第百三十五話 千年分の生贄

「彼の魔導霊王アクロウは元より私を生かすつもりはなく……いや自害させる腹積もりだったらしく嬉々として己の生い立ちから王国の歴史の闇、この地を統べる人間の罪深さを語っていましてね。その結果私は何よりも愛する家族を己の手で壊してしまう罪深き一族であると……この結果は呪われた一族であるお前の責任であると……」


 自害……その最悪の選択へ誘導し、苦しみ嘆き喘ぐ様をニタニタと笑いながら見ていたであろう性根のクズさ加減。


『悪は我ではない。全て我が神に背き抗った為に巻き起こった凶事。裏切りも殺人も全ては己が起こした罪業。悪行は全て己の責任と知るがいい!!』


 大事な仲間を裏切らせる為に最も大切な恋人を人質にとった上で、約束通り勇者を裏切ったにも関わらず、その恋人ごと背後から切った上での“自分は悪くない”発言。

 そうした奴らが最後に言い出す責任逃れの一言は……俺個人としてはもう絶対に聞く事が無いはずの人物の声で聞いた事がある。

 俺は思わずチラ見したその人物がこの上なく苛立っている姿を見て心底ホッとする。

 そうだよ……この人が“アレ”と一緒なワケがない。


「千年も昔、この地は歴史では魔族と記されておりますが実際には先住民である『エルフ族』たちが大森林と共に生きる地だったそうです」


 子爵の言葉に夫人や兵士はいきなり何の話だろうと目を丸くするが、禁書庫で本来の歴史を知った上で、更に精霊神の真実まで知ってしまった俺たちだ。

 先刻承知な事で“やっぱり”という反応になってしまう。

 子爵もそんな俺たちの反応にさらに突っ込んで話しても大丈夫なのだと判断したようだ。


「しかしある事情でこの地を手に入れたいと画策していた人間たちが現れ、あるエルフの魔導師に接触をしたそうです。そのエルフこそが……」

「アクロウ……そのクソ亡霊野郎ですか」


 子爵は衰弱した顔でも溢れんばかりの忌々しさを隠そうともせずに頷いた。


「……この南方領は千年前は広大な湖の畔にあったらしく、当時のアクロウはその畔に居を構えたエルフの中でも優秀な魔導師の一人だったそうです」


 湖……確かに千年前の地図を描いたタペストリーには巨大な湖が森の中にあった。

 どんな生物であっても水は貴重な資源、その湖の周囲に集落ができるのは自然な事だ。

 しかし千年たった今、その湖は欠片も存在せず、おそらく中心部だっただろう場所には王都ザッカールが『精霊神』という爆弾を抱えたまま鎮座している。

 何か……イヤ~な予感がヒシヒシと。


「当時あの者がいたエルフの集落は強固な結束で、魔法のみならず卓越した体術と森林特有のゲリラ戦法を駆使し外敵に対して無類の強さを誇っていたらしいのですが……そんな集落にいたあの者は常々思っていたそうです。面白くないと」

「…………」

「あの者は生まれながらにして他者と他者が繋がり合う、協力し合うという信頼関係、総じて絆と言われるモノが嫌いで、逆にその絆があらゆる理由で崩れ去り他者同士がいがみ合い絶望する様を見るのが心からの愉悦であったと、実に下卑た笑いを交えて語っておりました」


 腐ってる……率直な感想はそれだけだ。

 古代亜人種であるエルフが人間に対して恨みを持つのは当然ではあるが、アレはそんな高尚な精神を持ち合わせているとは到底思えない。


「そしてヤツは侵略する人間たちに一つの条件を出す事で協力を了承したのです。『この地を守る我に永遠の生贄を捧げよ。なれば我はお前たちの侵略に手を貸そう』と」


 そして子爵の話は本当に胸糞の悪くなる内容ばかりであった。

 人間に生贄の約束をさせたアクロウは自身の邪悪な魔術を駆使してある生物を生み出し、大量に湖へと放流したのだ。

 それはいるだけで水質を汚染させる怪魚で、水辺にいる生物を手当たり次第に食い漁っては繁殖を繰り返す。更に死骸も水質の汚染を助長する為、容易に駆除も出来ず浄化もままならず、あっという間に汚染と共に生息域を広げる怪魚を排除する為に当時のエルフたちは断腸の思いである決断を迫られたのだ。

 最低限の水路を残して高威力の魔法で湖を消滅させるという決断を。

 このままでは周辺の森林にも汚染の影響が広がるという理由もあったが、当時のエルフたちにとっては自分たちが何千年も恩恵を受けて育み共に生きて来た貴重な水源を自分たちの手で消さなくてはならないのは余りにも辛く苦しい選択だった。

 しかし最後に悔しそうに、悲しそうに血涙すら流しつつ高威力の魔法で湖を消失させたエルフたちをアクロウは陰からニタニタと嘲笑っていたのだという。

 図らずも千年前に存在していた湖が今は影も形も無い理由がこんな所で発覚してしまったのだが……何と言うか言葉がない。

 生きる為の水源としてだけじゃない、水堀としての役割もあった巨大な湖を失ったエルフたちはそれを切っ掛けに敗走を繰り返して、結果は俺たちも知る通り、この地は人間たちに侵略されて精霊の恩恵とやらも住処ごと奪い取られたというワケだ。

 千年前の真実に魔導霊王と化したエルフの裏切り者アクロウが関わっていた。

 ……と、俺はそこまで聞いて、さっき子爵が言っていたヤツが人間に対価として求めた生贄に、不本意ながら察しがついてしまう。

 

「子爵様、確か300年前のグレゴリール家初代とロコモティ家初代は大の親友同士だったと聞きましたが? 自分たちの子供を結婚させようとか酒の席で約束するような……」

「……その通りです。戦友でもあり生死すら共にした二人の絆は強固で、あのような事件さえ起きなければ、もしかすれば我らは同じ領地として南方領を担っていたのかもしれません」

「……なるほど、“だからこそ”生贄という事か」

「ご理解いただけたようですな。中々の慧眼をお持ちのようで」

「あのクズ亡霊のフェチを解明した事で褒められてもうれしくないんっスが」


 俺がそう吐き捨てると子爵は力ない表情だが初めて「確かに、失礼した」と笑みを浮かべて見せた。

 

「ギラル君? 一体どういう意味なんですか?」

「奴は、魔導霊王アクロウは人と人の絆、愛情でも友情でも信頼でも良いから、そう言った情の繋がりが深い者であればあるほど、その繋がりをぶっ壊したいクズって事。そして王家はそんなクズの存在を千年前から分かった上で認めているって事さ」

「!?」


 俺がそう答えた瞬間カチーナさんの目が驚きに見開かれた。

 今更ザッカール王国の王族共に良い感情は無いけれど、掘れば掘るほど叩けば叩くほど真っ黒いホコリどころじゃないヘドロすらにじみ出て来る。


「ちょっと待って……じゃあもしかして300年前にこの地を任されたグレゴリール、ロコモティ以前にも似たような状況があったって事なの!?」


 大体察したらしいリリーさんがそう質問すると、子爵は静かに頷いて見せた。


「彼の魔導霊王の憑依は本当に質が悪いのです。強力な魔力への耐性や精神力を持ってしても抗うのが難しく……まして精神的に疲弊している者では抗う術すら無いのです。我らの以前にこの地を賜った貴族たちは皆突然人が変わった様に親しかった者や愛した者を裏切り、その絆を自ら壊してしまうという地獄を見せられて来たのです。その中には王家の都合でこの地に飛ばされた将来有望な貴族すらいたとの事です」

「…………」


 子爵があえて明言しなかったのは故人に対する彼の優しさなのだろうが、少なくとも今の発言だけで十分だった。

 大切な息子を自ら殺させようとする外道だ。

 絆を壊す手段として憑依して操り物理的に友を殺させる事だってあっただろう。

 その気も無いのに愛する人がいるというのに不貞を働かせる事で絆を壊す事だってあったのだろう。

 そして最後にワザと憑依を解いて本人に最低最悪の絶望を与えるのだ。

 自分が楽しみたい……ただそれだけの愉悦の為に。

 その結論に至った時……元王国軍の騎士であるカチーナさんと、元聖職者であったリリーさんも、実に濁り切ったイイ目になっていた。


「二人とも……はしたないですぜ? 婦女子がそのような“一刻も早く汚物を処理したい”とでも言うような目つきをするのは」

「貴方に言われたくないです。少なくとも“ヤツのあらゆる存在を否定する”決意を固めたような素晴らしい目をしている貴方に」

「そうそう、この際予言書云々を抜きにしても、そんな外道中の外道……百回殺しても足りないわ」


 俺たちに共通するのは免れる事が出来た最悪の未来の死に様。

 最低な死に様を逃れた上で“最低な死に様は晒したくない”という酷く個人的で自分勝手なこだわりがあったりする。

 だからこそ、こういう最低な死に様に誘導して陰で笑う存在は心から気に入らない。

 キザったらしい言い方をするなら、気に入らない予言書みらいを書き換えようとしているワーストデッド《おれたち》の美学に反する。

 しかしそんな風にテンションをあげる俺たちに水を差すように、肩に乗っていたドラスケが飛び上がる。

 いきなり奇抜な飾りと思っていた竜の骨が動き出した事で子爵たちはギョッとするが、ドラスケは構わず口を開いた。


『盛り上がっておるところ悪いが、あヤツは相当強いぞ? 残念ながら性格が悪いからと言って高潔な者より弱いという都合の良い事は現実には中々無いでな』

「……分かってるよ。少なくとも俺みたいな魔力も無い輩が対峙できる化け物じゃねーって事だろ?」


 魔導霊王エルダーリッチは冒険者のランクではAクラスの討伐対象。

 少なくとも魔力の弾丸を単純に弾く程度でヤツの魔力体が破壊できない事は先刻承知だ。

 そうなると俺たちに倒す手段はただ一つだけ……。


「魔力も邪気も俺には全く見えないから、雑に言えば俺とカチーナさんが前衛をこなしてリリーさんがドラスケのスポッターを頼りに魔力体を一撃スナイプして貰うしか無い」


 それは俺たちにとって死霊系アンデッドの討伐での常套手段である。

 通常の魔物との戦いでもやる事は一緒ではあるのだが、この場合攻撃の比率が10:0でリリーさんに傾くから前衛の俺たちはとにかくリリーさんの射線を邪魔せず、守らなくてはいけない。

 しかしドラスケは骨の顔面でも分かる難しい顔になって腕を組んだ。


『概ねそれしか打つ手は無い……それは認めるがな。しかしギラルよ、その認識が若干甘いのも否めん。リリーの射撃は確かにアンデッドにとって脅威だが、ヤツの魔力体を貫けるだけの高出力となるとリリーにも相応の魔力集中が必要になるだろう。おそらく超遠距離射撃並みに足が止まるぞ』

「……マジ?」


 俺は驚いてリリーさんに振る帰ると彼女は忌々しそうに頷いた。


「ギラルの指弾で当てた私の火魔力弾はヤツを子爵さんの体から引きはがせはしたものの、ダメージには至ってなかった。つまりぶつけた衝撃で解放された魔力のみでは不十分で、溜め込み爆発させる魔力の充填が必要なのよね」

『そして魔導霊王がどのような死霊であるかは……見た目のワリに真面目なお前なら知っておるだろう』

「見た目のワリってのは余計だっての……」


 死霊が生者に対して魔法を使うからこそ魔導霊と言われ、更に上位の魔法すら行使できるからこそ魔導霊王と呼ばれる。

 魔法を行使するヤツに近距離で対峙する、それも実体のない死霊に対して。

 そして最後に最も気を付けなければいけないのは……。


『最後にアレと対抗しようというなら、子爵殿が苦しめられた憑依が自分達にも振る掛かるリスクもある事を理解しろ。ヤツはその過程が何よりもの好物だという事も含めてな』

「……!?」


 信頼しあった仲間同士の同士討ち……俺はドラスケのその指摘で反射的にカチーナさんの事を見てしまった。

 そして今まであまり考えないようにしていた疑問が浮かび上がった。

 予言書の聖騎士カチーナは一体どのような経緯で聖尚書ホロウに匹敵するような化け物じみた力を手に入れたのだろうか?

 邪神に入れあげて邪気を取り込み邪人になった……単純にそんな風に考えていたのだが、不意に魔導霊王アクロウの紋章が浮かび上がってくる。

 まさか……予言書のカチーナ・ファークス、外道聖騎士と言うのは…………?



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