第百十三話 クライジークルーズ

 大陸の東に位置するザッカール王国から隣国へ行く手段は2つ、一つはそびえ立つオウン山脈を超える方法だ。

 しかし山脈は険しい上に高所に行くにつれて寒冷であり、更にその環境に適応した強靭な魔物が住み着いているという天然の要塞のような場所なのだ。

 よほどの強者か、何も考えないバカじゃない限りは選ばない道筋なのである。

 なので、必然的に常識的な者であれば山脈を迂回する為に南下するもう一つの手段を選ぶのである。

 しかし南下するにしても陸路も山脈越え程では無くても森や山もあり、魔物だけじゃなく野盗簾中の襲撃も警戒しなくてはならない為時間がかかるのが常なのだ。

 その為運搬などで生計を立てる商人たちが最も効率を重視し利用するのは水路、つまり川を下るコースなのである。

 王都ザッカールから南部に流れるライシネル大河……どっかの騎士の分隊長が死体の処理目的で流された事になっている場所を下る為に俺達『最悪を盗め《スティール・ザ・ワースト》』の面々はとある運搬船に乗船していた。

 ただ当然だが昇格試験を終えたばかりの俺達は金欠状態で運賃何て捻出しようもなく、今回は冒険者という特権を利用した裏技を適用しての乗船である。


「「「「「「ギャギャギャギャ!!」」」」」」

「ちい! 生きが良いお魚さんだなあ!!」


 運搬船に向かって川から飛び出して来た無数の魚型の魔物ラインマッドバスの群れ、そいつらに向かって俺はザックから一握りの釘を取り出し、一気に投げ放った。

 投擲の技術の中でも攻撃力の高い先のとがった金属を投げる方法で一番有名なのは“投げナイフ”だが、正直アレを主武器にするヤツは相当な金持ちじゃないとムリ。

 俺みたいな貧乏盗賊が一回ごとに使い捨てでナイフなんぞ投げてたら、明日の飯だって碌に食えないくらいの出費になってしまう。

 それはスレイヤ師匠も似たようなもんで直弟子の俺が釘を投げる“棒シュリケン”の技術体得しているのも攻撃力よりも節約という意味合いの方が大きい。

 だけど当たれば威力がある事に変わりは無く、狙い通りに飛び掛かって来たラインマッドバスは急所に刺さった釘のせいで絶命、動かなくなり甲板にボトボトと落下していく。

 

『『『ガアアアアア!!』』』


 しかし攻撃が終わったかと思われた瞬間、ラインマッドバスに追従するかのように飛び出して来たのは今度は人型にも見える二足歩行の魚類……マーマンだった。

 数は3匹、一応は波状攻撃を狙った頭脳プレーとも言えなくは無いが……生憎お前らの気配は先刻承知、『気配察知』で潜んでいる時から分かっていたのだ。


「生憎だが無賃乗車はお断りだぜ!」


 俺は慌てず騒がず、鎖鎌を取り出して水面から飛び出した瞬間のマーマンが甲板に飛び乗る寸前に分銅を脳天に直撃させ、更に残り二匹には反対の鎌の方を振り回して喉笛を掻き切ってやる。

 

『ボバ!?』

『『ガヒュ!?』』


 そのまま飛び乗る事すら出来ずに川に腹を向けて浮かんだ三匹の周囲に瞬時に血だまりが出来上がるのだが、速攻で別の肉食魚たちが群がり始めるのが見える。

 う~む弱肉強食極まれり……俺も下手すればあの仲間入りだと思うとゾっとする。

 そんな事を考えつつ手元に鎖鎌を手繰り寄せると、運搬船の船頭のオッサンが感心したみたいに近付いて来た。


「おうおう、やるな兄ちゃん。全部一撃で決めやがってよう」

「危険には違いねぇが……川からしか襲ってこないと思えば陸の化け物よかまだやりやすいさ」


 油断はするつもりは無いが、脳筋聖職者どもやら王国の影的な眼鏡に比べりゃまだマシ……そんな事を考えてしまう自分に何か間違ってないか不安になる。

 我が人生……殺伐とし過ぎては無いだろうか?


「まあ何にせよ道中の護衛頼むぜ? 前回雇った護衛何てマーマンにビビって船底から出て来なくなりやがったからなぁ」

「そらまた……ハズレを引いたもんッスね」


 冒険者がタダで船に乗る裏ワザ、それは船の護衛に雇われる事だ。

 陸路もそうだが水路も今のように水生の魔物に襲われる危険が高く、水路特有の野盗河賊だって出る事もある。

 大手の商人や貴族連中なら専属の護衛を雇っているもんだが、個人で運搬を担うタイプの輩は毎回護衛を雇う必要があるからな。

 行きたい場所が同じであれば運賃がタダで依頼料も貰う事が出来る、まさに一石二鳥の裏ワザなのだ。

 今回俺たちの行き先はファーゲンの町よりも更に南下したロコモティ伯爵領、丁度Kの前デーモンスパイダーの糸でひと悶着あったらしいザッカール王国でも最南端の場所。

 そこに向かう道中、投擲の有効な場面という事で珍しく盗賊の俺が主戦力として活躍しているワケなのだ。


「どうでもいいけど張り切り過ぎじゃない? 私らの仕事が全く無いんですけど~?」

「そうですよギラル君。近接戦専門、得物がカトラスの私はこのままでは本当に今回出番が無さそうですけど」

「う……」


 一心不乱、そんな気分で襲い来る魔物を仕留めていたのだが二人とも手持無沙汰のようであった。

 特にカチーナさんに比べてリリーさんは俺よりも遥かに遠距離向きの武器なのに、さっきから俺が全部仕留めていたからな。

 リリーさんはそんな俺に微妙な表情で耳打ちする。


『仕事に打ち込む事で美女の生足を忘れようとしてんのかもしれないけど、私にも出番くれるかな?」

『な!? 何故それを!?』

『何故じゃないっつーの。ここんとこアンタが何らかの理由でカチーナを意識している時の視線の外し方が露骨すぎんのよ。あれじゃ、多分カチーナ自身にも気付かれてるかも』

『!?』


 思いっきり見抜かれていた!? しかも本人にも!?

 早朝一番、なんかもうたまらん夢を見てしまって目が覚めても自分が感じる温もりと柔らかさが夢の続きじゃないかと錯覚してしまった出来事を未だに引きずっている事を!?


『……ラッキースケベの妄想に浸って仕事を疎かにしないのは感心だけど、ちょっとは出番くれないかな? 脚フェ……』

「すみません私少々出しゃばり過ぎだったかもです! 貴女の戦闘力を存分にお見せ下さいませリリー様!!」


 俺は思わず敬礼まで付けて愛用の狙撃杖をジャキンと伸ばしたリリーさんに場所を譲る。

 その特殊な趣向については未だに俺の中で消化できていないアンタッチャブルな事項であって……正直掘り返されるはゴメン被るのだ。

 まあそれはそれとして、現在は運搬船の周辺の俺の攻撃が届く範囲には敵の気配は無いが、届かない距離にはしっかりと敵がいてこっちの接近してきている。

 別に脅迫されんでもここからはリリーさんの出番なのだ。


「魔力感知展開…………お~っとこれはこれは……」


 狙撃杖を膝立ち《ニーリング》で構えたリリーさんはそのままの姿勢で呟く。

 俺とは違う探知法である『魔力感知』は魔力を感知のだが、俺の『気配察知』とは仕組みが根本的に違う。

 生物の持つ魔力を感知して敵の存在、居場所を正確に知る事が出来るからこそ生物であり自然界の魔力と相性のいい魔物の探知は得意分野なのだ。

 決して高くは無い発射音が5回鳴ったと思った次の瞬間には水面に同数の急所に大穴を開けられたマーマンが浮かび上がって来た。

 全て水中の中だったのにも関わらず、100メートルは離れたこの距離で…………。


「相変わらずの腕前ですね……。それって火の魔力弾ですか?」

「ちがうよ……ギラルにいつもバカバカ当ててる風魔力弾の強化版。火の魔力は水場には相性悪いからね」

「……アレが強くなったらああなるの?」


 頭や胸を打ち抜かれたマーマンには遠くからでも分かるほどの、握り拳大はある穴が開いている。

 リリーさん曰く回転する空気の塊らしい風魔力弾を本気で撃ち込まれたらああなると考えると……日常的に喰らいまくっているという事実が恐ろしくなってくるな。


「火の魔力弾は一度ギラルにかわされたヤツだよ。ほら、カチーナの実家でさ」

「ああ……あのレンガをぶち抜いた赤い光の…………む!?」

「お?」


 初対面の時、俺がハーフデッドとして初仕事の際にレンガ造りの見張り塔を赤い光で貫通した時の事を思い出した瞬間、俺たちは同時に接近する何かに気が付いた。

 俺たちの探知法は全くの別物であるのに索敵範囲はほぼ同一、気が付いた瞬間に二人は同時に運搬船の舳先に向かって走り出していた。


「リリーさん、魔力の数は?」

「大きめの魔力が一つ、周辺の魔力は不自然なくらい見当たらない! 大きさの方は!?」

「進路上の水の流れが何かにぶつかって急に変わった……全体として3……いや5メートルはあるかも」

「お、おい兄ちゃんたち……一体何が……」


 俺たちが唐突に舳先に立って構えだした事に船頭のオッサンは不安げに聞いて来る。

 しかしその事に応える前に一つ確認しておくべき事が一つあった。


「オッサン、今日の運搬って何か特殊なもんでも積んでんのか? 特別高価な食材とか、とんでもない魔力を秘めた魔導具の類とか……」

「ああ? そんな高級品を俺らみたいな個人でやってるとこが預かるワケねーだろ? 今回は王都で売れ残っちまった商品を返却するとか言ってたが……」

「売れ残り?」

「何でも鳴り物入りでお披露目しようとしてたのにとんでもない悪い印象が付いちまったとかで王都じゃ見向きもされなくなっちまったっていう……本当なら相当の高値が付く羽衣らしいんだがよ」

「ケチが付いた羽衣……だと!?」


 その物凄く聞き覚えのある内容に、俺はオッサンが抗議の声を上げるのを無視して積んであった木箱の一つをこじ開けて……思わず舌打ちをする。


「く……やっぱ虹の羽衣かよ……しかもこんな大量に」

「おい兄ちゃん! こっちの商品を勝手に漁ってんじゃ……」

「それどころじゃねぇオッサン! ライシネル大河で商売してんならこの川で他の魔物の気配のする物は極力持ち込まないってのは常識だよな!? なのに何でこんな大量にこんなモンを積み込んでんだ?」

「…………? 何でって……??」


 俺の質問の意味が分からない様子から、どうやらこのオッサンは『虹の羽衣』が何から出来ているのかとか知らずに仕事を受けたっぽいな……。

 虹の羽衣が出回り出したのは最近だから知らなかったのも仕方がないのかもしれんが。


「コイツは虹の羽衣っつって、デーモンスパイダーっていう魔物から取れる特殊な糸を紡ぎ合わせた極上の反物なんだがよ? 残念ならが絹とか木綿じゃねえ“魔物の”糸で編まれてんだよ。しかもこの量を考えれば何千何万の蜘蛛から成ってんじゃね~か?」

「……え?」


 その説明でオッサンは瞬時に理解したらしく、顔面が青から白へと変じて行く。

 ライシネル大河で強い魔物の気配を出すのは、そのまま生息域の魔物にとっては自分以外の敵が侵入した事に他ならない。

 特に縄張り意識の強い個体は自分以外の強いものの匂いが縄張りに入った瞬間に敵として追い出しに、または始末しに来るのが自然なのだ。

 普段その辺は心掛けて、ライシネルの船頭たちは船で毛皮やら食肉やらを運ぶ事も極力避けているものなのだが……。


「あ、ああ、ああああ兄ちゃんヤベェ!? そんなモンを大量に積んでるとしたら、アレが寄って来るかもしれねぇ!!」


 ようやく危険に気が付いたオッサンが慌てて言うが、俺もリリーさんも苦笑してしまう。


「もう遅いぜオッサン……しっかりと俺たちは縄張りに入っちまったらしいぜ。ライシネルのカーストトップに喧嘩売る形で」

「まったくもう……商品の特性を知らなかったのはしょうがないですが、追加料金はいただきますよ?」

「……うえ?」


ドバアアアアアアアアア!!


 オッサンが間抜けな声を漏らした瞬間運搬船の進行方向に巨大な水柱が立ち上がり、そのまま船ごとかみ砕けるんじゃないかと思える程巨大な生物の口が現れた。


「うわああああ!? ヤバイヤバイヤバイ! ライシネルビッグマウスだあああ!!」


 ライシネルビッグマウス、ライシネル大河の主である巨大な黒鎧河馬アーマードヒッポの変異種。

 見た目に比べて遥かに縄張りにシビアで気性の激しい魔物に運搬船を含めた俺たちは完全に敵としてロックオンされたようだった。



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