第百十五話 神様曰く『やれない』と『やらない』は違う言葉

「もしそうなったら骨は拾ってやるよ、行け我らが制空権!」

「ったく骨使いの荒いヤツであるなぁ」


 愚痴りつつ運搬船から飛び立ったドラスケは、さっきの突撃も外した事ですっかり苛立っている様子の主がうっすらと水面に出している頭よりも更に後方へと移動していく。


「さて、行きますか!」

「昼の時間帯でこんな動き方をする事があるとは思いませんでしたが……人生は分からないものですね」

「お!? おい兄ちゃんたち一体何を!?」


 そして……俺とカチーナさんのは飛んでいったドラスケの後を追うように、船から足を踏み出して川に向かってジャンプする。

 事情を知らない人には俺たちが川に飛び込む自殺行為をしているようにしか映らなかったのだろう。

 オッサンのギョッとした声が聞えたが、無論自暴自棄になったワケでも何でもない。

 二人ともある程度近付かなくては攻撃を加える事が出来ない、それを見こうしてなのか現在は安全圏にいるつもりでいる主目掛けて……俺たちは川の上、宙を走りだす。

 その事実に一番驚いたのは誰あろうライシネルの主、想定していなかった敵がいきなり接近して鎖分銅を投げつけて来たのだから。

 

ガキ!!『ブギイイイイイイイイイ!?』

「……チッ、外した!」


 狙ったのは外殻に覆われていない目だったのだが、あの瞬間でしっかりと目を閉じて体をずらして直撃を避けやがった。

 さすが……この河の主と言われるだけはある、奇襲一発で翻弄されてくれるほど甘くはないみたいだ。

 だがな……。


「俺だけに気を取られて良いのか河馬野郎!」

「後ろががら空きですよ?」


 ガリイイイイイイ! 『ギイイイ!?』


 主の背後、首筋に斬撃を加えたカチーナさんは一瞬のうちに斬撃を加えた主の頭に着地した後、再び跳躍して“足場”へと戻って来る。

 少しでも遅かったら暴れる主と一緒に川に引きずり込まれるというのに、相変わらず盗賊顔負けの軽業だな。

 しかし見事な体術とは裏腹に彼女の表情は曇っている。


「かったいですね……やっぱり一撃二撃では傷を作る程度が関の山です」

「強固な外殻の弱い部分は動く箇所、関節部がセオリーだってのにスピードが乗れば大岩も切り裂くカチーナさんでも無理ですか」


 遠目で見てもカチーナさんが斬撃を加えた首筋には薄っすらと一本の浅い切り傷が付いているのみ。

 だが俺たちに倒す手段が無いとしても、俺たちの事を敵として認識させる事には成功したらしく……主の動きがあからさまに運搬船ではなく俺達に向かって川底に沈んで行くのが『気配察知』の聴覚に頼らなくても分かった。


『ゴアアアアアアアア!!』

「ドラスケ上昇!」

『ガッテンである!!』


 怒りの咆哮と共に飛び上がった主が川底から飛び上がってくるが、無論あんなものを直接受けてやれるような魔力も筋力もどこぞの脳筋聖職者と違いアリはしない俺たちが受け止めれるワケも無い。

 俺たちはその場で更にジャンプして、主の突撃コースよりも更に上に“着地”して攻撃をかわす。

 ドラスケの作ってくれた“蜘蛛糸のスパイダーロード”によって。


 カラクリを知らないと俺とカチーナさんが宙を舞っているように見えるだろうが、ネタを言えばドラスケに跳んで引っ張って貰った“デーモンスパイダーの糸”と運搬船を繋いで、そこを足場にしているだけなのだ。

 見てくれの小ささとちょっとの衝撃でもバラバラになる脆さで勘違いしやすいのだが、ドラスケは意外と力があるのだ。

 更に見てくれ通りスカスカなヤツは空を飛ぶ事に空気ではなく別の力『邪気』を利用していて20~30キロくらいなら造作もなく持って飛ぶ事も出来る。

 そして俺達『スティール・ワースト』にとってどんな場所でも足場にして走る事は最大の長所である技術。

 元より側面だろうが崩れ落ちる岩石であろうが足場にしてしまうカチーナさんも、水面のゴザの上でも走れるよう鍛錬している俺にとっても積載量20~30キロもある場所なら足場にする事は造作も無い。


『!?』


 しかし向こうにとってはまるで自由自在に宙を舞っているようにしか思えなかったようでギョッとしたようだったが、俺たちはあくまでも時間稼ぎの前座。

 本命は別にいるのだ。


ガゴン!!

『ギャワ!?』


 まるで硬い金属にぶつかったような音が飛び上がった主の額から響き、そこには大きさにして精々5センチといったヘコミが生まれ、悲鳴を上げた主はそのまま轟音を立てて水の中に潜って行った。


「まずは一発……」


 それは勿論リリーさんによる貫通性に最大特化させたミスリルの風属性魔法弾の狙撃。

 黒鎧河馬にとって額は最も装甲の厚い場所ではあるのだが、逆に言えばそれ程の装甲で守るべき弱点でもある。

 そして動く対象に最も当てやすいのも体当たりでも必ず晒して来るその部分だ。

 向こうにしてみれば真正面からソコを狙いに来る敵何て初の体験のはず……ガタイ、パワー、持久力、全てにおいて劣る相手と思っていたヤツが自分を殺傷しえる力を持っていると、今の一発で自覚したとは思うんだが……。


「今の一発で素直に逃げてくれれば御の字なんだが……」

「ギラル君、残念ですがそれは甘い目算ですね」


 俺の希望とは裏腹に、少しの間潜っていた主は再び水面に顔を晒し……明らかに殺気だった目でこっちを睨みつけている。

 言葉が分からなくても通じ合える……そんなフレーズをここまで殺伐とした事で感じたく無いんだがな~。


「……カチーナさん、俺にはアイツが“ぶっ殺す”って言っているように聞えるんっスけど?」

「奇遇ですね……私もです。向こうも向こうでライシネル大河で縄張り張っているプライドがあるのでしょうが」

「こっちは運搬の仕事さえさせてくれれば万事オッケーなんだがな~」

「言っていても始まりません。先に縄張りを侵害したのはこちらなのですから……おっと」


 そんな殺意バリバリの主はこっちに向かって大きく口を開いて、大量の水を吸い込み始めた。

 それは黒鎧河馬という水生生物の事を知っているも者にとっては最大警戒しなくてはいけない予備動作、魔力を感知できない俺でもそれが何かを飛ばそうとしている事は想像が付く。

 案の定魔力の感知について精通するリリーさんが船上から声を上げた。


「水属性魔力だ! ぶっ放して来るよ!!」

「!? 了解」

「心得ました!!」

『ゴバアアアアアアアアア!!』


 俺とカチーナさんが蜘蛛糸の道を足場に散開した瞬間、今まで俺たちがいた上空に向かって巨大な水柱が放出された。

 ウォーターブレス、単純に言えば大量の水を高圧力で打ち出す水鉄砲のようなモノなのだが、その威力は半端ではない。

 外れた大量の水はそのまま対岸の川辺に着弾してデカい大穴を形成、新たな入り江を作り出してしまった。

 黒鎧河馬で最も警戒するべき攻撃は体当たりと今のウォーターブレスで、どっちも一撃で船を沈没させかねない威力を秘めているのだ。

 出口を狭くして高圧力で打ち出した水はそれだけで鉄板すらも切り裂く威力がある……神様が“リカ”の学習で教えてくれた事だが……このライシネルの主のブレスはそれどころじゃない。


「我々の役目はあくまでも囮。主の攻撃を運搬船に向けない為の挑発ではありますが……とんでもない威力ですね」

「んにゃろう……魔力と身体能力の融合攻撃とか、自然界の魔物の方が俺よりも才能に溢れていやがる」


 今の攻撃は水生の魔物特有の水属性魔力による水操作と大量の水を体内に溜めおける身体能力を駆使して、どちらの力も余す事なく利用した効率的な攻撃だ。

 ロッツみたいな魔法剣士の戦い方同様に俺では絶対にマネの出来ない戦い方……なんだか恐怖よりも嫉妬心の方がふつふつと……。


「こっちゃ魔力すら無いから姑息に色々考えて重ねるしか方法がねーってのに……」

『ブギイイイイイイイイイイ!!』


 最大の攻撃を外した事でプライドに傷がついたのか更なる怒りの咆哮を上げる河馬であるが……正直イラっとする。


「やかましい! そっちゃ一発で終わらせられる才能があるだろうが俺は百発攻撃加えたって通じる攻撃はねーんだぞ!! 一発自慢の攻撃外した程度で吠えてんじゃねぇ!!」

「魔物相手に何を張り合ってるのですか、君は」


 劣等感丸出しの俺にカチーナさんは呆れ顔でであるが、俺たちの動きが止まったと判断した主の方は再び大口を開けてウォーターブレスの発射体勢になった。

 一発目が外れた事への憤りはあれど数打ちゃ当たる、攻撃態勢時に何か起こるなんて警戒する事も無く……。

 それこそがこのライシネル大河で主として君臨していた強者が持ってしまった油断という事なんだろうか?

『油断はするモノではなくさせるモノ』……スレイヤ師匠の金言は魔物にも通ずる。

 己が一方的に狩る側であると思い込むのはそれ自体が油断なのだから。


ガギン!! 『グバ!?』


 そして悠長に2発目を発射しようとしていた主の額、一発目と寸分たがわぬ場所にリリーさんのミスリル製貫通特化風魔力弾がぶち当たった。

 一発目とは違い外殻は打ち抜けずとも衝撃は伝わったようで、食らった瞬間にふら付き目の焦点が合わなくなる。

 所謂脳震盪を起したようで気を失ってはいないもののさっきとは違って全く違う方角に巨体が流され始めた。


「っしゃ! さすがリリーさん、今がチャンスだ!!」


 その瞬間を見逃す手は無い。

 俺は『デーモンスパイダーの糸』を投網状にして主の体に投げつけてある程度動きが制限されるようにする。

 最初からこの手のヤツに下手に糸を引っかけると悪くすれば水に引き込まれるからな……ヤルなら動きの止まった今しかないのだ。

 こうしてしまえば脳震盪から回復して動き出してもリリーさんの止めの一発を当てやすくもあるし、最悪逃げてしまったとしても機敏に動けないならこれ以上追って来る事も無いだろうからな。


「私として見れば魔力が無いとか力が劣るとか思っていた小動物に力を発揮できずに一方的にやり込められるのは恐怖でしかないと思いますよ?」

「……そうは言うけど“あるけど使わない”のと“無いからそれしか無い”ってのは全く違うと思うんだがな~」


 俺の技術は全て“誰でも使える技術”だ。

 道具であれ策略であれ訓練すれば扱う事が出来るのに対して魔力とかに関しては完全な才能の世界だ。

 無い物ねだりする気はサラサラないけど、妬ましく無いかと言われれば全力で妬ましい事柄ではある。



『はあ……あんな雑魚に手こずるとは。やはり三流冒険者いやだねぇ…………』



「…………ん?」


 その時『気配察知』で集中強化していた聴覚が遠くから何者か、男性の声を捕らえた。

 失望、嘲り……明らかに自分よりも格下を蔑むような呟き……。

 しかしどこから? 誰が? とか確認するよりは先に運搬船上からリリーさんが慌てた様子で怒鳴った。


「ギラル! カチーナ! 主から離れろ!! 不確定な高位火属性魔力が現れた、爆発するぞ!!」

「…………は?」


 カチーナさんは何の事か分から無かったようだが、リリーさんが『魔力感知』で何者かの干渉を感じ取った事は俺には分かった。

 間違いなくそれは今俺が聞き取った声の持ち主のモノだろう。

 冒険者のバトル中に第三者の魔力が突然発生する理由……俺は思い当たった面倒事に舌打ちをしつつカチーナさんの手を引っ張り船に向けてジャンプする。


「……チッ! レギュレーション違反かよ!!」


ドオオオオオオオオオオオオ!!

『ギャワアアアアアアアアアアアア!!』


 間一髪主の巨体近くから離れた瞬間、ライシネル大河の主『ライシネル・ビッグマウス』の巨大が“内部から”発生した膨大な炎に包まれて炎上、その後大爆発を起こした。

 長年大河の主として君臨してきた魔物にしては余りにも呆気ない終末を迎える形で……。

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