第百二十一話 酔っぱらうのは友好の証
「俺が余計な事をしなければ今頃は女の為に金を稼ごうと、強くなろうと冒険者として経験を積むナイスガイの魔導師が生まれていたってのか? それがあんな無残な姿に……」
俺が二人にとって重要であったイベントを奪ってしまったというのか?
……確かに喩え不幸な出来事であっても、その後の人生に何らかの影響を与える重要な事であるのは身をもって分かっている事だ。
それが捉え方次第で、良い事にも悪い事にもなりうる事も。
「と言っても……ギラルが事を起してくれなければ、私たちは誰一人今この場にいなかったんだから、アンタの行動が間違いって事はないけどね。100正解とも言わないけどさ」
「そうですよ。それに私たちだけじゃなく、『聖王』が覚醒していたらザッカールの王都に生きる人々だって今頃どのくらい犠牲になっていた事か」
「確かにそうだけどさ……」
どこぞのショタメイドが暗殺されていたら、今頃王都は覚醒した『聖王』ヴァリアントが操る『邪気』によって同調した者は邪人として、出来ない者は虐殺の憂き目にあっていただろうからな。
大局を見れば大勢の国民と二人の恋仲……どっちが正しいかは明白だ。
だが……しかし……。
「それでも、世界よりも恋人を選ぶような二人が自分の行いで結ばれないのは納得がいきませんか?」
「……そう……っすな」
俺が何とも言えない状態でいると、察したカチーナさんが気持ちを代弁してくれた。
男女間の事は他人が不用意に介入しない方が良い、手を出すなら相当の覚悟が伴う……そんな事は『酒盛り』時代、スレイヤ師匠とクルト兄貴の時に嫌って言う程味わい知っている。
大体にしてあの二人に関しては始まってすらいないし、尚且つスタートラインからして貴族間のいがみ合いで最悪なんだから。
「まあ、確かに私も少々……いや、相当に納得は行かないですが」
「……ん?」
しかし落ち込む俺を慰めてくれていると思っていたカチーナさんは、何故か地の底から響いてくるようなある種の決意を秘めた声を出す。
フォークを力強く握りしめて……。
「この世界はギラル君のお陰で、外道へ堕ちる私が最早存在しない世界! 故に未来において二人の幸せを壊す外道など現れず、結ばれた二人が何も憂いなく幸せを約束されるはずなのです!」
「か、カチーナさん?」
「どうしたのカチーナ? 何か燃えてる?」
いつも礼節を忘れない冷静な様子のカチーナさんであるが、リリーさんの指摘通り、彼女の目は座っていて、何だったら激しい炎が燃え上っているようにも見える。
「あの二人の幸せを未来で奪ったのは聖騎士カチーナ、つまり別の私。つまり私にはあの二人を引き裂いた事への責任があるのです! 外道聖騎士改め、グールデッドの名を冠したカチーナ・ファークスとしてこのまま見過ごすワケには行かないのです!!」
そして立ち上がった彼女はフォークを突き立てたエビフライを高々と掲げる。
どうやらカチーナさん、自分がやらかしたかもしれない『
俺も気持ちは分からなくはないけど……。
「あ、あの~カチーナさん? 『予言書』って言っても結局は起こらなかった未来の可能性ってだけで、外道聖騎士の罪に貴女が責任感じる事は無いと思うけど?」
やんわりとフォローしようとするものの、カチーナさんはエビフライを尻ごと丸かじりするとギッと睨んで来た。
「いいえ、悪に堕ちたとて所詮は私です! 一直線しか見ないようにして正しい事をしている自分に酔って悪逆非道を繰り返していたとしても、結局は自分が最悪と分かっていながら誰かに殺されるのを望むとか、そんな責任も取らない卑怯で矮小な人物に決まってます!! 未来の自分の責任を今の私が取らずにどうしましょうや!!」
「お、おう……」
「カチーナ……もしかしなくても、あんた酔ってる?」
どう考えてもテンションがおかしいと、彼女の片手を見ると既に空になったジョッキとテーブルに転がる2つのジョッキ……少なくとも3杯はいった後のようだ。
「ありゃ? 兄ちゃんエールって言ってなかったっけか? てっきり注文かと……」
魚介類を焼きながらそんな事を言う店員のオッちゃん……さっき俺が現実逃避しようとしていた時の発言をしっかりと注文として聞いていたって事らしい。
しかしエール3杯でこうなるとか……この人カルロス時代から考えても最近アルコールに弱くなってやしないだろうか?
「い~い? ギラル君! あの二人が予言書とは違っていがみ合っていたとしても! 結ばれる事を知っている我らスティール・ワーストがこの場に立ち会ったのも一重に運命だと思いませんか!? 壊した私が出来上がる前に立ち会えたのは、神様の思し召しに違いないのでありますよタイチョ~~~!!」
うん、こりゃアカン。
呂律も回ってなければ発言自体が危なくなってきている。
真面目で愚直な一本気なカチーナさんだけに、思考に余裕がなくなると結論が極端に偏り過ぎる。
『正義』に酔ってた予言書の聖騎士と違って、いまはアルコールに酔っているだけだが。
「落ち着いてくれカチーナさん! 幾ら何でも今のアイツらに対してそういう横やりは余計なお世話にしかならないだろ? そもそも予言書の未来は知っていても今のヤツらの情報も心情も碌に知らんのに」
「きしゃまぁ! それでも軍人かああああ!!」
「誰が軍人だ! ってかもう飲むんじゃない!!」
勢いに任せてエールをガバガバ流し込むさまは、まんま質の悪い酔っぱらいである。
「戦況を見据えられなくてどうするか! 本気で嫌っていがみ合っているなら……わざわざ町中で言い争いなどするものですかああ……………」
「……おや?」
しかし声を上げたかと思えば唐突に語尾が下がって行って……カチーナさんはそのまま椅子に腰かけると、そのままグンニャリテーブルに突っ伏してしまった。
「きぞくだの、おいえだの…………もうたくさんなのれす……」
・
・
・
結局そのまま潰れてしまったカチーナさんは、俺がおんぶして食堂に隣接する宿屋『アジフライ』にチェックイン後、運び込んだ。
取った角部屋のベッドに寝かせた彼女は顔を真っ赤にしつつ、クークーと寝息を立てていて無防備極まりない。
まだ昼間だってのにこの人は……。
「安上りだよね~。この娘がここまでアルコールに弱くなるのが私たちの前だけって考えれば、光栄と言うべきでしょうけど」
そんなカチーナさんの姿に呟いたリリーさんの一言が引っかかった。
どういう事だろう? 確かに最近の彼女は以前よりも遥かに酒に弱くなったとは思っていたが……。
俺が何を考えてたのか察したリリーさんは苦笑しつつ教えてくれる。
「前の男装をしていた頃は軍の同僚だの侯爵家の柵だの、ストレスのはけ口としてしか飲まなかったけど、最近の酒はストレスフリーだから回りが早くて困るってさ」
「……ああ、なるほど」
そう言われると最近妙に酒に弱くなったのも納得がいく。
侯爵家の柵、男装による心理的負担、王国軍での隊長の立場……抱えていたストレスを誤魔化す目的で飲んでいた酒では酔わなかったというよりも酔えなかったのだろう。
心から楽しく胸襟開いて飲める仲間の前でしか見せない姿なのだと思えば……このあどけなくもだらしのない姿を見れるのは役得と言えるか。
「ダチと認めてくれているって事なら、光栄と思っとくべきかね?」
「そうそう、特に朝チュンできる男の子はたった一人しかいないし~」
「……それを引っ張んないでくれる?」
多少揶揄いモードになりそうだったリリーさんであったが、ベッド脇の椅子に腰を掛けてから俺を見据えた。
「それで? そんなダチの酔っぱらいが吐露した願望について、ギラルはどう立ち回るつもりなのかな?」
「…………」
「ちなみに私もカチーナ同様、共犯者になるつもりは満々だけどね」
悪戯っぽくも試すような言い回しに……俺は頭を掻きつつ溜息を吐いた。
本音を言えば、やりたい事は決まっているが……今回に関しては気に入らなくても当事者の問題として関わるべきじゃないかも、とも思っていた。
しかしそんなどっち付かずな俺に、まるで“これは自分のワガママだ”とでも言うように共犯を名乗り出てくれる女性がいるのだ。
こういう腹の座り方は女性の方が強い……馬に蹴られて死んでいる場合じゃなさそうだ。
「分かってて言ってるだろ? 俺も結局は予言書で結ばれなかったあの二人が今世で結ばれないのは気に喰わない。カチーナさんに言われるまでもなく貴族家同士の柵だのなんだの……育ちの悪いクソガキには心底どうでもいい戯言だからな!」
「育ち云々じゃカチーナが最も良いハズなのに、その当人の要望でもあるしね~」
「それにカチーナさんの言う通り、何の気も無いなら関り自体が無いだろうしな!」
好きの反対は嫌いではなく無関心……本当に嫌いで忌避する存在なら往来で口喧嘩何てするとは思えん。
色々とウダウダ考えていたって結局は関わる事になるなら、最早気持ちをバシッと入れ替えるべきだ。
出来うる限りの横やりを入れまくり、最悪馬に無限の蹴りを喰らってミンチになるくらいの覚悟で!
「それに、さっきも言った通りシャイナスが俺達みたいな冒険者の危機を知った経緯も気になるし……ある程度探る必要は元々あったしな」
領地間の諍い……地元でロコモティとグレゴリールの不毛な争いを知っているキャナリさんは“いつもの延長”って捉えていたみたいだが、それだけにしてはライシネルの一件は用意周到にして悪質に思える。
俺たちやキャナリさんたちは運よく助かったけど、他の運搬船には人的被害は勿論の事、積み荷の『虹の羽衣』を損失する経済的な損失も相当だ。
ついでに王都ケチの付いた商品だったのに、今回の一件で更に良くないイメージが付いた可能性も高い。
な~んか、長年いがみ合いを“続ける事が出来た”貴族同士にしては……キナ臭さの中にうさん臭さを感じる。
第三者がいらん事をしているような……そんな嫌~な雰囲気を。
盗賊の勘、とまで言わないけど嫌な予感程当たってしまうのは世の常だからな。
「アタシはレギュレーション違反のアイツ自身が気になるけどね」
そうしているとリリーさんが真剣な顔でそんな事を言い始めた。
今のところ単なる痛々しい幼稚なお坊ちゃんのイメージしかないシャイナス本人に何かあるとか俺には思えなかったが……。
「前の職場でもあの子に似たような連中は見た事はあったのよね。まあそこまでひょうきんじゃ無かったけど」
「似たような? 魔法の才能があって俺最強~ってド素人って事?」
「ううん、似て非なる連中と目の光が似ていたというか……」
信仰というのは救いにもなれば狂気にもなりうる……彼女は元々教会の関係者であり『異端審問官』であったからこその見方があった。
「自分の考えや行動を正義と信じて疑わない……あのお坊ちゃんの瞳はその手の連中と同じように感じたね。自分が正しい側にいる事に安心して依存している連中というか」
即時思い出されるのはリリーさんが死ぬ予定だった鉱山の町。
気のせいだと言い捨てる事も出来るけど、それだけで済ませてはいけない……そんな気がする。
それは勘であるとも言えるし、まだ短い間とは言え、命を預け合った仲間に対する信頼もある。
「ここから一番近いのはロコモティ伯爵の屋敷だったな……」
港町から見える丘の上、丁度街並みを見下ろせる場所にひときわ目立つ赤い屋根の大きな屋敷。
まずは情報収集と現状確認……俺は宿の窓からも見える屋敷を見据えて、今夜の予定を決めるのだった。
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