閑話 神様、創造神と出会う

 丁度兄貴が家に来た日に届いたメール……それが自分の人生に大きな意味を作り出す事になるとは夢にも思わなかった。

 数か月前まで親の脛をかじるだけのヒキニートでしかなかったのに、まさかこんな機会が訪れるなんて……。

 着慣れれない背広に馴染みのないネクタイを締めてガチガチになる俺は、呼び出されたファミレスのボックスに座り緊張に気を失わない事だけでも必死だった。


「では改めまして……私がアニメ『異界精霊戦記』の脚本を手がけましたxxと申します。今日はお忙しい中ありがとうございます」

「い、いえ!? そそそそそんなこちらこそ恐縮で……」


 対照的に物腰柔らかく丁寧な口調で自己紹介して名刺を寄越す男性……その人物こそテロップで名前しか見た事も無い、本来なら関わる事も無かったハズの人物。

 ドラマや漫画何かの勝手なイメージで脚本家や監督とかは厳しくて大柄なイメージがあったが、目の前の男性は本当に一般的常識的な社会人にしか見えなかった。

 むしろ俺の方がはるかに社会人としてなっていないだろうが、そんな俺にxxさんは特に気を悪くした様子もなく、むしろ気を使ってくれる。


「はは、そんなに緊張しないで下さいよ。こちらとしてはお願いする立場なんですから」

「そんな! そんな恐れ多い事!」


 思い付きで小説サイトに投稿した2次創作……作成する時にアニメ『異界精霊戦記』の次回作に向けたコンテストが投稿欄に設定されていて、あまり意識していたワケでは無いけど俺はクリックしていたようだったのだ。

 そしてそんなつたない俺の作品がxxさんの目に留まったらしく、『次回作のキャラクターとして使わせて欲しい』という連絡があってからの今なのである。

 当初俺は何かの間違いか、さもなくば詐欺か何かかと思っていた。

 それに本当であってもそういう収入の安定しない確実性の無い職に関わるのは今まで散々無色で迷惑をかけて来た自分がするべき事じゃないとも。

 しかしそんな俺の背中を押してくれたのは無職の俺を一番卑下していたハズの兄貴だったのだ。

『今のお前なら喩え失敗しても元に戻る事は無いだろ? だったらチャレンジしてみても良いんじゃないか』と……。


「貴方のアイディアは粗削りではありますが、他の投稿者に比べて意外性があるにも関わらず強い思い入れがあるように見受けられました。大抵の2次創作ではサブキャラに焦点を当てるか、さもなくば勇者生存のストーリーか聖女イリスの恋愛成就などに向きがちである中で貴方だけは初っ端で死んだアレに注目していらしたのですから」

「あ……ははは……それはまあ……」

「それにああいう転生系では何らかの特殊能力、いわゆるチートを入れるのが常なのに貴方のストーリーではむしろ特殊な才能を排除している。さし支えが無ければどのような考えであのようなキャラ作りをしたのか教えていただいても宜しいでしょうか?」


 俺が投稿サイトに送った2次創作のストーリーはいわゆる“転生モノ”だった。

 ありがちと言えばそうなんだけど、冒頭で勇者に真っ二つにされたヤツ……仲間の悲鳴で『ギラル』って名前だけは分かる雑魚悪役だけど悪に堕ちる前に前世の記憶を思い出したら、という感じ。

 チートを排除した……転生モノとしては爽快感を無くす行為なのは分かってはいたけど、その理由は至極当たり前の事だった。

 なぜならば…………。


「その……俺、いえ私が作ったストーリーの『ギラル』の前世設定が完全に自分だったからです。今まで何の努力もせず引きこもっていた無能な男がいきなり違う世界で記憶が戻っても特殊な能力を持てるワケがないし、扱えるはずもない。せいぜい与えられたのは生き直す、努力をし直す機会だけ……そう思いまして」

「ふむ……」

「この『ギラル』は日本じゃなくて異世界で生まれた自分そのモノに感じたんです。努力もしないのに支えてくれた両親のお陰で俺は犯罪者にだけはならずに済んだけど、そうじゃなかったとしたら俺はコイツみたいに人を殺して金品食料を奪うような人間になっていたかな……と」

「つまりギラルって人間と自分を重ねて見たのが、あの二次創作に繋がったと」

「はい、アレは今自分自身がもしもあの世界に行ったらという妄想です。後悔の末に生き直そうと自分でできる事を本気で模索した結果と言いますか」


 二次創作で日本人の前世を思い出したギラルは特別な事をしたワケじゃなく、地道ながらも真面目に働き、そして最終的にはファーゲンの町の自警団に入隊する。

 そしてなんの因果か原作では自分が襲おうとしていた町娘を命がけで助けて命を落とすという話だった。

 爽快感は無いかもしれないけど、もしもギラルが過去を知り自分を見つめ直す事が出来たなら……命がけでも自分の罪をすすごうとしたんじゃないかと勝手に思ったのだ。


「それは…………君自信が何かを後悔、いや決意して生き直そうとしているという事なのかな?」

「あ……それは……」


 xxさんの何気ない言葉に思わず息が詰まった。

 キャラへの思い入れとして言った事だったが、それはそのまま自分の現状について公言したのと同じである事に指摘されて気が付いたから。

 キャラ作りとしては余りに個人的感情過ぎるのはプロからすれば宜しくなかったか?

 そんな事を考えるがxxさんはさっきよりも砕けた笑顔を浮かべたのだった。


「良い良い、気にしなくても大丈夫。なるほど、だからこそ君の二次創作のギラルはしっかりと生きていたんだな。正直他のどのキャラクターよりも私自身共感してしまう部分が多かったのも頷けるよ」

「え? でもxxさんは俺と違ってちゃんと働いて……」

「テレビ関係、出版関係と人気によって浮き沈みの激しい安定しない世界に自分勝手に飛び込んだバカ息子だぞ? 私自身どれほど親に反対されて心配をかけて来た事か……ギラルのように生き直す事が出来たなら同じ道を歩むかと言われて素直にうなずけるもんじゃないな」


 その界隈では有名なxxさんがそんな事をいうのは俺にとって意外でしかなかった。

 勇者然とした勧善懲悪の揺るぎない精神とか、最後の聖女のように美しい善意によって世界を救おうとする生き様とか、そういう崇高な立派な社会人の一員だとこの短時間の会話で勝手に思っていたのに……。

 ……我ながら出会いから2回も勝手に人物像を決めつけていて失礼極まりないな。


「…………なるほど、そういう事なら……任せても良さそうだ」

「え? どういう事でしょうか?」

「いや、こっちの話だ。ところで君は昨今のアニメ業界は2期の制作に対する評価が厳しい事は知っているかな?」

「うえ? 評価ですか?」

「前作の続編を制作するのが難しい事は視聴者目線で見ていても分かるだろう? 前作が人気になったからと出された続編が前作に劣るとして酷評の挙句オワコンになるなんてキリがないくらいよく聞く話だろう?」

「え……ええまあそういうのは……確かに」


 続編が前作に比べてストーリーが劣るとかキャラクターがダメとか、原作改変が酷いだの監督は本編を知らないのかとか……アニメの続編となると毎度毎度よく聞く炎上案件ではあるけど…………脚本を手掛ける人が言っちゃうんだ。

 俺は正直返事に困るが、xxさんは特に気にする様子もなく話を続ける。


「で……こういった続編を制作すると難しい扱いになるのが前作の主要キャラだった連中なのは分かるよね? 特に主役と一緒に戦っていたメンバーとかが次回作で不遇な扱いを受けたりすると前作のファンが怒り狂ったりさ」

「はあ……まあよく聞きますね」

「その辺の批判も含めて飲み込みストーリーを構築するのが我々の仕事と言う事なんだがね……今回続編を制作するにあたり私は寧ろ、前作の物語自体を不遇としてしまおうかと考えたわけなんだよ」

「…………は?」


 俺は途中でxxさんが言っている事の意味が分からなくなった。

 前作の主要キャラが不遇扱いでファンが怒るとかは良く分かる案件、例えば前作の主役級のキャラが続編一話でアッサリと殺されるとか、前作で結ばれたはずの二人が破局しているとかがあげられる。

 だがそれでも物語を作り上げるには必要な流れである事も多く、批判されるすべてに応える用では話なんて作る事が出来ない……そこまでは分かるんだけど。


「前作の『異界精霊戦記』の物語自体を不遇扱いにする……ですか?」

「ふふふ、言っている意味が分から無いって顔しているね? 取り合えず絶対に口外しない事を条件に君には一つのネタバレをしておこうか」

「ね……ネタバレっスか?」


 外部に漏れたら下手したら訴訟案件!?

 楽し気に話すxxさんとは対照的に俺は冷や汗が噴き出す想いで咄嗟に周囲を見回してしまう。


「次回作の続編でヒロイン役を担うのは前作でも登場していた聖騎士『カチーナ・ファークス』の予定なんだよ」

「は……はあああああ!?」


 しかし俺は齎された意外過ぎるほど意外なヒロインの名前に秘密厳守の緊張も忘れて思わず立ち上がってしまった。


「は!? え!? なん……ま、マジなんですか!? カチーナって前作では“ラスボスよりも死んでほしいヤツ”って言われて魔導師シャイナスの策略で大量のゾンビに食い殺された回ではネット上でお祭りが起こったっていう外道中の外道じゃないっスか!?」

「うんうん、いいね~。そういうリアクション……まさにそれこそが今回の続編に向けて制作人が期待するものなんだ」


 思わず敬語も忘れて喋る俺なのにxxさんは寧ろ機嫌よさそうに“してやったり”と笑みを強める。

 確かに、確かにあのキャラが次回作のヒロインと言われて予想する人もいないだろうが、それ以上に納得する人もいるとは思えない。

 それくらいに『異界精霊戦記』でのカチーナ・ファークスの行い、振舞は酷いモノで正に外道聖騎士の名がふさわしい程だった。

 それこそ完全に惨たらしく殺される事を万人が望むくらいに作り込まれていて、作中最も代表的なのが勇者の仲間で親友で兄貴分だったシャイナスを裏切らせた事。

 シャイナスの最愛の恋人を攫い人質として勇者を裏切る仕向け、一度は勇者に致命傷を与えるまでに至るのだが……苦渋の想いで仲間を裏切り約束を守ったというのにカチーナは約束を守らずに恋人を殺してしまうのだ。

 人質を返すと見せかけシャイナスに恋人を受け渡した瞬間、恋人ごと斬撃を放ち『仲間を裏切ってまで恋人の手を取ろうとする貴様の魂は穢れている。私が神に代わってその汚れを浄化してやろうではないか』と嘲笑するシーンはカチーナの非道っぷりが決定的になった瞬間だろう。

 そんなキャラがヒロインって……確かに想像がつかないんだが。


「ハッキリ言えば前作でカチーナはあえて視聴者のヘイトを全て持って行くくらいに印象付ける様意識したんだよ。結果は成功と言えるけど、反応を見るとうまく行き過ぎた感も大分あってね」

「それってどういう……」

「前作でやらかし過ぎたからこそ前作の主要キャラと仲良くなったり、ヒロインだからこそ恋愛要素も必要になって来るけどそれこそ恋仲にするワケには行かなくなったのさ」


 それは……分かる。

 もしも前作で陥れて憎悪されて憎まれていたキャラが何の弊害も無く過ごしていたとたら納得が行かないだろう。

 特に前作で憎み合っていたキャラと恋仲にでもなった日にはそれこそ問題がある。

 あ……そうか、だから……。


「だから……俺が考えた雑魚敵でしかなかったギラルが?」

「お、察しが良いね。その通り……主要キャラと良い仲に出来ないんだからこの際前作で同じように嫌われていたヤツだったらパートナーに相応しいって結論になってね。言い方は悪いけど君の2次創作のギラルはまさに打って付けだったんだよな」


 確かに言い方は悪いけど逆に言えばそれしか無いとも言えそうだ。

 何しろカチーナ・ファークスは敵どころか味方にすら嫌われていて、彼女が死んだ時に悲しんだり哀悼の意を示す者は誰一人いなかった。

 前作の出演キャラで相方に相応しい人物が“最初に演出で殺されるどうでも良い雑魚敵”くらいしかいないってのも頷けてしまうんだよなぁ。


「で……だ、一つ君も次回作の脚本に関わってみないかい?」

「……………………へあ!?」


 俺は最早何度目になるのか分からない驚愕に変な声を上げてしまった。

 この人今何て言った!? アニメ制作のイロハも知らないド素人に!?

 何も知らない未成年だったら、いや世間を舐めまくっていた数か月前の俺だったら諸手を挙げて喜んだかもしれないが、さすがに仕事を経験して己の甘さを嫌って程思い知った俺にはそれがどれ程無謀な事かおおよその想像は付く。


「なななななな何言ってんですか!? 出来るワケ無いでしょド素人ですよ俺、つい数か月前まで親のすね齧って引きこもっていたクズ中のクズですよ!? そんなプロの人の仕事に知ったかで割り込めるようなヤツじゃ……」


 珍しい事に俺自身自分の言葉が正論であると確信する言葉がスラスラと出て来るが、xxさんはそんな俺に怯む事無く笑顔を絶やさない。

 しかし変わらない笑顔なのに、さっきとは全く違った迫力が滲み出ていてこの人が冗談で言っていない事を否応なく理解する。


「無論脚本全部じゃないし、素人が書いた物をそのまま起用するほど我々もバカじゃない。君に任せたいのは冒頭、ギラルという人物が少年時代に『野盗』じゃなく違う道に進むように改心するまでの流れ……時間にすれば精々10分ってところだろうな」

「10分……」


 時間に置き換えれば短く聞えるけど映画製作だって100万で1分も撮影出来ないとか聞いた事がある。

 アニメ制作が同一で考えられるかは分からないけど……10分と言えど安請け合いしていい事では……。

 しかしxxさんは笑顔のまま、俺の目を真っすぐに見つめて来た。


「……君がどうしても嫌だと言うならそれで構わないが、このギラルってキャラに一番思い入れをしている人物は今現在君を置いて他にはいない。自分を重ねていると言われてなるほどとは思ったが、その思い入れを私たちに託して欲しいのだよ」


 思い入れを託す……。

 そう言われて咄嗟に思い出したのは一ヶ月程度の共同生活を送った小汚いガキの姿。

 今思い出してもあの時の自分は何故アイツに名前すら聞いてなかったのかと後悔する、唐突に現れて唐突にいなくなった俺の恩人。

 今となっては探す術もなく会う事も無いのかもしれない。

 でも……それでもアイツと一緒に見ていた『異界精霊戦記』に自分の思い入れをつぎ込んだキャラクターが入り込むのだとしたら……もしかしたらいつかどこかでアイツも見てくれるかもしれない。

 そう思えば怖気付く気持ちは鳴りを潜めて力が湧いて来る。

 体の震えは武者震いであると自分を無理やり納得させる。

 そう……俺はあのガキにとって神様なんだから……カッコつけて見せないと示しが付かない!


「よ……よろしくお願いします!!」


 それが未曽有の地獄への片道切符である事を薄っすらと考えつつ、俺はxxさんの誘いに乗る決断を下したのだった。

 ……うっすらと予想していた地獄なんて本当に甘い予想だった事をその後嫌という程味わう事になるのだが。 

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