第百二十八話 苦労して歩いて来たら“電車なら一本だった”と言われるような……

 遺跡……その呼び方は過分によく言いすぎな気がする。

 それくらい近付いて見た石碑のようなものは所々風化して崩れ、全体的に苔むしていて、規則正しく並べられていなければ単なる岩の塊と言われても不思議ではない。

 自然と一体化したと言えば聞こえがいいけど、これは完全に放置された結果“自然に飲み込まれた”だけだ。


「精霊神教が絡んでるのか? それにしては随分と放置具合が酷いけど」

「むしろ絡んでるからこそ、よ。ここから見える場所にグレゴリールの町があるってのにここまで放置されているのが不自然なのよ」

「どういう事?」


 ピンと来ずに聞き返す俺に、リリーさんは魔法陣のように並べられた石碑の中で最も大きい、中心の石碑にこびり付いた苔の一部を剥がしとって答える。


「こんな目立つところにあるのよ? 精霊神教の関わってない遺跡なら異端って事にしてとうの昔に破壊されてるわ。何らかの理由で保護されてい無ければこんなに苔だらけになれるほど放置できないよ。なんにも問題が無かったら、真っ先に町の石材屋が持って行くだろうし」

「あ、なるほど」


 ここがそれこそ森林深い森の奥で発見したのなら、誰にも発見されずに眠っていた太古の遺跡って思えるけど、ほとんど目と鼻の先に町があるんだものな……。

 この国における町はほぼ確実に精霊神教の教会があるから、もしも王国にも精霊神教にも都合の悪い『古代亜人種』の記録何か見つかったら、それこそアウトだろう。


「それに……この遺跡、どうも太古の何とかじゃないわね。風化して相当読み難いけど、石碑の一部にザッカール公用語で書かれた一文があるわ……。え~っと、反逆の英雄?」

「え? じゃあロコモティの本に載っていた太古の呪いってのは、亜人種関連とは関係ないのか?」


 邪気を操ると考えると、どうしてもヴァリス王子の生みの親である太古の亜人種『エルフ』の存在を思い浮かべてしまうが、俺たちが今使っている言語で読めるという事は千年前の戦争よりも後に作られた可能性の方が高い。

 しかし質問する俺にリリーさんは眉を顰めながら、石碑の文字を指で追っていく。


「言語自体はザッカールの公用語だけど、言い回しが相当古いわ。『魔族にして魔族に非ず』『精霊神の御心に』『邪悪な種』『鉄槌』…………ん~?」

「何か分かる?」

「……断片的には読めるけど、風化が酷くて完全には無理かな?」


 釣られて俺も石碑の字を見てみると、確かに読める部分の方が少ないくらいに劣化していて読める部分もある程度予想して読めるかな~って感じ。

 冒険者やっているとこういった遺跡やら暗号やらで解読が必要な時は多々あるもんだけど、経年劣化で読めないのだけはどうしようもないからな~。


「ドレルのオッサンがこういう遺跡とかの読み解きや探求が好きだったな。ダンジョンとかで昔の文字を見付けた日にはテンション上がって『大昔の宝地図かも!?』とか言ってたっけな~」

「……意外ですね。私がカルロスの頃に君の身辺調査で知ったのは酒と女が大好きな豪快な戦士であるというイメージでしたが」

 

 カチーナさんの王国軍時代に仕入れたその情報は間違っていない。

 実際あのオッサンは分け前のほとんどを一晩で使ってしまう程に経済観点が薄かった。

 まあ情が深いオッサンだったし、生活に困った飲み屋や娼館の姉ちゃんたちに積極的に使っていたという面もあったが、大いにお楽しみでもあったらしいのであんまりいい話風には繕えん。

 彼女の評価は全くの正確なのである。

 

「まあ経済観点に関しては娼館のお気に入りの姉ちゃんが、逆に俺たちに『しっかり管理してあげて!』ってお願いするくらいだったから……そう思われても仕方がないけど。あのオッサン、結構昔は冒険者に夢見ていたらしくてね……勇者やら海賊やらの冒険譚何かを聞かせてくれたのもあのオッサンだったんだよ」

「へえ~あの『酒盛り』のリーダーにして『飲み屋街の英雄』がねぇ~」

「……私は『千人斬りの豪傑』として冒険者を下に見がちな王国軍の男たちにすら尊敬されていた印象が」


 折角良い話風に盛って行ってやろうと思っても、二人ともあのオッサンの噂は知っているらしく、そしてあながち間違っていないだけに否定も出来ん。


「そう考えればギラルはよくそんな大人の影響受けずに純な少年でいられたもんだね」

「余計なお世話じゃい。まあ俺の母役はミリアさんだし指南はスレイヤ師匠だったし、あのオッサンもさすがに色事下ネタ関連は教育に悪いって自粛してたんだろうよ」


 パーティー内でそういう話題に唯一乗っかれるのが同性で大人のケルト兄さんだったが、あの人はパーティー内に想い人がいたからそっち方面に付き合う事は無かったし……。

 逆に言えばそういう時こそ心を少年にして色々と発散していたのかもしれない。


「こんな読めない遺跡やら遺失物の暗号なんかを発見した日には、男共で妄想で盛り上がって女性陣に冷静に諭されるってのが『酒盛り』での日常だったね」

「ふ~ん、それはそれで良いんじゃない? 危険の無い空想で盛り上がるってのは楽しいバカ話の一つだもの」

「良いですね。私たちもこの遺跡の解読を名目に王家の秘宝の在処や海賊の隠し財産などを妄想してみましょうか?」


 苦笑する二人の言葉は正にその通り。

 実際ドレルのオッサンもケルト兄さんも、そして俺もそんな妄想の類を本気にしていたワケじゃない。

 冒険者なんて常に死と隣り合わせの仕事の中、想像するだけならタダだし危険が無いからみんなでロマンを語って遊んでいたに過ぎないからな。


『悪いがギラルよ、この石碑に関してはそんなロマンを語れる妄想の材料には出来成そうである。この石碑……明らかに何かいた気配があるのだ』


 しかしちょっとだけ和やかになったかな~ってところで、ドラスケが最も合ってほしくなかった見解を口にした。

 何か“いた”って言いやがったな?

 邪気に関しては唯一見る事の出来るドラスケがそういう表現をする存在はただ一つ、俺たちはその意味を理解し同時に凍り付いた。。


「ドラスケ……お前がそう言うって事は……」

『今ここにはおらん。が、確実に“ナニか”がいて、それとココに吹き溜まっとる邪気溜まりが繋がっておるな』


 邪気と繋がる、繋がれる……いよいよもって認めざるを得ない。 


「アンデッド……」


 思わずと言った風にカチーナさんが漏らした言葉をドラスケが否定してくれないモノか一瞬期待したが、その期待は予想通りにヤツが頷いた事で裏切られる。


『であろうな。肉体持ちのゾンビやスケルトン類か、肉体を持たん死霊レイスの類かは分からんがな……少なくとも何かがここにいて、そして今活動中である事は間違いない』

「活動って、封印が解けた的な?」

『違うな。こいつは封印とかではない、いわゆる『休眠状態』だったのが起き出しただけのようである。たまにダンジョンの罠などで侵入者を排除する為に覚醒するアンデッドと同じようなやり口のな』

「それって、前のお前と同じタイプの?」


 俺の質問にドラスケは頷いた。

 元が墓守のアンデッド『スカルドラゴンナイト』だったドラスケは死者の安らかな眠りを害そうとする者たちの願いで覚醒し呼ばれるアンデッドだった。

 今となっては魔改造される系マスコットだが、当初は結構渋い設定だったんだよな~。

 しかしそう考えると、今までの条件も照らし合わせると覚醒の条件ってのが見えてくるような?

 でもそうなると、今の状況には少々あっていない気もしてきて……。


「ここにいた“ナニか”も特定の条件で復活して活動中ってか?」

『本体となる者が見えん。リリーよ『魔力感知』ではどうであるか? アンデッドと化していれば肉体を動かすのでも魔法を使うでも必ず魔力の核を持っているからの』


 邪気は単純に負の感情の塊であり、普通であれば現世で物理的行動が取れるワケじゃない。邪気を武器に出来る例外ネクロマンサーを除けは活動を支える為には魔力の存在は不可避なのだ。

 リリーさんはしばらく周囲を見渡すと、溜息交じりに首を横に振る。


「ぜ~んぜん、アンデッド特有の魔力なんて感じないね。まあ私は種類は死霊系を推すわ。それも結構知能の高いヤツ」

『ほお、その心は?』

「単純にここが全くの手つかずって事よ。何百年も放置しましたって苔むした地面には穴一つないし、同じく石碑にも破損一つない。定番通り地面からゾンビでも這い出していたらもっと人為的な荒れ方してなきゃおかしいし、足跡の形跡すらないんだから……無いよね?」


 最後にそっち系の観察の専門である俺にリリーさんは確認して来て、俺は軽く頷く。


「ああ無いな。数日間何人か通行した足跡はあるけど、それだって靴底がしっかりした人間のもんだ。アンデッド、特にゾンビならもっと引きずる歩き方するハズだからな」


 スケルトンみたいなアンデッドでもそれは同じ、どんなに軽量でも大地を踏みしめればそこに足跡が残るものである。

 それが全くないって事はそもそも足が無い類、しかもアンデッドであるなら答えは決まっている。

 しかし死霊となれば肉体も朽ちる事が無いからこそ年代が古くても存在できる。

 益々この風化した石碑と関係性が深い事が伺えるが……。


「くそ、せめてこの碑文が読めれば…………ん?」


 その時、俺の『気配察知』の索敵範囲に何か足音が聞えた。

 それは突然大地に現れたようで、まるでたった今空から舞い降りたかのような唐突過ぎる足音。

 一瞬アンデッドの出現を警戒してダガーに手が伸びそうになったが……俺の心情とは裏腹に、その存在は向こうから声をかけて来たのだった。


「それは太古の魔族との戦いの中、精霊神の導きにより邪悪な魔族を見限り人間に味方した英雄を称える石碑。冒険者の方々が興味を持つような金銭的価値は皆無ですが?」


 それは聞いた事のある声。

 俺たちはその声が誰であるかまで気が付いたが、一瞬の目配せで意思統一を図る。

 というのもその人物は俺たちを見た瞬間に激しく動揺したようだが、以前相まみえた時には顔を隠していた事で正体はバレていないと判断したらしく……全くの初対面の体で話しかけて来たのだから。

 だったら、俺たちもその思惑に乗って置く。

 初対面の、何にも知らない冒険者が地元の人に出会ったって表情で……。


「どうもご丁寧に……地元の方ですか?」

「も、申し遅れました。私はこの遺跡を含むここら一帯を領地にするグレゴリール家の嫡男、ジャイロ・グレゴリールと申します。以後お見知りおきを……」


 さすがに正体を晒している今、シャイナスを名乗っていた時みたいな痛々しい言動は出来ないらしい。

 そう言えばコイツは空が飛べたんだものな……。

 俺たちが半日かけて歩いたって言うのに、こいつは軽くショートカットでここまで来たって事を考えるとイラっとしてくる。



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