第百十八話 知ったかぶりの強者
いや、もしかしたら痛々しい格好と言動の目の前の男は全くの別人かもしれない。
むしろそうあってくれ! 『預言書』で見たよりも遥かに貧弱な体だし、俺の知るシャイナスより一回り若いが、程仮面をつけているクセに隠す気があるのか見る人が見ればバレバレな仮装であの男が若い頃はこうだろうな~と思えるけれども!!
憧れていた、尊敬していた人物の特殊な性癖を知ってしまったかのようなガッカリ感を味わう俺を他所に、シャイナスは加えていたバラをタクトのように振ってリリーさんに突きつけた。
「ところでそこの魔導師よ……先ほどは随分と失礼な振舞をしてくれたな。まあこの中では我と対話する資格のある者は君だけのようではあるが」
「……はあ?」
「しかし未熟で弱小な仲間の危機を救って貰っておいて、あの返礼は実に不誠実とは思わんのかね?」
「…………」
コイツ、どうやらリリーさんに狙撃された事を根に持って姿を現したという事らしいな。
単純に戦力的にあの時“ライシネル・ビッグマウス”に止めを刺せる攻撃力があるのがリリーさんで、俺とカチーナさんにはその力はなく助けてやったのだと。
つまりは助けてやったのに礼も無く、あまつさえ警告して来た事が気に入らない……そういう事らしい。
牽制役に俺たちが徹していた連携も分からず苦戦中だと勝手に判断して、しかも既に動きを止めた瞬間に考えなしに横やり…………正義の味方気取りの出たがりのガキかコイツ。
因縁を付けられたリリーさんが露骨に面倒臭そうな顔になってこっちに視線を寄越すが、当然俺もカチーナさんも華麗にスルーする。
視線だけの会話
『ちょっと、何他人のフリしてんのよ!』
『いや、ご指名は貴女ですし……』
『ぶっちゃけ喋るだけでも面倒臭そうだし……』
「フハハハハハ! 今更になって自分たちの矮小さを自覚したようだな!!」
俺たちが言葉を発しない会話をしている事をどう都合よく解釈したのかシャイナスは再び悦に入った高笑いをし始める。
やべぇ……関りにはなりたくない感じだが殴りたくはなって来た。
「魔導師よ、貴様がパーティでは最強である事は我の深淵を見通すパーフェクト・マジック・デリシャス・アイズで全てお見通しである! しかし貴様の魔力では我には遠く及ばないのもまた事実!」
「ただの『魔力感知』でしょうが……索敵範囲はともかくとして魔導師としてはそんなの初歩の初歩だっつーの」
妙なポーズで瞳をキラリと光らせるシャイナスに冷静に、疲れ切った溜息を漏らすリリーさんである。
ま~無理もね~やな~……俺も『気配察知』をあんなカッコつけているつもりで語呂が悪くよりかっこ悪くなった名前で自慢げに言われたらあんな顔になりそうだ。
そもそもなんだよ“デリシャス”って……食ってどうする!
だが……今の会話で分かった事もある。
『魔力感知』とはそのまま魔力を見る事の出来る能力でリリーさんが索敵に多用する能力だが魔力の大小、または位置などを計る事も出来るらしい。
見えない俺には何とも言えないが、ある程度の魔導師としての力量も分かるらしい。
だからこそ魔導師として『魔力感知』を使えるある一定数の自身の魔力が高い初心者にありがちなのが“魔力量だけで相手の強さを計る”という傾向だ。
つまりはこの男、高い魔力で高位の魔法を使えはするけど……。
「ふ……しかしあの程度の魔物を一撃で仕留める事も出来ない弱者に前線を任せるなど、力ある者の振舞とは到底思えぬな」
「…………あ?」
しかし面倒臭いと露骨にこの場を離れたがっていたリリーさんだったが、シャイナスが口にした言葉にドスの効いた声を漏らす。
狙撃杖を“ジャキリ”と接近戦モードに変形させて。
「……アンタ、今なんっつった?」
「もしかして弱者に試練を与えるつもりだったのかね? しかし力量を理解できぬ弱者を守るために我々強者は存在する! 貴様も我には及ばずとも力ある魔導師であるなら」
「このクソガキ!!」
一気に怒りの炎を燃え上らせる彼女に対して、俺は何故がシャイナスという人物に対する“ナニか”がスンと抜け落ちた気分になっていた。
何でコイツはこんな感じなんだ?
『預言書』では召喚された勇者を導く頼れる冒険者で油断とは縁遠い情に厚い兄貴分であったのに……。
「誰が弱者だと!? レギュレーション違反も許せないけど仲間への侮辱はもっと許せないわね!!」
「ほお、己の力量不足を理解しても我が前を引かぬとは……愚かな」
魔力だけで実力を推し量るタイプにありがちな上から目線……初心者や戦いに赴かないタイプの貴族にも見られるタイプだが、本気で魔力量が自分より劣るから負けるハズは無いと思い込んでいるシャイナスに確信できる事があった。
このまま行けばコイツ、近い将来に死ぬ。
俺はそう思い、努めて手下っぽい媚びた笑い方をしながらリリーさんの肩に手を置いた。
「へっへっへ……リリーの姉御~。こんな頭のおかしい仮装野郎、姉御が出張るまでもありやせん。この俺に任せて下せぇ」
「は? ギラル何を言って……」
俺のいつもとは違う小物っぽい喋り方に驚くリリーさんだったが、瞬時に意図を悟ってくれたようで逆にニヤリとした実に“姉御っぽい”笑いをして見せる。
「ふん……まあ確かにそうね、この程度の男に私が手を下すまでも無い。ぬかるんじゃないよ」
「わかってまさぁ」
「おい貴様、逃げる気か!? このような魔力のカスも無いような弱者など我の前に立つ資格すらアリはしないぞ!!」
そんなやる取りをして前に出て来た俺に対してシャイナスは露骨に不機嫌な顔を浮かべて、俺じゃなくリリーさんに怒鳴った。
この状況で俺から目を放して…………。
「ようようアンちゃん、姉御と宜しくやりてぇならまずは俺を遊んでからにしてもらおうか? お前さんみたいななよっちい男がいきなり姉御に遊んで貰えると思うんじゃねえ」
「ふん、雑魚が……」
その時点でようやく俺に向き直ったヤツの姿に俺は溜息を何回漏らしそうになった事か。
「おい雑魚、お前のような魔力も知能も持ち合わせないヤツは我のような魔導師は魔法を使わせる暇もなく接近できれば良いと考えているのだろう? 浅はかにもな!!」
「……ん?」
「貴様らのような強者に見つからないように気配を断たねばならんような弱者には似合いの発想だがな! 深淵を知る我が魔力の前にはそのような浅知恵など児戯に等しい。見るが良い、我が最強の身体強化魔法!!」
は? 俺は正直信じられない想いでヤツの行動を見ていた。
ワザワザ技名を口走って思いっきり右足を踏ん張って助走を付けて、そして一瞬の内に俺の懐にまで潜りこんで来たのだ。
身体強化はカチーナさんも使うけど彼女のは魔力と筋力の合わせ技だが見た目にも貧弱そうなシャイナスは純然たる魔力強化のみの力だ。
「は、速い!? ゴブ!!」
渾身のボディブローで俺の体がくの字に折れ、そのまま上空に持ち上がった。
その様子にシャイナスは機嫌よくニヤ付いて追撃を加えようと振りかぶる。
「ふん、スピードが信条の盗賊であるならスロー過ぎるぞ? この程度のスピードですら付いて来れんとはな!!」
「グ!? ゴバ!? ガ!?」
一方的、宙に浮いたまま追撃を加えるシャイナスは俺の体が拳が当たる毎に派手に回転する様に益々機嫌よく笑っていた。
自分が強いと証明できる事が楽しくて仕方がないとばかりに。
そして最後にバラの花を下に向けるとシャイナスは魔法を解き放った。
「ハハハハ終わりだ雑魚め、己が分をわきまえない自分の愚かさを呪うのだな! 業火の竜巻現れ出でよ“炎嵐陣”!!」
ゴオオオオオオオオ……
「ギャアアアアアアアア!!」
瞬間に響き渡る俺の悲鳴に悦に入ったシャイナスはそのままリリーさんへと向き直った。
炎を背に強者の佇まいを演出しているかのように……。
シルクハットに手を添えて、全てが終わったとばかりに目の前の二人が心底呆れた顔をしている事にすら気が付かず。
「どうだ? 貴女が守るべき弱者に余計な事をさせたばかりに彼は負わなくても良い負傷を負ってしまったようだ。少しは自分が何を仕出かしたのか分かって……」
「ねえ、聞きたいんだけどアンタ……戦闘云々以前に殴り合いのケンカってした事ある?」
「……? 何を言っているのだ?」
「いや、一度でも経験があるなら分かると思うんだけどね……殴った時の感触ってヤツ」
「???」
「まあ仕方がありませんよ。何しろ戦闘中に気を抜くような輩です……見抜けって方が無理がるのでしょう」
「それにしたって相手を仕留めたかどうかなんて基本中の基本……残心は全ての戦闘職に通じる事でしょうに?」
「貴様ら、一体何を言って…………!?」
自分が強者だと信じて疑わないヤツは何を言われているのか全く理解出来ていないようで、全く“こっち”に気が付く様子が無い。
ようやく気が付いたのは……俺が背後からダガーを首筋に突きつけた瞬間だった。
「え!? な、なに!? い、いつの間に……」
「お前さんが調子良く必殺技を叫んでいる間に堂々と歩いて背後に回ったに決まってんだろ? お前さんが言う弱者の技術とかいう気配断ちの技『猫足』でよ~」
「そ、それにしたって貴様は僕の全力パンチを全部喰らって吹っ飛んでいたのに……叫び声だって……何で動いて…………」
「あんな雑なパンチや踏み込み、受け流せないワケねーだろが。盗賊を舐めんな」
突如突きつけられた死の恐怖に一人称が“我”から“僕”になってやがる……多分こっちが素なんだろう。
折角の身体強化をワザワザ宣言するわ、モーションバレバレで振りかぶって殴りかかるわ、まるで徒競走ばりに進行方向バレバレで踏み込むわ……挙句に全て流されたスカスカのパンチで相手が悲鳴を上げたからと調子に乗って戦闘中だというのに相手から意識を逸らす。
もう疑いようもないがつまりこの痛々しい男は……。
「魔力の大小で実力の全てが計れると思ってんじゃねーよ“ド素人”が」
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