第百三十七話 エッチな夢より恥ずかしい夢
晴天の下、この小さな『トネリコ村』で唯一の丘の上。
村全体が見下ろせる大きな木があるその場所は、昔なら年の近い友達と一緒に木登りしたりしていたものだ。
でも今はその木の下で、綺麗な女の人の膝を枕に横たわっているのだから……人生は分からないもんだ。
“昔馴染みの村一番の美人”である彼女の服装は、いつもに比べればおめかししてはいるものの、やはり領主とか貴族令嬢なんかに比べれば質素ではある。
でもそんな彼女が、働き者で飾りっ気のないそんな人の膝枕で眠る休日が、俺にとっては最高の過ごし方なんだよな。
畑から芽が出始める季節の風は爽やかで、思わずこぼれる笑みに彼女も微笑み返してくれる。
「どうかしました? そんなに嬉しそうな顔をして……」
「実際嬉しいからな~。最初から分かってはいたけど親父もお袋も大賛成だったし、ダチ連中も“羨ましいぞこの野郎!”って何度も殴って来やがるし。みんなが祝福してくれるんだから、俺は本当に幸せ者だよ」
「ふふ……違うでしょ? 俺たちは、です」
「あ……うん、そうだな」
やんわりと訂正してくる、見上げた彼女の頬はほんのりと紅くなっていて、俺はますます幸福感に包まれる。
両親が、親しい人たちが、村のみんなが『生きて』俺達の事を祝福してくれる……それ以上の幸せは今のところ想像できない。
村全体が休みの日……婚約した俺達にとって全てが輝いて見える。
「結婚式には師匠たちも、リリーさんたち教会の連中も来てくれるって言うし……結構規模は大きくなりそうだよな~」
「そうですね、忙しくなりそう。でも……楽しそうです」
柔らかく微笑みながらこれからの未来を話す大事な人、今のカチーナに不吉な『予言書』の面影なんて欠片も見いだせない。
色々と苦難の人生を歩んだ彼女が俺にだけ見せてくれる、大好きな笑顔。
この笑顔を無くさない為にも、守る為にも俺はこれからかも冒険者として、盗賊として頑張って…………。
「…………ん? 予言書? 冒険者?? 盗賊???」
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目覚めた時……既に太陽が昇り窓から朝陽が差し込んでいて、ぼんやりとしていた頭を否応なしに、強制的に目覚めさせて行く。
同時に、自分が見ていた夢を明確に思い出して……死にたくなる。
「うがああああああああ!!」
『うお!? な、なんだ、どうしたというのだギラル!?』
覚醒した瞬間に突然叫び出したのだから、同室のドラスケが心配するのは当然かもしれないが、残念ながら俺は理由を説明するつもりは絶対ない。
恥ずかしい! これは今までの人生の中でも超絶トップに君臨するほど恥ずかしい夢を見てしまった!!
ある意味でリリーさんが揶揄したように、人知れず早朝に下着を洗いに行く案件より遥かに恥ずかしい!!
今まで何度も俺は早朝に罪悪感を伴うカチーナさんとのアレな夢を見てしまってはいたが、性欲に溺れた煩悩塗れの夢よりも羞恥を伴う夢があるとは、まさに夢にも思わなかった!!
神様から『夢はその人にとっての願望を表すっていうヤツもいる』って聞いた事があったけど、まさか俺の願望がそれって事は……。
確かにガキの時に滅んだトネリコ村、亡くなった両親や村の人たちが生きているというのは間違いなく俺の願望だと思う。
だけど、その人たちや今世話になっている師匠たちや友人たちにも祝福して欲しい内容と言うのが……。
不意に夢の中で微笑みかけてくれたカチーナさんの笑顔をが浮かんできて……俺はハッとして思わず枕に顔面を突っ伏した。
「ドラスケ? ギラルどうしたの? 何か今日は何時にも増して思春期してるけど?」
『何でも今までにないほど恥じ入る夢を見たようでな。早朝洗濯に向かった様子も無かったからそっち系の夢では無さそうだがの』
うっさい、そこの外野共!
宿の食堂で朝食を取った俺たちは、今後の方針の相談も兼ねて部屋に集合したワケだが……露骨にカチーナさんを見ようとしない俺を勝手に観察する女性と骨が勝手な事を言っている。
いつの間にか俺がカチーナさんを見ないように、というか意識している行動を取る時を『思春期モード』とか不本意極まりないネーミングで呼んでやがるし。
盗賊のクセして露骨に態度を見抜かれている俺が一番悪いんだけどよ!
「ギラル君、体調でも悪いのですか? さっきから挙動不審というか、落ち着かないようですけど」
「いや……すみません。マジで何でも無いんでお気になさらず……」
交じりっ気なしの善意100%で心配してくれるかチーナさんの声に益々申し訳なさが募って行く。
我ながら情けないとは思うけど、特定の女性に対して色々と自分の気持ちを自覚する瞬間が、いつも性欲が刺激されての結果であるのが何とも……。
あの夢だって昨夜の美脚が原因なのは明らかだし。
そう……今日もスレイヤ師匠から譲り受けた盗賊ルックの彼女の足は美しく健康的に強調されていて、どうしてもあの夢の中での膝枕がフラッシュバックしてしまい……。
「? ギラル君、下に何か落ちてますでしょうか?」
「!? い、いや!? ななな何も!?」
いつの間にかガン見していた事を寄りにもよって当人に指摘されて俺は慌てて目線をそらした。
「まあ元気は元気みたいだからほっとこうか」
『そうであるな。あまり触れないでやるのが優しさか』
うっさい外野!!
……マジでこの件に関しては触れないでください、ほんとお願いします。
「さあ今後の事についてだけど! ぶっちゃけ聞く! 昨晩のあのクソリッチがどこに行ったもんだがドラスケ、お前なら分からんか?」
俺は気を取り直して、というか無理やりにでも空気を変える為に今後の計画について話す方向に切り替える事にした。
無理やり、強引すぎると理解はしているし、問われたドラスケ自身が骸骨のクセに“ヤレヤレ”な顔になっているけど……あえて見ない事にする!
実際このメンツの中で邪気って存在を認識できるのはドラスケのみなのだしな。
しかしドラスケは首を横に振って見せた。
『難しいな。確かにある程度なら邪気を追う事も出来ようが、相手はアンデッドの中でも上位の存在。自らの意志で邪気を扱えるのであれば、当然発する事も抑える事も出来るという事になる』
「……それは厄介だな。もしかして逆に誘導される危険も?」
俺の質問にドラスケも神妙に頷いて見せた。
『邪気も空気や魔力同様、生物がおる場所ならどこにでも存在するからの。逆に言えば露骨に残っている邪気を辿っては罠に誘導されかねん。先の憑依されていた子爵殿も我らが引き離すまでは一切の邪気を感じさせなかったしのう』
「う……そうなの?」
『引きはがしを実行に移すまでは確証なぞ無かったぞ? 見た目だけなら単なる悪質な貴族にしか見えんかったからな』
それは厄介だな。
邪気自体も認識できる者は限られているのに、向こうに意図的に隠されたら打つ手は無いって事じゃねーか。
今回はあくまでも子爵が豹変したっていう前情報があったワケだけど、実際には突撃した結果当たりを引いただけだからな。
『我に出来る邪気の扱いは吸収のみ。それこそ死霊使いの才ある彼の少年であればどうにか出来るかもせんがな』
彼の少年、ヴァリス王子改めマルス少年の事を口にするドラスケは若干カタカタと震えていた。
ま~だ色々と改造された時のトラウマがあるようで……。
「しかし、そうなると今後のヤツの行動を予想するしかないんだよな~。それこそ昨夜言った通りシャイナス……もといジャイロと接触を図ろうとするか、あるいは……」
「私と接触を図ろうとするか……ですね。同類である私を取り込んで『邪闘士化』してしまう為に……」
「予言書で取り込んだのは『聖騎士』の方だったみたいだけどね」
自分が『予言書』で最も関りがある、しかも最低の悪役としてという事を気にしているかと思わなくも無かったが、今の反応を見るにカチーナさんは特に気にした様子もない。
しかも彼女は更に“自分が狙われている”という事すら理解した上で、一つの作戦を口にした。
「ギラル君、あの魔導霊王アクロウの目的が私であるなら……私自身が囮として使えるって事になりますよね?」
「…………うえ?」
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