第百十二話 同じようで違う投擲の技術

 投擲、それは戦闘時に中間距離で攻撃、支援を行う盗賊シーフにとって足と並んで必須の技術と言える。

 遠距離から確実な一撃を与える魔導師や弓使いなどとは違って常に動き回りながら、致命の一撃でなく牽制の攻撃で使う事を主にする技術。

 ぶっちゃけていれば一撃必殺に重きを置く連中に比べれば正確性よりも判断と行動の速さが大事なのだが……だからと言って当たんなくて良いってワケでもない。

 つまり凡人たる俺のようなヤツはその技術を腐らせない為に出来るのは日々の積み重ねのみ。

 しかし走り込みは早朝に王都の屋根を使って行っている俺だが、投擲の訓練に関しては王都からほど近い雑木林に簡易的な的を用意して行う事にしていた。

 理由はただ一つ……無関係者への被弾とかを避ける為だ。

 ど~~~しても投擲に関する訓練だけは幼いころから何度やっても自信が持てないのだ。


「ほんと、リリーさんはあんな遠距離でよく自信満々に的を狙えるもんだよ」


 俺は思いつく最高の狙撃手を思い浮かべつつ、まず初めに手の中に納まる程度の小石を握り込んだ。

 そして“足を止めずに”狙いを付けて親指で小石を的に向かいはじき出す。

 俺の投擲技術の中では最も最小の動きであるも、最も飛ばない攻撃力の低い方法“指弾”である。

 ビシっと的に当たった子気味良い音は聞えるものの狙った真ん中からは数センチズレてしまっていた。


「っち……やっぱ動きながらだと狙いが付けにくい」


 投擲と一口に言っても投げる行為はあらゆる物に当てはまる単純な攻撃方法なだけに、モノによっては当然方法も変わって来る。

 特に俺の場合は『デーモンスパイダーの糸』『鎖鎌』『煙幕』『ナイフ』『釘・小石』などと状況に合わせて投げる物は見事にバラバラ……実は最も技術を要さないのが『ロケットフック』だったりするんだよな~。

 小石を指だけで最小の動きではじき出せるこの技術は色々と応用の利くものなのだが、攻撃力が低いだけに目つぶしなど狙った場所に当たらなければ意味がないものだ。

 熟練した者だと手足を打ち抜けるとかいう与太話もあるけれど……生憎俺には関係の無い世界の話だ。

 出来る事からコツコツと……。

 最初は歩きながら、そして段々と速度を上げて最終的には全力で走りながら雑木林に設置した的に順次当てて行く。

 左右10発ずつ、無くなったらポケットからスムーズに補充するもの地面から拾い上げる事も全部想定して行動してビシビシと当てて行く。

 そして左右100発ずつを終えたところで俺は足を止めた。

 当てて来た的を眺めると……最初から後半にかけて的の中心に当たるようになって行っている。

 慣らしが終わり動きが良くなって来たと言えば聞こえは良いけど……俺としては納得のいかない結果だ。


「ふう……やっぱり後半にかけて慣れてくれば命中精度も上がって来るけど、こういう技術はあんまりウォーミングアップが出来ない状況で使うからな~」


 指弾が当たる距離は中間距離と言うより近距離寄り、しかも対峙した者に対して虚を突く為に動作を小さく狙いを付けるにも目線を極力向けてはいけず“腰だめ”で弾く事が多い。

 攻撃のしょっぱな、一度しか使えない技であるからこそ動きが一番悪い初撃で当たるように出来ないと意味がないのだ。


「だからこそいつでも動かせるように体を慣れさせた状態にしておくのがプロって事でしょ? アンタは自分の技術への要求が高すぎると思うけど?」

「この数百倍の距離の石ころでも初撃で当てて行くアンタに言われてもね~」

「魔導師にして狙撃杖を使っている私とはかってが違うでしょうが。大体にして私は狙撃杖このこしか使わないから何でも投げなきゃいけないアンタとは練度が違うし」


 俺が一人で反省会をしている背後から声をかけて来たのは狙撃の名手にして元聖職者のリリーさん。

 昇格試験に落ちた昨日は目に見えて落ち込んでいたようだが、その表情に陰りは見られず何時もの砕けているように見えて油断なく冷静な彼女のモノに戻っていた。


「……もう大丈夫なんスか?」

「ええ気を遣わせてゴメン。一晩飲み明かしてガス抜きはして来たから……次回こそは絶対にクラスアップしちゃる!」


 どうやら親友や妹にしっかりと慰めて貰ったらしいな。

 すっかり太陽が昇ってから朝帰りし、二日酔いを引きずっていたリリーさんが欠席の状態で本日のバトルマラソンは中止だった。

 まだちょっと昨日の酒が残っているのか本調子では無さそうだけど。


「ちょっと安心したよ。大聖女のバアさんがアレだったから聖職者のうきん共はみんな酒が強いって錯覚してたからさ」

「アレと一緒にしないでよ。あの人とタメ張れる呑兵衛を見た事は無いんだから」

「……そんなにひどいの?」


 昨日俺たちが見かけた大聖女の飲みっぷりはほんの一部だったんだろうな。

 そう思える程リリーさんの目は達観したモノになっていた。


「エレメンタル教会のウワバミ何て言われていて、酒飲みの間では最後まで付き合えたら英雄とさえ言われているよ」

「ひえ……」

「昨夜はシエルとイリスが帰った後でバアさんと出くわしたもんでね……少しは呑みなれたと思っていたリリーさんもしっかり潰されたってワケよ」


 昨晩の顛末を楽し気に笑うリリーさんだったが、次第に表情が暗くなっていく。

 そうか、昨日の晩に大聖女と出くわしたという事は……。


「聞いたわ。やっぱりシエルに引導を渡すのはアタシの口うるさい妹だったんだね」

「…………予想はしていたんだ」

「何となくね。私が死んだ後でシエルの暴走を止められるとしたら……残念だけどあの娘しかいないもの」

 

 やはりバアさんから『預言書』の『最後の聖女』がイリスである事を聞いたらしい。

 親友を結果的に殺すのがイリスである事にショックを受けている様子もないが、納得しているワケでもなさそう。

 何よりも『預言書』では二人が殺し合いを演じる切っ掛けになってしまう事にリリーさんは複雑な想いを抱えているようだ。


「元は聖女のシエルと肩を並べる為にあらゆる力を模索して取り入れて、節操なく血肉にして来た私みたいな半端ものをお姉ちゃんなんて慕うから……」

「そういう貪欲に強くなろうという姿勢が琴線に触れたんじゃね? 思うように力を発揮できず強くなるにも苦労している時に圧倒的な力を見せつけるヤツより似たような境遇で足掻いているヤツの方が共感できるだろ? 妹としてはさ」


 若干落ち込み気味なリリーさんの言葉に俺は努めて軽く言ってやると、彼女は軽く笑って見せた。


「……ふん、だったら出会ったのが私よりギラルが先だったら、間違いなくあの娘はアンタを“お兄ちゃん”と呼んでただろうね。そういう意味では強くなる方法は私とアンタは似ているもの。私には曲がりなりにも魔力があったから狙撃手スナイパーになったってだけでね」

「ど~~~かね? 俺はあんな口うるさい真面目ちゃんが妹なのはゴメン被りたいが。それにリリーさんも分かってるよな……俺らみたいなやり口は言い換えれば邪道だぜ?」

「だ~~から元は私にべったりだったあの娘をシエルに付けさせたのよ。魔法はともかく格闘技としては正道で鍛えられるし」


 今現在はつたない回復魔法を使っているとして暗中模索中のイリスという見習い聖女にとって、俺やリリーさんみたいに創意工夫で補う邪道な連中は指針であると共に悪い教科書にもなりうる。

 例えりゃ俺の盗賊の技術は軽さと柔軟さを武器にする為に圧倒的にパワーを犠牲にする……本来伸ばすべき能力が逆なら伸びしろのある才能を摘んでしまう危険すらあるからだ。


「……で? 次の目的地は妹の可能性を模索する為にオリジン大聖堂まで行くって事? 精霊神教がひた隠しにする『旧約聖典』を拝む為に」

「そういう事ですお姉さん。妹様の将来の進路の為にご家族の方にもご同行頂ければ幸いと我々は考えているのですが……」

「あら! 喜んで協力致しますわ。喩え要塞並みに警備厳重な大聖堂の奥院であっても、うちの妹ちゃんの将来の為ですもの!」


 即断即決、ふざけた言い回しの俺に更に教育ママ風な口調で返して来るリリーさんには若干の余裕が戻って来た気がする。


「その口振りじゃリリーさんも行った事はあるみたいだな」

「一度だけ異端審問官の洗礼を受ける為にね。精霊神教で洗礼を受けると単独で他国へ出国する許可が得られるから。 ……聖職者じゃなくなった今は別の申請が必要になるんだけど」

「あ……ああそれは……」


 聖職者のルールは良く分からんが、冒険者の場合はランクによって自由に出国できる許可が変わって来る。

 個人で出国できる最低ランクがCランクになっていて……要するに実力人格共に最低限認められる人物でないと出国出来ないって事なのだ。

 先日の試験でCランク合格が出来た俺やカチーナさんはタイミングが良かったと言える。


「まあ……パーティの場合はリーダー格がCランク以上持ってれば認められるシステムだし、仲間のリリーさんも問題は……」

「…………く……カッコ悪い、唯一私だけ不合格で二人のおこぼれでとか……。どうせなら3人揃ってが良かったのに……」


 う~~む立ち直ったかと思えばまだ引きずっているようだ。

 気持ちは分からんでもないけど……。


「ど~も私はここ一番で運が悪い時があるのよね~。ギラルがいなかったら既に殺されていて親友は闇落ち、妹は鬱キャラにチェンジしてただろうし…………二日酔いで眠りこけてたせいで早朝のハプニングを見損なったワケだし」

「……………………え?」


 俺はその瞬間、自分の思考が凍り付いた感覚に襲われた。

 今……リリーさん何て言った?

 け、けけけ今朝暗いうちはまだ家に帰り着いておらず部屋にもいなかったから誰にも見られていなかったはずなのに。

 飲み直しとリビングで酔いつぶれてしまった俺たちがどんな状態だったかなんて……。


「リビングで仲良く酔いつぶれちゃった二人に毛布を掛けてくれたドラスケ君が教えてくれましてね……そりゃもう色々と」

「!?」


 忘れてた! ヤツの存在を!!

 早朝目を覚ました時にはリリーさんはいなかったから知りようが無いと思っていたけど、ウチのリビングには動く竜の骨がいる事を忘れていた!!

 リビングのソファーで酔いつぶれたらしい俺が大変なモノを枕に眠りこけていた姿をキッチリと見られていたというなら……。


「どうだった~? 貴方好みの最高に美しい太ももを枕に目覚めた気分は? いや違うなギラルは太もも、カチーナはギラルのお腹を枕にして絡み合ってたって話だから全身を布団にしていたって事に……」

「ギャアアアアアア!!」


 さすがは狙撃の名手リリー、こっちの急所を一撃で命中させて来る!

 早朝訓練で記憶から抹消しようと努力していた今朝方の感覚が鮮明に呼び覚まされてしまう!!

 ダメだ自分! 思い出すな自分!! “またしても”ピンクな夢を見てしまいそうなあの感触を、あの温もりを、あのフェロモンを!!

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