第百三十九話 目には目を歯には歯を、悪霊には……

 それは神様に教えられた生前の縁者が不明な死者を弔うための墓所の総称らしい。

 しかしそれは意を返すと縁が不明なのではなく、円を無かった事にしたい者たちが死後ですら繋がりを断ち切るために、貴族家であれば実家の墓所には入れない為に別の場所に葬られた場合もある。

 ドラスケの物言いから俺は後者の墓所なのかと予想したが、その予想は以外に、そして途轍もなく不愉快に外れていた。

 

『ここには自らを罪人とし、自身の犯した過ちを赦す事が出来ず、本人が切に願い親類縁者、知人友人全てからも縁を切られる事を望み隠れ葬られた類の墓所である』

「自分から縁を切る為?」


 貴族家で不義を行う前に実家から除名するという手段はよく聞く話ではあるが、死後ですら自身との繋がりを断つほどの自責の念とは。


『あのクズ、魔導霊王アクロウはある意味で天才である。死後最も苦しむように、いつまでも自分を責めて未来永劫絶望し苦しむ者は選別し、その様を楽しむ為だけに……ある事実を“知られないように”仕向けられておる』


 アンデッドであるドラスケには邪気が見えるし、この地に留まるナニかも視認する事が出来る。

 俺には全く見えないけど、その様は生前も死後も戦士として悲惨な戦場を幾度も見て来たはずのドラスケですら表情を歪めていた。


『例えば右手前の名前すら無い墓石。初めて生まれた子供を溺愛し、優秀で誇らしく自慢の息子と将来を楽しみに無限の愛情を注いでいたある貴族家の父親が、ある日突然最愛の息子を殺めてしまった事を激しく悔い、何度も何度も繰り返し腹に剣を突き立てておる』

「…………は?」

『2列目中央には幼少から将来を誓いあい、長くお互い想い合い愛し合った後に晴れて結ばれる結婚式当日に不貞を働き、正気に戻った数分後に首を吊った花嫁が……ウェディングドレスのまま“自分はこんな恥知らずのアバズレだったのか?”と血の涙を流しながら頭を地面に打ち付けておる』

「…………」

『奥にいる何代前かにこの地を納めていた領主らしき男は民から名君と称され善政を敷き、この地を発展させてきたのに、ある日突然ゴロツキを雇って町に火を放って全てを灰塵にっしてしまった。延々と真っ黒い灰を掘り、亡くしてしまった領民たちに懺悔を繰り返して居る」

「おい……まさかドラスケ、ここに葬られている人たちは……知らないってのか? 自分たちがどういう状態だったのか、グレゴリールの子爵と同じ状態だったって事を? 知らずに死後も自分の罪として苦しみ絶望しているってのか!?」

『他の地ならばいざ知らず、ここはあの魔導霊王の根城であるぞ? さっきお主自身が探知した事ぞ? ここはヤツにとっての宝石箱であると』

「…………」


 不思議な事だが、人間本当に理解不能な出来事に遭遇すると冷静になってしまう。

 これ以上の悪人、これ以上自分には共感できないクズは出てこないだろう。

『予言書』の自分を上回るほどの悪人なんて早々出てこない、犯罪の大小を語りたくも無いというのに強姦未遂を犯すアレが、まだマシだと思えあるようなクソなんて早々いないハズであると……思いたかったのだが。

 何でいつもいつも、こんなのばっかり出て来るんだろうか?


「……子爵のオッサンは憑依されつつ自分の置かれた境遇を得意げに教えられてたじゃね~か。何でここの人たちは?」

『言ったであろう? その方がこやつらは未来永劫苦しんでくれる。自分の策略で苦しみ絶望する者たちを長々とジックリ観察する為に……宝石箱のお宝をニタニタと鑑賞する為にのう』


 呆気にとられるとはこの事か?

 百歩、いや百万歩譲って、あのクズが千年前に人間たちに滅ぼざれた古代亜人種の生き残りで人間に激しい憎悪を抱いていたとかなら、まだ分かる。

 しかしアレは古代亜人種、エルフたちにとっても最悪の裏切り者で人間に対する恨み言を口に出来る立場じゃない。

 ただ人の苦しむ様が、死後も絶望にあえぐ様が見たいから、楽しいからとこんな何の意味も無いくだらない事をしているという事になる。


「……ドラスケ、確かに俺たちの認識は相当甘かったみたいだな。クズとは思っていたがここまでの存在自体が有害なゴミクズは見た事がねぇ」

『心配するな。我も同感である』


 ヤツの計略で死後すら嘆き続けるムエンボトケたちに同情心が湧くが、それ以上に自分は表に出ずに人を不幸にする為に暗躍して責任も取らずに外野でニヤニヤしている魔導霊王に、怒りを感じずにはいられない。

 しかし……だからこそ俺は冷静に息を吐きだした。

 スレイヤ師匠にも言われた盗賊の心得……熱くなれども心は氷の如く。

『キレるなとは言わない。どうせキレるなら冷静に、冷徹に怒れ。冷静に状況を把握してキレたい相手を最も苦しめる題材を残さずかき集めろ』

 ここで怒るな、雑念を捨てろとか言わないのが師匠の良いところ。

 俺の性根をしっかりと理解してくれていたと思うし、何だったら師匠自身そういう気質の女性だったからな。

 俺は、自分には荒れ果てた墓石しか目に移らない墓所を見渡し……そこにいるという連中に向かって呟いた。


「う~ん……しかし残念な事に、確かにアレをクズだとは思うし、速攻で存在事消し去るべき有害死霊である事は事実だけどよ? 俺自身はアレに恨みがね~んだよな」

『……何を言っておる?』

「ほら~、敵討ちって言ってもここの人たちと俺は何も接点が無いし、勝手に俺たちがあのゴミクズを手にかけて良いものかな~ってさ。だって俺自身未だに思うもの、親父やお袋や村の皆を殺しやがった野盗共がもし生きていたら……自分の手で殺りたかったって」

『お、おいギラル……?』

「それによく聞く話でさ~。悲惨な死を遂げた者が悪霊として生者を引きずり込むって話あるじゃん? 確かに悲惨な死の原因になったヤツを呪うのも殺すのも仕方がねぇって感じだけど……関係ないヤツを巻き込むのってどうよ? って」

『お主……』


 俺が何を言いたいのか“何をしようとしているのか”を薄々察し始めたようで、ドラスケがギョッとした顔でこっちを見た。

 

「もしも俺が同じ存在になったとしたら……ソイツは絶対に許さねぇ。どんな手段を使ってでもブチ殺してやる、地獄に引きずり込んでやる。悲劇ぶって他人を巻き込むクズを許すなんて選択があるワケがねぇ」


                *


 数十分後、俺たちは墓所のあった雑木林から出て来た。

 ただそれだけだというのに感じるのは物凄い解放感、それはあの場所がいかに閉塞感が半端じゃ無かったかという証明でもある。


「あんな場所で何年も何十年も真実を知らずに自分を攻め続けていたってだけで、どんな拷問だよ。それを娯楽にしていたってんだから……あ~~~イライラする!」

『その気持ちは同感だが……お主は時折とんでもない事を思い付きおるのう。目には目、理屈は分かるが“ヤツら”が賛同せんかったらどうするつもりだったというか……』


 若干説教じみた口調で言うドラスケの全身は普段の白ではなく、とある事情で吸収した邪気の為に漆黒へと変貌させていた。


「いいじゃん、お前のその漆黒の姿は戦闘態勢!って感じでめっちゃカッコイイぜ!」

『やかましいわ! 今は一致した目的があるから良いが、こやつらをこのまま野に放つワケには行かんのだぞ!?』

「まあその辺は大丈夫じゃね? これだけ長い事自分を責め続けてきたほどの正直者たちに、この時期“お迎え”が来ないとは思えないし」

『それはそうであるが……む?』


 その時、不意にドラスケは遠方に一本の線のように走るライシネル大河の上流方向、つまりザッカールの王都方向に向いたかと思うと……途端に苦しそうに呻き始めたのだ。


『グガ!? グガガガガガガガガ!?』

「ど、どうしたドラスケ!?」

『グク!? ライシネルの上流方向に巨大な邪気が発生しよった。何の前触れもなく唐突にの……グガアアアア! 落ち着け貴様ら!!』


 そして苦しむドラスケの漆黒の骨格から薄っすらと、何重にも重なった老若男女問わず怒りに満ちた顔があふれ出して見えた。

 それらがさっきまで自分の所業を責めて絶望に瀕していた者たちの顔であるのは疑いようもなく……すべからず激しい怨念を抱いているのが俺ですら感じ取れる。

 でも、だからこそ俺は冷静に“そいつら”に向かって語り掛ける。


「気持ちは死ぬほど理解できるが落ち着けアンタら! アレは今日この日までアンタ等を陰から謀り、千年もの間生者は元より死者すら愉悦の絶望を味合わせて来た外道にして化け物。あの気配すら本人のモノとはかぎらねぇんだ。アンタらは直接手を下したいんだろう!?」

『そ、そうである! ヤツは昨夜の邂逅で我という邪気を探知できるアンデッドが敵方におる事を知っておる。陽動の可能性は相当高いと見るべきだ!!』


 そうやって語り掛けるうちに、次第にドラスケから溢れ出そうになった“そいつら”は再び納まって行く。

 納得したかどうかは知らんが。


『……辛うじて納めてくれたようだの』

「どっちにしてもメインをしっかりこなして貰わにゃならん。こっちの主戦力はリリーさんの魔力弾しか無かったから、頼もしい戦力には違いねぇけど……しかし、やっぱやり過ぎだったか?」

『今更何言っとるか発案者が!』


 その事には、そんなに深い考えがあったワケじゃないのだが、今更ながらこの思い付きはドラスケに相当の負担を強いる事になってしまったようだ。

 まー、とは言えヤツ自身拒否して無いし、同じアンデッドとして思うところはあるだろうし……説教は聞き流す事にする。

 俺は『真実』を教えて、その上で行動を自由に選択して貰っただけだからな。 


「で? 発生した邪気ってのをどう思う? やっぱり陽動か?」

『……さっき“やつら”にも言ったが、我の存在を知りつつあのような巨大な邪気を放つ行為は不自然である。しかもロコモティ、グレゴリールから距離を置いたライシネル大河の上流方向で……あまりも露骨である』

「でも、邪気が発生しているって事は相応の“ナニか”ある、もしくはいるって事になるんだよな?」


 邪気だまりなど特殊な場所でない限り、巨大な邪気が突然現れるというのは邪気を操れる存在がそこにいるって事だ。

 魔導霊王本人じゃ無かったとしても、ろくでもない事が起ころうとしているのは明らか。

 ヤツが豪語していた『脚本』とかにとって、ドラスケを始めとした俺達は完全なイレギュラーだったハズ。

 それは最終目的と思しきカチーナさんでさえもだ。


 ……考えろ、同意も共感もしたくはねぇが、今だけは他人の苦しむ姿を喜ぶクズ野郎の気持ちになって考えろ。

『予言書』で同調している事から、ヤツにとってカチーナさんは無傷で手に入れたいお宝。

 コレから何かやらかそうと考えても、そこからは距離を取らせたいと考えるのは普通……となると、ライシネルの上流に邪気を感知できる俺達をおびき出そうとしているのを考えれば……やっぱり本命は……。

 それに“ムエンボトケ”の連中を見る限り、あのクズは自分の存在は隠したまま、自分が罪を犯したと絶望する様を喜んでいやがった。


「……単なる推測だって言うのに、考えれば考えるほどムカついて来る」

『何だ? どういう事だ?』

「連れ出した“お仲間”の惨状を見る限り、あのクズは正義の味方のお坊ちゃんに悪に堕ちた父親を殺される脚本を考えていたハズだ。それは親父の悪事の横やりを入れた辺り間違いないだろう」

『……心の底から腹立たしいが、その予想は外れとらんだろうな』


 悪いのは俺じゃない、やったのはお前だ。

 最終的にそう言ってほくそ笑む類のクズ野郎、それが俺の見解であるが、だとするとある程度の予想も出来て来る。

 今回に限り、その計画は失敗して子爵の親父さんは解放されてしまった。

 だったら見切りをつけ、ヤツへの生贄である2つの貴族領をどうやって台無しにする?

 今現在の領主であるロコモティとグレゴリールに最悪の終末を与えるのはどうしたら良いのか?


「まあ、何か厄介事が起こって、その犯人だと互いが主張し合って、殺し合いでもしてくれりゃ~パーフェクトだろうな」

『おい……それって、まさか……』


 ライシネル上流に発生した邪気を伴う何か。

 明日開催予定の港町『ツー・チザキ』の豊漁祭は海に至る河口。

『果たし状』で立会を約束した両家の子息、令嬢。

 あのクズが、そんな極上の舞台を結果だけで楽しむとは絶対に思えない。

 そこまで判断して、俺はそのままライシネル大河に向かって走り出した。


「ドラスケ! お前は“助っ人たち”を連れて速攻でカチーナさんたちに合流してくれ。リリーさんの言う通り本命はそっちだ!!」

『お、おい!? それは良いがお前はどうするつもりなんだ?』

「少しでも野郎の『脚本』を遅らせるんだよ。その間にお前らはヤツを脚本に引っ張り出してくれ! 無論敵役としてな!!」


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