第百二十四話 お宝か? 呪物か?

 ……まあ予想外のハプニングはあったものの、目的である屋敷内の構造と大まかな人員の配置は大体把握出来た。

 最も人が多いのが一階だけど、兵士の休憩所と厨房の側に今は偏っていて、そこを注意して行けば、しっかりと巡回している連中が見ている外側から上階を目指すより内側を忍んだ方がリスクは少ない。

 俺はそう判断して倉庫を後にするし、まるでこの家の住人のように静かに歩き出す。

 足音、ドアの開閉、全てに関して音を出さない事は基本だが行動が慎重すぎても強引でもこういう場合宜しくない。

『気配察知』や『魔力感知』のような特殊な索敵能力が無くても、生物には必ず危機感が備わっていて、何にもないところでも妙に気になってしまうみたいな時がある。

 暗い場所や不自然な状況に“幽霊でもいるんじゃ?”とか意味も無く怖がってしまうような感じに……。

 こういう時に最も気を付けなくてはいけないのが“殺気を抱く事”なのだ。

 多かれ少なかれ、生物は自身を害する存在に対して防衛を取ろうとしてしまう。

 そして殺気を抱く他者、自分に害意を持つ何かに対して警戒しようと本能的に察知しようとしてしまうのだ。

 総じて“臆病”と取られがちなのだが、世間的な感情なんか二の次で、俺のような現役で屋敷に侵入している不審者にとってはどっちでも同じ事。

 発見されたら終わりだからな。

 だからこそ一流の暗殺者アサシンは凄まじい、殺気を持たずに侵入を果して、殺気を持たずに人を殺せるんだから……正しく人間が壊れている。

 ホロウ団長や、元部下で今は賞金首に成り下がった“テンソ”のジルバくらいしか実行可能な人外は知らんが……。

 それに比べれば今回の俺のような潜入はまだ楽な方……何せ元から誰も害する気は無いのだから、殺気を持つ理由がない。

 あくまでも空気の如く、感情を持たず、むしろいつも通りに過ごしているかのように“当たり前な気分”で滑るように歩みを進めて行く。

 そして何事も無く廊下を進んで行くと、そこはエントランスホール……この屋敷の正面玄関であり、中央には見栄えのいい階段が二階に向かって伸びていた。

 エントランスに人影は……ない。

 ただ正面玄関の外側にはしっかりと兵士の気配があるから油断は出来ないな。

 馬鹿正直に階段を登ったら定期的に確認しているっぽい外側の歩哨に丸見えになっちまうだろう。

 そう判断した俺は一階ホールから二階部分へと一気に飛び上がり、丁度そこに飾ってあった大きめのツボの影に身を顰める。

 その間は数秒だったけど、身を隠してすぐに外の兵士が中の確認に戻って来たのが見えて、数分間エントランスを巡回した後再び玄関から出て行くのを確認し、内心ほっとする。


「……お勤めご苦労様です」

『ふむ、きちんと自分の担当区域を見て回っているようだの。2階部分の確認をしっかり階段上ってやらんかったのはマイナスであるがな』

「…………急に声をかけるなよ。ビビるだろうが」

『ウソつけ、我がここにいる事すら最初から知っとっただろうに』


 唐突聞えた声は俺が陰にしたツボの中から。

 しばらくすると『よいせ』と言いつつ中から骨のある相棒、ドラスケが姿を現した。

 まあ、確かにここにコイツが潜んでいるのは知っていた。何せ知らせる為に小さくコツコツとツボの内側を叩いてリズムを刻んでいたからな。

 小さな音でツボの内側からリズムを刻む生き物(?)は今のところコイツ以外に思い当たらない。

 ドラスケは音も無く飛び上がり、俺の肩に着地した。


『で? お宝の目測は付いているのか? 天下の盗賊様には』

「う~ん……やはりセオリー通りに上っぽいな」


 ドラスケも俺が盗賊としての技能、五感を駆使して辺りの“人が残した気配”から目当てのお宝を探り出す『盗賊の嗅覚』を知っているからこその質問である。


「最重要保護対象の気配は2階だ。今現在二人ほどメイドが巡回しているが、外回りの兵士に劣らないくらいの手練れっぽい。家主にとっての守るべきお宝は普段はそこにいる」

『そこにいる? ……ああ、そういう事か。嫌いではないな』

「同感……俺には全く興味の無い、奪う気は一切起こらないタイプのお宝を大事にしようとするタイプのお家で事を荒立てるのは趣味じゃねぇ」


 貴族は体裁からも護衛だからとて異性が近くにいる事は好ましくない事が多いからな。

 腕の立つ者がメイドとして近くにいるというのは、寝室にも共に入れるボディーガードの役目も担っているという事。

 青だけの判断だけど足運びに無駄がなく、今寝室にいる夫人と子供を静かに守る配置を取っている……戦える人種。

 屋敷全体から2階にいるロコモティ家の人間、自分の家族を第一に考え人員配備している気配が漂っているのだ。

 それは家主であるロコモティ伯爵のみではなく、兵士、メイド、調理師など仕えている者たち全体の雰囲気からも言える、実に理想的な貴族の形が形成されている。

 今まで侵入した屋敷は悪徳な連中が多かったから、全体的にギスギスした気配が漂っていたというのに……。


「……元から情報収集のみのつもりだったけど、段々侵入している事が後ろめたくなってくる……。早いところお目当ての情報を探り当てて脱出を」


 ロコモティ伯爵家が最重要で守ろうとしているお宝『家族』とは全く関係ない、俺にとってのお宝の気配は3階からする。

 ただ、さっきオッサンたちが話し合っていた場所は配置からして執務室だと思うが、お目当ての部屋はそこじゃない。

 何とも痛々しく意味不明な独り言(?)が聞えて来た場所なのだ。

 俺は3階まで行くのは良いとして、まずはその部屋から件の女性が退室するのを待ってから……とかそんな事を考えていた。

 ドラスケがいらん事を言うまでは……。


『我もほんのり“邪気”を感じねば同意したいところであるがの……』

「……今、なんつった? カルシウム」


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「ナターシャ、こんな時間に書庫にいるとは……何かあったのかい?」

「お父様……ええ、学園の友人に暑中見舞いでもしたためようかと。お父様もこんなお時間までお仕事でしたか?」

「ああ、少々面倒事があってな。なに、お前が心配するほどの事では無いがな」

「お疲れ様です。それにバーンズも、こんな時間まで……」

「勿体なきお言葉……これも執事として当然の務めですので」


 3階の薄暗い廊下で蜂合わせた3人は俺が聞き取った通りに中年男が2人にお嬢様が一人……残念ながら、非常に残念ながら大事な会話を潰してくれた怪しげな言葉を発していた女性の声と全く同一の物。

 現在は父親と貴族らしい言葉遣いで話してはいるが……。


「……アレは暑中見舞いを書いていた独り言だったってのか? それにしてはずいぶんと挑発的と言うか独特と言うか」

『友人の間で刹那的に逸るやり取りというヤツではないのか? 他人が全く理解できない類のな』

「知っている同志じゃないと通じない冗談みたいなヤツって事か?」


 暗号、とまで大げさな主じゃなく知り合い同士の遊びの延長みたいな会話なのだろうか? それにしては妙に物騒というか殺伐とした感じにも思えたが……。

 俺とドラスケは3階の廊下で繰り広げられている会話を、その更に上の屋根裏からのぞき込む形で観察していた。


 やがて居住区になっている2階の私室に伯爵とナターシャが戻り、執事のバーンズさんが一階へと降りたのを確認して更に数十分後、俺たちは3階廊下へと静かに降り立った。

 一定時間に見回りに来るのは確定だが3階の部屋はほとんど施錠されていて、逆に言えば部屋の中に対する警戒心が見たところ緩い。

 盗まれて困る物はあまり置いていないという事でもありそうだが……。

 考えて見ればさっきの伯爵も重要そうな書類を持って2階に降りていたし……3階部分は単なる仕事場として機能しているのだろう。

 単なる調べものをしたいだけの俺には実に都合がいいけどな。

 足音を立てずに『書庫』の前に辿り着いた俺はドアを施錠している鍵が魔法錠の類でもない事を確認してから素早くピッキングで開錠する。


「……んで、ドラスケよ。俺が『盗賊の嗅覚』で感じ取った俺にとってのお宝はこの中にあるっぽいんだけど」

『悪いが我が感じ取った『邪気』もこの中からだ。お前の言う通りこの屋敷自体は実にアットホームな空間で邪悪な気配など皆無だっただけに、この上なく目立つのよな』


 嫌そうに聞く俺に嫌そうに答えるドラスケ……。

 つまりこの先には嫌になる何かがある……もしくはいるって事になるのか?

 さっきまでここで手紙を書いていたと主張するナターシャの怪しげな言葉もそうだけど、ロコモティ伯爵が口にした“自分の代では無いと思っていた”という言葉も気になるところだし……仕方がない。

 俺は意を決して『書庫』の中へと体を滑り込ませて、音を立てないように内鍵を閉める。

 ……室内に灯は無いが、侵入には弊害となった月光が書庫の窓から差し込み思ったよりも明るい。本棚が数個に奥に机が一つという、特に特徴もないスタンダードな書庫がそこには広がっていた。

 蔵書は王都の図書館や王宮に比べるべくもなく小規模だけど、個人の、しかも地方の領主が所持するには中々の物だった。


「王都から離れると治安維持の為に武力優先になる地方の貴族は多いから、知識をないがしろにする輩も多いのに……勤勉な事で」

『ギラルの暗躍で没落した周辺貴族も原因だろうが、こういう部分が伯爵になれる貴族となれない貴族の違いなのだろう。我など生前は土地管理なんぞ放りっぱなしであったからなぁ』

「前線でしか活躍できないタイプばっかりだな、俺ら《ワーストデッド》は」


 大勢の上に立つには向かない質……。

 予言書で未来の断片を知っていても俺には大局を変えるほどの力はないってのは、今更過ぎる事だ。

 現場主義の脳筋バカでしかないなら、そんな馬鹿が出来る事から。

 そう思って『盗賊の嗅覚』を最大限に展開すると……。

 

「で? ドラスケ、俺の嗅覚は一番奥の本棚にある古めかしい本の辺りを示しているんだが……そっちの『邪気』はどこからなんだ?」

『む……?』


 俺が質問すると、肩から飛び上がったドラスケはある意味予想通りに俺が感じ取ったお宝と同じ場所の前に止まった。

 以前鉱山の町で不正の証拠を示してくれたのは殺された住民の無念が『邪気』となって残った亡霊だった。

 今回も似たように死後の無念が残っているのかと思ったのだが……そっちの予想は外れていたようだった。


『いや、今回の『邪気』はその本自体から漏れ出ておるな。邪気の本体は一つでは無さそうだが余りに古いのか原型を留めておらん。ただ激しい憎悪だけはしっかりと残しているようであるな』

「本、そのものから?」


『邪気』の定義は見る事も感じる事も出来ない俺には、ヴァリス王子の巨人みたいに実体化してくれない限りはイマイチ認識が出来ず、理解が及ばん。

『邪神』が操る力の元かと思えば、生物が抱える膨大な負の感情とも言えるようだし、ドラスケを代表するアンデッドの構成要素でもあるようだし。

 まあ使えない俺にとっては『魔力』だって大した違いは無いのだがな。


「生物じゃないのに邪気を持ってるとか……俺の記憶だとエレメンタル教会の精霊神像しか思い当たらんが?」

『さすがにあそこまで毒の強い『邪気』はもっとらん。別に手にとっても読んでもさほど影響は無かろうが……』

「……むう」


『ロコモティ家の歴史』

 背見出しに書かれた本の内容は一見当たり障りのないモノに思えるのだが、専門家に『邪気』があると言われるとそれだけで躊躇してしまう。

 とはいえ、ここまで忍んで侵入しておきながら手ぶらで帰るワケにいかんわな……。

 俺は恐る恐るくすんだ茶色の本を手に取った。




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