第百三十二話 門番さんの苦悩
「Dクラス、パーティー名『ブラック・スリースター』……名前が“ガリアス”“オズテラ”“アッシュ”……確かに聞いていた通りではあるが」
「何か問題でも?」
「いや……」
すっかり日の落ちた中、『ブラック・スリースター』がグレゴリール子爵と約束した時間に現れた3人を前に……門番の男は眉を顰めていた。
まあ無理もない、自身が守る館に“黒装束”を見に纏ったいかにも怪しい連中を前にして怪しく思わない方がおかしいからな。
現在の俺たちの格好は、まあ言ってしまえば単純なガラの悪い冒険者よりも更に怪しいワーストデッドの格好なのだから。
だけど差し出した冒険者のドッグタグを確認し、事前情報と一致しているのならば通さないワケにも行かないのだ、何せ主の、雇い主の命令なのだから。
ちなみにDランクのドッグタグは本来訪問する予定だった本物たちが、俺たちの一生懸命なお願い《なぐるけるのぼうこう》に快く譲渡してくれたものだ。
「……では手持ちの武器はこちらで預からせてもらいますけど、宜しいか?」
「「「…………」」」
門番はしばらくの葛藤をするものの、結局は職務に忠実に俺たちを通す事に決めたようだった。
コクリと頷いた俺たちはそれぞれの得物、ダガー、カトラス、杖を門番の前に差し邸の中へと招き入れられた。
『……まあ本当なら通したくはねーよな。こんな怪しい覆面集団』
『でも疑いつつも通さざるを得ないのは、ここ最近はそんな連中が邸に訪れる事が多かった証明でしょう』
『だな……俺達程度じゃ追い返す事も出来ないってか?』
『明るい場所で私らより怪しくないヤツがいるなら、見てみたいもんだけど?』
視線だけの会話をしつつ、通されたのは執務室を兼ねた応接室なのだろうか?
簡素な部屋に来客用のソファー、そして離れた場所に執務用の机があり……神経質そうな口髭の壮年の男が座っていた。
確認するまでも無くこの男が現グレゴリール子爵家当主、ジャック・グレゴリールだろうが、町民たちの話では元々温厚な人物と聞いていたのにその態度は尊大の一言。
むしろ冒険者の俺たちをあからさまに見下しているのがアリアリであった。
子爵は特に何か言うでもなく、俺たちを一瞥したのみで革袋をソファー前のテーブルに投げ寄越した。
ジャラリと音がしたから、どうやらそれは今回の報酬という事らしい。
「今回の報酬だ。受け取ったら即次の仕事に移れ……」
そして無駄な事は一切言う気も無いとばかりに吐き捨てる態度に若干イラッとするが、正直俺には違和感が拭えない。
ロコモティの歴史書でも町民たちの噂話でも共通していた情報……それを確認する為に俺は遜った小悪党を意識した口調でヘコヘコと頭を下げる。
「す、すいやせん旦那。何分俺らも今回旦那と初顔合わせ……学がねぇ俺達ではもしかしたら依頼内容を間違えているかもしれないので……今一度お話下さいますでしょうか?」
「……なに?」
と、このままでは知らないという情報は向こうにとって“他人かも?”という違和感を与えてしまう事になる。
なので俺は更に欲深く賢しいニチャっとした厭らしい口調を意識する。
「いやいや別に忘れているワケじゃ無いのですが……学のない我らの記憶を確かにするために、もう少しご褒美を頂けないかと思った次第でして」
その不快にしかならない話し方に、子爵はむしろ安心したような顔を浮かべた。
「フン、所詮は下賤な冒険者風情……いいだろう。依頼通りに我が息子ジャイロとロコモティの娘を亡き者とし、さらに決闘の末の相打ちに見せかけるまで成しえたら報酬は倍額払ってやろうではないか」
『『『!?』』』
この瞬間、俺達3人はポーカーフェイスが得意な方で良かったと思う。
直情な脳筋共だったら激高していたところだろうからな。
それでも胸中で起こった動揺を押し込めて俺は更に卑屈な笑顔を浮かべた。
「本当ですか! ソイツはありがてぇ。実はお宅の坊ちゃんのせいで今回の以来は邪魔が入っちまったから。こっちとしては仕事以上に恨み言もありやしてねぇ……。あ、一隻無傷で到着したのはそのせいですからね!? まさか報酬からその分引いてるなんて事は?」
「……安心しろ、確かにその辺はこっちの落ち度だからな。夏季休暇で戻っていたヤツが裏取引の書類なんぞ見付けおってな、何度か言い争いになったが我が聞く耳を持たん事に焦れたようで直接行動に出たのであろう。愚かな……」
ビンゴ……忌々しいと顔を歪める子爵だったが、俺は予想が当たっていた事を確信する。
やっぱりジャイロは親父の悪行を知って止めようと動いていたのだ。
たまたま今回は対処可能な俺たちの船に当たったというだけで、別の3隻に当たっていたなら逆に感謝されていただろうに。
でもまあ……これで“こっちの方も”確信が持てたけどな。
自分よりも民を優先し質素を通り越して殺風景になった子爵邸だけじゃなく、目の前に座る子爵本人も貴族とは思えぬほど質素な格好、更にそれなりに豪華にする必要のあるこの部屋すら必要な物しか置かれていない現状。
現当主ジャック・グレゴリール子爵の評判は意図的に流されたモノじゃない。それこそ彼が今まで行動した結果が齎した信頼に基づく正当な評価。
ある意味で貴族には向いていない気質であるのだが、そんな彼の評判の中に常にあったのは良好な家族関係。
貴族家同士の因縁、家の保持、そんな貴族らしい行動をとる為に自身の息子を亡き者にする依頼をするなど、本当に人が変わったような話だ。
「ところで子爵様? どうしても確認しておきたい事がもう一つございまして……」
「……何だ、まだ不満か? 欲深も大概にせんと長生き出来んぞ? 貴様のような下賤な輩は素直に仕事をしておれば……」
「てめぇには話してねーんだよ、すっこんでろ寄生虫が!!」
「な!?」
その時点で仲間たちに目配せしてから、子爵の背後にあるカーテンすら無くなった窓に向かって目配せをする。
さて……ここからが本番だ。
俺は今まで不必要に遜っていた姿勢を正して、正面から子爵を睨みつけた。
そんなあからさまな態度の変化に不機嫌な顔しかしていなかった子爵の瞳がわずかに揺れる。
それは露骨に不快感を露にするようにもみえ……初めて状況を知る味方が現れた事への歓喜にも見えた。
「ロコモティとグレゴリールは300年も因縁を続けていたが、これまでも何度か和解をしよう親交を結ぼうとしたチャレンジャーはいた。隣領なんだからそうした方が貴族てしても利点は多かったハズなのに、どういうワケか先頭に立っていたヤツが台無しにしてしまう……それこそ人が変わったようにな」
「…………」
「互いにその事を不審に思いつつ、段々と表向きで親交を結ぶことは諦めて小競り合い程度の対立をする程度で不仲を継続していた。しかし不幸な事に去年の不作の影響でグレゴリール子爵領は多大な金銭難に陥る事になった」
町で聞いた話はそれこそグレゴリール子爵を心配する声だった。
自分達の生活を守る事を優先する子爵が何か無茶な事をするんじゃないか? それか別の方法を取ろうとするのではないのか?
「子爵様……アンタ、爵位返上するつもりだっただろ?」
「!?」
「皮肉な事に時を同じくしてロコモティ家はデーモンスパイダーの糸の量産に成功して絶好調。妬みの強い悪徳貴族だったらそれを横から掻っ攫うとか考えそうなもんだけど、温厚で領民想いな子爵様はグレゴリール領の吸収を願い出ようとしていた。今までの先祖とは違い対等な和解ではなく、完全な敗北という形でな」
爵位は命よりも重い、それが貴族って生き物らしいけど、それを捨ててでも領民を守る責任を果たそうとする……中々できる事じゃねえ。
この推論を聞いた時に元貴族のカチーナさんは泣きそうになっていたくらいだからな。
「が……そんなアンタの漢気に茶々入れたクソ野郎がいたってワケだ。そいつは何の理由かグレゴリール領に眠りについていて、2つの家が仲良くしようと画策した時に眠りから覚めるデバガメ野郎みたいなんだが……」
「『…………』」
「アンタは敗北による臣従のようなもんだから両家の呪いからは外れると思っていたかもだけど、生憎そのデバガメ寄生虫にとってはそれすらも認められない対象にされちまったみたいだな……………………行け!!」
バリン!!
俺が号令をした瞬間、執務室の窓、丁度子爵の背後から空飛ぶ子ドラゴンの骨、ドラスケが飛び込んで来た。
そしてドラスケはそのまま子爵の後頭部に取り付いて強引に吸引を始める。
「『なあ!?』」
『そろそろ姿を見せてはどうだ……同じアンデッド同士ではないか!!』
「『う、うおおおおおお!? 何をするうううう!?』」
背後に取り付くドラスケに暴れる子爵ではあるが、俺の目には何が行われているのかは全く見えない。
しかし唯一邪気を見る事が出来るドラスケと、『魔力感知』を有するリリーさんは違う。
「!? 魔力反応が割れた。子爵の体内に二つの魔力反応!!」
ドラスケが吸引する邪気が引っ張られた事で見えた“重なっていた魔力反応”をリリーさんの『魔力感知』がしっかりと捉えたらしい。
邪気という概念は最近知った事だけど、邪気を使って死体を動かすゾンビやスケルトンとは別に魔力体を中心に邪気を肉体とするアンデッドが存在する。
所謂霊体系アンデッド、
実体のないアンデッドである事で、厄介な事にコイツは生者に取り付いて意のままに操る『憑依』をする。
しかし質が悪いことに人が変わったように見えても見た目は本人のままだし、魔力体も重なり合っていると『魔力感知』でも一つにしか見えず、纏っている邪気も肉体の内側に入り込まれている状態ではドラスケにも確認が出来ないらしい。
至近距離で神様の住居で使った“ソウジキ”のように強引に吸い出してやった事で初めて重なった肉体と憑依した者を“ズラす”事が出来たのだ。
『グヌオオオオオオ! 往生際が悪いぞ、この悪霊めが!!』
『ウオオオオオオオオ!? オノレエエエエエ!!』
その時聞こえた声は明らかに子爵の声じゃない別人の者。
耳障りを通り越して寒気のするような気色の悪い声なのだが、思わず耳を塞ぎたくなるその声をリリーさんが遮った。
「ギラル、魔力体僅かに体外に出た! こっちから見た右耳から5㎝!!」
「…………正直自信は無いんだよなぁ、コレ」
リリーさんの指示を受けて俺は腰だめに準備していた『魔力弾』をはじき出す。
霊体系アンデッドを倒すには魔力体を魔力で攻撃して破壊する事なのだが、俺には魔力が見えないし、見えるリリーさんは生憎この場に武器を持ち込めない。
だからあらかじめ一発だけ潜ませていたリリーさん謹製の『火魔力弾』を指弾で撃つ出すのは俺の役目になってしまったのだが。
『ナ!? ガアアアアアアアアアアアアアアア!!』
俺には全く何も見えない空間を『魔力弾』は通過することなく何かにぶつかり、何者かの叫び声が邸全体に響き渡った。
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