閑話 ぼくのかんがえたさいきょう(シャイナスside)

 魔法、それは自然界に住まう精霊に愛され神に認められた最強の力である。

 その真実を僕が知ったのは幼い頃の話。

 貴族家の長男であり将来が生まれた時から決められていた僕にとってあの日の事は衝撃的だった。

 先祖代々仲違いを繰り返して来た隣接する領地との丁度狭間にある町で家の者たちから逸れてしまい、僕の身なりから金になると見込んだ不届き者たちに攫われそうになったのを『耳の長いオジサン』が助けてくれたのだ。

 颯爽と現れて数人の不届き者たちを瞬時に燃やし尽くした魔法に僕は恐怖も忘れて魅了された。

 そして何故か僕の名前も知っていたオジサンは教えてくれたのだ。


『君の内には膨大な魔力が眠っている。その力はまだ眠っているけど何れは全ての弱者を守るための偉大な存在となるだろう。民を導く貴族の権力と何者をも凌駕する圧倒的な魔力……君は民を導き支配する事を運命付けられた尊い存在なのだよ』


 自分が選ばれた存在……その言葉は僕の心に衝撃を与え、そして得も言われぬ高揚感と使命感を覚えた。

 そして僕は短い期間だったがオジサンの事を師匠と呼び、魔導師としての基礎と心構えを叩き込まれたのだ。


『才能ある魔導師は魔力のみで全てを凌駕出来る。魔力の無い者は総じて弱者である』

『弱者は弱者であるからこそ群れたがり姑息に動く。強者たる魔導師は己の魔力の鍛錬のみに集中するべき。体術など時間の無駄である』

『強者たる自分が行う事は全てにおいて正しい。自分が悪だと思えたのなら、それをくじく事の全ては正義である』


 魔法の才能に溢れた自分は強者……弱者は自分が守るべき存在であり自分が導かねばいけないか弱き存在。

 強者たる自分がする事は全て正しい……間違ってはいない……。

 僕が間違っていると思ったのなら、それは悪である。

 満面の笑顔でその真実を僕に教えてくれた師匠の教えが今も僕の根幹に宿っている。

 そう、僕は正義の味方なんだ! 魔力も低く碌に魔法も使えない弱者を“助けてやる”事こそが僕に課せられた使命なんだ!

 だからこそ夏季休暇で学園のある王都より領地に帰って来た僕は、父の書斎でとある契約書を見付けて戦慄したのだった。

 それは違法な取引を行っている……非合法な連中に依頼するという契約。

 信じがたかったが、弱者を守る事を使命とするはずの貴族たる自分の実家が、あろう事か裏社会と繋がっている証拠を見つけてしまったのだから……。

 それは僕が生まれる前から続く隣の領地の貴族との確執が原因で、これまでもそのために小競り合いはあったのだが、まさかそのために下位の弱者を犠牲にしようとは……。

 まるで他の領地の民などどうなっても構わないとばかりの計画は既に動いている最中で、僕は慌てて悍ましい計画が進むライシネル大河へと飛翔魔法で降り立った。

 守るべき弱者に領地は関係ない!

 学園でも随一の魔力を持ち、四つの属性魔法を行使する僕にとってこの程度の芸当は造作も無い事。

 そしてライシネル大河を王都に向かって逆走する形で飛翔した僕は、一隻の船が巨大な黒鎧河馬に襲われている瞬間に行き会った。

 雇われの冒険者たちがいるようだけど、所詮は魔法も使えない弱者……ここは僕のような強き者が助けてやらないと。


「はあ……あんな雑魚に手こずるとは。やはり三流冒険者いやだねぇ…………」


 高位火属性魔法という圧倒的な力で悪の野望を挫き、弱者を助ける圧倒的な正義の味方……自分こそが最も正しい強者である!

 爆発炎上する黒鎧河馬を眺めて僕はそう確信していた…………なのに……。


                 ・

                 ・

                 ・


「う……く……?」


 目を覚ました時……そこは変わらず連中と対峙した路地裏だったが、すでにヤツらの姿はどこにもない。

 どうやら僕が気絶している間にいなくなったようだけど……未だに残る腹の痛みがある事実を突きつけて来る。

 惨敗だった……。

 魔力の大小とかそんなレベルじゃない、何もさせて貰えなかった……。

 向こうがその気だったら僕を殺す事だって簡単だったのは明白……学園では魔力で強化すれば戦士科の筋肉バカの拳だって跳ね返せた僕の魔力防壁も一切役に立たなかった。

 そして全く正面から戦おうとせずに僕の死角から接近してくる、魔力も持たない弱者であるはずのアイツは、思わず「卑怯者!」と口にした瞬間返された言葉が腹の痛み以上の、どうしようもない痛みを胸に残す。


『たった今、お前が言ったんだよその口で。てめぇが決めたルールで戦えない者は総じて卑怯者だって、魔法の使えない弱者は戦わずに守られろ、もしくは殺されろってな!!』


 魔力の無い者、魔法の使えない者は弱者、僕が守ってやらなくてはいけない存在……それは決して侮辱しているつもりはなかった。

 なのに、あの咄嗟の場面で自分の口から出た言葉を指摘されて……どうしようもない気持ち悪さが湧き上がってくる。


「僕が……魔力の無い人たちを侮辱していたって言うの?」


 納得いかない! 奥歯をギリッと噛み締めてあの盗賊の男の言葉を否定したくて考えを巡らせるが……どうしても否定しきれない。

 そもそもたった今自分が弱者と決めつけた男に完膚なきまでに叩きのめされた事実があるというのに……。

 幼少期に僕を救ってくれた『耳の長いオジサン』が間違っているハズは無いのに!

 そんな風に考え事をしながら歩いていたのが悪かったのか……僕はここが隣り合う領地との狭間に位置する港町である事をすっかり忘れていた。

 覚えていたらこんな、アイツに見つかるような場所を歩く事は無かったのに……。


「あ~ら、そこにいるのは誰かと思えば……貧乏貴族で学費すらも捻出に苦労なさっているグレゴリール子爵家のジャイロ様じゃありません事?」


 背後から掛かった声は、あからさまにこちらをバカにする、鼻に付く喋り方をする女性の声……振り返らずともそれが何者かは分かってしまう。

 夏季休暇中は聞かなくて済むと思っていたというのに……。


「あまりに貧相な格好で往来を歩いていらっしゃるから、まさかとは思いましたが……とうとうグレゴリールでは貴族にふさわしいお洋服すらも用立てられなくなったのでしょうか? まあ貴方には相応しいですけれども?」


 案の定振り返ると赤を基調にしたギラギラゴテゴテのドレスを纏った、縦に巻いた栗色の髪がとてつもなく似合っていない令嬢が、御付きの執事、メイドたちと共に立っていた。


「ふん、成り上がりの伯爵令嬢には適材適所って言葉も知らんようだな。庶民が行き交う往来で、そのようなゴテゴテと趣味の悪い格好をひけらかす事こそ下品だろうに……これだから成金伯爵ロコモティは……」

「……なんですって!?」


 見下し、睨みつける瞳は侮蔑と憎悪に満ちていて……一瞬“昔はこんなんじゃ無かったのに”何て考えが過るが……昔は昔だ。

 結局先祖代々受け継いだ怨恨は根深いという事なのだ。


「ふん! とは言えこの港町は我ロコモティの領地……王都と違い学費稼ぎのバイトをしたいのなら領主の令嬢たる私がご紹介いたしましょうか? グレゴリールごときが、どの程度使えるかは存じませんが……」

「願い下げだナターシャ・ロコモティ! 貴様の世話になど死んでもなるものか!!」

 

 確かに領地は貧しく学費を稼ぐために王都でバイトもしているが、それはそれ……。

 実家の諍いを度外視しても、こんなムカつく女に世話になるのだけは絶対に御免だ!!


                *


 その時、往来で言い争う“貴族の二人”はその光景を遠目で見ていてズッコケている一人の盗賊がいる事に気が付く事は無かった。

 まあ気が付いたところでコケた理由に気が付く可能性は皆無だったが……。


「シャイナスとナターシャ…………だとう!?」



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