第百十七話 自分が思うカッコイイは危険なサイン

「ったく……お貴族様同士の諍いなら自分たちで殺し合えってんだ。明日の飯の心配する平民を巻き込みやがって……」

「何っスか? その不穏当極まる話は」

「んあ? あ~もしかしてギラルここいらのお貴族連中のいざこざは知らないのか?」

「まぁアタシは出身がこの辺だからガキの頃から耳にタコな話なんだけどさ」


 俺を含めた仲間たちも頷くとキャナリさんは嫌な顔をする事も無く説明してくれ始める。

 本当に仲良くなってみれば普通にいい人なんだよな~この人。


「何十年も前からの話らしいけど南部はロコモティ家とグレゴリール家って貴族が争っててね、元はどっちも子爵だったけどロコモティの方が商才があったみたいでここ数年税収も増加してさ~数年前に伯爵に……蔓延ってた犯罪集団とつながりのあった下位貴族の領地を併呑して一気にロコモティ伯爵領が南部に広がったのよ」


 犯罪者集団、つまり野盗なんかが人身売買やらをしていた繋がりの悪徳貴族の没落に伴う併呑……兄貴ノートルムが言ってたデムリ男爵みたいな連中が消えた事による影響って事みたいだ。

 ただその話を聞いた限りでは良い影響だとは言い難い。


「まさか……出世で先を行かれた事に対する嫌がらせで?」

「な? 幾ら長年の不仲な貴族に先を越されたからって、アタシ等を巻き込むんじゃねぇって気になるだろ?」


 キャナリさんの嫌そうな物言いに全く反論する気も起きず、同じような気分で頷く。

 本気で自分たちだけで殺しあえよと言いたい。


「今回の水路の運搬は元は陸路だったのに急遽手配されて狙ったように個人で運送をやってる連中に回ってるらしくて、大本で仕事を回しているのはロコモティ伯爵の関連企業なのに途中で不自然に変更されてるみたいでね……憶測の域は出ないけど」

「末端で仕事を割り振る辺りで買収でもされた?」

「可能性は高いと思う」


 俺の予測にキャナリさんは頷いて見せる。

 今回の商売は上手く行かなかったが、本来『虹の羽衣』はロコモティ伯爵領での最新の特産品として新たな稼ぎになる予定だったのだ。

 最新であるがゆえに今回みたいに水路での危険性という事が周知されていない間隙を突いて『虹の羽衣』の評判を落とすと共に危険な商品を運ばせたとして個人で営む運送屋の連中からも賠償を請求されるように仕向ける。

 やり方としてはコスイが、やられた方としてはたまったモノではない。

 それにそんなやり口で平民を犠牲にする輩だ……買収された末端の職員も既に何らかの方法でいなくなっている可能性もあるな。


「……ったくイヤになるよ。アタシがガキの頃はこの辺は物騒でね、野盗が溢れて山に入れば売り飛ばされる何て親に教えられるくらいだったから、親玉の貴族連中が根こそぎ一掃されてちっとは平和になったと思ってたのに、そいつらがいなくなったら今度はお貴族様同士のいがみ合い……勘弁してほしいよ」

「本当にな……」


 地元での厄介事に憤る彼女の気持ちも分かるが、俺はまた別の理由でイラついていた。

 人身売買に繋がる悪徳貴族、特に南部については俺が最も重点的に情報提供を行い潰す事に尽力した土地だ。

 全てに俺が関わったと自惚れるつもりも無いし半分以上私怨があったのも否定しないが、

それでも悪人を排する事に関わり『預言書』とは違う未来に導いたつもりはあった。

 だというのに悪人を取り除いた結果、別の悪人が蔓延るのだとしたら……。


「本当に……気に入らねぇ」

「……愚痴っても仕方ないのは分かってるけどね。アタシ等みたいな体張るしか脳の無い冒険者は精々死なずに済んだ命でそんな連中を死なずに済むように助け合うしか無いんだから」

「立派な心掛けです」

「本当だわ……」


 貴族間の争いの話でゲンナリしていたカチーナさんとリリーさんのマジな称賛の言葉にキャナリさんは照れたように苦笑する。


「お互い様でしょ? 精々どっちも死なないように賢く立ち回って行きましょうよ。今日は無理だけど今度会ったら一杯やりに行こう。カチーナさんっだっけ? うちの男共もアンタにまた会いたがってたしね」

「ああ是非とも」

「楽しみにしてます」


 そんな感じでキャナリさんと別れた俺たちはその足で冒険者ギルドへ、依頼達成の報告と依頼料受け取りをして本日はこの町に宿を取る事にした。

 予定通りの金額とオッサンから追加料金を貰って金額の上では結構儲かったという結果で、本来なら喜ぶべき状況なのかもしれない。

 しかしギルドから本日の宿を目指す俺はあまり愉快な気分にはなれなかった。


「やっぱりライシネルの主を捕獲できなかったのは心残りですか?」

「……それも無いとは言わないけど」


 ライシネルの主“ライシネル・ビッグマウス”はキャナリさんたちが捕らえたヤツよりも遥かにデカかったからな……今日の儲けとプラスでその金すら手に出来ていれば本日は高級宿に泊まれたかも~とか考えればムカムカする。

 でもそれ以上に……現存する貴族の諍いってのが気に入らなかった。


「預言書じゃザッカール南方、つまりここいら一帯は王都を占拠した邪神軍から逃げ出した連中が領主である“カザラニア公爵”の下に集まって王都奪還の機会を伺っていた。ま~もっとも治安は最低で日常的に野盗による被害はあったし、人身売買も人目をはばかることなく普通の事として横行していて……隣国が勇者召喚を成したと知るや救援要請として邪神軍に単身突っ込ませる何て事を決行、逆に王都奪還どころか勇者討伐のついでに『聖騎士』に焼き払われるんだけど」

「聖騎士……」


 カチーナさんは自分がなったかもしれない預言書の聖騎士が気になったみたいだが、今そこは重要では無いのでスルーして話を進める。


「南方領の連中は数年前まで人身売買に加担していたカザラニアの手下共がほとんどだった。そうなると本来の流れだったらここら一帯を領地に発展したロコモティ家も隣接していがみ合うグレゴリール家もここまで発展していないか、もしくは既に取り潰されていたかもしれない」

「「ああ……」」


 そこまで言うと二人は納得すると同時に気の毒そうな顔を俺に向けて来た。


「ギラルが暗躍したお陰で生き残っているのかもしれないお貴族様がこんな所業をしていると思えば、そりゃ~ガッカリよね」

「君の場合は特殊な事例ですが、似たような経験なら私もありますね。悪人に命を狙われ助けた商人が麻薬密売の常習犯だった時には凄まじい虚しさを覚えたものです」

「あ~~分かる、マジでそんな気分。人間なんてどんな立場でも状況でもやる事に変わりはね~のかな~?」

「「…………」」


 俺の何の気ない言葉に困った様に黙り込んでしまう二人。

 困らせるつもりはなかったんだけど……ちょっと申し訳ない気分になる。

 預言書を、未来を知っているからこそ一つ一つの最悪に手を加えて最低な未来を回避しようとして来たつもりだけど、いじった結果より悪くなるモノが今までもあったのかもしれない。

 神様は一度として“やってくれ”何て言わなかったものな……。

 悪人を取り除いた結果次に納まるのが善人だとは限らない……カチーナさんやシエルさんみたいな例はあくまでも稀な、奇跡的ケースである。

 分かっちゃいるし、今となっては仲間たちの最悪な未来を盗み取った事が間違いだったと言うつもりも無いけど。

 仮にもしも……もしも手を加えた事でカチーナさんみたいに悪人ならず善人のままに出来たのとは逆に元々の悪人が何らかの切っ掛けで善人になるのを俺の影響で留めてしまったとすれば…………。

 と……ドンドンネガティブな事を考えつつ裏路地に入った辺りで俺たちは足を止めた。


「リリーさん……」

「……ええ、付けられてるね」

「この気配なら私にも感じられました。あまりに馬鹿正直な隠そうともしない殺気」


 特殊な感知能力を持たないカチーナさんすら感じるとは……馬鹿正直であると同時に自分の力に自信を持っているという証明にもなる。

 実際感知した何者かはそれなりの実力はあるようだが……。


「そろそろ姿を見せたらどうだ? 俺たちに何か言いたい事でもあるんじゃね~のか、レギュレーション違反のクソ野郎」

「ふ……己の力を過信し、命の危機を救って貰った雑魚には礼を言う頭すら無いようだな」


 その声は背後じゃない、上空から聞こえて来た。

 まるで突然現れたかのように……と何も知らない人なら思ったかもしれないが、先ほどまで背後から付けていたヤツが飛翔の魔法でも使ったのか建物をグルっと回ってワザワザ目の前に出て来る演出をしようとしていた事は『気配察知』『魔力感知』を持つ俺たちにはバレバレである。

 しかし微妙な気分は姿を現したその男の出で立ちに吹っ飛ばされた。

 上空から芝居がかった仕草でゆっくりと着地したその男はシルクハットに仮面、さらにタキシードに黒いマントという出で立ちで……ワザワザ薔薇の花を口にくわえていたのだ。

 コイツが件のレギュレーション違反野郎である事を俺たちは確信していたのだが、それ以上の怒りを通り越した感情が3人をシンクロさせた。


「…………クソだせぇ」

「ええ……服に着られるとはこの事です。中途半端に顔を隠しているから余計に……」

「大人ぶってパパの一張羅を着てみたボンボンって感じね」

「な! 何だとおおお!?」


 俺たちの率直な感想に仮面のせいで表情は全く分からないのだが、多分真っ赤になって起こっている事は間違いないだろうリアクションをする痛々しい格好の男。


「ま、まあ良い。頭の弱い下賤な輩にはこの崇高にしてエレガントかつパーフェクトな格好良さを理解しろというのは無理からぬ事。今宵は特別に我が偉大なる闇の名を教えてやろうでは無いか!」

「いや聞いてねぇし」

「そもそも今は真昼間なんだけど?」

「ええい、ウルサイ! 話の腰を折るんじゃない!!」


 俺たちの冷静かつ冷めた態度での突っ込みでも自己紹介を止めようとはしない……めげないヤツである。


「黒よりも深き漆黒よりまかり越した暗黒の魔導師、全てを塗りつぶす黒が如きあらゆる魔術を行使する偉大なる我名はシャイナス! 混沌より生まれ出でし漆黒の戦士シャイナスであるうううう!!」

「暗黒の魔導師なのか漆黒の戦士なのか統一しなさいよ……」

「それに口上で何度黒を入れ込めば気が済むのでしょうか……あれ? ギラル君?」


 ヤツの自己紹介に益々冷淡な突っ込みを入れ続ける仲間たちとは裏腹に、俺は思いっきりズッコケてしまった。

 今……コイツ何て名乗った?

 俺の記憶が確かなら、その名は『預言書』の中で最も悲劇的な運命を歩む賢者の名。

 勇者の良き理解者、最高の魔導師だったが最愛の恋人を『聖騎士』に奪われ葛藤の末、苦渋の想いで仲間を裏切るも約束は守られず恋人を失う男。

 最後は己が復讐の為に自らをも犠牲に『聖騎士』に最悪の死を齎すというクールにして現実的、パーティでは常に最年長の大人として振舞っていたハズの………………それが。


「ふ……どうやら恐れ入ったようだな。あふれ出す我が高貴な尊称に」

「………………マジかよ神様」


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