第百三十八話 空っぽの『ブツダン』

「まあ……言うとは思ってたけどね。自分が狙われてんなら好都合ってさ」

『お主らの美点であり難点でもあるのう。人を犠牲にする事は忌避するのに自身が傷つくリスクには自ら飛び込もうとしおる』

「……カチーナさんとリリーさんはともかく、俺はそんな殊勝な心掛けじゃね~よ。不本意にも知っちまった最悪の未来を回避したいだけの、単なる臆病者でしかない」

『カカカ……同じ事言えば、ヤツらも同じような事を口にするだろうて』


 揶揄うように言いつつ飛行するドラスケと共に、俺は再び『太古の遺跡』へと向かっていた。

 昨晩の一件で最終的な狙いをカチーナさんに定めたのは『予言書』での結果を考えればほぼ間違いないと思う。

 だけど幾ら今の計画にほころびが生じたからって、千年も前からこの地で人と人のつながりを壊す事に愉悦を覚えて来たあのクズリッチがこのままグレゴリール子爵領とロコモティ伯爵領に何もせず放置するとはどうしても思えない。

 オモチャを大事にしないガキが、飽きたオモチャを最後にどうするのかを考えれば……あんまりいい想像は浮かんでこないのだ。


「どっちにしても飽きたオモチャを箱ごとぶっ壊すタイプのガキにしか思えないからな、あのクソガキ魔導霊王は。『脚本』の最後にジャイロかナターシャ辺りにちょっかい掛けるのは確実だろうよ」

『向こうの手紙がもうちょっと分かりやすければ二手に分かれる事も無かったのにのう』


 本当にその辺についてはもうちょっと一般的なやり取りをして欲しかったもんだと切に思う。

 ただ、一応だけどあの怪文書に付いてだが時期については何となく読み取る事が出来た。

 別に奴らの趣味を理解したとかじゃなく、普通に考えて現在のジャイロとナターシャはどちらも夏季休暇で王都から帰省している学生だ。

 特殊な時節など帰省中に行われる何かでないといけない。

 夏季休暇中に行われる“熱き海洋の民が最も燃え上る夜”って冷静に考えれば“港町の連中が一番盛り上がる夜”って事になるワケで……。

 そこまで考えが至れば答えは明日港町『ツー・チザキ』で催される豊漁祭しかない。

 ……そこまでは良かったけど。


「肝心の場所、月光降り注ぐ精霊の御座ってのが抽象的過ぎて良く分からん。この近辺で精霊を祭ってる場所は港町の精霊神像、お祭りの中心になる広場の事か、もしくはこの『太古の遺跡』しかないんだかな……」

『決闘と考えるならこっちの方が雰囲気は良かろうて』


 そうなのだ。果たし状として両家の、そして二人の遺恨を断ち切る目的で決闘を行おうというなら、こっちの方がふさわしい。

 忌み地として領民に放置されている場所だが、両家の因縁を晴らすには邪魔も入らない絶好の場所って言える。

 決定的にどちらとも言えないから、二手に分かれてカチーナさんたちには港町の広場の方を探るようにお願いしたのだが、向こうはどちらかというと華やかで相応しくないような気がするのだが……。


「でもリリーさんは正解はあっちの方って確信してたっポイけど」

『その辺の正解はその時にならねば分かるまい。我らは我らに課せられた役目を全うするよりほかあるまいて』

「……ま~な」

『我自身も他人様の縄張りに横入りするつもりはないから、祭りの只中に入り込むのは避けたいしのう』


 俺たちのパーティーを二手に分ける場合は『魔力感知』で魔導霊王の魔力体を感知できるリリーさんか、もしくは邪気そのものを見る事が出来るドラスケが必須になる。

 別にドラスケがあっちの担当でも良かったのだが、その事についてはドラスケ自身がこっちを希望していたのだ。

 理由について聞くと、どうもアンデッド特有な事情が絡んでいるとかで……。


「そんなに混雑するってのか? 港町の祭りはアンデッド的に?」

『……現世に祖霊が帰って来る類の祭りだからのう。別に明確なルールは無いが、他のアンデッドが入り込むのは内輪で仲良くしている会食に酔っぱらいが絡んでいくのと変わらんのである』

「あ~~~……そういう気遣いってアンデッドにもあるのか」


 港町の祭りは期間中に常世に渡った祖霊が帰ってきて、お祭りにいつの間にか参加して、そして祭りの終わりとともに再び常世へと戻って行くという類のモノらしい。

 橋渡しをするのが漁師たちの守り神である水の精霊って事らしいが、この言い分では祭りの期間中にドラスケに通ずる方々が祭りに参加しようと戻ってきているって事なのか?

 気になってその辺を訪ねると、ドラスケは難しい顔になる。


『中には“ご一緒しませんか?”などと誘ってくれる方などもおったぞ? しかし出来た嫁さんと子供を立派に育てる息子を朗らかに見守る老夫婦の邪魔なぞする気にはならんだろ? 丁重にお断りしておいた』

「既に会ってたのかよ」


 まるっきり休憩中の人の良い農家に声を掛けられたかのようなやり取りである。

 ドラスケはアンデッドであり、生きている俺たちとも会話できるという特殊な生き物であるからこそ、どちらとも交流が可能って事のようだ。

 面倒事になるからか、滅多にその辺の事は口にしないけど。


「なんとまあアットホームというか……死霊とかって存在は殺伐としたアンデッドしか知らんかったけど」

『人間と同じである。死霊も千差万別、常世へ渡り浄化して祭りの時に子孫に迎えて貰える者であれば害など無い。反対に未練を残して現世を彷徨う輩は相手を気遣う余裕もありはしない。一つの事のみに執着して、どうして執着していたのかも忘れ……最期は生者に害成す悪霊と化す』

「その辺もあんまり変わんねーのな、生きてても死んでても」


 そんな事を言いつつ、俺は祭りに関する“祖霊が帰って来る“って事に神様から教わった『オヒガン』ってヤツを思い出していた。

 その事を話す時、神様は何故か空っぽの箱、神棚? のような物にお供えをしながら何かを後悔するようにしていたのが印象的だった。

『空っぽになってから後悔して、ようやく意味を理解しても遅い』と呟いて、特殊な臭いのする香を焚いていたのが思い出される。

 

「空っぽになってから後悔しても遅い……か」


 そんな事を話しつつ、俺たちは目的の『太古の遺跡』に辿り着いた。

 相変わらず全体的に苔むして錆びれていて、中心の石碑を囲む石だって並んでいなければただの岩にしか思えないくらいだ。

 ただ見回してみると雑草が伸び放題の中にも道に見えなくも無い場所もチラホラと見え隠れして、一応は遺跡の体を成している気がする。

 山の麓にあって、ドラスケ曰く“邪気溜まり”になっているって事だったけど、相変わらず俺には何にも感じる事が出来ない、陰気な場所ってだけのイメージだった。


「ドラスケ、邪気の方はどうなんだ?」

『相変わらずであるな。我の目には黒煙でも焚いたかのように邪気が立ち込めている風に見える。王都の精霊神像ほどではないがの』

「あそこまで行ったら、本気で対処できるのは王子様だけだろ……」


 邪気が寄り集まって濃縮しまくると、アンデッドでもない俺たちにも視認できるようになってしまうが、そこまでなってしまったら最早対処不可能だろう。

 王都では究極的に邪気を操っていたマルス少年が、敵ではなかったからこそ対処できたってだけの話だからな。

 と……邪気が見えない俺には陰気臭い場所にしか見えない遺跡の辺り、山の麓の雑木林を何となく眺めている時に、ふと気が付いた。

 風が微妙に雑木林の方向に流れている事に……。

 何となく、本当に何となく気になり『気配察知』を展開してみると、研ぎ澄ました五感が風の流れが僅かに木々が茂り、雑草に覆われた場所に流れており……そこに獣道よりもっと見つけにくい、あるいは見つからないようにでもしているかのような道があった。


「……何だあの道は? ただでさえ陰気な感じなのに雑木林の奥に伸びて、ますます陰気臭く薄暗い場所に向かうような?」


 正直嫌な予感しかしない。

 何せここは千年前から人間たちの諍いを娯楽にして楽しんでいた魔導霊王アクロウの寝床とも言える場所だ。

 ヤツ以外に邪悪な何かが眠っていたとしても不思議はない。

 だけど確認しようにも邪気が見えない俺にはその辺の判断ができないワケで……本来斥候役が常である盗賊として情けない気分にはなりつつも、ここは役割分担って事でドラスケ先輩に確認して貰ってから……そう思ったのだが。

 確認をお願いした時、ドラスケから帰って来たのは意外過ぎる返答で……。


『? 何を言っとる、そっちに道なぞ無いではないか。我には荒れ果てた雑木林にしか見えんがのう』

「は?」


 ドラスケはこんな見てくれではあっても俺たちよりも遥かに長く戦いに身を投じて来た戦士ではある。

 そんな奴が、確かに見つけにくいけど、一度確認すれば『気配察知』なんて特殊技能も持たない一般人だって見つける事が出来るはずの小道が見えていない?

 俺は不思議そうにするドラスケを肩に乗せて、見つけた小道に雑草かき分けて侵入した瞬間……唐突に道が開けた。

 見つけにくい小道から獣道程度の広さには。

 そしてその瞬間にドラスケは道があった事を認識したようで、酷く驚愕する。


『なな! こんな場所に道があったのか!? 我には全く見えなかったというに』

「見えなかった? 全くか?」

『ああ全くだ。濃い邪気のせいで視界が悪かったのもあるが、ギラルが示した先は木々が密集しているようにか見えんかったぞ?』


 ……それは、つまりドラスケと俺で見え方が全く違っていたという事になる。

 そして俺とドラスケの決定的な違いと言えば……。


「なあ、アンデッドにとってのみ有効な結界……みたいなもんがあったりする? 例えば死霊の類を一定の場所から出さないようにするための……みたいな?」


 特に確証があるワケでも無かったのだが、俺が聞くとドラスケはため息交じりに答える。


『生きてる者たちは勘違いしている者は多いがの、アンデッドという存在は存外不便な存在なのだぞ? 特に依り代を持たない死霊の類は土地に縛られやすいからのう。自由に現世を彷徨って女湯覗き放題とは行かんのだ』

「壁抜けし放題……とは思ってたけど、違うのか?」

『ああ、むしろ死霊の方が様々な理由で一定範囲以外動けないからのう。土地や想い、一般的には恨みや未練に縛られた者はそこから動けなくなるし、他が見えなくなる。館に住まう地縛霊なんぞ良い例だろう? そこから出られない代わりに悪戯に近寄る者に憑りつき報復したりのう』


 そう聞けば納得か。

 死者であるドラスケにここが見えなかったのは、アンデッドにとって侵入出来ない結界、もしくはルールのようなものがあり、反対に俺に見えたのは遊び半分に忌み地に足を踏み入れる悪ガキと同様、下手すれば縄張りに土足で踏み込む不届き者になりかねないって事だよな。


「どうしよう……ここは失礼しましたって引き返すべきか? 神様にも『そういうところには遊び半分で入ってはいけない』って教えられたし」


 ダンジョンでもどこでも死霊レイスと対峙する事はあったし、なんだったらアンデッドとバトルした経験だって何度もある。

 だけど、死者を冒涜するつもりなどない。

 入って欲しくない、何もしなければ何もしないというなら、不可侵であるべきだ。

 しかし、アンデッドとして同族に当たるはずのドラスケはしばし考え込み、違う見解を示した。


『いや、ギラルよ。ここは確認すべきかもしれん。何せ同様にアンデッドである魔導霊王が千年も根城にしていた場所にあるアンデッドには認識できない場所だぞ? どう考えても裏があるとは思わんか?』

「残念だけど……すげ~碌でもない裏がある気がヒシヒシとするぞ」


 この場所に気が付かなかったさっきまでは分からなかったが、一度気が付いてしまうと、他者が大事に隠しておきたいお宝に反応する『盗賊の嗅覚』が何者かがこの場所を大切に隠していた気配が感じ取れてしまう。

 隠し持っている高価な宝石をニヤニヤと眺めて楽しむ成金貴族のような俗っぽい気配。

 だが、ココを根城にしている化物の場合、そんな可愛らしい物ではないだろう。

 なにせ真面目に生きる人間に憑りついて、その人が大事にして来た絆を自ら壊させて愉悦に浸る千年物のクズなのだから。

 ……意を決して踏み入れた雑木林の先は、すぐに開けていて……だけど昼間だというのにまるで夜の如く薄暗い。

 そして荒れ果て、朽ちてはいたけど10や20ではきかないくらいに大小さまざまな石が並べられている。

 それが遺跡などの石碑などでは無い事は明白で……。


「墓石……か? いや、でも何でこんな場所に墓所なんて……」

『…………』

「何だ一体? この場所を秘匿していたのはあのクズリッチしかいねーだろうが……何でこんな場所がヤツにとっての宝石箱になるんだ?」


 他者にとってのお宝は自分には理解できなくても当然な事が多いが、今回ばかりは俺の感が外れたのだろうか?

 そう思った矢先、ドラスケが静かに呟いた。


『ギラル……非常に残念な事だが、お主の『盗賊の嗅覚』は相変わらず優秀で確実である。間違いなくここは、あの腐れ外道にとっての宝石箱のようだ』

「…………ドラスケ、何を見た?」

『我らはまだまだ……認識が甘かったようだぞ。千年も人の不幸を食い物にして来たヤツの心底腐っている心の内は生半可では無い』


 その静かな口調に正直驚く。

 いつもは結構飄々としているドラスケが、明らかに怒っている。


『ここは千年も昔から様々な一族に裏切り者として人知れず葬られた者たちの墓所。真面目に誠実に、日常を過ごしていた者たちが、自らその幸せをぶち壊してしまった罪人として葬られた墓所だ』

「……ムエン、ボトケ?」

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