第百十四話 ソナーマン・ギラル

「ったくもう~、補充したばっかりだって言うのに旅立ち早々……ムン!」


 愚痴りつつリリーさんが手にしたのは一発のミスリル製の弾丸、彼女がそれを握りしめた瞬間に弾丸から紅い光が漏れ出す。

 高い魔力はあれど魔法として放出するのに難のあったリリーさんは自身の属性魔法を魔導具を使って間接的に使用するのだが、より強力な火力が必要な時にはあらかじめ魔力を充填しておいたミスリルの弾丸を使用する。

 しかし日常的に充填している魔力は限界値の8~9割程度らしく、理由は“常時100%の充填をしていると暴発の恐れがあるからなのだそうだ。

 だが使用直前であれば限界ギリギリまで魔力を封入しても問題ないらしく……逆に言えばそれくらいの威力が必要な状況であるという事でもある。


「封入120%……ギラル、カチーナ、でっかいの行くよ! 左へ!!」


 燃えるように紅い光を煌々と放つ弾丸を狙撃杖に装填したリリーさんの号令に俺は慌てて腰を抜かしかけていた船頭に怒鳴った。


「オッサン急旋回! 取り舵取り舵!!」

「……へ?」

「爆風に巻き込まれて大事な船を転覆させたく無けりゃ死ぬほど舵を切れえええええ!!」

限界突破火炎魔弾オーバーバースト発射!!」 


 オッサンが慌てて舵を切ったのとほぼ同時にリリーさんが放った弾丸は、発射音こそ派手さは無い細く小さい紅い光の筋でしかなかった。

 しかし大口を開けて運搬船の行く手を塞ぐライシネル大河の主の“側面”に到達した瞬間、大爆発を起こした。


ドオオオオオオオオオオオオオオオオ!!

『ブモオオオオオオオオオ!?』

「うおおおおお!? 危ねえええ!!」


 突然側面からの爆発を喰らった巨大な河馬はバランスを崩して横倒しに転倒、そのまま川に沈んでいく。

 対して河馬の口に突っ込むのを回避、横を通過する事に成功した俺たちの運搬船はというと……爆風で煽られ、更に発生した波のせいで船体が真横に近いくらいに傾いてしまう。

 何とか転覆はせずに済んだと思えば揺り返して逆方向に大きく傾き船体からギシギシと嫌な音が響き渡る。


「し……沈んでたまるかああ! この船はまだローンが残ってんのによおおおお!!」


 しかしさっきは腰を抜かしかけていたとは言えベテランっぽい船頭のオッサンは巧みな操船技術を展開、急激に起こった荒波の中でも船の姿勢制御をこなす。

 この船の動力は一般的に出回っている魔導制御で出力はそれなりであるにも関わらず、乗り切るオッサンの腕は見事であった。


「良かった……助かった……」


 やがて人為的な荒波を通過するとオッサンは深い溜息を吐いた。

 だが操船技術は巧みでも戦闘においては素人であるオッサンに、俺たちは残念なお知らせをしなくてはならない。

 カチーナさんがとても気の毒そうな顔でカトラスを抜いて構え、俺は再度ザックから『デーモンスパイダーの糸』と『鎖鎌』を取り出す。


「いや船長、安心するのはまだまだ早いぞ」

「さっきは縄張りに入ったヤツに対する警告だったのに、今度は明確に手を出した形になっちまったんだからな……」

「……え?」

「「本番は……これからだ」」


ドゴン!!

 その瞬間船体が何かにぶつかった様に大きく揺れる。

 いや分かってる、ぶつかったんじゃねぇ……ぶつかって来たんだ!


「うおお!? な、何だ!? 船の後から何かが!?」


 何だと言いつつ内心は何か分かっているけど認めたくないんだろうな~。

 オッサンの言葉の気持ちを察しつつ川底に目を向ければ……案の定黒く巨大な影が運搬船を物凄い勢いで追い駆けてきていた。

 そして更に追撃の体当たりをかまして来る。

 明らかに排除するための敵として。


ドン!!

「うわあああああ!?」

「うおっと!? んにゃろう、図体の割には泳ぎが早いじゃねぇか!!」

「伊達にライシネルの主と言われてないですね。聞いた話では水の魔力属性を駆使して川底を蹴って移動するのだとか」


 カチーナさんの情報は俺も書物で見た事のある内容だが、現状ではあんまり歓迎したくない。

 魚類系統の魔物に比べて川底を蹴る魔物は水中からの突進力のみを考えば、シャレにならないパワーを生み出しやがる。

 ましてや水の属性を持っているなら水の抵抗を少なく、逆に浮力やら推進力やらを生かした特攻をかまして来るだろうし……。


「……多分今の2発は牽制で、もう一遍沈み込んだ後で本命の突撃が来るだろうな」

「さっきの攻撃も全力では無いという事ですね。船長よ、この運搬船の耐久力はどの程度なのだろうか?」

「もともとライシネルの魔物対策でここで生業をする船は耐久力があるもんだが、それでも主の本気を受け止めれる気はしねぇぞ!? 兄ちゃんが言う通りヤツが深く沈んだら船を捨てて逃げろって言われるくらいで……」


 落ちただけでも肉食魚類に食い殺されかねない川だというのに船を捨てろって言われているとはな……。

 つまり今はそれほどに切羽詰まっている状況という事か。


「兄ちゃん、積み荷の羽衣を捨てれば逃げられねぇのか!? こうなったら違約金だ何だ言ってられねぇ!」


 泣きそうな顔でオッサンが提案したのは金よりも命の選択、それは船を預かる船長としては凄く上等な考え方で好感が持てるけど俺は首を横に振る。


「無駄だ、もうあの河馬のターゲットは魔物の臭いとかじゃなく目の前の俺達でしかねぇ。今更減らしてもオッサンの損失が増えるだけだぜ?」

「積み荷を減らしてスピード上げたくても羽の如き軽さの虹の羽衣を捨てたところで変化は無さそうですからね」

「じゃあどうすれば!?」

「…………!?」


 慌てるオッサンを他所に俺は『気配察知』の集中した聴覚で巨大な何かが川底に沈み、そして蹴った鈍い音を感知する。

 そして魚類系の魔物の如きスピードで迫ってくる推進音に全身に冷や汗が噴き出す。


「オッサン今度は主舵! 突っ込んで来た!!」

「うひいいいいい!?」


ドバアアアアアアアアアア!!


 何だかんだ言いつつもキッチリと操船するオッサンが舵を右に切ったすぐ後で、そのまま直進していたら直撃コースだった運搬船を掠めて黒い巨体が水面から飛び上がった。

 身の丈5メートルはある黒い外殻を纏った河馬はまるで巨大な岩……投石なら上から来るものなのに下から突き上げられるというのも中々の恐怖。

 チラリと見えた目が何やら苛立ち舌打ちでもしていたような妄想に取り付かれる。


「こっちはお宅のシマを荒らす気はね~んだがなぁ……。オッサン! この船の推進はどうなってんだ?」

「え……ああ、一般的な魔導力だよ。大手商店と違ってあんまりスピードは……」


 ミスリルに代表される魔石に魔力を込めて動力にする魔導力船……高価なモノだと相当なスピードを出せるらしいが、今はその事は重要じゃない。

 水流任せ風任せの帆船だったらどうしようも無かったけど、ある程度操船に無茶が利くならやりようはありそうだ。

 俺が考えをまとめてからカチーナさん、リリーさんに視線を移せば二人とも疑う事も無く頷き“さっさと指示しろ”と言わんばかり……本当に頼りになる共犯者たちだ。


「リリーさん、何発で抜ける? あの装甲……」

「ミスリルで3発かな? ただ魔力の性質を貫通に特化させる時間が一発5分は掛かる」


 手にした3発の風の魔力弾の一つが既に光を発している。

 この時点で既にとどめは自分の役目だと予想していたんだろうな。

 だがメインのリリーさんがベストショットを決める為には最高のお膳立てが必要になって来る。


「では我々がその時間稼ぎの役割というワケですね?」

「その通り、いつも通りの曲芸が必要になりますけどね」

「何を今更……」


 曲芸……その一言だけで自分に何を要求されているのか通じてしまうのが何とも。

 妙な話だがカチーナさんは『預言書』での“聖騎士寄りの剣士”からすっかり“盗賊寄りの剣士”として毒されている気がしてくる。

 良いのか悪いのか……。

 ただ今日みたいな状況ではどうしても必要な技術でもあり、そして最重要な役割を担う仲間に俺は『デーモンスパイダーの糸』を渡して指示を飛ばす。

 さっきまで積み荷に紛れて隠れていた骨っぽいイカしたアイツに。


「じゃあ頼むぜドラスケ……俺たちの道を確保してくれよ!」

『……本当に大丈夫であろうな? 我、今度は魚の餌にならんだろうか?』


 どっかの少年に魔改造されて以来妙にネガティブな発言の増えた我らのマスコットは糸の端を持って溜息を吐いていた。

 筋肉も内臓も無いのに器用な……。



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