第百三十一話 上司の悪事自慢の酒は世界一マズイ

 それから特に問題なく俺たちは『アクリール』の町へ入る事が出来た。

 無論本当にCランクである俺たちは堂々とドッグタグを提示して無料で通過。

 しかしパーティー特典で一緒に通過できるリリーさんだけは頑なに通行料を支払う事を誇示して門番の兄さんを苦笑させていた。


「個人的な意地よ……ほっといて」……だそうだ。


 まあ別に個人の金でやってることだし、門番たちもさっきの詐称冒険者共とは真逆の対応ではあるものの規約に反しているワケでもないから普通に受け取っていた。

 ちなみに連中は絶賛捕縛中……もう少し抵抗するかと思ったが、リリーさんの冷気に当てられたせいか終始無言であった。

 多分連中は冒険者の資格をはく奪されるだろうな。

 一時の通行料をケチろうとしたが為に……バカなやつらだ。

 そして初めて目にしたグレゴリール領の町アクリールの第一印象だったが、至って普通の町という印象だった。

 行きかう人々も商店街もそれなりの賑わいを見せていて、食品などの商品もそれなりに揃っている。

 門番の兄さんが言っていたようにたまにガラの悪そうな冒険者を含めた連中がいない事もないのだが、大衆の中では少数で……遠巻きにされているせいか逆に悪目立ちしてしまっている。

 俺はますます妙に違和感を感じて……暫くは情報収集に勤しむ事にいた。

 ロコモティ領での前情報、そして門番からの情報、そして子爵の息子であるジャイロの行動……ここに至るまで色々あったのだが、今まで薄らボンヤリ予想していた事が悉く微妙にズレて行くのだ。

 そして夕方まで町中でそこそこ情報を集め、どこの町でも一軒はありそうな酒と食事を提供する冒険者御用達のような食堂で腰を下ろした俺はますます頭を抱えていた。


「ん~~? 何なんだ一体……」

「どうかしたのですか? アクリールに入ってからギラル君、ずっと難しい顔をしてましたね? 何か問題でもあったのです?」


 夕食に頼んだ定食のスープは海沿いの『ツー・チザキ』とは違って魚介ではない山の幸をふんだんに使った優しい味わい。

 カチーナさんは一口スープを含んで顔をほころばせながら聞いて来て、その言葉にチキンソテーを切り分けずに齧り付くリリーさんも追従する。


「何度か町の人に領主とか生活とかの事聞いてたみたいだけど、至って普通だったじゃん。何か気に入らない事でもあったっけ?」

「ですね……聞いた限りではむしろ善良な領主という印象しかありませんでしたが」

「……そこなんだよ一番の問題は」

「「は?」」


 問題がないのが問題……そんなトンチみたいな事を言われてもワケが分からない、とばかりに二人は目を丸くする。

 まあ無理もないやな……こんなのは以前から悪徳貴族の不正を探りまくって来た俺だから持つ違和感だからな。


「昼間に軽く聞いた限りだけど、俺はこの町の連中から一度も領主の悪口を聞かなかった。それどころか金策の為に悪い連中との付き合いがあるかもって噂すらあんのに“無茶しないで欲しい”って心配する奴らもいるくらいだった。俺が今まで見て来た悪徳貴族だったら領民は悪口を言いまくるか、じゃなければ一切口を噤むかのどちらかだったのに」

「「…………」」


 悪徳貴族の特徴と言えばアレだが、総じてそういうヤツは不当に税を取り立てたりして領民に蛇蝎の如く嫌われるもの。

 その中でもある意味腹の座った悪党なら悪評くらい屁でもないとスルーするけど、小心者だったり無駄なプライドを持つヤツだと過剰に取り締まったりするから誰もが何も言わなくなるもんだ。

 ……で、領民に心配される、というか慕われている一番の理由は領内が平和で自分たちの生活が維持されているという事だ。


「グレゴリール領は昨年度の凶作で財政難。にもかかわらず町は平和で安定している…………反対にさっき見に行ったグレゴリール子爵邸はどんなもんだった?」

「……殺風景でしたね、庭木など一つもなく遠目から見ても館の窓から向こう側が見えるくらいに……カーテンすら無いとは」

「門番も一人だったね。気になって『魔力感知』使ってみたけど……館内の魔力反応は5つしかなかった。それって確かグレゴリール子爵家の家族数と一致するハズ」

「リリーさんもそうなら確実か……」


 実は俺も『気配察知』で館の中を探ってみたが、結果は同じ5人分……つまり館内に使用人の類は一人もいないという事になる。

 ロコモティ伯爵邸に比べて俺の索敵範囲に易々と入る敷地と殺風景な外観、更に伯爵よりは劣るとしても子爵位、貴族なのに最低限の使用人すらいない状況では導き出される結論は一つしかない。


「現領主は温厚とは聞いたけど、今の印象は自分達の生活よりもまず領民の生活を優先する善良で苦労性な領主にしか思えん。そんな領主が“たかだか”先祖の因縁程度で悪事を働くもんかね?」


 悪徳貴族であるほど、いっそ清々しいくらいに自分の為だけに金を、人を使う。

 領民から搾り取り、裏社会と繋がり治安が乱れ自分たちだけが肥太り領民が貧困にあえごうと餓死しようと知った事ではないと。

 しかし詳細は分からないが町の平穏は保たれているのに子爵邸は余所者おれたちが見ただけで分かるくらいにさびれている。

 そりゃあ領民だって噂程度で悪く言う気にはならんだろうさ。


「……確かに。むしろ王都で税を食いつぶすのみの王侯貴族共に見習わせたいくらいです」

「あ~そういう事か。確かにそんな政策をとっていた領主が悪事を働くのは現実的じゃないし、仮に金の為にやむに已まれずとかギリギリの精神状態だったとしたら……やり口が雑過ぎるわ」

「だろ? 魔力耐性だけじゃなく物理耐性すら高い『虹の羽衣』だぜ? 捨て値で捌いたって金の山だってのに、生産元のデーモンスパイダーの住処を放火したり、ワザとライシネル大河に誘導して黒鎧河馬に襲わせたり、儲けは一個も無いのに恨みだけはキッチリと買う……あまりにも不自然だろ?」

「……ですね。目的が仲違いのみであるとしか説明が付かないほど」


 仲違いが目的……か。

 俺はカチーナさんの言葉にロコモティ邸からせしめた歴史書を思い出した。

 グレゴリール家とロコモティ家は争いを止め友好を結ぼうとすると災いが起きる。

 縁を結ぼうとした本人が必ず狂気に落ちる。


「人が変わった様に……か」


 奇しくも門番の青年が言っていた言葉が先々代ロコモティ家当主の状況にリンクする。

 同時にそんな父親の動向に、思春期で青臭い正義感をこじらせた絶賛魔導師至上主義こじらせ中の息子が反発したとしたら……。

 色々繋がらなかった細い糸が、この事についてだけは繋がった気がする。


「父ちゃんの過ちを見過ごせず、不用意に手を出しちゃったかな~お坊ちゃん」

「……ギラル君?」


 呟きを不思議に思ったカチーナさんが声をかけて来るが、俺はそのままフォークをチキンソテーに突き刺して一気に半分くらい噛み千切る。

 むう、鳥の油とソースの加減が絶妙………………ん?


「いや~しかし、グレゴリールの旦那はなかなか話が分かるじゃねーか。界隈じゃ潔癖なお貴族様って言われていたくらいのなのに、分からねぇもんだ」


 そして数回の咀嚼で飲み下した俺の耳に、座っているテーブルから少し離れたところで酒を煽っている、いかにもガラの悪そうな男たちが酒を煽りながら笑いあっている話の内容が入って来た。

 いかにも悪ぶって粋がっていますっていう、昼間見た連中の類似品みたいな奴らではあるが、話の内容が正に今知りたい事に掠っていて……俺は黙って聴覚の集中を高める。


「そうそう、強奪とかならまだしも厄介者の始末だけでこの稼ぎはボロくね? 4の内3は成功だから、まあ商会のお友達もあっちで満足してるだろうがな!」

「アハハハ、んなワケあるかよ! 小銭稼ぎでチョロ~っと運び屋変更かましただけで向こうの世界にさようなら~だぜ? ワリに合うとは思えんな~可哀そうに」

「いかせてやった張本人が何言ってやがる」

「だ~から、気が付かないように不意打ちでいかせてやったんじゃね~か。く~~俺って優し~い!」

「うおお、お前以外に聖人様だったのか! 生きたまま縛ってライシネルに突き落とした時には何て残酷な男だと誤解していたぜ!」


 酒場の喧騒の中、周囲には聞こえない程度の談笑のようなのに、内容は談笑とは程遠いゲスさである。

 一応本人たちは確信に触れないように話しているつもりかもしれないが、現在完全に当事者に近い俺には奴らの話がどういう事なのか理解できてしまう。

 4の内3、それはライシネル大河で『虹の羽衣』が原因で転覆した運搬船の数、んでもって小銭稼ぎで~って話の人物は、多分王都側の商会で運送を水路に変えた何者か。

 既に始末されているとは思っていたけど、会話内容から直接手を下したのはこいつ等って事らしい。

 しかし偶然とはいえ、そんな奴らが何でこんな場所に……そう思っていると3人の男達で最も立場が低そうなヤツが慌てて口をはさんだ。


「兄貴たち、声が大きいって。あんまり旦那の事は外では……」

「おっと、いけねぇ」

「今回は旦那との初顔合わせ。今後のつなぎの為にも仕事はキッチリこなすってとこを見せつけてやらねぇと……」

「分かってるって! うるせぇなぁ……」

「どうせセコセコ稼いでも、お前は王都のデイジーちゃんに貢いで終わりだろうが。金稼ぎには細かいクセに女には見栄はりやがって……あれは相当な女狐だぜ?」

「デイジーちゃんは天使なんだ! 目標額に達したら田舎で一緒になってくれるって約束してるんだから!!」


 兄貴分たちが呆れるような憐れむような視線で熱弁する男を眺めていたが……超他人事である俺にとっては奴らの稼ぎもデイジーちゃんの女狐ぶりも関係ない。

 重要なのは奴らがコレから旦那、グレゴリール子爵と顔合わせである事……そして。


「奴らが今回初顔合わせって事……だな」


 俺は注意深く、なるべく視線を固定しないように3人の冒険者たちを観察する。

 ガタイは良さそうに見える3人、それなりに力もあるだろう奴らが腰に下げているのはロングソード……いやバスターソードか。

 力で斬るじゃなく叩き潰す事を念頭に置いた戦い方に適した武具、言ってしまえば自分たちの力量と特質を理解しているとも言えるが……さっきから何度か立ち上がった様子を見るに、正面の動きは良くても横の動きは……。


「典型的な自惚れ型のパワーファイター……か」

「……ギラル君?」


 唐突に顔を伏せてブツブツ言い出した事を心配して声をかけて来たカチーナさんだったが、考えをまとめた瞬間俺は顔を上げて“共犯者”達に久々に宣言した。


「今夜久々に仕事にかかるぞ“ワースト・デッド”」

「「!?」」

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