閑話 本当の盗賊はどっち?(カチーナside)

 私がカルロスと名乗らなくなって、カルロスと呼ばれる事が無くなってからどれくらいの時がたっただろうか?

 ファークス家次期当主、王国騎士団分隊長、王立学園首席卒業生などカルロスの名に付随する、私がカルロスである為に必死に作り上げて来た偽りの仮面を被らなくなってから私はどれほど変わってしまったのだろうか?

 ただ周囲に、父に、義母に、義妹たちに望まれるままに演じていたハズのカルロスという役者を演じる舞台の行く先が絶望的な破滅でしかないと偽りの仮面を一方的に砕かれてしまってから……私をカルロスと呼ぶものは一人もいなくなった。

 カチーナ……生前の母だけが唯一呼んでくれた女性としての名前を今は誰もが私の名前だと疑いも無く認識して呼んでくれる。

 優秀であれ、強くあれ、ファークス家次期当主として間違いの無いよう恥ずかしくないように男性としての生き方を強要されてきた私ではあったが…………本当はそんな生き方が嫌でしょうがなかったんだという事が今になるとハッキリと分かる。

 それの根幹は貴族であった事でも男性としての振舞を強要されてきた事でもない。

 ただ……自分らしくない型にハメられて自分自身が歪になり、一番なりたくなかったはずの手に入らないからと他人の大切なモノを壊す事に愉悦を覚える類の人間にはなりたくなった……それだけなのだ。


 目が覚めた時……私はソファーで横になっていた。

 飲み直しなどと言っておいてテーブルに置かれたコップは一杯すら飲み切っていないのに気が付いて苦笑してしまう。

 どうやらその程度でつぶれてしまったようで……相変わらず私も彼も酒が弱いみたいだ。


 …………ん?

 

 そして早朝のまだ日の登り切らない薄暗い中で、私は“自分達”がとても奇妙な格好で寝ていた事に気が付いた。

 私自身は隣に座って一緒に飲んでいたハズのギラル君の頭を抱え込む格好で彼のお腹に頭を乗せていて、彼は私の膝……太ももを枕にソファーで互い違いになって眠りこけていたのだ。

 ……どうも昨日共に酔いつぶれてしまい、互いに寄りかかる格好で変な形に組み合わさってしまったようですね。


「ふふ……」


 数か月前までだったら絶対にありえない状況に思わず笑ってしまう。

 私の何年も何年も時間をかけて作り上げ被り続けたカルロスという仮面をアッサリと盗み取ってしまった人と、女性として寄り添っているなど……。

 彼は特殊な使命を除けば至って普通の、年相応な男子。

 お人好しであるけどしっかりと異性に興味津々でありつつ、恐怖もあるという私自身学生時代や騎士団に所属している時にも似たような同僚を見た事はあった。

 そんな彼が今最も近くで異性として認識してしまっているのは……申し訳ない事だが私であるのは間違いないだろう。

 冒険者として行動を共にするようになってから幾度となく私が元男性として生きて来た弊害から、恥じらいの無い行動をとって肌を見せてしまった時には真っ赤な顔で叱責するにも関わらずチラチラと視線を寄越して来るのだからさすがに気が付く。

 盗賊として実力者の彼にしてはらしくない行動だとは思いつつ……年相応に性に翻弄され葛藤するのは至って普通の事。

 問題があるのは間違いなく私の方なのだ。


 普通の女性ならこのくらいの年齢であれば異性への好悪がハッキリしていて、好意がある異性なら話しても触れられても喜ばしいのだが、好意の無い異性に対しては近付くどころか話すだけでも嫌悪感を抱くのが普通らしい。


 でも私は今、異性であるギラル君とこうして体温を感じ合える距離で密着しているのに嫌悪感は一切感じていない。

 ただ、それが異性に対する恋愛感情からか? と言われると少し違う気がする。

 その感覚を理解出来ていない自分が語れるモノでも無いが、リリーさんが教えてくれたような“ドキドキする刺激的な感情”というよりも今感じているのは“傍にいてくれる安心感”だ。

 幼少の頃よりずっと近くにいたはずの父を始めとした家族たちは次期当主として、男性としての生き方を強要しておきながら、問題なく実戦すると私の事を嫌悪し忌避する。

 唯一私にその安心感を与えてくれた存在だった母が亡くなってから、そんな気持ちにさせてくれる存在などいなかったから。


「私は……手に入れた……か」


 今となっては最も女性としての相談をする事になったリリーさんには難しい顔で『今の貴女は失われた少女時代からやり直しているようなモノね』と評されて納得した。

 そして同時に彼に出会わなかった私が『預言書みらい』で家族から得られなかったそんな安心感を他に求め、足掻いて藻掻いて……そして絶望したのだという事も。

 絆……それを守り与えてくれた存在がこの人だと思うと、私は自然と眠り続ける彼の頬を触っていた。


「でも……今のままではダメなのでしょうね」


 彼が言う『預言書みらい』では私も彼も最低な極悪人として万人に憎まれ憎悪され、自業自得な最期を迎えるハズだったが……なんの因果か私たちはそこから外れた道筋で、こうしてただの男と女として一緒にいるのだ。

 未来を知ってしまったお人よしの彼が使命感を覚えるのは仕方がないかもしれないけど、そんな彼が苦労だけを背負いこむのは納得いかない。

 それに……今のままでは私は彼に貰ってばかりのやられっぱなしだ。

 元騎士として、そしてカチーナとして最悪を盗んでいった彼に返礼できていないのは何とも気が済まない状況なのだ。


 そして救ってもらった立場としても同等のリリーさんにその事も持ち掛けてみたら……何故か物凄く良い笑顔でメイド服を着せられたのですよね。

 ギラル君はそれを見てからしばらくの間顔も合わせてくれませんでしたからおそらく失敗だったと判断しますが……。


「返礼として“ギラル君の全ての初めてを盗め”というのがどういう事なのかもイマイチ分かりませんでしたし…………ふわぁ……」


 色々と考えては見ますが再び眠気が襲ってきてあくびが出てしまう。

 そうなるとまだまだ薄暗い夜明け前……騎士団にいた時は時間厳守だったが今は時間が自由な冒険者だ。

 いつもの早朝訓練には遅くなるかもだが、今日くらいは良いんじゃないか? という何とも自分に甘いジャッジを下してしまう。

 わたしも大概堕落したもんです。

 もう少しだけギラル君のお腹を枕にして、二度寝をする事にします。

 そうやって彼に密着する事で、今まで感じる事が無かった途轍もない安心感に満たされてすぐに眠りに落ちて行ってしまう。

 気だるい快楽に身を委ねて、また自分は彼に貰ってばかりでである事を自覚しつつも抗う事は出来ない。

 意識はそのまま遠のいて行って…………。


                *


 そんな二人の寝姿を遠目にドラスケは戦慄していた。

 特殊な環境下にあったせいで恋愛感情に乏しいカチーナであるのに、彼女は無意識にだが確実にリリーが示唆した“初めて”を浸食している事に……。

 それは下世話な事を言えば肉体関係すらも含めた言葉だったが、カチーナはギラルにとって“初めて”女性を意識させ“初めて”最も親しくなった女友達であり、そして性と恋心が直結してしまっている思春期真っただ中のギラルにとって重要な『初恋』すらにも着実に王手をかけているのだ。

 無論リリーの援護射撃もあるのは間違いないが、ナチュラルに無意識に今の状況になっているのは最早天性では無いかと思える程だった。


『……これ、ギラルが起きた時パニック起こすだろうな。生足膝枕は幾ら何でも刺激強すぎだろ』


 一緒のソファーで絡み付いているのも問題なのに、カチーナはシャツに下着のみというラフスタイルなのだ。

 ギラルが目覚めから30分は色々と葛藤する事になるまで…………後五分。




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