第百二十九話 温故知新

『な、なぜこいつ等がここに!?』


 飛翔の魔法を使って港町から戻って来たグレゴリール子爵家ジャイロは、お忍びで敵対関係にあるロコモティ伯爵領に出向いていた事を知り合いに見つからないように、地元でも由緒あると言われつつも、子供たちにはハッキリと忌み地と認識されている遺跡『英雄の石碑』に降り立ったのだが……そこにいたのは昨日自分を完膚なきまでに叩きのめした冒険者、盗賊の男とその仲間たち。

 しかしまだ見つかってはいないとは言え、コレから身を隠すのはかえって不自然と判断した彼は意を決してこちらから声をかけた。

「どうもご丁寧に……地元の方ですか?」

「も、申し遅れました。私はこの遺跡を含むここら一帯を領地にするグレゴリール家の嫡男、ジャイロ・グレゴリールと申します。以後お見知りおきを……」


 そして彼らの受け答えは自分と完全に初対面であるという反応で……それすらも擬態であると疑わない彼は自分の正体が『シャイナス』である事が知られていないと安堵する。

 無論、そんな都合の良い話は無いのだが……。


「あ、貴族様っスか? コイツは失礼を……俺、いや私は王都を中心に冒険者稼業やってる盗賊のギラルってもんです」

「……剣士のカチーナです」

「ちょっと特殊な杖を使いますが、正真正銘魔導師のリリーと申します」


 その三人は初対面でありながら受け答えは不快感を抱かせない程の至極真っ当。

 礼儀正しいとするなら剣士の女性が一番様になっているが、それでも昨日ギラルから手洗い洗礼を受けたジャイロにとって、彼らのそんな対応は意外だった。


『……冒険者は野蛮な輩しかないない。特に魔力も持たない奴らは……そう“言われて”来たのに』


 ジャイロはそもそも冒険者を、特に魔力を持たない戦闘職の全てを見下していた。

 精々が魔導師が魔法を放つまでの引き付け役、前座程度の存在。

 魔力が高く攻撃魔法も防御魔法もこなすジャイロは学園では剣技でも魔術でも負ける事無く、それ故に増長してその傲慢な考えを加速させていたのだ。

 しかし目の前の盗賊ギラルは魔法を扱えるだけの魔力すら無く、しかも感知すらしていないというのに、経験則だけで自分の魔力運用を見切り、体術のみで完膚なきまでに圧倒したのだ。

 それは魔力こそ最高の力と思っていた彼にとって世界が崩れるほどの出来事であり、それを実行して見せたギラルという理解不能なモノに対して恐怖を覚えるのは必然だった。

 

「この石碑が英雄を称えたモノっていうのは……どういう事なんです? 随分と昔からあるみたいだけど」

「……聞いてどうするのですか? さっきも言いましたが金になるような言い伝えも何もありませんよ?」


 問い掛けるギラルに、ジャイロは睨む事は何とか耐えたのだが、初対面ではあり得ないような棘のある声色になってしまう。

 だけどギラルは、本当に何でもない事のように石碑を眺めつつ言った。


「ま、確かに金になる情報だったら嬉しいけどな。しいて言うなら興味本位だな」

「興味? 金にもならない昔の遺跡がそんなに面白いのですか?」

「はは……俺もむかし、学問教えてくれた人に似たような事を言った事があったな。こんな昔の事を聞いて何になるんだ? って。そしたらその人はある言葉を教えてくれたのさ。『故きを温ねて新しきを知る』ってよ」

「?」


 それはジャイロにとって聞いた事のない言葉。

 しかしどうしても無視するべきではないと心から感じる不思議な言葉だった。

 何故なのかは分からない、しかしジャイロはその言葉の意味を知らなくてはならないと本能的に感じて、思わず聞き返した。


「どういう、意味なんですか?」

「……その人が言うには、昔の出来事、昔の人の言葉、教訓、体験何かを知る事で新しい発想、考え方を知り、引いては新たな未来を作り出そう、みたいな事らしいぜ? まあ、その人自身、その言葉な昔の人の言葉だから定かじゃねーけどって言ってたけどな」

「昔を知る事で……新たな未来?」

「平たく言えば先人、先に経験した人から学べって事か? 例えりゃ飢饉で戦争が起こった過去があるなら、飢饉の予兆を残しておくから見逃すな~的な? ……この解釈があってるか分からんけど」

「!?」


 何がおかしいのか自分で言った言葉に自分で笑うギラルだったが、その言葉を聞いたジャイロの心中は穏やかでは無かった。

 チラリと、しっかりと見据えたのは実に数年ぶりになる地元の遺跡は実家の伝承でも『太古の英雄を称えた遺跡』とされていたのに、今は地元でも忌み地とされ、苔むしている。

 その原因はグレゴリール家、ロコモティ家の間で起こった埋めようのない過去が原因なのだが……ジャイロはその事を無意識に避けていた事に気が付かされる。


『自分の目的のためには絶対に避けて通れない事なのは分かっていたハズなのに!』


 そう思った瞬間、ジャイロの中で何かが吹っ切れた気がした。

 何故か今まで自分が目を逸らして来た何か、自分達の先祖が、そしてあの娘の先祖が……一体何をして、どのようにこのような敵対関係に至ってしまったのか?


「……この石碑は千年前にこの地を支配していた魔族と精霊神を開放せんと戦いを挑んだ人間たちの戦いの中、正しき心に目覚めた勇気ある魔族を称えた物なのです。『彼の者魔族にして魔族に非ず。精霊神の御心に触れ、万の軍勢率いて魔族を強襲、人の軍との挟撃に成功。邪悪な種の事如くに裁きの鉄槌を下した』って記されていたらしいです。


 今までそれを“知ろうとすらしていなかった事”を不思議に思いつつ……ジャイロは昨日ぶちのめされた恨みも恐怖も忘れ、礼のつもりで話し始めた。


                 *


「ちょっと意外だったな」


 それからしばらく、地元の遺跡について色々とレクチャーしてくれたジャイロだったが、昨日の印象とは裏腹に不快な様子も見せずに親切に教えてくれて、粗方の事を伝え終わると「では俺はこれで……」とアッサリこの場から離れて行った。

 念のために『気配察知』は展開したままだったが、警戒する必要も無かったようで彼はそのまま町の方へと向かっていった。

 昨日の今日で向こうにとっては俺に対して良い印象は無かっただろうし、事実最初の第一印象では明らかに嫌悪感をにじませていたというのに……。


「……もしかしてこっちの方が素なのか? やっぱり根は悪い奴じゃない……のか?」


『予言書』のシャイナスとの違いに戸惑っていたというのに、これ以上判別の付かない判断材料投下しないで貰いたいもんだが……。

 しかし戸惑う俺とは裏腹にカチーナさんとドラスケは苦笑していた。


『新兵で考えればあの手の輩はありがちなのである』

「ですね。レギュレーション違反で憤っていて気が付きませんでしたが、私も王国軍にいた時は新卒の連中を“へし折る”のがまず初めの仕事でしたね」

「どういう事?」

「軍に騎士として入隊してくる新卒の連中は総じて人よりも武力に自信がある連中がほとんどです。だからこそ少なからず増長しているものなのですが、その自信をそれ以上の武力を持って叩き潰し、根拠のないプライドを捨てさせるのですよ」

『軍という戦闘集団において自身の戦力を正確に把握できていない事は死に直結する。ひいては軍全体の危機にも反映される。最初にプライドをへし折った後、這い上がれる者のみが初めて軍人としての入り口に立てるというモノである』

「そして地獄の訓練を潜り抜けて、その厳しい地獄がなぜ必要だったかを理解した時にこそ先輩後輩の信頼関係も生まれる。それまでは理不尽に地獄を与えて来る先輩に憎悪しか抱かないものですけどね」

『カカカ! 懐かしいのう……我も生前は両の手で足りぬほどの後輩共に恨まれた事か』

「あ~なるほど」

『そこで恨み骨髄な先輩が自分の為に労ったり、含蓄のある為になる事を言ってくれたりした時に、初めて感謝と共に自身を見返す事が出来るものなのだ。我もその手をよく使ったものである』

「私は軍役の期間が短かったですから、そんなに経験なかったですけどね」


 元軍人の2人の言葉の説得力に俺は納得するしかなかった。

 俺は奇しくも増長する新卒の若者をへし折る役を担ってしまったという事なのか。

 こういう場合冒険者だと増長したまま本番に至るケースが多い。

 適正年齢に至っていれば誰でもなれる自己責任の世界だから、腕に自信があるからと人の忠告も聞かず、手遅れになる前にへし折ってくれる人がいるのがマレだから……恨み言を言う間もなく命を堕としてしまう。

 未成年から保護観察してもらい、更に師を持つことがで来た俺は本当に幸運だったのだ。


「明らかに貴族特有の魔導師最上主義っぽかったですから、ここで挫折を味わい、更に自分を見つめ返す助言をくれる先輩に出会えた彼は幸運なのかもしれません」

「助言~? 俺の話は神様の又聞きの又聞きを言っただけじゃん。大した事をした覚えはね~よ」

「まあ……貴方はそれで良いんですよ。ハーフデッド」


 カチーナさんはそう言いつつ俺の肩を軽く叩いてクスリと笑った。

 何か凄く嬉しそうにも見えるのが気になったが……それはそれとして、俺はジャイロが教えてくれた今は風化して断片的にしか読めない石碑の文字に顔を寄せた。

 解読について詳しいリリーさんも、さっきのジャイロの言葉を既にメモしていたらしく、メモと石碑の文字を見比べて眉を顰めている。


「う~む……『彼の者魔族にして魔族に非ず。精霊神の御心に触れ、万の軍勢率いて魔族を強襲、人の軍との挟撃に成功。邪悪な種の事如くに裁きの鉄槌を下した』か。文字数的には間違っていない……あのお坊ちゃんがウソ言っている事はないだろうけど、この石碑にはウソがありそうね」

「石碑のウソ…………ああ」


 一応この石碑、ジャイロが教えてくれたのだがリリーさんの予想通り精霊神教、すなわちエレメンタル教会の管轄らしく、曲がりなりにも元聖職者の彼女がそれを否定するのはヤバイ事なのだが……正直俺たちにとっては今更だ。

 ジャイロの話、石碑の文言を直訳すれば『この地に蔓延っていた魔族の中で精霊神の正しい心に触れた一人の男が魔族を裏切り万を超える軍勢で人間たちと協力して魔族を根絶やしにした』という太古に起こった聖戦の英雄譚だったって事だが……。


「太古にこの地に住んでいたのは亜人種、しかもエルフだろ? 正確には『この地で平和に暮らしていた精霊の力が溢れるエルフの住居を人間たちが欲しがり、欲に駆られた人間に協力してエルフを裏切ったヤツがいた』って事だからなぁ」

「身もふたもなく言えばそういう事よね~。わ~い、これで私、何度異端者として火炙り確定の真実を知っちゃったのかしら~? これに関してはあんまり故きを温ねたく無いんだけど……」

「心配ないリリーさん、我ら『スティール・ザ・ワースト』は一心同体。火刑の際は一蓮托生……一人では逝かせんさ」

『最悪骨でも生きて行けるであるぞ?』

「お前が言うと本当に縁起でもねーんだよ!」


 パカン、一人じゃ無いと励ますカチーナさんの話にオチを付けてしまうドラスケの頭を俺は軽く叩いた。

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