第百二十話 ハーフ・デッド改めホースキック・デッド

「シャイナスとナターシャ…………だとう!?」

「な~んじゃ、ま~たケンカしとるのか。久々に帰って来たかと思えば……飽きないもんじゃのう」


 遠目で大通りで言い争う二人の男女を見つめていた俺たちだったが、同じように眺めていた地元の婆さんがポツリと漏らした言葉が耳に入った。


「なに? あの二人いつもあんな感じのケンカしてんの? お婆さん」

「ん~? なんじゃお主ら他所もんかえ? だったら知らんでも無理はないか」


 リリーさんが聞くと婆さんは特に何でもない事のように呆れ混じりに説明してくれる。


「あそこで口ゲンカしとる坊主の方はお隣のグレゴリール子爵令息で、娘っ子の方がロコモティ伯爵令嬢さ。丁度ここが隣り合う領地の境目にあるせいか、前からよくアイツらが顔を合わせて言い争うのが定番でねぇ……。王都の学園に通ってたつい最近までは見なかったけど、どうも夏季休暇でどっちも実家に帰って来たらしくて……早速ってなもんよ」


 ……どうやらあの二人の仲違いは地元では周知の事実らしいな。

 俺は婆さんの説明に益々全身の力が抜けて行く。

 

「ふ~む、貴族間の諍いが子まで及ぶのはよくある話ではありますけど、まさかあの男が貴族家の出身だったとは……ギラル君はその事を知らなかったのですか? ……ギラル君?」

「ちょっとどうしたのよギラル。あの痛い坊ちゃんの観察を続けるたびに気力を失っていってない?」


 最早地面に同化する勢いで突っ伏して立ち上がれなくなっていく……。

 俺は今、何を見せられているのか……信じたく無さ過ぎて……。

 いつまでもギャーギャーと往来で言い争う貴族な二人を尻目に、俺はこれ以上この場にいるのが億劫になった。


「……なあバアさん、ここいらで美味い昼飯食える飯屋あるかい?」



 数分後……俺たちはバアさんが勧めてくれた如何にも船乗りや漁師たちが集まりそうな“ザ・港町の食堂”的な飯屋で昼食を取っていた。

 流石は港町だけあって新鮮な魚介類が豊富だし、何よりも安くて美味い!

 ただ網で焼いただけに思える魚も貝も、その匂いだけでたまらんし、勿論食えば極上の海の幸が旨味となって全身を駆け巡り、極上の幸福感を与えてくれる。

 魚介系の出汁が気に入ったらしいリリーさんは2杯目のスープを、フライがお気に入りのカチーナさんはソースたっぷりでイカリングを頬張っている。

 それは美味い物を食べて幸せになるという、人間として最高の幸せの形があった。

 さっきの嫌な光景を忘れさせてくれるほどに……。


「あ~~この魚の塩加減最高だな! つぼ焼きもこれだけで酒のつまみに持ってこいだし……オッちゃん、こいつに合う酒はあんの?」

「味がシンプルだから好みだとは思うがな……白ワインでも良いが漁師の連中ならエールで流し込むのがド定番だな。軽めのアルコールでガバガバ行っちまう!」 

「なるほど、だったら俺も地元に習うか! オッちゃん、大ジョッキで……」

「止めときなさいよ、お酒弱いくせに逃避にアルコール使うのは」

「昨日の夜やらかしたばっかしでしょうがアンタは!」


 しかし優秀な仲間から昼間からのアルコール摂取にストップがかかった。

 いや、まあ……分かっちゃいるんだけどね、現実逃避だって事はさ……。

  

「あんまし予言書に縛られて未来を進むのは避けたいとは思ってたけど……まさか逆に予言書のママの方がマシだったんじゃね? みたいな光景を目にしちまうとなぁ~」

「どういう事? あのアイタタな漆黒の魔導士の姿だけでも相当な気はするけど?」

「召喚勇者の兄貴分にして、聖騎士わたしを成敗するハズの男がアレな事よりもギラル君にとってショックな光景だったのですか? さっきの言い争いが……」


 まあ……分かるよな。さっきの今で俺があからさまに落ち込んだのはあの貴族家の二人が言い争いを始めた時。

 もっと正確に言えば互いの名前を知った瞬間なのだからな。


「外道聖騎士が予言書でやらかした外道行為はそれこそ星の数ほどあるんだろうが……その中でも最も大罪と言えるやらかしがあったのを、話した事があったろ?」

「それこそ聖騎士わたしが賢者シャイナスに殺される要因になったというヤツですよね? 彼の最愛の女性を人質とし、シャイナスが苦渋の末に約束を守り勇者に重傷を負わせたにも拘らず、人質ごと賢者を殺そうとした……」

  

 俺がそう言いつつカチーナさんに目を向けると、彼女は露骨に嫌そうな顔になる。

 自分がやらかしたかもしれない未来の罪と言われて良い気がするワケがないからな。

 たとえこの先、絶対に同じ轍を踏まないと確信していたとしても……。


「そう……賢者シャイナスには口先だけじゃねぇ、本当に何よりも、誰よりも大切な女がいた。弟分として、冒険者の後輩、弟子として可愛がっていた勇者を裏切っても、本当に世界を天秤に掛けてでも選び取るくらいに愛した女がな」

「…………」


 最後に彼女に庇われた事で“助かってしまった”賢者シャイナスは本来なら忌むべき絶対に手を出してはいけない禁忌の術に手を染める事になる。

 敵対する邪神軍が力の源にする、人の負の感情を力にする邪神の力……邪気を。

 ただ恨みつのる聖騎士に同じ憎しみを持った連中と共に全て叩き返す為に……。

 グール・デッド……外道に堕ちた聖騎士の死因がそのまま『ワースト・デッド』のカチーナさんの字。

 その名の意味するところは俺と全く同じ、絶対にその未来には行かないという確固たる決意にして自身に対する戒めだ。

 ただなぁ……最悪の未来の予言通りには進まないというのが今まで道筋だったのに……。


「天秤の先が親友でも世界であっても女を取るようなロマンス野郎が、俺の知る予言書のシャイナスって男なんだが…………俺の記憶じゃ、その最愛の女の名前がナターシャだったんだよね」

「「…………は?」」


 俺の言葉に二人とも一瞬にして目が点になった。

 悲劇の主人公、世界よりも恋人を選ぶほど固く結ばれた二人……予言書では確かにそんな風に描かれていたというのに、現実では貴族同志のよくある醜い言い争いをしている。

 二人とも俺が落胆している理由にようやく合点がいったらしく、盛大に溜息を吐いた。


「なるほど……確かにソレは呑みたくもなるかも」

「ちなみにシャイナス……いや、あの様子ではその名前は偽名のようですね。え~っと、ジャイロ氏とナターシャ氏ですか……あのお二人は『予言書』でも貴族だったのですか?」

「いや、どっちも平民だ。そもそも召喚勇者がシャイナスに出会うのは隣国で、冒険者として稼ぐシャイナスと同棲するナターシャは機織りをしていたハズ」


 カチーナさんの質問に俺は思い出しながら答える。

 そもそも『予言書』ではあの二人の過去についての詳細は語られていなかった。

 精々凄腕の魔導師が冒険者としてギルドに在籍しているとか、そのくらいにしか描写されていなかったからな……。


「どっちも爵位には無縁な感じで仲良くしているシーンしか覚えがねぇんだよな。あんな風に家同士の家格だのなんだので罵り合うような事は一つも……」


 言いながら気が付く。

 そうだ……だからこそ俺はショックだったんだ。

 強者であり平民だった賢者シャイナスは家格や血筋で人を見る事は無く、力を誇示したりひけらかすような人物ではなかった。

 強く謙虚で何よりも自分の女を大切にする……女性を性のはけ口にしようとして真っ二つになった、どこぞのモヒカンに比べるまでもいなく男として尊敬する振舞だ。

 本当に勝手な言い分だが、俺はシャイナスという男はどこまでもナターシャと仲良く、大事にするヤツであってほしかったのだ。


「一体何があったシャイナス! お前はそんな男じゃないだろうに!!」

「何があった、じゃなく何も無かったからじゃないかな?」


 別に何か答えを求めての呟きでもなかったんだが、思案気に良く煮込まれた魚の骨から身を剥がしていたリリーさんが俺の呟きに答えてくれた。


「……どういう事?」

「ギラル、ここいら一帯の南部地域はアンタが一番長年かけて人身売買や密輸に関わる非合法な野盗共の情報を王国にリークして潰しまくったのよね?」

「ああ……趣味と実益を兼ねてね」


 本音は趣味というよりは復讐を名目にした八つ当たりだな。

 トネリコ村を滅ぼした奴らと同種の外道共を潰す事で、当時まだ心の未熟だった少年の俺は心の平穏を得ていたのだ。

 ニヤニヤ顔で女子供をいたぶっていたクズたちが泣き叫び命乞いをする姿に、心から爽やかな気分になったものだ。

 絶対に自分はこうなるまいと固い決意と共に。


「アンタは軽く趣味とか言うけどさ、人身売買だのどうしたって貴族階級の連中に繋がる非合法組織を秘密裏に潰して来たのは相当な事だよ? それも自分が表舞台に出る事もなくさ……」

「そうですよ、功績を考えれば王国軍であれば君はどれほどの勲章を得ていたのか。そのすべての手柄を他人に丸投げしてしまうのですから……」

「カチーナさん、ゴブリン調査の件、まだ根に持ってたのかよ」


 基本的に情報リークは調査兵団にしていたけど、王国軍で彼女がカルロスだった時に丸投げしたのは一回のみだというのに……。

 納得がいかないのか呆れているのか分からないという様子の二人だが、俺個人としては手柄よりも付随してくる厄介事の方が問題だったから、それも含めて放り投げたに過ぎない。

 今となって考えればリーク先が王国軍とは言え調査兵団、しかもホロウ団長だったのは運が良かったんだろうな。

 下手にそっち系の悪徳貴族に知られていたらと思うとぞっとする。


「ま……そのアンタの日陰の努力によって『予言書』では影も形も無かった南部域のロコモティ伯爵領とお隣のグレゴリール子爵領が今も存在しているって事でしょうね」


 リリーさんのその見解には同意する。

 オウル山脈に隔てられたザッカール王国は他国と交流を計れるのは、ほぼ南部域のみ。

 貿易の玄関口と言えば聞こえがいいが、当然非合法な連中にとってもそこは旨味しか無い場所だ。

 野盗などの実行犯だけじゃなく、本来は監督をするべき貴族たちも仲間だとすれば表だけじゃなく裏の取引だってやりたい放題だ。

 当然そんな場所ならまともな領地経営や商売をしようとする者は真っ先にカモにされるか、邪魔ものとして消される危険が高い。

『予言書』で見かけなかった貴族家は親玉のカザラニア公爵に何らかの方法で潰されたとみるのが自然な流れだ。


「ただもしも……どっかの盗賊が趣味を始めなければ、さっきの口喧嘩をしてた二人の貴族はどうなっていたと思う?」

「どうなっ…………あ」


 そして話がそこまで至り、リリーさんが何を言いたいのか気付いた。


「ご存じの通り貴族ってのは面倒なしきたりやしがらみが多い。自分達には関係ないはずの先祖からの因縁とか……。でもそんな面倒臭いしがらみが没落って形ですべて失われて、まっさらな状態で平民として出会えたとしたら? 元はいがみ合っていた家の子供同士、だけど没落後に唯一同じ苦しみを共有できる男女。手を取り合い苦楽を共に生きて行く二人の間にやがて燃えある愛の炎……や~ドラマティックね~」


 半笑い……というか目が笑っていないリリーさんの予想に俺は欠片も笑う事が出来ない。


「俺があの二人の出会いを邪魔したって事か?」


 どうやら俺は真っ二つではなく、馬に蹴られて死ななくてはならないようだ。



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