第百三十六話 漢ギラル、今夜は眠れない
それから、まだ体調の芳しくない子爵が再び休むという事で俺たちは邸を後にした。
魔導霊王の再来を夫人を始め子爵家の連中は危惧していたけど、憑依していた事実が判明した今、大々的にアレが再度ここに現れる可能性は低いと予想している。
何故ならヤツは“大切な人を自分の手で壊させる”という事に愉悦を感じる類のクズだ。
憑依の事実が漏れてしまった以上、コレから発言や態度が豹変する人物に対して『憑依』を疑われる事は明白……そうなればヤツにとって美味しいシチュエーションにはならない。
最初から“憑依されている! あの人じゃない!!”などと看破されては信じていた人に裏切られるという絶望にはならない。
千年間、王家に対して要求し続けて来たヤツの悪趣味を考えれば、直接手を下すのは趣味ではないだろう。
もちろん可能性が高いと言うだけで無いとは言い切れないから、早急に冒険者ギルドなり教会なりに協力要請するように忠告はしておいたがな……。
その後俺たちはグレゴリール領内の宿にチェックインした後に一部屋に集まって話し合っていた。
実際には俺一人、ドラスケ一匹の予定だった部屋だからやはり狭い……。
椅子も一つしかないからカチーナさんと俺がベッドを椅子代わりに座っているが……その事を妙に意識してしまう。
あの美脚が、太ももが接触した布団で俺はこれから………………イカンイカン! 今は考えるな!! 真面目な話真面目な話!!
「財政難の子爵家にこれ以上余計な出費は痛手だろうが、背に腹は代えられんだろうし」
「せめて魔力学園トップの自慢の息子がいれば違っただろうけど、タイミング悪く帰省中父親の悪事が元で大喧嘩の後、家出中だし……」
「すべてが魔導霊王に憑依されていた事が原因であると伝えられれば良いのですが、それこそどこにいるのでしょうか?」
そう、偶然町にほど近い遺跡で出くわしたジャイロは絶賛家出中。
どうも親父の悪事に目を光らせるのと同時に、自分に危険が迫っていた事も薄々感じていたようで、付かず離れず潜伏しているようなのだ。
「どこにいるのかは分かんないけど、誰と会う予定なのかは知ってる。ただ、場所も時間も皆目見当がつかねーけど……」
俺は唯一とも言える手がかりを気が進まないが聞いたまま口にしてみる。
「我が宿怨の天敵、不俱戴天の怨敵よ。我が大いなる光により貴様の邪悪な凍てつく魂は燃やし尽くされる事だろう。我が全てを掛けた最後の聖戦、臆して受けぬ腰抜けでは無い事を願おう。熱き海洋の民が最も燃え上る夜、月光降り注ぐ精霊の御座が貴様の最後の地となろう。貴様に再び燃え盛る季節が訪れる事は無いと知れ……だったっけか?」
「なによその、難しい事言ってカッコつけようと思ってアイタタな感じになっちゃった妙な暗号は……」
「断っておくけど俺が製作者じゃないからね!」
胡乱な眼で見るリリーさんに俺は慌てて言う。
俺自身ハーフデッド気取る時には多少イタイ文章を意識するけど、ここまで万人に意図の伝わらない文章にはしないからな。
「こいつはロコミティ家のナターシャ嬢が白昼堂々ジャイロに向けて叩きつけた果たし状の内容だな。どうも連中は両家の因縁を直接対決で付けようって算段みたい」
「直接……ですか。確かに長年の因縁を断ち切るには効果的な方法ではありますが、些か短絡的、と言いますか新たな火種を生みかねないと言いますか……」
「ですよね……正直俺もその辺が不安なんだけど」
だが地元でも学園でも二人の険悪さは有名で、魔法に長けたジャイロと剣技に長けたナターシャでの決闘は日常的に行われていたらしく、普段であれば町で見かけた口論と同じで『ま~たやってるよ』程度で済む事かと判断するが……。
「ど~も考えるに両家の子息子女のいがみ合い、何者かの介入があったんじゃないかと正直思うんだよね」
「どういう意味? お坊ちゃんの行動理念は何となく空回りの正義感から来てる気しかしないけど?」
リリーさんの見解は恐らく正しい。
ただこの中で唯一『予言書』の記憶を持つ俺にとってはそっちのジャイロ、シャイナスの動向と何となくズレているところと被るところがある。
『予言書』ではグレゴリールもロコモティも増加する犯罪者たちのせいか、もしくは上層部による陰謀のせいか存在しておらず、家同士の因縁が無くなったシャイナスは仲間や世界とナターシャを天秤にかけて彼女を選び取るほどに深く愛していた。
現在の若者特有の先走りと長年の苦労による経験を引いて考えれば……予言書のシャイナスも今のジャイロも自身の信念に向かって突っ走る類の男である事は変わらない。
ズレを感じるのはやはり“魔力至上主義”っぽい発言でこっちを見下していた辺り……勘と言えばそれまでだが、何者かのチャチャでも入らない限りあんな感じにはならないと思いたい。
予言書の二人の悲恋を考えると、いがみ合っている現在が理解できない、というか理解したくないのだ。
先入観がご法度の盗賊としてはあるまじき考え方なのは分かっているけど。
「数年前からグレゴリール子爵は財政難を抱えていて爵位返上を考えていたんだろうけど、決定打になったのは去年の凶作だ。あの
そういうと女性陣二人は目を丸くして、何か妙にカワイイ感じにパチクリした。
「思ったけどギラル、随分とあのお坊ちゃんの肩を持ってるよね。初対面じゃあんなに嫌悪感丸出しだったのに」
「まあ……ね」
確かに当初は『予言書』とは違うイキリ野郎と思って気に喰わなかったけど、情報を集めて素の本人を知り、あのシャイナスとの共通点を見付けると、その都度嬉しくなった。
『予言書』の中だけで考えればシャイナスはカチーナさんにとっての天敵中の天敵、最終的に彼女に“グール・デッド”の死に様を与える者。
今となっては彼女は俺たちにとってかけがえのない仲間だけど『予言書』の聖騎士カチーナに対しては、同じように“ハーフ・デッド”されたギラルと同じ感情を持ってしまう。
自業自得と……。
『予言書』の賢者シャイナスは仲間を裏切った悪人かもしれないが、それでも女の為に全てを投げ打った姿勢は嫌いじゃない。
今回は俺達とは関わる事なく幸せになって欲しい……結局はそれが俺の本音だ。
「親父から離れた
「まあ確かにね。あの場では“もういいや”みたいに言ってたけど、大事に育てて楽しんで来たオモチャを最後に壊さずに済ますタイプじゃないだろうから……あのクズ思考を想えば」
そうクズがゆえに今後何か余計な事を仕出かす事は明白。
可能性としてジャイロ辺りに接触するか、そうでなければロコモティ家に何か仕掛けるのか……そのくらいしか予想が出来ないが。
「となると、やっぱあの暗号? みたいな果たし状が示した決闘場所さえわかれば……『熱き海洋の民が最も燃え上る夜、月光降り注ぐ精霊の御座』って一体何なんだよ?」
「う~ん……何か私としてはその文面から別の事が気になって来るけど? それはそれとして……」
「……ん?」
と、そこでリリーさんが言葉を切ると、リリーさんとカチーナさんが目配せをして、カチーナさんがズイッと顔を近づけて来た。
急に美女の顔で視界をふさがれてドキッとしてしまうが、彼女は真っすぐに俺の目をみて言った。
「ギラル君? 君は一体、何を隠しているのかな?」
「…………え?」
「そろそろ私たちも短い付き合いではなくなってますから、君が何かよからぬ事、特に『予言書』に関する私たちに関わる事について慎重になる傾向は分かってます。君は基本的にはポーカーフェイスが上手いのに、仲間を気遣う時には妙に気にかけてくれますから」
「う……」
感づかれていた?
『予言書』の聖騎士カチーナと魔導霊王に共通した紋様があった事とか、確証の無い事を言うべきでは無いと思って黙っていたけど……。
盗賊としては全くの失態であるが、浅くない付き合いの仲間と認識されている事は素直に嬉しくもある。
でも仲間だからこそ……すでに終わったハズである自らが闇堕ちする可能性なんてものは知らないで済むならそれに越したことも……。
俺がそんな感じでどうしたもんだか迷っているとリリーさんの目が光った。
「ダメだよカチーナ、多分ギラルは今どうにかして誤魔化そうとしてる。吐かせるためには天国と地獄戦法で行かないと!」
「む~、仕方がないですね」
「え、何!? むわ!!」
その瞬間、俺は一緒に座っていたカチーナさんに組み付かれてベッドの上に倒されてしまった。しかし彼女の攻防はそれだけに留まらない。
彼女はその流れで自らの足を巧みに使って俺の首に絡ませて来たのだ。
ま、まさかこの組み技は!?
「ストップ、カチーナさんこの技はマズい!! 今この瞬間ソレをされるのは色々と!!」
「ふむ、リリーさんの言っていた通り、どうやら君は組み技が苦手なようですね。いけませんよ~魔力みたいな特技ではない身体技能で体得できる体術を疎かにしては……」
違う、そうじゃない! この人、まだ自分が何をしようとしているのか根本的な所を分かっていない!!
おのれリリーさん! 何て恐ろしい技を伝授しているのだ!!
スピード、パワー、テクニックの問題じゃない……極められたらお終いなのは分かっているのに、どうしても外そう、かわそうとは思えない魔性の技。
しかも今のカチーナさんはスレイヤ師匠から貰った部屋着、Tシャツ短パンという薄着で生足だというのに!!
ダメだ! やはり抗えない!!
かわせたはず、外せたはずのタイミングを悉く自らのがしてしまい……俺の首はカチーナさんによって決められてしまった。
「さあさあギラル君、君は一体何を隠しているのかな? 覚えたてだけど私の首四の字は簡単には外せないですよ?」
「ぐぐぐ……」
瞬時に酸素と血液が脳に届かなくなり酸欠の地獄が始まるが、同時に違う感覚が脳をとろかして行くのを実感する。
生足で絞められる……柔らかい……温かい……。
触覚で、視覚で、嗅覚で、天国への扉が開きそうな危険な感覚が支配していく。
「降参するなら早めをお勧めしますよ。私の足は君の首に完全に食い込んでいますから」
「…………」
「ギラル~? 隠し事があるなら吐いた方が良いんじゃない? それとも吐きたくない理由でもあるのかな~?」
「……! ……!?」
おのれ
こんな……こんな技を食らってしまったら……食らってしまったらああああああ!!
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