第百二十六話 ストップ先入観

 太古に魔族から受けた呪いとか何とか……この持って回った痛々しい表現は先祖代々のもんなのか?

 そんな思いで読み進めて行くが、内容としては特に分かり難い表現は無く、至って普通の過去に起こった出来事を綴ったロコモティ家を中心にした歴史書。

 ただ初っ端から意外な事実が記載されていた。


「!? ロコモティ家とグレゴリール家の初代は共に戦場を駆けた戦友であり無二の親友でもあった。戦果として王国より爵位と領地を賜り隣り同士になった折には親密な親交も頻繁に行われ、当然の流れのように両家に生まれた男子と女子を婚姻させようとまで画策されていた……マジか」

「初代と言えば300年程前の事でしょうか? 長年小競り合い程度とは言え諍いを起こしている現在の両家からは想像が付きませんね」

「現在の跡取りたちは町中で罵り合うくらいに不仲が有名みたいだし……」


 リリーさんの聞き込みからはジャイロ《シャイナス》とナターシャの罵り合いは、最早名物とも言われるくらいの日常茶飯事。

 ガキの頃は港町で毎日のように罵り合い、取っ組み合いのケンカをしていて……夏季休暇で地元に帰って来たと思えば早速衝突する。

 どうも王都の学園でも二人の罵り合いは日常化しているという話も聞こえてくるくらいに……関係が悪い。

 本当に『予言書』と違い過ぎるが……逆にこの程度の衝突で済んでいたのは良かったくらいだろうけど。


「両家の思惑もあったが、婚約した二人の関係は良好であり、そのまま二人が結ばれれば両家は縁戚としてより強く繋がる事になる予定だった。しかし結婚式の一週間ほど前に二人は帰らぬ人となる。両者が手にした剣で互いが互いの胸を刺し貫いた事により……!?」

「……え!? 何よその急展開」


 リリーさんが驚くのも無理はない。

 俺だって自分で読み上げていて自分で驚いてしまったくらいだからな。


「理由は今もって定かでは無いが、発見された遺体は抱き合うように剣で貫かれグレゴリール領内にある『太古の遺跡』の前で発見された。それから両家はどちらもが子供が子供を殺した、殺されたという関係になり徐々に溝が深まる結果となって行く」

「「…………」」

「それから両家の溝が埋まる事は無いのだが、埋めようと画策した者は前述の通りある日を境にまるで人が変わったかのように狂気に堕ちる。代表的な事件で5代目グレゴリールは元々温厚な人物であり過去の遺恨をこれ以上後世に残すべきではないと考え、自らの娘との婚姻をロコモティ家と結ぶのだが、婚約が成立したその日に当主は娘を殺害してしまう。既に両家公認で深い関係になっていたロコモティ家の婚約者は激怒し軍を派遣する事態に発展。両家に甚大な被害が出る……」

 

 正直読み上げていて思うのは『何だそれ?』だ。

 貴族として、そして悪党として考えたってその五代目の行動は意味が分からない、というか“意味がない”。

 娘を政治に使う貴族の常套手段、最悪暗殺の鉄砲玉にするつもりだったと考えたって、その娘を利用したいのなら“嫁がせた後”じゃなくてはおかしい。

 俺は戸惑いつつ300年の間に起こった両家の諍いをなぞって行き、何度か友好を結ぼうとして狂ったという当主の話には時にはロコモティ側が、時にはグレゴリール側がと他人ごとにしても笑えない歴史が目に付く。

 そして最も最近、最後の記述は一番新しい。

 多分それは先代のロコモティ家当主が記述した“自分の父”が起こした事件に関する事なのだろう。


「17代目当主である我が父の豹変は余りに唐突な出来事であった。父は単純で豪放磊落な性格であり、自らもあまり策略には向かないと言ってのけるような人物であった。だからこそ父も過去からの両家の遺恨は性に合わなかったようだった」


 一番近隣の出来事だった為か、過去の出来事に比べて幾らか生々しい記述も多い。

 これまでの記述と違って文面からも父に対する好意と尊敬の念が垣間見える。


「領内で突然の徴兵を始めたのは、当初グレゴリール領内に進行を開始しようとする野盗集団の討伐が目的だった。父はグレゴリールが襲われるこの事態を両家の遺恨を解消する好機と見ていたのだった。そこに貴族らしい権謀術数は見受けられず『これでワシもグレゴリールの輩と酒盛りができる』と笑っていて……そんな愚直な父を我らは当初苦笑して見ていたのだ。討伐目標であるはずの野盗共と父が密約をかわしたと知った時までは」


 その経緯は今まで見て来た年表と同じ流れだ。

 何か両家で関係の改善の兆しがあった時、その関係をご破算にするようにその流れを当事者が壊してしまう。


「私がその事を父に追及すると、彼は私が見た事も無い歪んだ笑みを浮かべて『我が家に長年仇なして来たグレゴリールを民ごと喰い潰せる絶好の機会だというのに、何を戸惑う事があるのだ』と言ったのだ。まるで獣の如く発したその男は私が知る尊敬してやまなかった父の姿では無かった。再三にわたる懇願も虚しく、侵略の愚を犯す前に私は父殺しの汚名を負う事になってしまった」

「自らの父の愚行を止める為に……。私には到底下せない覚悟です」


 元貴族で元長男役をしていたカチーナさんならではの感想だ。

 長年虐げるだけの他人の俺からすれば殺しても飽き足らないとしか思えないようなあの男でもカチーナさんにとっては唯一の父だったのだから。

 彼女だからこそ共感し、そして尊敬と哀悼の意が感じられる。


「ロコモティ家に連なる子孫へは親殺しの愚行を繰り返さないために、先祖からの言葉である『太古の魔族の呪い』を忘れない事を切に願う。そして我が、いや我らが真の願いが成就するように私が人生を賭して調査した結果をここに残す。呪いを解く為のさしたる重要な情報は得られなかったが、少しでも未来への礎とならん事を願うものである……か」


 19代目、つまりナターシャの爺様は18代目はその事が余りに不可解で認めがたい出来事だったみたいで、記述内容が本当に細かく記載されている。

 そこには何か執念めいたモノすら感じる。

 親父が豹変した原因を突き止め、解決して欲しい。

 両家の不毛な争いに終止符を打ってほしいという最大の願いを込めて……。


「この爺さん、相当自分の家の歴史どころか敵対貴族のグレゴリールの過去に至るまで洗い直したみたいだ。それでも判明したのは実質2つだけみたいだけど」

「2つ? 本当に何かの呪いの兆候でもあったのですか?」


 カチーナさんの言葉に俺は首を傾げる事しか出来ない。

 その二つも相当に曖昧なモノでしか無いのだから。


「どうだろ? 分かった事は自分の家と同じ、友好を結ぼうとした人物が事が成る直前……言い換えれば最もダメージが大きくなる瞬間にやらかす事。そしてやらかす前には必ずそれまでは存在しなかったはずの人物が現れるってとこだな」

「……どう考えてもその人物が何か握っているんじゃないの? 呪いとまでは言わないけど誘導を仕掛けたりすると言うなら、地方でまとまって欲しくない王家側の陰謀説も浮上してくるし」

「俺もそう考えるのが一番自然な気はしてるんだけどさ~」


 というよりも、そもそも記述を見る限り19代目の爺さんも真っ先にその辺を疑ってかかっていたみたいなんだが、過去の歴史を振り返っていてどうしてもあり得ない情報に引っかかってしまって結論を出せずにいたようだ。


「だってこの人物像は300年前から完全に一致しているんだぜ? 服装やら髪の色やらなら魔法とか染料で誤魔化すってのは常套手段だけど、さすがに『耳が長い男』となると明らかに同一人物を装っている感じだ。目立つ事を嫌って自分達と関係ない諍いをして欲しい奴らがそんな特徴を残す理由が分からん」

「……は?」

「え? ちょっとギラル君……それって」


 一つの特徴を際立たせ、他の印象を薄くするのも変装の常套手段だが、この場合は諍いを持ち込むキャラ付けは害悪にしかならない。

 ったく……ロコモティの先祖たちも『太古の魔族』とか分かりにくい表現しないでくれればもう少し探りやすいのに。


「血筋かもしれないけど、こういう文章はもっと簡潔にしてもらいたいもん……」

「コラ!」 ゴキ!

「ごあ!?」


 しかし俺がぶつくさ文句を言っていると、リリーさんが自慢の狙撃杖の柄を俺の脳天に落として来た。

 特殊な仕様になっている彼女の杖は相当に重く、そして要所要所がやたらと硬い。

 目から星どころか血潮が噴き出るかと思う程の衝撃である。


「な、何するんだよリリーさん!!」


 しかし激高する俺に対してリリーさんはしら~っと呆れた目で俺を見ていた。


「先入観を持つのは盗賊として未熟な証拠じゃ無かった? スレイヤさんが知ったらお説教じゃすまないよ」

「……え?」

「予言書と違う跡取りたちの言動に引っ張られてんのかもしれなけどさぁ。太古の魔族とか何とか王国中に広めたのは一体誰で、何の為にそんな事をしたのかも全部解き明かしたのはアンタ自身じゃなかったっけ?」

「……………………あ」


 そこまで言われて俺はようやく思い出した。

 千年前にこの地を略奪した人間たちは先住民である亜人種たちを悪として追い出し、または邪気を押さえる為の生贄として利用して来た。

 そして耳の長い男と言う特徴は典型的な亜人種の特徴と同一。

 見た事も会った事も無い19代目の爺さんが知り得なかったのは無理もないけど、俺は直接かかわっているのだから、気が付かない方が間抜けな事なのだ。

 仮にそうだとするなら、300年前から情報にある人物にも説明できる嫌な現実がある。


「え? まさかコレ……王都の精霊神像と似たような案件? しかも古代亜人種、今度こそエルフが直接かかわってくるって事じゃ……」

『そっちが関わるなら……下手をすると当主が豹変した事にも説明が付きそうであるな』


 自分の気付きの遅さに対する羞恥心よりも、関わる案件の面倒さ、そして恐ろしさに冷や汗が頬を伝う。

 そして思う……やはりザッカール王国は300年以上前から腐っていたのだと。


「元々仲の良かった二人をこの地に領地を与えたのは王家、そして王家はこの地に何かある事を知っていたハズだよな。人間関係に不和を齎す何かが……」

「記述によればグレゴリールの『太古の遺跡』が最も怪しいね。歴代の当主たちも何度も調査したけど成果は得られなかった。当然よね『邪気』ってヤツは本来アンデッドにしか認知できない力なんだから」

「もしかすると国内にはまだそんな場所が幾つもあるのかもしれません。何しろ王家にしか分からないのだから利用し放題でしょうから」


 全員が全員、非常に嫌な顔になっていた。

 何しろあの王家には前科が山のようにあるし、俺個人にとっては『予言書』という結果すら記憶にあるのだから。

 家が没落して呪いと無関係になったシャイナスとナターシャが仲睦まじかったのも、こうした両家の不毛な争いによるモノの結果なら納得できる。

 いや? もしかしたらあの二人の間にも呪いが無かったと言えるか?

『予言書』の二人の間を引き裂く最大の怨敵『聖騎士カチーナ』は邪神の信徒、邪気により強化され人間を超越した『邪人』であった。

 無論『予言書』のカチーナは絆を憎む狂人だったから彼女の罪でもあるけど、人間関係に不和を齎す“何か”なのだとすれば、実に『予言書のカチーナ』には親和性が高かった“何か”なんじゃなかろうか?

 もっとも……今の彼女には親和性もクソも無かろうけど。


「ま……現状仲の悪い二人がその辺の外野事情が改善したからって『予言書』みたいな関係になるとは思えないけどな」

「良いじゃないですか。どうせ余計な手出しをするつもりなのですから、この際盛大に馬に蹴られるために尽力いたしましょう」


 グウウウウウウウ~~

 気合を入れ立ち上がったカチーナさんから盛大な腹の音が聞こえて……彼女は再び座り込んでしまった。

 顔を真っ赤にして……。


「とりあえず仕事の為に朝飯にしようぜカチーナさん。神様も腹が減っては戦は出来ぬって言ってたし」

「昨日の失態は仕事で返してよね、剣士様?」

「むうう……」





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