第百三十三話 知らないヤツに兄弟と言われるようなウザさ

「やったか?」


 こういう自分では感じる事の出来ない相手は本当に苦手だ。

 直接攻撃とは違う飛び道具だとしても当たれば音や振動で当たった気配、ようするに手応えはあるものなのに、この手の敵はその辺が全く自覚できない。

 そしてある意味で予想通りにリリーさんは首を横に振った。


「ダメ、浅い! 当たったけど魔力体の破壊には至ってない」

「……チッ」


 思わず舌打ちをしてしまう。

 破壊に至らない、要するに威力が弱かったという事だ。

 幾らリリーさん謹製の魔力弾だとしても、その本領は彼女の狙撃杖によって発射され魔力を発現させる事で発揮されるワケで、直接弾丸を当てるのは日の付いていない爆薬を投げつけるようなものだ。

 が……今の舌打ちは自分の力の無さを嘆いたワケじゃない。

 その程度の威力であっても死霊レイスであれば退治、または撃退は可能な威力は出るハズだったのに、当たったのに破壊できなかったという事は……。


「死霊よりも上位のアンデッド……魔導霊リッチか!?」


 生前より魔導に長けた者が自らを死霊として永遠を得たが故に、目的すら忘れて彷徨う事になり魔法を行使して生者に渾名す存在と成り果てたアンデッド。

 そんな相手では単純に魔力弾ぶつけた程度では嫌がらせにしかならないだろうし、死霊よりも格段に厄介な相手なのは確実だ。


「にゃろう……こちとらCクラスになったばっかりだってのに、いきなりBクラスのモンスターじゃねーか」


 だとすると、ほぼ間違いなく魔力にも邪気にも精通しない俺には倒す事が出来ない。

 緊張を新たに俺は仲間たちのサポートに専念する事を考え、現状での主戦力になるはずのリリーさんの狙撃杖をこの場に持ってくる算段をし始める。

 しかしその算段は吹っ飛んで来た骨によって寸断される。


『グバ!?』

「ドラスケ! 大丈夫か!?」

『わ、我は大丈夫だ……問題ない』


 物理的な衝撃にはトコトン弱いドラスケの頭が衝撃で外れかかるが、何とかキャッチして自分で頭をハメ直す。

 ……器用なヤツだ。


『今の攻撃で子爵の体からは追い出す事が出来た……だが』


 憑依を解除する、教会じゃ『除霊』と称して高い金額を要求される高度な所業であるが、成功させたドラスケの表情は冴えない。

 骨だというのに不安な表情は見ただけで分かる。

 普段からアンデッドなだけあって死の概念の感覚すら希薄なコイツのそんな顔には嫌な予感しかしないが、そうしているうちに目の前の空間に黒い何かが寄り集まり何か人型のモノが形作られて行く。

 一口にアンデッドと言っても魔力体を中心に邪気で依り代の死体を動かすゾンビやスケルトンとは違って死霊系のアンデッドは邪気そのものを依り代にする。

 つまり普通では見る事が出来ず、可能なのは同じアンデッドであるか邪気を操る事の出来る特殊な者『死霊使い《ネクロマンサー》くらいなもの。

 だけどそんな邪気でも俺のような凡人に見る事の出来る特殊な状況がある。

 それは神様に教わった『リカ』の天高く漂う雲と似たような理屈、雲は本来は視認できない水蒸気が濃度を高め上空で冷やされたからこそ目に映る。

 要するに邪気も濃度が高ければ高いほど視認する事が出来るワケで、単純な話濃度が高い邪気を持っているという事はそれだけ目の前のアンデッドが強い邪気を持った死霊という事になり……。

 やがて完全に見えるくらいに現れたソレはゾロリとした衣装に長い白髪、骸骨の如き空洞の眼窩に紅い光を称え、特徴的な長い耳を持ち……宙に浮いていた。

 見ただけで鳥肌が立つ……こいつは……ヤバイ!!


『気を抜くな! 恐怖に飲まれた瞬間に取り憑かれると思え!! 奴は魔導霊の中で最も古く、最も魔導に長けた太古の亜人の派生、魔導霊王エルダーリッチである!!』

「魔導霊王!?」


 俺は思わず“ふざけんな”と叫びたくなった。。

 魔導霊だって俺にはどうにもできない魔物だというのに、更に上位の魔導霊王など聞いた事しかない列記としたAクラスの討伐対象だ。


「危ないギラル君!!」

「……え? ぐわ!?」


 だが戦闘も逃亡も判断する暇もなく、俺は唐突に吹っ飛ばされていた。

 突然目の前に現れた魔導霊王の枯れ木の如き腕の一振りによって。

 その一瞬、自分が置かれた状況が理解できずにパニックを起こしそうになったが、似たような攻撃をする輩が王都にいた事を咄嗟に思い出して『気配察知』を広範囲ではなく皮一枚の範囲に研ぎ澄ます。

 それは俺の中でも最強クラスの化け物、調査兵団団長ホロウへの対処法の一つ。

 今まで一度しか成功しなかったが、そうする事で集約した空間の集中力を極限まで高めて、テリトリーに侵入して来たモノに対して最短、最小の動きに徹する事が出来る。

 喩え気配を感じる事が出来なくても、吹っ飛ばされて壁に叩きつけられる俺の首筋に迫っていた攻撃を察知するくらいには。


「く!!」

『!?』


 強引に空中で態勢を捻じ曲げた俺の首筋に自分の攻撃が当たらなかった瞬間、魔導霊王の顔がわずかに歪んだ。


『ほお……我が憑依に無粋をする不届き者が現れたと思えば……人間にしては良い動きをするではないか……』

「お褒めにあずかり光栄……とは言えねぇなコリャ」


 俺は壁に叩きつけられる事なく壁を“蹴って”そのまま仲間たちの前に降り立つ。

 カチーナさんたちは既に子爵を回収、様子を確認しているのだが、衰弱は酷いようでもしっかりと息はあるようだ。

 その事実に安心しつつ、俺は目のまえの難敵に再び対峙した。


「やばいな……直で攻撃して来たって事は実体化してやがるって事か?」

『……今の一合でそこまで理解するとは。見てくれのワリには随分勤勉でもあるようだな』

「見てくれのワリに、は余計だっての」


 軽口で誤魔化そうとするものの、俺はさっきから冷や汗が止まらない。

 実体化出来るという事は王都でお目にかかったマルス王子の黒い巨人と同じような力も使えるという事になる。

 あの時は王子自身に俺たちを攻撃する気が無かったから大した事は無かったが……。


『安心しろギラル、同じ邪気を使うとしてもアレに我の宿敵マルスと同等の邪気を操る力はない。精々実体化して一方的に嬲る方法が向こうにはあるのに、ギラルには対抗手段が何一つないというだけの事だ』

「何をもって安心しろって言ってんだよ……ん?」


 何の安心材料にもならないドラスケの言葉を聞いたその時、俺は初めて魔導霊王の顔を直視し、気が付いた。

 丁度眉間にある茨が絡み合ったように見える歪と表現するのが最も的確に思える紋を。

 その紋はどこかで見た事があるような気が…………?

 

ドンドンドンドン!!

「ジャック様! 大丈夫ですか!? 何やら物凄い轟音と悲鳴が!!」

「貴方! 一体どうしたというのです!?」


 俺が記憶を掘り起こす暇もなく、突然鳴り響く扉を叩く音。

 どうやら発生源はこの家の護衛役と奥方様のようで……まあ気が付かないワケはねーよな、あんな派手に窓が割れた音やら不気味な悲鳴やらが聞えれば……。

 しかし新たな厄介事かと思いきや、その第三者の出現に魔導霊王は露骨に嫌そうに舌打ちをする。

 そんな仕草がアンデッドのくせに、何とも生々しく感じてしまうが……。


『ふん……仕方があるまい。こやつを使っての喜劇はまだ途中ではあったが、あまり大勢の衆目に晒されるのは脚本家としての美学に反するからなぁ』

「脚本……だと?」

『さよう……まあこの崇高な芸術を共有出来る存在は皆無であろうが…………おや?」


 奴が口走った“脚本”の意味が俺には分から無かったのだが、何故か魔導霊王は剣を持たずに拳を構えていたカチーナさんを見据えて……ニタリと笑った。

 それは今までの誰よりも何よりも遥かに不気味で神経を逆なでする微笑みで……。


『おやおやおや~? まさかこんな所で我の崇高な脚本を理解し得る同胞にまみえる事になろうとは……なんたる運命の悪戯か!?』

「……何ですって?」


 ヤツが口にする脚本というのがどういうモノか、理解できなくとも碌でもない何かである事だけはカチーナさんも理解したのだろう。

 彼女は露骨に嫌そうに眉を歪める。


「貴方の目的が何なのかは知りませんが、少なくとも貴族の爵位よりも領主としての責任を取ろうとする御仁の矜持を穢す無粋な者と同胞とされるのは……不愉快です!」


 生真面目で情に厚いタイプでもあるカチーナさんが露骨に苛立ちを口にするのは珍しい事で、その表情はまともに対峙していない俺でも気圧される凄みがあった。

 しかし魔導霊王はその不快なニヤ付きを止める事無く続ける。


『フハハハ……稚拙な常識、偽りの正しさ、押し付けられた正義感で誤魔化そうとしても我には分かるぞ、貴様の心の内に燃える暗き魂が我と同等なモノであるのを。世に蔓延る下らぬ絆と言われる全てを呪い、壊し、破滅に導く悲劇という娯楽を完成させたい衝動が潜んでいる事を!!』

「な……何だと!? 貴様!!」


 その瞬間カチーナさんは我慢ならなくなったのか魔導霊王に殴りかかった。

 魔力体を魔力で打ち抜く以外倒す方法は無いと分かっていたハズなのに、それ以上に自分がそんな腐り切った脚本を望む同類と言われた事が許せなかったのだろう。

 しかし彼女の拳が届くよりも先に魔導霊王は既に窓の外、夜空へと飛び上がっていた。


『近いうちにまたまみえるとしよう、我が同胞よ。我が名はアクロウ……偉大なる古代エルフにして魔導霊王エルダーリッチアクロウである!!』


 そう言い残した魔導霊王アクロウはそのまま夜空へと消えて行った。

 言いっぱなしで去られたカチーナさんは不満そうではあったものの、正直俺は相手からいなくなってくれた事に心からホッとしていた。

 正直武器も持ち込めなかった現状では戦いすらままならず、何より魔力で攻撃できない俺やカチーナさんには決定打すら持ち合わせていなかったのだから。

 そして……未だに夜空に向かって睨み続けるカチーナさんの姿に、俺は思い出してしまっていた。

 魔導霊王アクロウの眉間にあった茨のような歪な紋……それが予言書では外道聖騎士カチーナの右腕に絡みついていた事を。

 同胞……奴が言い残したその言葉が俺の脳裏を不気味に駆け巡っていた。


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