閑話 笑える黒歴史、笑えない黒歴史

《アクロウside》

 最も最初、我がまだエルフと呼ばれる種族の一人に過ぎなかった頃、自分が他者と違う特別な存在であると気が付いたのは何時の事だったか?

 優秀な我に他者が寄り付かなくなった頃だろうか?

 敬うべき、尊ぶべき思考の存在たる我を敬わず、嫌悪し敬遠し始めた頃だろうか?

 エルフの集落で生存の為に集団生活を送る矮小な連中の中、我は一人その光景を見ては苛立っていた。

 絆など、弱者が寄り集まる為の言い訳にすぎん。何とくだらない事か……。

 一度その事実を知らしめてやろうと行動を起こした事もあったが、奴らはあろう事か折角崇高な教えを施そうとしていたというのに、ますます我の事を忌諱し、排斥しようと徒党を組む始末。

 絆の脆弱さ、くだらなさを教える為に、ウルサイ一匹の赤子をさらった程度で村の連中全員で我を亡き者としようとするのだから、何とも不敬なヤツ等である。

 そして我という敵を作り上げる事で、返って下らぬ絆を強固にして行くのにも苛立ちが募る。

 ……だが、我はこの時学んだのだ。

 連中の絆を逆に強く結び付けてしまった敵の存在だが、ならばその存在が内側に、連中が絆を持つ、信頼する者であるなら問題ないのでは? と……。

 その考えは正しかった。

 やはり我は天才だったのだと再認するにふさわしい閃き。

 我が仕掛けた策により、大事にしていた絆を自ら壊していく姿は、肉体を失い死霊となった今でも胸を熱くする甘美。

 エルフと呼ばれた亜人種を排斥した後、国を興した人間どもは魔力に関してはエルフ程恵まれないものの、エルフ以上に我にその愉悦の時を齎してくれた。

 初代ザッカール王からの盟約とされているからと、未だに我の住まう南の地に変わらず壊しがいのある貴族などを赴任させてくれている。

 自分では無い者が壊れるのは構わない、王国にとって不利益な絆を作る者たちは都合よく破滅してもらいたいという意志は、我と通ずる崇高な精神であり……千年も維持できる王家は偉大であると我も認めるところだ。


『まさか単なる平民、冒険者などに暴かれるとは思わんかったがの……』


 表舞台には決して立たないという我の“矜持”を踏みにじる無粋が現れたのは昨夜の事。

 千年もの間一度として暴かれた事の無い我の憑依が強引に解除されてしまった。

 いつものように王国からの生贄である貴族の絆をいかに華麗に、爽快に“壊させる”る事を目指し“己の地位やプライドよりも領民を優先する”という、なんとも潰しがいのある人間性を表したグレゴリールの現当主に我が憑りついている事を、まるで事前に知っていたかのように狙い打って……。

 肉体とヤツの魂で隠していた魔力体を狙われて、やむなく脱出するしかなかったが……何とも屈辱的な出来事であった。

 千年ぶりに……大量虐殺を決意するくらいには……。


 しかし人間と協力し合うとは……やはり同じアンデッドであっても生前の精神に引きずられるという事か……。

 アレは形状は小さく、妙な変異を遂げていたが、おそらくスカルドラゴンナイトの亜種であろう。

 我のように魔導に全てを捧げ魔導霊王までに進化を遂げた偉大な存在とは違い、死後でも人々の御霊を守る墓守になるなどという下らん矜持に生きる愚物共。

 奴らに出来る事など精々が亡者共の気持ちを共有して邪気を吸収し、天への浄化の日まで守り続ける事しかしないヒマ人である。

 死後ですら他者の目を、評価を気にしてアンデッドとして過ごすとは……何とも不自由極まりない。

 おそらくそんな愚物が協力しているのだから、あの冒険者共も似たような愚か者の集団なのは間違いない。

 しかし、そう思いつつも昨夜遭遇した冒険者の中にいた一人の女剣士の姿を思い返すと自然と既に無くしたはずの口角が上がる気分になる。

 見ただけで我には分かった……それは魂の共感、自分と同質の原初、深層を秘めた者だけに感じる事が出来る己の全てを引き継がせる事が出来る後継者。

 そんな人物が、まさか我とは正反対の愚物たちの集団に紛れているとは……。

 自分たちが仲間であると信じたあの娘が、我の力を引き継ぎ『邪闘士』として覚醒進化を遂げた時……奴らは一体どのような絶望の表情を浮かべてくれるのだろうか?

 千年以上も出会う事の無かった存在の登場……自然と気分が高揚してくる。


『クフフフ……予感がする。我を超える偉大なる存在の誕生。我以上の更なる絶望を齎してくれる絶対的な存在が!!』


 我は千年も昔にエルフ共が泣き叫びながら自慢の魔力で焼失させた湖の残骸から出来上がった大河、人間どもはライシネルと呼ぶ川の上流へと赴き……かねてより準備していた魔法陣へと降り立った。

 千年前、大量に出現して澄んだ湖を汚泥へと変質させエルフ共を絶望の淵に叩き落とした魔怪魚『グリモワル』を召喚させる為に。


『クフフ……名も知らぬ冒険者よ。お前のせいでコレから惨劇が起こるのだ。お前が余計な事をせずに、あの魔導師に親殺しをさせて置けば南方領は滅ぶことは無かったのだよ』


『グリモワル』もアンデッドの一種、召喚された瞬間に強力な邪気を放出して、間違いなくこの地に邪気を探知したスカルドラゴンナイトも引き付けられるはず。

 そしてその間に……。


『我はこの地に残る最後のオモチャが壊し合うのを見物させてもらうとしようか。グレゴリールの子倅とロコモティの小娘……滅びゆく自領と共に殺し合い、両家に今後も残り続ける遺恨になるように願ってなぁ!!』



                 

 誰もいない上流で楽し気に嗤う魔導霊王が手を組んだ瞬間、地上にある数十の魔法陣からどす黒い靄があふれ出し……そして中心部から黒く醜い、体中に瘤のあるガマガエルともつかない牙を持った怪魚が無数に現れ始めた。

 

「「「ピギイイイイイイイイイイイ!!」」」


 それらは地面をビタビタ何度か跳ね回った後、ライシネル大河へと飛び込んでいく。

 入水の瞬間からどす黒い体液をにじませながら……。

 その様が千年までこの地にあった湖が汚染される初日の出来事であると、知っているのは術者である魔導霊王アクロウのみだった。


                *

《ジャイロside》

「故きを温ねて新しきを知る……か」


 仮名シャイナスことジャイロ少年は、不意に昨日予期せず直接対面を果した冒険者の言葉を何となく口にして、森の中を何となくフラ付いていた。

 理由はただ家に帰りたくないから。

 最近の父の振舞に我慢ならなかった彼は、家に帰る気にもならず、とは言え町中で宿を取るにも金銭的に勿体ないと、貴族らしくない堅実志向もあり……結果町の近くで野宿するという行動に出ていたのだった。

 幼少の頃より魔力に恵まれた彼は、元からそうしたキャンプをする事があり、時折気ままに周辺の森で過ごしても多少の魔物に出くわしても退治できるという自信と、その年頃にありがちな“孤独な俺”に浸りたい事からも慣れていたのだった。

 他者に理由を聞かれたら生暖かい視線で見られそうなものだが、今回に限っては彼の行動は功を奏していた。

 まさか悪霊に操られた父親が自分に殺し屋を寄越そうとしていたなど、考えもしていなかったのだから。

 ただ、その行動のせいでほぼ町から近所の森にいたのにジャイロの行方を追うギラル達とすれ違う結果になったのワケだが……。

 そんな連中の思惑など知る由もなく、ジャイロは本日の予定である『令嬢からの手紙』を読み返しては……昨日の冒険者の言葉を思い返していた。


「……あの盗賊がグレゴリールとロコモティの因縁を揶揄して言ったワケじゃないだろうけど……、確かに昔の人たち、ご先祖様からの意志って重要な事だよな」


 色々と難しい年頃だがジャイロも貴族子息、隣領との先祖代々の因縁とは無関係ではいられず、特に同い年であるロコモティ伯爵令嬢ナターシャとは浅からぬ関係もあった。

 最初の出会いは奇しくも先日手紙を受け取った港町。

 本当に最初の出会いは単なる子供としてであり、何のわだかまりも無くただ純粋に仲良く遊んだ微笑ましい想い出。

 だが二人とも自身の出自を自覚するにつれ、その関係は泡の如く消え去った。

 何かとあれば公衆の面前でも口喧嘩をし、同年代であった事もあり王都の学園に入学した後には何かと張り合う関係になってしまっていた。

 魔力に長けたジャイロに対抗してか、ナターシャは武具、特に槍を好む戦い方で対抗。

 実戦においては攻撃力の高いジャイロがやや有利だったが、学習面においては逆、ナターシャが一歩リードしていた。

 不倶戴天の天敵同士、その認識は地元だけじゃなく学園でも変わる事はなかった。


 つい先日、実戦において魔法よりも下と思い込んでいた体術によって、アッサリと自分が下された事実は自分どころか拮抗していたと思っていたナターシャすらも未熟だった事が露見してしまったようで……ジャイロは何とも微妙な心境だった。


 そして彼は素直であり悪いヤツでは無かった。

 少なくとも正義感の先走りで暴走、空回りする事はあっても、反省する事は出来るヤツだった。

 最初は取るに足らない冒険者、姑息に動く盗賊風情と侮っていて、文字通り圧倒的な敗北を味わった後は悔しさと怒り、そして恐怖に囚われ……そして素性を知られずに再会した時には、妙なほど今の自分に必要な助言をくれた。

 そこまで判断が付けば、自分の行動がいかに独りよがりで恥ずかしい行いだったか、至らないワケは無い。

 しかも俺様最強的に変装した上、格好つけて登場したのだから……。


「あ~~~、ヤバイ……死にたい……」


 今頃になってジャイロは自分の行動の全ての痛々しさをジワジワと自覚し始めていたのだった。


「魔力は全ての力の頂点に立つ偉大な力、持たざる者は持つ者に守られるしかない……。長い耳のオジサン……それは本当に正しい事だったの? 決着はどこかで付けなきゃならない、血縁の遺恨は血縁によって打破するしかない。それは俺も間違ってないとは思うけど……」


 過去自分を死の淵から救ってくれ、魔導への道を示してくれた『耳の長いオジサン』の言葉を思い出しつつ、ジャイロはぼんやりと森の隙間から見え隠れする空を仰いだ。

 その耳の長いオジサンが何者であり、どういった意図によって自分に魔導の道への教えを説いたのかなど、知る由もなく……。


「……ん?」


 しかしそんな風に無気力に見上げた空に、何か影がザっと横切った。

 それは一瞬であったが人の姿をしていて……もっと言えばジャイロ自身が今まさにボンヤリと考えていた冒険者、盗賊の姿をしていた。

 木々を枝から枝に駆け抜ける様は猿の如き俊敏さで、目で追うのがやっとではあったものの、そんなジャイロにもハッキリと件の盗賊が切羽詰まった表情で急いでいる事だけは分かった。


「な、なんだ? あの人があんな顔をして……」


 自分を圧倒した時のような余裕のある表情とは違う、実戦の、仕事の顔をするギラルの姿に、ジャイロは自然と動き始めていた。

 どこかの盗賊が勝手に引き始めた、『予言書うんめい』の道を小賢しくもわき道にそれるという、自分勝手な道筋へと。




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