第百十六話 意趣返しの必要経費

「だああああ! 折角の黒鎧河馬が……丸々一匹分手に入ったと思ったのに!!」


 対峙すれば厄介極まりない黒鎧河馬の外殻だが、捕獲出来たならそれは良い防具の材質になる。

 そのままの素材で手に入れれば結構な額を手にする事が出来たかもしれないのに、こんな高出力の火で燃やされてしまったら全てがパア……オマケにバカみたいな威力で高熱まき散らしたから近辺の水は沸騰してしまい相当数の魔物を含む水生の生き物が巻き込まれたはずだ。


「どこのクソッタレだ! 正義の味方面気取ってドヤ顔で高出力の火属性魔法ぶっ放しやがったのは!!」


 正直殺意すら込めて『気配察知』を対岸の雑木林を中心に展開する。

 近くに船があるワケじゃなかったからいるとすればそっちしか無いと思ったのだが、そうすると案の定不審な動きをする人間の気配を感知した。

 しかし……


「チッ……俺には射程外だ。軽く見積もっても300メートルは離れてやがる」


 ここはライシネル大河のド真ん中、感知できたとしてもここから船を降りて追いかけるってワケにも行かない。

 そう、バトルでも中間距離で行動する俺の射程では絶対に届かない遠距離……そう判断すると“ジャキン”とリリーさんが狙撃杖を超遠距離モードに変形させて、俺と同じ方角を俺と同じような表情で構えていた。


「ギラル、ミスリル弾3発目……必要経費って事でOK?」


『魔力感知』で俺と同じくらいの索敵範囲を持つ彼女だが、俺と違って300メートル程度なら造作も無い距離。

 ましてや今回に限って最も苛立っているのは止めの一発を不当に横取りされたリリーさんである事は明白。

 俺は親指を立ててゴーサインを出した。


「必要経費許可! だけど当てんなよ? 分からせてやれ!!」

「言われるまでもない…………ね!」


 巨大な主が燃え沈み水面がボコボコと蒸気を上げる中、徐々に離れて行く雑木林に向けて一発の風の弾丸が解き放たれた。


                 *


「ふ……あっけないモノだな。あの程度、俺の敵にはなり得ない」


 雑木林の奥からライシネル大河で黒鎧河馬に襲われている運搬船を救うつもりで高位火属性魔法を放った男は、一撃で爆発炎上し沈み行く魔物の最後に溜息を吐いていた。


「魔力も乏しく飛翔すら出来ない、その上あの程度の魔物にすら手を焼くとは何とも不格好極まりない……やはり冒険者程度ではこの辺りが関の山か。まったくクソ親父め、あのような弱者を己の野望に巻き込みやがって……」


 次いで口から出るのは高い魔力を有するが故の自信に満ちた高慢さと個人的事情をにおわせる苛立ち。

 自分がこの場に現れなければその運搬船は間違いなく犠牲になっていた……そう思い込む自惚れに満ちていた。


キン 「……ん?」


 しかし自分のお陰で危機を脱したと思い込む男は唐突に普段から防御の為に纏っている『魔力障壁』に何かぶつかった感覚を覚えた。

 それも音は一度しか聞こえなかったというのに衝撃の感覚は2回。

 一つ目はライシネル大河の方角、そしてもう一つはちょうど反対側……そっちに目を向けると男はその光景にギョッとする。

『魔力障壁』に何かが当たったと思った方角に向かい、数本の木々から地面に向かって5センチ程度の穴が一直線に続いているのだ。

 何が起こったのか、何をされたのか理解した瞬間に男の全身から冷や汗が噴き出して腰を抜かしてへたり込む。

 ワザワザ男の『魔力障壁』を掠め貫通させて、その上で一直線に弾丸を地面にまで着弾させたという事実に。


「な、なんだコレ……コレではまるで…………」


 意気揚々自信満々に弱者を助けたつもりになっていた男だったが、その一発の“返礼”が感謝やお礼の類では無い事を理解できない程鈍感では無かった。

 それは明らかに余計な事をした者に対する怒りの表明と、お前程度いつでも殺れるという格下に対する警告。

 男はその意味を理解すると、自分の力を軽視された事に怒りを募らせ歯ぎしりをする。

 腰を抜かしたままではあったが……。


「な……舐めやがって! 対して魔力も無い冒険者風情が!!」


                *


「今回は助かったぜ兄ちゃんたち……こいつは今回の迷惑代、追加料金だと思って受け取ってくれや」


 ザッカールより南、ファーゲンの町よりも更に南下したライシネル大河が海に至る港町『ツー・チザキ』に到着すると船頭のオッサンは結構な金額を俺たちに申し訳なさそうに寄越して来た。

 積み荷の事を知らなかったとは言え危険性を事前に確認しなかったのは雇い主の責任。

 依頼者によっては自分は被害者だとごねてこの辺をないがしろにしようとするのもいるけど、オッサンはそういうところはキッチリとしたプロのようだ。

 こうして謝罪され不満が無いくらいの金額を先に渡されればこちらの印象だって悪くはない。

 俺らから悪評が広がる事も無ければ、逆に信用が置けるという印象だって持てる。

 実際もし次もこのオッサンに頼めれたら依頼受注しそうだし……。


「しゃ~ね~よ今回は事故みたいなもんだ。今後は素材にも気を遣って積み荷を選んだ方が良いとは思うけどな」

「分かっとるよ……」


 俺たちは苦笑しつつオッサンの誠意を受け取り、この町の冒険者ギルドへと向かう事にした。

 大抵の町や村には冒険者ギルドの支店があり、依頼達成報告であればどこのギルドで行っても良いのだ。

 オッサンからの追加料金とギルドに達成報告で正規の依頼料を貰えば今回は結構な稼ぎという事になるのだが……何とも腑に落ちない船旅に俺も含めた全員が微妙な表情になっていた。


「何だったんだ? 今回のは……。あんな明らかに襲ってくれとでも言わんばかりの積み荷……船頭のオッサンは全く知らなかったポイけど」

「船長さんは何かに利用されたと見るべきでしょうか? 虹の羽衣は最近流通しだしたロコモティ伯爵領の特産品ですが、我々のように魔物の糸と瞬時に気が付ける輩とまだ知らない人たちが一定数いますからね。船長さんは後者だった為に?」

「……何だったんだはあのレギュレーション違反野郎もよ。気配断ちも周囲への配慮にも未熟ではあったけど、ある程度魔力に精通した魔導師ではあったからね。何がしたかったのかは今んとこ予想しか出来ないけどさ」


 陰々鬱々……予測しない面倒事程気が滅入る事は無い。

 そんな不景気不機嫌面でギルドを目指す俺達一行であったが、冒険者ギルドが見えた時入り口付近に転がる2メートルはある巨体に目が丸くなった。

 それは固そうな外殻に覆われた一匹の黒鎧河馬……俺たちが遭遇した“ライシネル・ブッグマウス”よりは一回り小さいものの立派に素材を残した獲物であった。

 そして獲物を鑑定するギルド職員と思しき男の横に立っていた弓を抱えた一人の女性が俺たちに気が付いて声をかけて来た。


「あれ? ギラルじゃない。もしかしてアンタ等も水路の護衛依頼だった?」

「アンタ等もって事は……アンタ等もかい? キャナリさん」


 昇格試験の時に即席パーティを汲んだ『血塗れのブラッディ・ソードの弓使いキャナリは初対面の時のヤサグレ具合など微塵も感じさせない笑顔であった。

 やはりこっちの方が本来の彼女なのだろう、初対面に比べて断然爽やかで魅力的である。

 ただ俺たちの雰囲気と黒鎧河馬をみて露骨に嫌な顔になった事でおおよその状況を理解したのか彼女は苦笑する。


「その反応はビンゴみたいね。ちなみに護衛した船の方は無事だったの?」

「あ、ああ……色々横やりもあったし無傷でとは行かなかったけど、何とかここまでたどり着けたよ」

「お~さすがギラル。相変わらず仕事は確かだね」


 俺に賛辞をくれるキャナリさんだったが、両手を腰に溜息を吐く。


「こっちはダメ、何とか運搬船の方を犠牲にしてボートで逃げるのが精一杯だったよ。運搬船は5匹の“黒鎧河馬こいつら”に襲われて大破沈没、積み荷も全て失ってね……このままじゃ損失しか無いって意地で一匹仕留めたけど、こいつの売上金を見込んでも今回は赤字確定だね」

「へえ……転んでもただでは起きないとは、やるじゃん」


 リリーさんの素直な感想に俺も同意する。

 護衛依頼の最大目的は何と言っても依頼主の命を守る事に尽きる。

 それを果した上で俺たちは取り逃がした黒鎧河馬を仕留めているんだからな。

 しかしこちらの称賛の言葉にキャナリさんは複雑そうな顔になった。


「その様子じゃアンタ等も『虹の羽衣』が原因で黒鎧河馬に襲われた口なんだろ? 今確認しているとこだけど、今回同様の依頼を受けて生きてこの場にいるアタシらは運が良い方みたいでね……何件か既にライシネルの藻屑にされた同業者たちもいるらしいよ」

「「「!?」」」


 詳細を聞いてみると確認できているだけでも既に四件の運搬船がここ数日でロストしているとか何とか。

 そして確認するとやはりそれらは積み荷に『虹の羽衣』を大量に積んでいたらしい。

 もうこうなるとこの事件は人災以外ありえないのは誰の目にも明らかだ。

“何者か”が“何かの目的で”『虹の羽衣』の運搬を依頼しているとしか……。

 しかし俺が考察するまでも無くキャナリさんはその答えを呟いていた。


「ったく……お貴族様同士の諍いなら自分たちで殺し合えってんだ。明日の飯の心配する平民を巻き込みやがって……」

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