閑話 芥子粒ほどの可能性(カチーナside)

 むう、少々やり過ぎてしまったでしょうか?

 リリーさんの言う通り、ギラル君は組み技が苦手だってようで普段は王国軍ですら凌ぐほどの忍耐力を誇る彼なのにアッサリと隠し事を白状した。

 思った通りその内容な予言書に関する、しかも私に対する心配事で、無理やり聞き出した事への罪悪感はあるものの、それでも私は聞かなくてはならない重要な事だった。

『予言書』の私、外道聖騎士カチーナ・ファークスの右腕に先ほどの魔導霊王と同様の紋が記されていたという……私とあのクズ死霊との繋がりを示す情報。

 しかしそんな風に私を心配しての彼の心情を無視して聞き出した事にギラル君はご立腹のようで、さっきから私と目を合わせてくれない。

 立ったまま壁を背に、腕と足を組んで目をつむっている。


「すみませんギラル君、君の心遣いは嬉しく思いますが、やはりこういった自分も関わる事であるなら聞いて置く必要があったと愚考しまして……」

「……いえ……お気になさらず……」


 謝罪しても表情も変えず目をつむったまま……。

 益も無いのに私を最悪な運命から盗み出してくれたお人好しな彼を怒らせてしまった。

 今更ながら込み上げてくる罪悪感に胸が締め付けられそうになるが……そんな私の肩をリリーさんがニヤニヤとしながら叩いた。


「カチーナ、良いから今はほっといてあげないよ」

『そうであるぞ。今のヤツは脳内の天国、沸き立つ地獄からのマグマを鎮める作業で必死になっておるだけだからな』

「……え?」

「!?」


 追従するドラスケの言葉の意味が理解できなかったが、二人の言葉にギラル君がわずかな反応を見せた。


「そうそう、特に今は限界ギリギリだろうから。あ、それと明日の朝もしもギラルが人知れず何かを洗いに行ったとしても声を掛けちゃだめよ? そっと見守るの」

『うむ、それが優しさというモノである』

「おめーら……マジで黙れ……」


 ?? 何でしょう……リリーさんとドラスケの方がギラル君の事を理解しているかのようでモヤモヤします。

 私の方が付き合い長いのに……。

 そんな事をしていると不意にドラスケが会話の中心になっているテーブルに降り立った。


『それにしても魔導霊王の紋が人の腕にあった、しかもあのような規格外の邪気を纏う化け物の紋とは。ギラル、本当に頭や胸ではなく腕にあったのだな?』

「ああ、確かに右腕から肩にかけて走ってたな。あのクズの額に合った禍々しい紋章みたいなのが、あの聖騎士に」


 不快そうに“聖騎士”と言うギラル君ですが、どうやら私に気を使って『予言書』の私の事をカチーナとは呼ばない節があります。

 そこまで気にしなくても良いのにと思いつつも、そんな何気ない気遣いが嬉しい。

 しかしそんな浮ついた気分もドラスケの言葉で霧散する。


『だとするとギラルが言う『予言書』のカチーナ・ファークスは、あの魔導霊王なぞ比較にならんほどの化け物であったという事になるな』

「……? 『予言書』の方はアレに憑依された事で邪人になって力を得て凶悪に性格が歪んだって事じゃないの?」

『ギラル……お主が今のカチーナを懇意にしておるからこそ『予言書』のヤツを否定したい、歪みを別に求めたいという気持ちは分からんではないがな。残念だがそうではない』

「う……」

『憑依された者が肉体を完全に支配された時、支配した死霊を表す紋は急所である額か心臓、胸に現れるものでな。さっきの子爵は他者にバレないように服の下、胸に出ていたのだろう。しかし腕は支配された証ではない、支配“した”証なのである』

「支配……した!?」


 ドラスケの結論にギラル君は思わずと声をあげるが、私も同じような気分だった。

 さっき対峙した時でさえ自分が太刀打ちできる要素を感じず、私たちの中ではリリーさん以外攻撃手段が無いと判断していたあの化け物を『予言書』とはいえ私が下したというのでしょうか。


『過剰な邪気を取り込むと邪人になるのは以前にも行ったが、邪人化の中でもとりわけ強力な進化とする方法が『邪気喰い』による『邪闘士化』だ。ギラルの記憶にある聖騎士カチーナが四魔将としてホロウ殿と肩を並べる実力者であったというのも、それならば頷けるというもの』

「邪闘士化?」

『邪人化は邪気を取り込んだ存在だが邪闘士化は言うなれば喰いあいによる強者を生む所業。強力な邪気を持つ者同士が喰いあい強者に取り込まれ更に強力に、凶悪に成長していく……深層で波長の合う邪気を持つ者程支配した時より高みに至る』

「……え? ちょっと待ってドラスケ、その仕組みってアレと一緒じゃない? 世界を破滅に導く3つの禁忌の一つ『蟲毒』のやり方と!?」


 リリーさんの言葉で私も思いだした。

『蟲毒』は本来呪術などで用いるより強力な毒性生物を生み出そうとする邪法。

 より強力な邪気を生み出そうとしているとすれば辻褄が合ってくる。

『封印』で邪気を集め、『蟲毒』で邪気を高め、そして『召喚』で凶悪な邪気の全てを扱える者を呼び出し邪神とする。

 私は下手をすればそんな連中に積極的に加担する存在になっていたと考えると、全身に冷たいものが走る。


『確かにそうであるな。本来『邪闘士化』はアンデッド間で起こる内輪での争い程度なのだ。生者が死霊を支配するのだって相当に稀な例だというのにのう。それこそ吸血鬼ヴァンパイアとか』

「吸血鬼って……伝説級の魔物じゃねーか」

『ギラルが知る『予言書』でのカチーナがそういう存在であったという事になる。『邪闘士化』の喰い合いは腕っぷしよりも邪気の高い者が低い者を下す争いとなるからな。『予言書』でのカチーナがどれほど強大な邪気を生み出す程の憎しみを抱いていたのか……想像もつかんな』


 あの魔導霊王ばけものすら下せてしまう程の憎しみ。

 ギラル君もリリーさんも即座に“まさか!?”と思わず否定の言葉を口にしてくれたが、私はそう言われて益々腑に落ちてしまった。

 確かにあのまま行っていたら……ファークス家という牢獄に捕らわれたまま現在に至っていたとするならば、私はこの世の全てを壊す程の憎悪を抱いていたとしても不思議は無かったかもしれない。

 共犯者が、悪友がいなかった私であったのなら……。


                 ・

                 ・

                 ・


 とは言え妙な事ですが、私自身はギラル君の言う『予言書』で外道に堕ちた自分が魔導霊王を取り込み更なる力を得た事を禍々しく感じる程度でしたが、ギラル君的には今まさにその魔導霊王が私を同志として認識した事に対して警戒して……いや違いますね、気に入らないようでした。

 今の私、剣士にして冒険者『スティール・ワースト』の一員であるカチーナが、そのように人の不幸を作り出し、喜ぶようなゲスな輩と同等と評して目を付けた事が最も気に入らないのでしょう。

 彼はそういう人です……私の事を買い被り過ぎであるとは思いますけど。

 人の不幸を喜ぶかどうか……今の私が該当するかどうかは分かりません。

 でも、そんな風に思ってくれるギラル君みたいな人がいてくれる事は素直に嬉しい。

 だから、なのでしょうか?

 魔導霊王に目を付けられたとか、『予言書』の自分が関係しているとか、そのような事を気にする事も無く眠りについた私の前に見覚えのある人物が現れたのに、焦る事も驚く事も無く……ただ淡々と対峙していられたのは。


「もう会うはずも無いと思っておりましたが?」

「……私とてその積もりであった。というよりも最早私の存在など原型を留める事すら難しい程曖昧だ。貴女が私に至る可能性などほぼ無いと考えて良いだろうさ」

「しかし、それでも貴女が再び現れたという事は……私にまだ貴女になる可能性が残っているという事なのでは無いのですか? カチーナ・ファークス」


 何処までも暗く何も見通せない空間……そこに佇んでいたのは以前見た夢の中で奈落に消えて行った最悪の未来、予言書の私、聖騎士カチーナ・ファークスであった。

 しかし彼女の姿は相変わらず赤黒い禍々しい鎧を纏っているが、酷く虚ろで表情すらまともに確認できない。

 でも完全に消えていないという事はまだ可能性が残っているのか? とも思ってしまうが、彼女は虚ろな姿で苦笑したように見えた。


「いや……最早私に至る可能性など芥子粒ほどもアリはしない。元は全てに裏切られた結果外道に堕ちた私だ。今最も信を置く男にだったら、喩え裏切られようと殺されようとかまわないとまで歪んでしまった貴女には私になれるとは思えないな」

「む……」

「まったく……生涯潔癖を通していたカチーナが嘆かわしい事で」


 さすがはどうるい、道を違えた未来の姿とは言え私の事をよく理解している。

 今の私は心からあの人に信を置いている。

 それこそ今までの人生において家族より、友人より、王国よりも……。

 私はそういった存在から認められる事、情を向けられる事を切に望み、その結果裏切られた事で外道に堕ちた結果が目の前の聖騎士わたしであったハズなのに……今となってはそのような感情は一欠けらも湧いてこない。

 あの人の役に立つなら、どのようにされても良いとすら思えてしまう。

 身も心も、命でさえも好きにして貰って構わないとすら……。


「過ちを犯し外道として堕ちるところまで堕ちた私から忠告しておく。聖騎士わたしと貴女の唯一の共通点がその“重さ”である事は肝に銘じて置け。その最悪の結果こそがコレなのだからな」

「…………わかってます」


 道を違えた私がそこに至った理由。

 それは今も昔も未来でも、カチーナという女は単純な直情思考の、信じてしまった者に依存する地雷女なのだ。

 極論で言えば依存した先が『狂気を孕んだ正義』なのか『お人よしの盗賊』なのかの違いでしかない。

 

「まあ、今の貴女わたしがあの人に嫌われる行動をするワケも無いだろうが、芥子粒よりもなお小さい可能性があるからこそ、不本意ながらそんなか細い可能性である聖騎士わたしが残ってしまっているのだがな」

「それは……昨夜遭遇した魔導霊王エルダーリッチアクロウのせいでしょうか?」

「その通り……」


 そういうと聖騎士は鎧の右腕、ガントレット部分を取り外して素肌を晒して見せた。

 そこにあったのは腕から肩にかけて禍々しく巻き付くように張り付いた茨のような紋章。

 ギラル君が言った通り、魔導霊王の額にあったのと同じ禍々しい紋が刻まれていた。


「家族に、友に、仲間に、王国に、民に裏切られ罪人に堕とされた私は全てを憎み、全てを壊す事をを望んだ。単純な破壊では無い、自身には手に出来なかったモノの全てを否定し、嘲り、最低な形で壊す事を至上の目的として……」

「…………」

「罪人として大衆の前で処刑される寸前に『聖王』『聖尚書』の手により助け出された私は、そんな禍々しく歪み腐敗しきった望みを実現する為の方法、『邪闘士化』を教えられ……同調する邪気を持った存在を次々に取り込んでいったのだ。人でなくなる事すら厭わずに」


 聖騎士わたしは笑っていた。

 ただそれは楽しい思い出を語っての事ではない。

 自嘲からの、後悔からの、過去の自分の過ちを悔いるかのような嗤い。


「同じような思想を持った者は引かれ合うモノ……。それは悪事を働く野盗や反抗期の悪ガキがたむろすのと変わらん。同じような根源を持つ腐らせた望みを持った邪気は自然と私の元に集まり……そして最終的に私は魔導霊王アクロウすらも喰らい、己が力とした」

「……同じような腐らせた望み、同じような思想」


 その言葉で不安を覚え、思い出すのは魔導霊王が私に言った事。

 心の内に燃える暗き魂が我と同等なモノである、世に蔓延る下らぬ絆と言われる全てを呪い、壊し、破滅に導く悲劇という娯楽を完成させたい衝動が潜んでいる……。

 過ちの結果である聖騎士わたしからその事を言われて不安を覚える。

 ギラル君は否定してくれるけど、私の根底にもあの魔導霊王と同じようなくらい魂があるのだろうかと……。

 しかし聖騎士はさっきとは違う、柔らかい苦笑を浮かべてみせた。


「フ……そんな心配をするな。確かにあの魔導霊王と私たちの根底にある思想は同じものであるがな。それは腐る前の思想であって、他者の情を壊したいと願う腐敗後の思想の事ではない。おそらく魔導霊王自身も気が付いてはおらんだろうがな」

「……え?」

「貴女は、『ワースト・デッド』が一人『グールデッド』はその事を認めた。聖騎士わたしも魔導霊王もその事を最期の最後まで認めなかった。その結果がこのありさまという事だからな」


 自分を卑下して語る聖騎士の姿に、私は何を言われているのか理解した。

 つまり、そういう事なのだ。

 あの魔導霊王アクロウも、元々は私と同じように……。

 そこまで考えが及んだ瞬間陽炎のような聖騎士の姿は黒く染まって行き、風に流れる煙のようにか細くなったと思うと私の右手に絡みついて来た。


「な!? 一体何が!?」

『グール・デッド、私が生涯否定し心から望んだ自分わたしよ。これは最悪を進んだ聖騎士わたしに至る最後の力だ。芥子粒の如きか細き存在力の全てだ』


 それだけで、その言葉だけで理解する。

『予言書』でギラル君が知った私の最悪の形、外道聖騎士カチーナ・ファークス。

 だれからも否定され、憎まれた本人こそが一番自分を否定して欲しかった事を。

 使われたら最後、聖騎士じぶんになる未来の可能性は完全に無くなるという事を。

 しかしそれでも……聖騎士わたしは笑っていた。


『過ちを使い、過ちを潰せ。聖騎士わたしを否定して今の私に……なりたかったカチーナになってくれ』


                 ・

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 目覚めた時……窓から差し込む朝日の中、不意に右手首を見ると、そこには髪の毛の如く細い茨の紋が一本だけ走っていた。

 外道聖騎士カチーナ・ファークスからの最後のバトンである事は理解できた。

 それをどのように、何の為に使って欲しいのか……そんな事は考えるまでも無い。


「分かってますよ。望み通りに…………冒険者にして怪盗である私は聖騎士わたしの全てを否定してあげましょう」

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