第百二十五話 強制朝食抜きダイエット

「で、その本一冊が御貴族様の屋敷潜入を果した戦利品ってワケ?」

「ん……まあ」


 すでに日は登っている早朝。

 外からは活気の良い商人や漁師たちの声が聞えて来る港町の朝は動き出すのも早い。

 そんな時間帯に宿の部屋で朝食を取っている俺たちはむしろ遅い方なんだろう。

 俺はあくびを噛み殺しながらそんな事を思う。

 あの後、一応書庫の他に伯爵が仕事をしていた執務室も確認してみたが、分かったのはここ最近『デーモンスパイダーの糸』関連の揉め事が多発していて、伯爵自身が辟易してるって事くらいだった。


「ここ数年で『デーモンスパイダーの糸』を量産する事に成功してから収入も人口も増えて、その上で税収も増えて順調だったみたいだけど……相当に方々からやっかまれているみたいだな」


 魚のアラでじっくりと出汁が出たスープに舌鼓しつつ、俺は昨日収集した情報を口にして仲間に伝えると同時に自分の中で整理していく。

 元から隣のグレゴリールとは対立していたが、やはりここ最近の足の引っ張り方は以前よりも遥かに悪質のようだ。


「俺たちが関わった水路の不備の他に生産元であるデーモンスパイダーを育成している森に放火事件が発生したり、飼育用の餌に毒が混入されていて大量のデーモンスパイダーが死滅したとか」

「王都で糸が手に入りにくくなったのはその辺が理由なのかな?」

「多分ね。どっかの王妃が商品価値を落したって理由も皆無じゃねーだろうが……」


 そうしたロコモティ家に対する嫌がらせの類は、調査過程で露骨なほどにグレゴリール領からの介入の跡が見受けられていて、昨晩俺が聞いた話もここに関わってくるのだろう。


「ところで……だ、さっきから隅っこの方で座禅組んでるカチーナさんは何なの?」


 さすがに見ないフリするワケにも行くまい……。

 瞳を閉じたまま渋い顔になっている彼女から漂っているのは酒臭さに伴う罪悪感。

 まあ彼女の性格的に大体の理由は察するけど。


「昨日昼間っから酔いつぶれて何もしなかった事を悔いている最中。戒めの為に朝ご飯を抜くんだってさ」

「あらら……」


 冒険者は体力勝負の肉体労働、それは後衛で魔法を放つ防御面が比較的低く肉体的に劣ると言われやすい魔導士であっても同じ事。

 その手の連中だって討伐やら探索では何十キロもの距離を移動出来る体力を必要とするのだ。

 だからこそ冒険者って人種は基本的に健啖家が多くなる。

 そしてその中でも前線を担い最も体力を必要とする、近接戦専門の剣士などがそれ以上にスタミナを消費するのも必然。

 仲間内で、一般的に見てもよく食べる方の俺やリリーさんよりもカチーナさんが最も食事摂取量が多くなるのもこれまた必然なこと。

 確かに戒めとしては分かりやすい苦行になるが、カチーナさんは昼から潰れていたから実際には夕食も食べておらず、これでは結果的に2食抜く事になってしまう。


「無理しなくても良いんじゃね? 酒でつぶれたにしてもワザとじゃない、事故みたいなもんだったし」

「……いえ、私の油断が招いた結果です。私もここ最近は緊張感が足りなくなっている、忘れかけている事を懸念してましたから」


グギュルルルル…………。

 盛大な腹の音のせいで既に緊張感も何も無いのだが、本人が望んでいるのだからこれ以上口を出すのも憚られる。

 こっちとしては今まで気を緩める機会が皆無だったカチーナさんが、リラックスできるくらいの仲間になっている事が光栄でもあるけど……ヤレヤレ。


「それじゃリリーさんの方は何か新情報あった?」

「むん?」


 俺は朝食のサラダ類を全てパンに挟んで頬張るリリーさんに向き直った。

 屋敷の侵入に俺が向かっている間、彼女には町中で聞こえる情報、噂話の類の聞き込みを頼んでおいたのだ。


「ん~、そうね。概ねの新情報は無かったかな? ロコモティとグレゴリールの不仲は今に始まった事じゃ無いし、地元の人たちには当たり前すぎて問題視もされてない気がするわ。ただギラルが聞いたみたいに、ここ最近になって急激にグレゴリール側から干渉が増え始めているって。その辺はどっちの領民も迷惑してるみたいね」

「どっちもって……グレゴリールの民もって事?」


 リリーさんは俺の言葉に小さく頷いた。


「ええ、領民にとっては上同士、領主間の不仲なんてどうでも良いとこ。積極的に仲良しアピールするつもりもないけどワザワザ敵対して関わるつもりもない。事実領地を挟んだこの港町にはグレゴリールの領民も普通に出入りしてたしね」

「まあ、領民にとってはそんなもんだろうな。村単位、町単位ならまだしも更に上の争いをしてたからって隣り合った連中とドンパチするメリットはないもんな」


 実際に平時ではそこに暮らす人々、特にどっちの領地にも隣接する辺りに居を構える人たちにとっては本当にただのお隣さんだ。

 そういう人たちにとって不用意な干渉による緊張状態は最も望まない事態だ。

 何せもし戦争にでもなった日には戦場になるのは自分たちの住む町なんだからな。


「もうすぐツー・チザキの豊漁祭が行われるらしくて、ロコモティの民もグレゴリールの民もその日を楽しみにしてるんだってさ。そんな時に問題を起してほしくないってのが本音みたいね」

「祭りに? そんな日でも受け入れるならしっかり交流を持っている感じもするけど?」


 祭りは自然の恵みや精霊に感謝を捧げるという宗教的要素も大事だが、特別な日を作り領民の心をまとめ上げるまつりごとの側面も重要なはずだ。

 だからこそ言い方を変えれば余所者を入れたがらない祭事のはずなのに、敵対貴族の領民であっても普通に参加できるって……。

 戦争を起こしたいのか、友好を持ちたいのか、何なのだろうこの曖昧さは?

 しかしそんな風に頭を悩ませていると、それまで黙って聞いていたカチーナさんが口を開いた。

 床に座ったままで……。


「ふむ……典型的な王国に先導された地方領主の実態に当てはまるな」

「典型的? こんな感じのややこしいのが地方領主には多いってのか?」

「……元貴族、元王国軍としてはザッカール王国の恥部を晒すような気分がするのですが……多分建国時から連綿と続く悪習の一つでしょう」

「悪習?」

「ええ……建国から千年、ザッカールが統治して来た土地は広大です。無論すべてを国王が見渡す事ができるはずもなく、必然的に部下に各地を統治するように爵位と土地を与えて管理させる、それが基本的な貴族ですが……年月を重ねるごとに地方の領地を管理している貴族たちは王家の目の届かない地で領民と密接に繋がり、そして独自に力を付ける事になって行く。広大な農地を持つ者や領地で鉱山を発見した貴族などは分かりやすい例ですね」


 カチーナさんの例え話に正に当てはまるのがこの地、ロコモティ伯爵領だろう。

 商才のあった貴族が一代で『デーモンスパイダーの糸』を量産させる事に成功し、多額の収入を得ているのだから。


「だが、王都としては自分の手が届かない所で王国軍に匹敵する、もしくは超える力を付けられては困るのですよ。反乱の危険が大きいですからね」

「反乱って……そうしないように飴と鞭を使いこなすのが統治者の腕でしょうに」


 反乱が起こるというのは現状に不満があるからに他ならない。

 そういう不満は結局はギブアンドテイクが上手く行っていないからこそ起こる事態で、一般的には爵位やら減税やら目に見える形で褒章を与えたりするもんだろう。

 が……それはあくまで俺が冒険者、日雇い労働者であるからこその感覚なのだろう。

 知っている側“だった”カチーナさんはため息交じりに首を振る。


「自分達の利益しか興味の無い連中にとっては極力そう言った飴は自分たちで食い漁りたいのですよ。ですから地方の領主は常に隣り合った貴族と不仲であるように王国サイドに情報操作されているのですよ。常に軍事費を必要とし、そして地方の貴族同士で結託しないように適度に弱体化する事を狙って……」

「……はあ?」


 呆れるという表現しか浮かばない渾身の“はあ?”が勝手に漏れる。

 そして同時に思うのは千年にも及ぶ不毛な諍いを続けさせる連中の頭の悪さ。

 そんな事を国内で続けていては結果的に国力が下がるだろう、何せ王国が先導して内乱を誘発しているようなもんだからな……。


「有力貴族を弱体化させるのはザッカール王家の悪癖とも言われているが、その辺を長年牛耳っているのがご存じカザラニア公爵家なのですよ。現国王が余りに事なかれの傀儡過ぎて目立たなくなってはいますが、もう何年もザッカール王国は上層部貴族による傀儡政権なのですよ」


 元貴族のカチーナさんがため息交じりに話す内容は、またもや神様が教えてくれた『ランセ』とやらに酷似しているように思える。

 隣り合う別の貴族は全て敵という国内状態で、トップは内乱で割れた敵側の方が強くなっちゃって傀儡政権になって、戦争状態でどうにもならない貴族たちに『兵隊を出せ!』とせっついてウザがられて……最期は殺されるんだっけ?

 何だかな~神様の世界でも俺らの世界でも、こういう社会的な人間の本質は変わらないもんなんだろうか?


「ですが……最近になりその流れが変わり始めているのです。ザッカール南方は顕著ですが、領地間での戦争が以前に比べて小規模、もしくは皆無になっている場所すらあるのですよ。悪事を好む地方領主が悉く没落し、その連中の手先であったはずの野盗を筆頭にした犯罪者が姿を減らした事によって」


 しかし俺が何気に落ち込みかけているところでカチーナさんが少しだけ微笑む。


「あ~なるほど。ノートルムさんの実家もそのあおりで没落した領地の管理を任されて四苦八苦してるって言ってたもんね。言い方を変えれば戦争なんかしている暇がないってことだもの」

「その通りです。どっかの村の生き残りの少年の草の根活動は無駄では無かった証ですね」

「……どこぞのガキが八つ当たりでやった、草の根活動程度で国政が変わっちまう方が問題だと思うけど?」


 そこまで言われればカチーナさんたちが何を示唆しているのかは分かる。

『予言書』では王都ザッカールが邪神軍に陥落された後でもカザラニア公爵は残っていた。

 しかも召喚勇者に成敗される側の悪人として……。

 王国の闇、犯罪組織の元締めが裏から国政を牛耳る為に張り巡らせた犯罪者ネットワークのようなものがあったのだろうけど、色々と処理が面倒な証拠などが出る度に王国でも最高の機密期間である『調査兵団』にぶん投げていただけなんだけで、結構な数の末端貴族連中が潰されて行ったからな~。


「……待てよ? そうなると今回のロコモティとグレゴリールの諍いってのももしかしたら南方の貴族家に力を持たせたくない国王……じゃねぇ、王侯貴族辺りが絡んでる陰謀って可能性も?」

「無い、とは断言できませんね」


『予言書』では命がけで愛し合っていた二人が、町中で罵り合う程に不仲になっているのがザッカール王国の陰謀の影響だと言うのか?

 それこそ世界を天秤にかけても恋人を選ぶような奴らがその程度の介入で? と個人的には何か納得が行かないというか……。


「ん? これは……」


 しかし、仲間たちと話しつつ『ロコモティ家の歴史書』を流し見ていた俺は、あるページに気になる記述を発見した。

 それはもうこの世界では絶対に誕生する事の無い者が、常に口にしていた言葉に酷似していた。



『ロコモティの血筋の者はグレゴリールといかなる情もかわしてはならない。

 どのような事があっても心の繋がり、絆を交わす事、それは両家にとって途轍もない災いを呼び込む事になる事を肝に命じよ。

 かつて諍いを疎み、両家の橋渡しの為に友好を求めた者たちは例外なく狂気に堕ちた。

 安寧を求めるのなら、生死を伴わない嫌悪を止めてはならない。

 それが太古の昔我らが祖先が魔族より受けた呪いである』


「??? 何だそれ?」




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