……。

 普通なら地上を走るのが人間が単体で最も早い移動手段のハズではあるが、生憎ライシネル大河は危険な人食い系の魔物、それも黒鎧河馬やら魚人やら水陸両用の輩がウヨウヨしていて下手に川沿いに道が作れない。

 故に河を遡りたければ森の中を抜けるしか無いが、森の中だって魔物はいるし、何よりも樹木が自然の障害物として立ちはだかる。

 必然的に、俺は培ってきた盗賊とパルクールの技術で進むのが最も早いって結論に至ったのだが……やっぱりある程度舗装されている町中で動くよりも不規則に並んだ自然の樹木を抜けるのは難しい。

 いつもならもっと早く飛び移れる距離や高さも、決まった法則で伸びていない枝や幹を五感を駆使して、確認、予測しながらではいつもの倍以上神経を使うし疲労する。

 しかしその苦労に反比例して速度はいつもより下がる。

 今のところ大河に変化はないように見えるが、陽動とは言えあのゲス野郎がやる事だ……ろくでもない事なのだけは間違いない。


「大体にして水辺でって考えりゃ……思い付くのは二番煎じなんだよな~」


 千年前のワンパターン、芸風がマンネリだと苦情入れたいところだが、生憎聞き入れてくれそうな柔軟な対応をしてくれる脚本家ではないだろう。

 人の住む広域を滅ぼす手段とか、一度成功しているからこそ……。

 そんな嫌な予感を拭う事は出来ず、というかほとんど正解だと確信しつつ枝を掴み、幹を蹴り、葉っぱの隙間に飛び込み先を急ぐ。

 しかし俺は飛び移る目的で樹木よりも高く飛翔した瞬間、一時的に開けた視界に、それも青空に一つの影が入り込んだのに気が付いた。


「……あん?」


 黒い人影……一瞬魔導霊王アクロウか!? と身構えたのだが、怪しい格好はしているものの、それは一応敵対者ではなかった。

 向こうがどう思っているかは知らんが……。


「フハハハハ、奇遇であるな! 我が宿敵よ!!」

「お、おお……」


 森の上空、木々が茂る中疾走する俺に飛翔魔法で並走して来たのは、何故か黒いタキシードの自称シャイナスの姿をしたグレゴリール家長男のジャイロ君。

 目にした瞬間思ったのは“何でこいつここにいるんだろう?”って疑問だった。

 一応コイツとアクロウの接触を警戒して、ナターシャとの果し合いの約束があるはずだからカチーナさんたちは港町の方へ、俺は遺跡へと分かれたのに。

 俺もカチーナさんたちも、そして、もしかしたらアクロウでさえも空ぶったのだろうか? コイツの行動予測は……。


「お前さん、何だってこんな森の中にいやがるんだよ? ココからじゃ町は結構離れているのに」

「ふ、知れた事。今宵の約束まで時があるのだが、民衆蠢く町中では現在も戦い続ける我が血族の目から逃れる事は出来ん。一人静寂の中瞑想する為にこの地にいただけよ」

「え~~~っと? 平たく言うと“夜に約束があるけど、家族と喧嘩して気まずいから見つかりやすい町中じゃなく森の中で一人になりたかった”と?」

「ほう……我が意を汲むとは、やるではないか……流石は我が宿敵!」


 正解しても全く嬉しくねぇ……。

 コイツの中で俺の存在をどう消化したのか分からんが、何なのだろうか、このライバルとして認めたみたいな感じは……。

 だが、その認識は正直お断りしたい所だけど、今の状況ではそんあ痛々しいヤツの登場でもありがたい!

 俺は尚も語ろうとするヤツの足を迷わず掴み、そのまま空中にぶら下がった。


「むお!? き、貴様、何をする!?」


 第一印象最悪の俺の行動に、当然攻撃を疑ったヤツは慌てて振り落とそうとするが、俺は慌てるヤツに声をあげる。

 ヤツが、ヤツの世代の拗らせた輩が好みそうな言葉を厳選して……。


「聞け我が宿敵、え~~っと、混沌より生まれ出でし漆黒の戦士シャイナス! ついさっき俺の仲間がライシネルの上流から途轍もなく巨大で邪悪な気配を感知したんだ。ヤツの情報は確かで、このまま放置すれば下流にあるグレゴリール領、そしてロコモティ領に住む無辜の民に甚大な被害が降り注ぐか分からん!!」

「な、なんだって!? 邪悪な気配!!」

「ああ、俺はパーティーで最も足が速いから先行して情報を得るつもりで急いで入るけど、生憎盗賊の能力では限界があってな……」


 俺はジャイロの足を掴んだままぶら下がるの少々間抜けな格好ではあるものの、凛々しく真面目に映るように、そして暑苦しく叫ぶ。


「確かに先日の手合わせでは俺が勝ったが、移動速度という点において、俺は空を飛べる魔導師の足元にも及ばん! 今まさに必要な、選ばれし勇者は地上の障害物をものともしない飛翔魔法を使えるお前しかいないのだ!!」

「え、選ばれし……勇者だと!?」

「邪悪なる意志を挫き、人々の安念を守る正義の味方はこの瞬間、漆黒の戦士シャイナスだけなのだ!!」

「せ……正義の……味方!!」


 ドド~~~~~ン。

 ショックを受けたように仰け反ったジャイロ少年改めシャイナスは、やがてブルリと体を震わせると、超シリアスな顔になり……わずかに口元を上げた。


「…………いい、響きだ」

「……ん?」

「フワハハハハハハ!! なるほどなるほど、確かにソレは一大事である! 名も知らぬ我が宿敵よ! 今だけは過去の遺恨を水に流そうではないか! 正義の味方としては人々の危機に立ち上がらぬワケには行かん!!」

「ちょろい……つーか過去の遺恨って……つい先日の事だろうに……うお!?」


 何かを呟いたと思った瞬間、シャイナスは大仰な黒いマントを、これまた大仰にバサリと翻した。

 そしてこっちが何か言う暇もなく急上昇したかと思うと、そのまま上空を水平に吹っ飛び始めた。

 物凄い風切り音と強烈な浮遊感は、高所から落下するスピードよりも遥かに速く、心臓が飛び出るような感覚に襲われる。


「ウオオオオオオオオオオ!?」

「ワハハハハハハ、どうだこのスピードは!! 学園でもこれほどの速度を出せる魔導師はいなかったのだぞ!!」


 調子に乗って高速で飛ぶヤツはテンションが上がって自分の正体の一部を口走っているのに気が付かないようだが、ここは気が付かないフリをした方が良いだろう。

 何しろさっきに比べれば移動速度が本当に天と地、こういう事にかけて魔法はやはり便利な代物だというのは認めざるを得ない。

 まあ……だからこそ気になる事もあるのだが。


「なあ、何でお前さんはそんな黒い格好をしてんだ? こんな森の中でワザワザよう」

「む? 何だ貴様、まさかこのクールな姿にケチをつけるというのか? 一瞬で着かえられるよう我自らがカスタムしたこのタキシードを!?」

「ブフ!? は、はあ!? おま、その服ってまさか収納まで自分で作った代物なのか!?」

「……そうだけど?」


 俺の脈絡ない話にシャイナスは戸惑ったのか、少し素の言葉に戻りかけたが……その辺はどうでもいい。

 単純な魔法に関してはコイツ、強大な火属性や高速飛行の風属性も使っているから、それだけでも魔導師としてやっていけるのに、更に自分で収納魔法服を作り出せるという。

 ……考えて見れば没落予定の子爵家の息子が、収納魔法服なんぞクソ高い代物を手に入れる自由な金があるはずはなかったのだが、自分で作ったとすれば納得である。

 同時に、忘れかけていたが、こいつは『予言書』では賢者とすら言われた天才でもあったのだった。

 ぶっちゃけ金稼ぎを考えれば、戦闘なんぞやらんでも生産職だけでも伝説級の冒険者共に匹敵するくらい稼げそうなのに……。


「……何という才能の無駄遣い」

「何だと、それはどういう意味だ?」

「お前の魔法の才能……有効活用すれば莫大な利益を生む金の卵を産む雌鶏じゃねーか!? 何だってそんな趣味のおかしい黒いタキシードに全力で付与魔法掛けてんだよ!」


 冷静に『予言書』を思い返してみると、賢者シャイナスは火と風だけじゃなく、あらゆる属性の魔法すら行使していた。

 そんな奴が付与魔法すら使えるというのは本当に一つまみの才能のハズだ。

 魔法にそんなに詳しくない俺だってそのくらいの認識はある。

 それに確か“アレ”は付与魔法に対して相当に親和性があって、組み合わせると莫大な利益を生み出す可能性を秘めている。

 と……若干呆れた思いでそう言った俺だったが、シャイナスの反論に言葉を失った。


「貴様! このエレガントな衣装の素晴らしさが理解できんのか!! これは今王都で話題沸騰のナイスガイ、王族すらも恐れずコケにしてしまうクールな怪盗団『ワースト・デッド』の首領、『ハーフ・デッド』をリスペクトした一品なのだぞ!!」

「…………は?」

「先日の城でのパーティーの日、夜空に舞う3つの黒き影……あの勇士は今もこの胸に残っている。誰もが権力に屈服し、王族に反論など出来ようも無いというのに堂々と、しかも最も忌み嫌われているのに報復が怖くて誰もが手を出せなかった王妃の顔に泥、いやクソを塗るという蛮勇。それは誰もがやりたくてもやれなかった事なのに、事も無げに実行してしまう」

「…………」

「貴様も一度目にすれば虜になるであろう! 男なら一度は憧れる……ってどうした?」


 得意げに語るシャイナス……もといグレゴリール子爵家ジャイロ氏、並びにグレゴリール家に連なる親御さん含め親族の方々に申し上げたい。

 マジすんませんでした!!

 他人事で痛々しいガキだとか他人事全開で冷めた目で見ていたけど……王都で暴れたハーフデッドが理由というなら、元凶全部俺じゃねーか!!


「どうした突然黙り込んで。もしかして今更ながらこの衣装の素晴らしさが分かって声も出ないか?」

「……ああ…………何も言えん……言えんが…………何かスマン……」


 俺は後で、絶対にコイツが気が付いていない才能の有効活用を教える事で罪滅ぼしをしようと心に決めた。

 彼の汚れてしまった心の代償としては余りにも矮小な償いであるが……。

 神様……やはり俺はこの期に及んで罪深い存在のままなのでしょうか?

 懺悔の気持ちを抱きつつシャイナスに上空を運んでもらうスピードは、やはりさっきとは雲泥の差……あっという間に木々が視界を流れて行き、ライシネル大河を上流、王都方向に向かって進んでいく。

 最初の内は恐怖心が勝っていたが、そんなスピードも慣れると段々と爽快感に代わって行く。

 しかし……そんな爽快感も眼下のライシネル大河に一見で分かる異常事態を目にした瞬間に吹っ飛んだ。


「な、なんだアレ!? ライシネルが途中から真っ黒に染まって……」

「……やっぱり悪い予想は当たりやがる」


 それまではただ流れの強い大きな川だったはずなのに、ある場所からインクでも流したように真っ黒に染まっていた。

 しかも川辺に生い茂る樹木が目に見えて葉を茶色に変色させて行き、幾らかの太い木は自重を支えられずにバキバキと倒れ始めている。

 急激に枯れて腐り落ちているのだ。

 川から発生した毒素による汚染によって……。


「何なのだ、あのライシネル大河に広がる黒い水は……」

「はは……違うぞ漆黒の戦士、川の黒くなった部分をよ~く見て見な。黒く見えているのは水じゃねぇ……」

「え? 水じゃない…………う!?」


 俺の指摘でよ~く目を凝らした彼は、それが何なのか理解したみたいで、心から気持ちの悪い様子で呻いた。

 正直言えば俺だって見たくねぇ……。

 集合体恐怖症……神様に教えられた言葉だったけど、俺は今までその感覚が無いと思い込んでいたが、アレを見れば全身に鳥肌が立つのを避けられない。

 牙を持った目をギョロギョロとさせるカエルのような見た目の黒い生き物。

 大きさは50㎝くらいだろうか……そんな生き物が巨大な川が黒く染まる程に集合して蠢いているのだ。


「うげえ……何なんだよあのカエル? の化け物は」

「少なくとも太古の文明を滅ぼす一端になった化け物には違いない。ライシネル大河より遥かに広大だった湖を丸ごと犠牲にしないといけなかったくらいの……な」



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