第百三十話 脳筋の抑え役《つっこみ》

 グレゴリール領の領主、グレゴリール子爵が直接赴任している町『アクリール』は遺跡から既に見える位置にある目と鼻の先。

 しかし普通なら観光地にでも利用しそうなこの遺跡が苔だらけで放置されていた理由は追及するまでも無かろう。

 一応は英雄の遺跡という云われもあるのに、町の敷地外にある事から町民か、あるいは子爵家なのかは分からないが相当に忌避されているという事だろう。

 最早近所とも言えるアクリールの町への道のりは特に魔物が出没する事も無い安全な道のりで、すぐに魔物除けの壁に囲まれた町への門が見えて来た。

 俺は一応肩に留まってオブジェと化しているドラスケに確認の為に声をかける。


「ドラスケ、さっき言ってた遺跡から繋がっている邪気はこの町に流れているって事で良いのか?」

『そのようだ。しかし町全体が薄~く邪気に包まれているようで、邪気を発生させた、もしくは利用している“ナニか”がどこにいるとかは今のところ特定できん』

「アンデッドの痕跡……いわゆる残りっ屁って感じ?」

『……せめて残り香とか言ってくれんか? 我もアンデッドである事に少しは気を遣わんかい』


 邪気の表現が気に喰わなかったのか抗議してくるドラスケである。

 ……どうでもいいけど他人が見たら肩に子ドラゴンの骨をオブジェを乗せている痛い子に見えないだろうか? と一抹の不安も感じてしまうが。 

 

「しかし邪気があるというなら、人体に影響があるのではないか? 以前も邪気に晒されると人は邪人と化してしまうとか」

『高濃度の、とは言った。本来邪気などそこら辺に普通に漂っているもので、カビや湿気と変わらん。微量では生物に影響を与えるとしても精々が邪気の影響で少々機嫌が悪くなりやすいくらいの……」


 と、ドラスケが微量の邪気の影響を話し始めた瞬間、タイミングよく町への門からあからさまにガラの悪い男の声が聞えて来た。


「ああ!? てめぇ通行の許可が出来ねぇってどういう事だ!! 俺様はCランク冒険者でグレゴリール子爵に呼ばれたから来たって言ってんだろうが!!」

「CだろうがSだろうが関係ない。冒険者を語るなら冒険者の証明であるドッグタグを提示しろと言っているのだ。無いならキッチリと通行料金を払え!」

「だからドッグタグは落としたから、町の中のギルドに行くから一時的に入れろって言ってんだよ!」

「信用出来ぬ輩を不用意に通すと思うのか!?」


 見てみると門番の兵士と3人の屈強そうだが野盗と遜色ない程目付きもガラも、そして服装だって悪い連中が言い合いをしていた。

 話の内容から、どうやら門番側に圧倒的に正当性があるようで……順番待ちで並んでいる商人の馬車やら他の冒険者やらが迷惑そうに睨んでいた。

  

「ありゃ通行料を払いたくないからドッグタグを見せないで通行しようとしていて失敗したパターンか?」

「……そのようですね。まったく迷惑極まりない」


 この手の輩はこういった通行規制の掛かる場所では風物詩と言っていいほど定期的に現れる。

 冒険者のドッグタグは身分証明と共にいくらかの特典があり、特にCランク以上の者は通行料、出国が無料というのがある。

 国であれ領地であれ、所在のしっかりした強者が出入りする事のメリットとデメリットを考えての特典なのだが、たまにいい加減な門番だと確認もせずにスルーするのもいるから、この手のワンチャン狙いのチャレンジャーがいなくならない。

 しかし多分アイツら実際にはドッグタグを紛失何かしてないCランク以下なんだろうな~ってぼんやりと考えて眺めていたのだが……唐突にその連中にリリーさんが音も無く近付いていった。

 ……あれ? 何だろう、あの戦闘用の摺り足……って言うか怒ってる? 

 リリーさんは脳筋聖女、脳筋ババア、脳筋ハゲの抑えつっこみを長年担当していたせいか分かりやすく激高するタイプじゃないが、淡白な性格でも無い。

 一体何が彼女の琴線に触れたのか?  


「へぇ~凄いですね~Cランクなんですか~。私なんか未だDランク何ですよ~、先日の昇格試験に落ちましてね~」

「あん!? 何だこのガキ、こっちは今取り込んで…………!?」


 そして突然背後から声を掛けられたガラの悪い自称Cランクの男たちは、振り返りリリーさんの顔を見た途端に……青くなった。


「て、ててててめぇは……」

「不合格理由は“団体行動出来なかった”からなんですって。実力も性質も合格ラインであったとギルドから説明してもらいましたが、今回の試験で重要だったのは不測の事態での連携でして、試験開始から即席パーティーが勝手に単独行動されては打つ手なしだったのですよ……」


 リリーさんは持ち前の可愛らしい笑顔を浮かべているのに、この位置から見ても目が笑っていない寒気のする迫力を醸し出していた。

 そして俺も思い出す。

 そのガラの悪い男たちが何者で、リリーさんとどういう関りがあったバカ共なのかを。


「おかしいねぇえええ!! 何で即席パーティー全員が不合格になる試験で、単独行動取ったアンタ等がCランクに昇格して、私がDランクのままなのかしらああああああ!?」


 それは怨霊が如き冷え冷えとした声で、まともに喰らった3人は一様に「「「ひえ!?」」」と圧倒されかかったのだが……いち早く正気に戻った一人が慌ててリリーさんに襲い掛かって来た。


「チッ……このガキ、余計な事を!?」


 不正を働こうとしていたのだがら、このままでは確実に犯罪を証明されてしまう。

 せめてリリーさんの口を封じてトンズラしようとか思ったのだろうが……それは甘い。

 確かにリリーさんは見た目は小柄な女性で、どちらかと言えば自他共に認めるロリ属性。

 しかし一見、力押で圧倒出来る女の子にすら見えるけど、彼女はあの脳筋共、生半可じゃない力押の連中と長年渡り合ってきた人物だ。

 半端な力押など通用するワケも無い。

 リリーさんは掴みかかったきた男の右腕の外側に、小柄な体格を利用してスルリと移動すると、懐から取り出した短杖を男の側頭に突きつけ、躊躇いなく魔力を発動した。


ボン! 「ガ……」

「殺す程の威力は無いわよ? 今のは至近距離で風魔法の爆風を当てただけだから」


 ピンポイントに頭に魔力弾を喰らった男は白目をむき横倒しに倒れた。

 その様をリリーさんは何の感情も無い冷たい瞳で見つめていて……そしてゆっくりと残りの二人に視線を向ける。


「……で? 仲間はキッチリ昇格出来たというのに、合格ラインだったはずの私に不合格の辛酸を舐めさせた奴らが、何ゆえにCランクを名乗れているのか……ご説明してもらえませんかねええええええええ!!」

「「ヒ、ヒイイイイイイイイイイ!!」」


 どうやら落ち着いたとは言え、未だに気にしていたようだ。

 義侠心とかじゃなくほとんど憂さ晴らしのような感じだろうが、悪いのはCランクを語ったバカ共、しかも一番見つかってはいけなかった人の前で。

 ゆっくりと、本当にゆっくりと笑顔のまま近付いて行くリリーさんに最早戦意喪失した男二人は抱き合いながら腰を抜かしていた。

 元より俺たちはスピードに特化したパーティーで、遠距離専門のリリーさんだって接近して戦う俺たちと遜色ない脚を持っているし、単純な格闘術では俺は足元にも及ばない。

 せめて試験でリリーさんの実力の一端でも見ていれば反撃しようとか無謀な事は考えなかっただろうに……。

 そんな事を考えていると門番、年の頃は20代前半の青年が俺たちに近寄って来た。

 

「君たち、彼女は君たちのパーティーで良いのかな?」

「あ、はいそうです」


 一瞬注意でもされるのかと思ったが、門番の顔に不審なモノはなく。

 むしろ好意的というか、良くやってくれたみたいな心情が伺える。


「どうやらアイツらについて知っているみたいだね」

「あ~、まあ彼女の発言で大体の事情は察したと思うけど、アイツらは誰一人Cランクじゃね~っスよ? 先日の昇格試験で不合格で文句垂れて、うちのカアちゃんにしばかれてたっスから」

「カアちゃん?」


 うちのカアちゃんの件で青年は首を傾げたが、気を取りなおして話を続ける。


「何にしても助かるよ。ここ最近はあの手の小悪党冒険者のみならず、ガラの悪い奴らの往来が多くてね。門番でも通行を許可するか否かで判断に迷う事が多くて……一々領主様に確認するワケにも行かないし」

「……何か理由でも?」

「あまり地元の領主を悪く言いたくないんだが、この町にいるグレゴリール子爵様が呼び寄せているって話だ。よからぬ企みの為に……」


 そう言えば現在絶賛気絶中のヤツがさっき言ってたっけな『グレゴリール子爵に呼ばれた』とかって。

 その場のハッタリか何かかと思っていたけど。


「元々現当主は温厚な方で、そんな輩と繋がりを持つタイプじゃ無かったんだが……前年度の凶作のせいで資金繰りが悪くなったのか、まるで人が変わったみたいな政策をとるようになってきてなぁ……」

「……ん? 凶作??」


 しかし門番が何気なく口にした一言、単純に今の状況を憂いている善良な兵士の愚痴にしか聞こえない話だったが……妙に引っかかった。


「門番の兄さん、小耳にはさんだがグレゴリールは隣のロコモティと仲が悪いから最近商売の邪魔しているとか何とか…………」

「あ~~その話か……良く言われるけど地元では子爵が凶作の影響で資金繰りに苦労しているのは誰もが知っているからな。そっち系の話も子爵が金に困ってならず者に依頼したんじゃないかって噂はあるんだよ」

「…………?」


 これまでは先祖からの因縁で隣り合う両家は不仲で『虹の羽衣』で商売を発展させ伯爵になったロコモティをやっかんでの犯行、もしくは嫌がらせの類であると聞いて来た。

 いわば成功者の足を引っ張りたい、そんな嫉妬からの感情……しかしここに来て前提が変わると妙な事になる。 

 一見実際に事件が起こっているのだから前提など関係なく思えそうだが、金に困っての犯行と考えるとライシネル大河で船を転覆させた事件が根本的におかしくなる。

 だって仮に俺が非合法な事も織り込み済みで事件を起こすなら、値千金の『虹の羽衣』を大河の藻屑にするワケない。

 キッチリ陸路に誘導して強奪する事を選ぶはずだ。

 ……なんだろう、この気持ちの悪いズレは。

 本当に単なる勘でしか無いのだが、最後に待っているが、クズ侯爵やクソ国王の時と同じような胸糞の悪い予感がするのは……。


「領民の為に動いている子爵様をあんまり悪くも言いたくないんだが、君らもギルドで子爵の依頼があっても警戒した方がいいぞ? 厄介事に巻き込まれるかもしれないからな」


 門番の兄さんは苦笑しつつそんなアドバイスをくれる。

 厄介事か……多分既に巻き込まれているんだろうけど……。


「為になる助言サンキューッス。お~いリリーさ~ん、そろそろ列に戻りなよ」

「は~い、リーダー」


 俺の声に反応してたリリーさんは実に晴れやかな顔で列へと戻ってきたが、しばらく至近距離で彼女の冷気漂う笑顔を見た自称Cランクの連中は……真っ白な灰になっていた。

 …………合掌。


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