第百十九話 卑怯者の定義

 魔力が高い、高位の魔法が使える……そんな“些末な事”はどうでも良い。

 赤子に伝説の剣を持たせても意味が無いように、扱い方を知らないド素人であるなら単純に戦闘の役には立たない。

 逆に使い方さえ知っていれば小さなナイフだろうが手の平に収まる釘の一本であろうが人を殺傷する事が出来る。

 それが可能なくらいに相手がこちらを見なければ……まるで羽虫の如くこっちを見下し油断していれば……。


「そ、それにしたって確かにお前は僕の魔法で焼かれて悲鳴を……」

「知らねぇのか? 火ってのは当たらなきゃ燃えないし熱くない。そして悲鳴って声が出るならどんな状況であっても出せるんだけどなぁ」

「!?」


 んな事は説明されるまでも無く当たり前の現象なのに、まるで初めて知ったとばかりに目を見開く自称シャイナス。

 すべての打撃をスカされた事にも気が付かずオーバーアクションで杖代わりのバラを下に向けていたのだから何をしようとしていたか何て誰だって予想出来る。

 ここで上や横から攻撃が来たら大したもんだったが、残念ながらカッコつけたがりのガキだという評価は見たまんまだったようで……宙を舞った直後、裏路地の壁に『ロケットフック』を引っかけて魔法の範囲から逃れただけの話。

 一応立ち上った炎の向こう側から叫び声を上げたワケだが、この程度のフェイクに引っかかるとは呆れを通り越して憐れみすら湧いて来る。


「じゃあまさか……僕に接近する為に油断を誘う為にやられたフリをした、火に焼かれたフリをしたと言うのか!?」

「気付くのが遅え……どうだ? ご自慢の魔力とやらに全く縁のない弱者とやらにタマ握られている気分はよう」

「ひ……卑怯だぞ!!」

「あ?」


 しかし憐れみを感じてすらいた俺だったが、シャイナスのその言葉に瞬時に苛立ち怒りの火が種火となって燻ぶり始める。

 思わずダガーに力が入り掛けた事にシャイナスは思わず「ひ!?」と声を上げるが、向こうも向こうで俺の反応が気にいらないようで口走る。


「そんなやられたフリをして背後から襲いかかるとか……そんなに僕の魔法に正面から挑むのが怖いのか!? 男だったら正々堂々……」

「正々堂々、僕に気持ちよく殺されるために黙って棒立ちになってその上で燃やされろってか? 自分と同じフィールドで戦わないヤツは総じて卑怯者ってか? 気分次第で人を殺せると思えるとは……随分とお偉いんだなぁ」

「そ……な……ち、違う! 僕はそんな事は考えて……」

「たった今、お前が言ったんだよその口で。てめぇが決めたルールで戦えない者は総じて卑怯者だって、魔法の使えない弱者は戦わずに守られろ、もしくは殺されろってな!!」

「!?」


 まさに自分が今さっき口走った言葉の意味に言われてようやく気が付いたようで、しかしそれでも認めたくはないような……そんな雰囲気を醸し出す自称シャイナス。

 そんなヤツの視線が不意にダガーの切っ先、首筋へと向いた瞬間に俺は膝蹴りをヤツの腹にぶち込んだ。


「ゴボ!?」

「俺には魔力の動きなんざ見えないがな、首に何か集中している仕草くらいは分かるんだよ、身体強化を首筋に集中して逃れようとかな~」


 魔力を集中して防護壁を展開するというのは魔導師の常套手段だが、身体強化で戦うには攻撃にも防御にも格闘のノウハウが必要不可欠。

 押し当てられたダガーが通らない程の強化をするのであれば首筋に集中した事を悟られない技術が必要なのだ。


「逆に集中した分他の防護が疎かになる。魔導師の方がそんなの常識だろうに」

「…………」

「聞こえていないみたいよ。ギラル教授」


 腹に一発膝蹴りを喰らったのみで既に俺の声は聞こえていなかったらしく、おめでたい格好をした男は地面に崩れ落ちてしまった。

 あんまりに呆気ない倒れ方に俺はマジで別人である事を祈りつつ痛々しい仮面を剥がしてみたのだが……残念な事に、非常に残念な事に『預言書』よりは幾分か若いものの俺の知るシャイナスと同一人物にしか思えない顔が白目をむいた状態で現れた。


「何だろう……カルロスがカチーナさんだと知った時よりもよっぽど……」

「おみごと……とも言い難いですね。この程度の素人相手では」

「ほとんど弱い者イジメじゃん」

「ほっとけや……」


 労うつもりでも微妙に“ご苦労様”とは言い難いような微妙な表情の二人に俺も力なくそういうしかなかった。

 そう弱い者イジメ……正に俺は今『預言書』とは違い弱すぎるシャイナスの現状にどうしようもないガッカリ感を味わっていたのだ。

 いや『預言書』に比べれば俺が出会ってきた連中だって及ばない、それくらいにあっちはド級の化け物揃いではあったのだから。

 ただそれでも……自分よりも及ばない程というのには出会った事が無かった。

 力量や実力という事じゃない、心構えという意味において。

 賢者シャイナスは召喚された勇者にとって兄貴分であり戦いのイロハを叩き込んでくれた最初の師匠と言っても過言はない存在。

 たった今俺が実践した魔力の防護壁を出し抜く為に魔導師であっても体術の習得が必要不可欠であると教えるのもこの男であるハズなのに。


「どうかしたのですかギラル君……その男に何かあるのですか?」

「あ……ああいや……ちょっとね」


『預言書』では最もこの男と因縁を持つはずのカチーナさんの澄み切った瞳に、彼女に向かうはずだった最悪な未来がコイツに流れたんじゃないかと不安を覚えてしまう。

 ……いや……それはそれで嫌だな。

 まるでカチーナさんが悪人にならなかったのが間違いみたいになるのも……。

 俺は深~い溜息を吐いて……地面にうつ伏せになったシャイナスに仮面を乗せつつ仲間たちに本日の予定変更を告げる。


                ・

                ・

                ・


「う……く……?」


 それから数分後……路地裏で寝っ転がされたままだったシャイナスが呻き声を上げつつ目を覚ました。

 慌てて周囲をキョロキョロ見渡しているのは周囲に俺たちがいない事を不審がってのことのようだが……その表情は恐怖と屈辱に彩られていた。


「気が付いたみたいね」

「こっちに気が付いた様子も無し……どうやらリリーさんの見立て通り、彼の『魔力感知』の索敵範囲は数メートルが精々のようですね」


 俺たちはその様子を上から、正確に言えば路地裏を見下ろす事が出来る3階建ての家の屋根からのぞき込んでいるのだ。

 魔導師にとって魔力を感じ取る『魔力感知』は基本だが索敵範囲を広げるのは本人の努力次第。

 長年の鍛錬の結果300~400メートルの索敵を可能にしたリリーさんの見立てでは眼下のシャイナスはこのくらい距離を置けば感知不能と見ていたが……残念な事にその通りのようだった。

 最早俺たちが傍にいるなどとは思わないようでしきりに「クソ! チクショウ!!」などと悔しがる声が聞えて来る。

 この状況下で自分が危機を脱したと思い込むとは……。


「ギラル君……本当にアレが預言書でホロウ団長にすら匹敵する強さを身に着けた聖騎士わたしを地獄へ堕とした本人なのですか? 余りにも……そのう……」

「いーよ無理しないでも……。俺だって悪に落ちた自分を殺すのがあの男だって言われたら納得いかねーだろうし」


 ヤツが何者であるかは気絶中の数分で話しておいたのだが、当然だがカチーナさんの驚きというか落胆が分かりやすいほどだった。

 巨悪に成り下がった自分を止める……そんなヤツならせめて揺るぎなき正義の味方であって欲しいと思ってしまうのは仕方がない事だろうさ。

 そうは行かないのが世の常だと分かっていたとしても……。


「あ……動き出したよ二人とも」


 リリーさんの声で再び視線を眼下に向けると一人で悪態を吐きまくっていたシャイナスだったが、やがて虚しくなったのか動きを止めて脱いだシルクハットやタキシードなどをクルクルと畳み始めた。

 そしてそれは豆粒くらいの大きさまでに小さく畳まれて行き……最終的には少し裕福な町民と言えるような衣装になったヤツのポケットに納められる。

 

「収納魔法服か……どうやら良いとこの坊ちゃんなのは確定かね?」

「ワザワザあんな服を収納魔法付きにするとか……金の無駄遣いにも程がね~か?」


 収納魔法服は言葉通りに衣服を極限までコンパクトに小さく畳み圧縮出来てしまう魔法をかけられた特殊な服で、主に急なパーティーなどの招待を受ける事のある貴族連中が非常時の為に持つ代物なのだが……それはクソみたいに高い魔導具なのだ。

 特殊な魔法を付与するだけで俺たちの稼ぎの5年分は余裕でぶっ飛んじまう。

 そんなモンをあの仮装衣装に……。


「ギラル……何気に納得いかない気持ちも分からないじゃないけどさ、私はあの素人坊ちゃんはほっといて良いように思うけど?」


 言葉だけじゃなく行動の端から漏れまくるシャイナスのガッカリさ加減……呆れたリリーさんに思わず同意しそうになるが、俺は何とか思いとどまる。


「……本音を言えば俺もそうしたい。ただヤツのド素人っぷりをここまで見せつけられるとどうにも腑に落ちない事があるんだよ」

「腑に落ちない……ですか? 私には見たまま正義の味方振りたい素人が余計な手出しをして来たのみに見えますが……」

「そう……まさにそこだ」

「?」


 カチーナさんの率直な感想に異論は全く無い。

 非常に……ひじょ~~~~~に残念な事にアレが『預言書』とは違う道を進むシャイナスの現在なのだと飲み込んだとして……ド素人が何でライシネル大河のあの場所にいたのかという部分に疑問が生じる。


「あの魔力バカで考えなしに高位魔法ぶっ放すド素人がどうやって俺達の仕事に横槍入れる事が出来たんだ? たまたま黒鎧河馬に襲われる俺たちを見付けて助けに入ったとか思えるような場所じゃね~のに」

「あ……確かに」

「ライシネル大河に並走する道なんか無いモノね。先にそこで襲われる予定の船があるとか知っているくらいじゃ無ければ……」


 そうレギュレーション違反野郎で痛々しい承認欲求の塊、傲慢とプライドを混在した素人のガキであるのは変わらない。

 しかし何かの理由で今回『虹の羽衣』の裏を知り、その上で自分の力で助けようとしてから回った……そんな予想も浮かんできてしまうのだ。

 ……仕事の邪魔をしやがったヤツに対して好意的に考えようとしてしまう辺り、やはり俺も『預言書』に毒されているのだろうか?


「悪い二人とも。ちょ~っと寄り道しても良いかな? 預言の指す未来とは関係ないかもしれないけど予想外の展開で確認したい事が出来ちまった」


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