第百二十三話 ホラゲなら真っ先に見つかる場所

 だああ! 神経が削れる!!


 実戦では今日初めて使ってみたが、ホロウ団長の技の模倣は長々とやっていたら精神を向こうに持って行かれそうになる思いだった。

 意識を失うとか、そんなよくある感覚じゃない……何というか幽霊とかそういう存在に自分からなって行くかのような。

 死にそうというよりは“消えてしまいそう”って気になる色々と危険な感覚。

 潜入の為に『蜻蛉』『透過』『猫足』を駆使してここまで来たところで、俺は既に全身から汗が噴き出していた。

 常時“見ているのに見ている気がしない”あの団長は、やはりどこか人間をやめてるんじゃないだろうか?


 さて……ようやくここまで潜入を果したワケだが、本番はこれからだ。

 ここまで潜入出来れば俺の『気配察知』の索敵範囲にこの屋敷も十分納まってくれる。

 掃除ロッカーの中と何とも格好の付かない潜伏場所ではあるものの、俺は瞳を閉じて精神を集中し自らの動きを止めて『気配察知』の感度を最大限に広げて行く。

 当然ここで最も大事になってくるのは聴覚。

 そこそこ大きなこの屋敷の全域に掛けて全ての音を、息遣いを、鼓動を拾い、音の聞える場所、高さ響き方である程度の部屋の大きさや生物の数や種類を把握していく。


『よお、夜勤明けたら飲み行こうってさ』

『あ~~、俺はパス……嫁に殺される』

『なんだよ付き合い悪いなぁ~』


『お嬢様、やはり人参は苦手みたいだな。残さず食べるのは立派だが』

『伯爵令嬢になっても勿体ない精神は健在ですね』


 これはさっき侵入に利用させてもらった兵士の休憩所……だな。

 更に休憩所の近くには厨房もあるみたいで、今は洗い物の真っ最中っぽい。

 屋敷の一階で現在活動している人間は兵士が3人、厨房に男2人の女が3人……おそらく後片付けを手伝うメイドだろうか?

 

『そしてお姫様は婚約破棄を画策した王子を殴り飛ばして、生涯逆らう事の出来ないくらいのトラウマを植え付けて……絶対に逆らわない従順な夫を手に入れたのでした。めでたしめでたし……』

『…………す~、す~』


 2階の気配は全部で4つ、廊下の二つはメイドだろうが、部屋の中で寝ている子供と本を読み聞かせているのはロコモティ家の夫人かな?

 事前に軽く港町で伯爵家について聞いた限りじゃ、ロコモティ家の構成は両親、姉弟の4人。夫婦仲、家族仲もすこぶる良い。

 休日には家族で街に食事に行ったりと、貴族にしては珍しいホンワカ家族だとか何とか。

 ただ子供に直接読み聞かせをしているのは情報通りで微笑ましいが、一体何の本を読んでるんだ? お母様よ。


『何だと!? 『虹の羽衣』を船に積んでライシネル大河を運搬!? どこのバカだ! そんな初歩的なミスを!?』

『……お怒りはご尤もでございますが、どうもミスとは言い難いようでございます』


 ……お? この会話は3階からだ。

 声色からどちらも壮年の男性、声の出所から片方が座っていて、片方が立っている。

 貴族家の定番風景の執務室に座る当主と執事の図ってところかな?

 3階の気配は……今のところ全部で2つ……。

 いや違うか? 別室にもう一つの気配が……。


『ミスでは無い、だと? では……』

『はい、残念ながら王都の商会を担っていた者が先日から姿をくらましたという報告が届いております。5年前から商会にいた者で信用されていたらしいのですが……』

『どこぞの間者であったという事か……忌々しい。だから爵位など欲しくはなかったというのに……増えるのは責任と妬みばかりではないか』


 おっと、どうやら俺たちにも関係のある事を話しているようだな。

 俺は一旦オッサン二人の深刻な話にのみ意識を集中する。

 ただ周囲の音を拾うのではなく、他の全ての雑音を排除して遠くの一部分に集中するのは中々難しいのだ。


『残念な事に旦那様は商才もおありだった事で、そちらの方からも煙たがられていますから。今回の主犯格に同調する者を少なく無いようで……ワザワザ積み荷の詳細を伝えずに個人の運送屋を選んだようでございます』

『……被害報告は?』

『今回返品の『虹の羽衣』を運搬していたのは6隻、内5隻はライシネル大河の主“黒鎧河馬”の襲撃に合い大破沈没。一隻だけが辛くも無事到着を果しております。大破した4隻の船舶の乗組員に死傷者が出ております。一隻だけは雇った冒険者の腕が良かったようで、死傷者は出ておりません』

『助かった者がいるだけでも僥倖だ。助かった者には治療費並びに慰謝料、遺族に対しても保証は手厚く配慮して置け。それから雇われの冒険者たちにも謝礼を用意しろ』

『運搬上の手違いは我々の責任では無いと突っぱねる事も出来ましょうが……』

『バカモノ、そんな事市井の者たち、特に被害者や遺族に通用するモノか! まず責任を果たす姿勢を見せねば貴族としても商人としても成り立たんだろうが』

『なるほど、確かにその通りです。私の愚問でございました』

『……分かった上で悪役になろうとするでない。全く』


 ……お~~、俺は掃除ロッカーの中で一人、ちょっと感心していた。

 ここ最近碌な為政者を見てなかった事もあったから、貴族=悪人みたいな図式を勝手に脳内で組み込んでいたっぽいからな。

 もちろんそんなのばっかりじゃないのは知ってはいるけど、王国の最上位でさえ“アレ”だったからな。

 まず最初に取るべき責任を取ってから……貴族としても商人としても、その判断を瞬時にして指示を出す。

 しかも伯爵の口振りから、単なる人気取りじゃなくしっかりと今後のリスクマネジメントも考慮しての判断のようだ。

 執事の方もワザワザ自分が悪者っぽいポジションで反対意見を出し、それを伯爵も分かっている辺り、相談役との連携もバッチリだ。

 ……何か伯爵に上がったのを嫌がっているみたいだけど、個人的には今まで見た中で一番上に立つのに向いている人物にしか思えん。


『して……主犯なのは、やはり?』

『はい……残念ながらグレゴリール子爵の介入の形跡があります』

『はぁ……そうか。ワシの代では無いと思っておったのだが』


 そして、どうやら既に今回の事件に関する何らかの証拠すら手に入れているらしい。

 しかし予想通り、というワリには驚きや怒りというよりも残念がるような雰囲気を感じるが一体……。

 それに“ワシの代では”とはどういう事なんだろうか?


『表立って対立したのは先々代の頃でしたな』

『ああ、しかも当時はこちら側からだったからな。親父殿が乱心した祖父を討たねば泥沼の戦いに発展していただろう』

『私も覚えております。あれ程までに平和を愛した先々代ロコモティ子爵が領内で徴兵を募るというのは信じられない事態でしたから』

『300年の因縁か……。ロコモティ、グレゴリールといつまでそのような事を繰り返さねばならぬのか』


 地元のキャナリさんも長い事とは言っていたが300年か……。

 長年続いた敵対関係とは言え、よくもまあ先祖代々そんな事を繰り返しているものだ。

 聞いている限りでは現当主ロコモティ伯爵は現実的な考えの人物で、そんな敵対関係を引きずっている状況に辟易しているっポイ。

 しかし何か諦めたような溜息を吐いた。


『しかし表立って和睦を結ぶ事は出来ん。祖父も先祖の因縁を断ち切ろうと動いた矢先に乱心したのだからな』

『祖霊の呪いですか……それこそ 『我が宿怨の天敵、不俱戴天の怨敵よ。貴様に再び燃え盛る季節が訪れる事は無いと知れ』 ではないですか』


 ……うん? 何だ今の妙な声は?

 伯爵が結構重要そうな事を喋ろうとした辺りで、何か妙な声がインターセプトして来たんだけど!?

 というか何だ、この勢いだけでカッコつけようとして難しい言葉を無理に使おうとしている声は?

 何か途轍もなく最近、こんな輩に絡まれた覚えがあるんだが……。


『グレゴリールとてその 『熱き海洋の民が最も燃え上る夜、月光降り注ぐ精霊の御座が貴様の最後の地となろう』 であろうから』

『しかし実際に 『我が大いなる光により貴様の邪悪な凍てつく魂は燃やし尽くされる事だろう。我が全てを掛けた最後の聖戦、臆して受けぬ腰抜けでは無い事を願おう』 ではないですか』


 だあああああ鬱陶しい!!

 意識集中していたのが3階で、喋っていたのがこれまで2人だったのに、どうやら別室の3人目の声が大事そうな話の合間に割り込みやがる!!

 あ~~~~も~~~~~、こういう技術がまだ未熟なのは分かってはいるけど、こういうのは一度でも集中が乱れると拾ってしまった声が気になってしまい、結果集中がみだれてしまう。

 

「だれだ、痛々しいセリフで諜報の邪魔をするこの“女”は……」


 掃除ロッカーの中で一人イラつく俺は、思わず呟いてしまう。

 内心、その女がどこの誰だか予想した上で……。

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