第百三十四話 自身が壊す悪夢

 それから扉をぶち壊さんばかりの勢いで部屋に雪崩れ込んで来た護衛の兵士と子爵夫人に、俺たちは覆面を取って顔と本当の身分Cクラス冒険者である事を明かし、更に今までグレゴリール子爵が魔導霊王に取り憑かれていて衰弱している事を説明した。

 当初は部屋の状態や子爵の様子に俺たちに詰め寄って来てた二人も、その話を聞いて正気を取り戻したのか子爵を寝室まで速やかに移動。

 その際に俺たちも手伝った事もあって印象もそこまで悪くなかったのか、夜が明ける頃には別室に案内されていた。

 メイドすらいない事で夫人自らがお茶を持ってきてくれた時には、逆にこっちが申し訳ないくらいの気分になったが。

 彼女自身、夜を徹して看病に付いて疲労しているだろうに客人を気丈にもてなそうとする様は正に子爵夫人として相応しい気丈さだった。


「では……夫は今まで死霊に取り憑かれた結果、犯罪紛いな行動をしていたという事なのですか?」

「そのようです。子爵殿の行動が時期によって余りにチグハグな事が引っかかりまして……善良な領主が領民の為に金銭目的で泣く泣く悪事に手を染めるならまだ理解できるのですが、何故かその悪事に関して儲けをないがしろにする行動を取っていましたので、本日は確認のつもりでしたが……」


 ギルドに入った緊急依頼で調査に入った……という体で俺は夫人に話す。

 まあ遺跡の邪気溜まりから続いていた邪気でこの町に“ナニか”がいる事と子爵がそれに取り憑かれている事は9割方予想は付いていたけど。

 俺がその事を伝えると夫人は疲れ切ったような、でもどこかホッとしたような表情を浮かべた。


「いえ、ありがとうございます。こんな事を言っては被害者の方々に失礼になりますが……最近の夫の行動が夫自身の行動では無かったと聞いて安心いたしました」

「そうですか……」

「はい……本来夫は温厚な平和主義で、何を間違って貴族になんて生れ付いたのかと思える人なのですが、去年の凶作で抱えた領民への負担を何とかしようとして金銭難に陥ってからは本当に人が変わったようでしたから。私含め家族も戸惑っていたのです」


 ため息交じりに夫人が教えてくれたのは、粗方俺が予想した通り。

 当初は子爵家の財産を切り売りして何とかしのごうとしていたが、それも焼け石に水の状態で、最終的に彼は爵位返上の上で隣領のロコモティ伯爵領に助けを求めるつもりだったらしい。

 先祖の因縁あるロコモティ家が『虹の羽衣』で好景気なのを妬むどころか、むしろ『それなら領民を任せられるかも』と喜んで。

 その事は家族たちも了承していて、子爵としては自分の没落に巻き込まないよう離縁した上で子供共々実家に戻らせようとしていたらしいが、その事については家族の誰一人として譲らず、平民になろうと共に歩む事を心に決めていたとか。


「それではシャ……ご長男もこの件に関しては……」

「長男、ジャイロには何とか学園を卒業するまでは爵位を保つと言い含めているのですが……人より魔法の才がある事で何か手柄を挙げて子爵家を立て直そうと足掻いています。気にせず学業に励んで魔導士として歩んでくれれば良いですのに、最近では尊敬していた父が冒険者に誑かされたのではと言い出す始末で……」


 夫人は困った様に話すが、俺たちに取っては腑に落ちる流れだった。

 ど~りで妙に冒険者に対して敵対的というか見下すような態度が多かったワケだ。

 仲間たちに目をやると二人とも何とも言えない顔になっていた……気持ちは凄く分かる。

 状況を聞いてしまうと怒るに怒れん。

 俺たちがそんな微妙な心境になっていると、ノックも無しに扉が開いて護衛兵士の男が慌てた様子で飛び込んで来た。


「お、奥様! たった今旦那様が目を覚まされました!!」

「!? 本当ですか! その、主人の様子は!?」

「相当に疲弊しておられますが意識はハッキリとしておりますし、何よりも真っ先にご家族の安否を尋ねられました」

「!!」


 その報告に今まで礼節を失う事は無かった夫人が慌てて部屋から飛び出して行った。


「「「…………」」」

「あ……」


 そんな様を目を点にして見送る俺達……さすがにノックも無しに入室からの挨拶なしに飛び出して行ったのは貴族としてどうかと兵士の男も思ったのか、バツの悪そうな顔で頭を下げた。


「す、すみません皆さん。何分旦那様と奥様は領内でも有名な仲良し夫婦でしたので、旦那様の豹変ぶりに最もショックを受け、心配なさっていたものでしたから……」

「あ……いや別に気にしてませんよ?」

「そうそう、私らは貴族でも何でもないんだから……状況も状況だし、無礼講って事で」

「ある意味で久々の再会なのです。そこで礼節を持ち出す事こそ無礼……いえ無粋というもの」


 三者三様とも言えるが、その程度を気に掛ける程俺らはお行儀良くはない。

 所詮礼儀は最低限を守ってくれれば良いと考える一般人だからな。

 元貴族出身のカチーナさんだってすっかりこっち側の思考だし「何だったら邪魔しないように今日はおいとましようか?」とか言い始めていた。

 しかし「それもそうかな~」と同意しかけた時、護衛の兵士が慌てて止めて来た。


「あああ待ってください! 実は旦那様から貴方たちにも来て欲しいと言われておりまして……何でも内密に話しておきたい事があるとか」


                ・

                ・

                ・


「ああ……来てくださったか」

「無理しない方が良いっすよ旦那さん。普通の死霊に憑依されたって相当に消耗するのに貴方は更に上位の魔導霊王に長い事憑りつかれていたんだから」


 寝室を訪れた俺たちに気が付いたグレゴリール子爵は体を起こして出迎えようとする。

 貴族として、家長として振舞おうとしているのだろうけど、あからさまに不機嫌な様子で誤魔化されていた昨夜と違って、目に見えて頬がこけて衰弱した状態でムリされてはこっちが困る。

 憑依は浄化、治療に特化した教会の聖女たちでも手に余る厄介なもので、しかも大抵憑りついた者の魔力体に重なるように隠れる為に『魔力感知』の使用者でも見つけにくい。

 そんな状況を長期間強いられた彼に今大事なのは安静以外にない。


「そうは……行きません。この事は急いで伝えるべき……凶事なのですから」


 しかし子爵は衰えた体とは裏腹に瞳だけは気丈で強い意志を称えて、こっちを見据えて来た。

 妙な気分だが、俺たちは今この時初めてグレゴリール子爵に出会ったのだと実感する。


「改めまして……私が南方領グレゴリール子爵領領主、ジャック・グレゴリール子爵です。此度は私を悪夢から覚ましていただき……何とお礼したら良いか……」

「本当に……ありがとうございました……」


 ベッド脇に立つ夫人はハンカチで目元を拭いつつ頭を下げている。

 基本一般人な冒険者にあまり遜らんで欲しいけど、俺はそんな事よりも子爵の物言いが少々気になった。


「旦那さん、もしかしてあの魔導霊王に憑りつかれていた時の記憶が?」


 彼が悪夢と称した事で今までの記憶が飛んでいるという事じゃ無いのかと思ったのだが、案の定子爵は項垂れた様子で肯定する。


「薄らボンヤリとではありますが……本当に悪夢を見ていたような感覚でした。自分の意志で自分の体を動かせず、言いたくもない言葉を、したくもない事をしてしまう。そして当初は家族の為、領民の為に金策に悩んでいたはずなのに……気が付くと金の為に守ろうとしていた者を蔑ろにしてしまう。まさに悪夢以外の何物でもない」

「……確かにキツイ。元々守ろうとしていたハズの者を蔑ろにして、最後は守るハズだった者を手に掛けようとしてしまう……こんな本末転倒ないね」

「むごい……です」


 カチーナさんもリリーさんも昨夜憑りつかれていた子爵が指示した依頼内容を思い出したようで苛立っているようだ。

 息子の殺害依頼……本来は家族思いである人物なら、自分がそんな依頼を憑りつかれていたとは言え出していた事を自覚してしまった今、どんな心境なのか想像も出来ない。

 ……というよりも、それを強要した魔導霊王のクズさ加減にムカついて来る。


「旦那さん……だったら聞かせて貰えるか? 貴方にそんな悪夢を見せたクズ野郎が得意げに語っていた『脚本』ってのが、一体何だったのか』


 ハッキリ言えば、その『脚本』と言うのが何を指しているのか……俺は感づいて苛立っていた。

 この感じは以前にも感じた事のある苛立ちだ。

 世の中悪事と言われるものは星の数程あるけれど、自分が理解できない悪意に対して存在を認められない、絶対的に相入れないという感覚。

 腹を満たしたい、楽をしたい、快楽を得たい……同調するつもりは無いが気持ちは理解できなくもない欲求とは違う“ただ苦しむ様が見たいから”という、幼少から今まで生きる事に精一杯だった俺には到底理解不可能な願望……。

 そして『予言書』ではそんな願望の餌食になった、今回もなりかけた経験のある女性、カチーナさんがその事実に気が付かないワケも無く、より強く拳が握られている。

 魔導霊王アレの脚本というのが自らの父と同じ腐り切った欲求と同等であると。


「……ギラル殿と言いましたね? 貴方はアレがどういう存在で何を求めていたのか見当がついているのですか?」

「少なくともクズである事は確かですね。旦那さん、貴方の意識が保たれていたのも、そのクズの娯楽であったのではないですか? 本当は守りたく傷つけたくない何よりも愛している家族を何もできずに“自分が”傷つけて壊して絶望していく様を見たくて」

「…………」


 そういうと子爵の瞳が憎悪に歪んだ。

 しかし不快になる事はない、、何故ならその憎悪は俺にも共有できる感覚なのだから。

 

「あと、俺たちは教会関係者でも王国の回し者でもない単なる冒険者です。喩え教義に外れた事だろうと、神話に反する事だろうと、口外する気も否定するつもりもありません」

「……なるほど、貴方はそこまでご存じの側ですか。ならば遠慮はいらないようですね」


 ご存じの側……その言葉に含まれているのは通説とは異なる歴史。

 最早その辺に俺たちが驚く事はない。

 協議であれ、神話であれ、王国の歴史であれ正しく伝わっている事の方が少ない。

 大抵後世の者が自分達に都合よく改竄していくものなのだから……。

 そして子爵がため息交じりに語り出した歴史の真実は、案の定王国にも教会にも都合の悪い内容を含んでいた。


「千年も昔、この地を魔族……当時この地に居を構えていた亜人種エルフを滅ぼした日より、ザッカール王国の南方領は呪われているのです。そして南方領を任された貴族はこの地を呪いで支配する魔導霊王に対する生贄なのですよ」

「生贄……?」

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