第百十一話 スティール・ザ・ワースト

 俺は自分が口にした予測のおぞましさに、ほろ酔い気分だったフワフワ感が一気に冷めてしまった。

『ワーストデッド』それは俺が自身の未来に対して絶対にその道を自分は選ばない為に自らに課した戒めの名。

 そして自分の死因を個人の字にする事で己自身を律する、自分が何も知らなければ辿った最低最悪の人生の末路。

 だが今までだって報われないと思っていた『最後の聖女』の行動が全て“何者か”の策略によって踊らされた結果だとするなら、悪行の限りを尽くして怨念と憎悪を買い正義の名の下地獄へ堕とされた俺もカチーナさんも、まだマシに思えてしまう。

 理由は色々あったにしても『預言書』の雑魚盗賊ギラルも外道聖騎士カチーナも自らの意志で好き勝手をした結果の自業自得……現在の俺からしても“死んで当然”としか思えない人生を歩んでいたのだからな。


 でも『最後の聖女』は違う。


 彼女の行動はあくまでも世のため人のため……本当なら他世界から勇者を召喚する事だって不本意な行動だったのだ。

 それの証拠に…………。


「カチーナさん……俺よ、イリスと今日一緒にパーティ組んで少ならからず交流を持ったって言うのにさ、未だに『最後の聖女』とあの娘が同一人物って思えないんだ」

「……年齢とか戦闘、魔法の実力が~とか、そういう意味では無いですよね?」

「ああ……『最後の聖女』ってのは常に罪悪感を持ち、使命感を抱き、己の全てを犠牲にしてでも邪神軍との戦いを終わらす為に戦う実に悲しい女性だった。年相応に元気よくお姉ちゃんに説教したり甘えたり、尊敬する先輩と笑い合ったり、今日初めて会った胡散臭い盗賊のふざけた作戦にノリノリで乗って来るような……そんな人間臭いアホな娘じゃ無かったんだよな」


 アホな娘、そんな持って回った悪口にも聞こえる表現にカチーナさんはクスリと笑った。


「まるで私と同じようではありますね。違いを言えば『預言書』の私は死ぬべき外道でしか無かったところですが……」

「それは全くもって俺も一緒だよ。罪悪感を抱えて最後まで控えめな微笑くらいしか浮かべていなかった『最後の聖女』が最後まで善人であった事だけは俺らとは比較になんない」


 そう善人……彼女自身はただただ突如現れ人々を蹂躙し始めた邪神軍と対抗できる存在を呼び出す為に最後の手段として異界召喚を行ったに過ぎない。

 その為に彼女は想い人と引き離してしまった、本来なら自分たちで解決すべき事に巻き込んでしまった事で常に罪悪感を抱き、それでも使命のためと勇者と共に邪神軍との戦いに身を投じる。

 命がけの戦いの中芽生えてしまった恋愛感情に更なる罪悪感を覚え、最後に想い人が死にゆく時ですら一番近くにいても名前すら呼んでもらえなかった。

 そこまで悲惨な結末を迎えたというのに……その罪悪感を抱えながら善行と信じ、人々を救えると信じて戦ってきた勇者たちの物語が、何者かによる破滅への筋書きであるとするのならば…………。


「あんまりじゃないか……」

「…………ですね」


 大聖女のバアさんじゃねぇけど、やっぱりイリスは勇者と会わせたくない。

 勇者召喚だの時間の魔法だの、そんな諸事情はさておき俺はハッキリ言って今日目撃した血のつながりも何のに仲のいい三姉妹がじゃれ合っているような光景の方が『預言書』の一人欠けて殺し合う光景より遥かに好きだ。

 今更“何者か”が横やり入れて来るのは気に喰わない。

 毎度の事だが俺自身は世界平和の為に邪神軍を誕生させないとかそんな崇高な意志は欠片程もない。

 単純に見たくない物を見ない為に行動するだけだ。


「では、せいぜい馬に蹴られても無事でいられるように立ち回るとしましょうか。私としても秘めたる恋で涙を押し殺す深層の令嬢よりも髪を引っ張り合ってキャットファイトして男を取り合う方向が性に合います……怪盗団ワーストデッドが首領、ハーフ・デッド殿」

「そっちはそっちで見るのが怖えよグール・デッド」


 一瞬想像してみてげんなりする。

 そう言えば『預言書』でも勇者をめぐって女性同士が牽制、いがみ合うシーンはあった。

 無論罪悪感に際悩まれ自身の気持ちを押し殺す『最後の聖女』は抜きにして……。

 異界から召喚された上でも元の世界の恋人に操を捧げ、見つかる心配なしと不貞を働く事すらなかった童貞勇者は立派ではある。

 失恋の傷を負った女性は憐れではあるが、下手な期待を持たせた挙句に振られるようなクズに比べりゃ遥かにマシだろうしな。


「ふ~~~……ほんじゃあ少し整理してみようか。まず思いつく“何者か”についてだけど、理由の程は分からないがヴァリス王子暗殺未遂事件の時に関わっていた元調査兵団テンソのジルバに繋がっているのは間違いないでしょうね」

「あの事件は正確には王子の侍女暗殺未遂でしょうけど」

「そうですね。何者かはヴァリス王子の出自を知っていたうえで邪気を操れる死霊使いとして覚醒させる為に動いていた。生贄に捧げられた古代亜人種、エルフの子供が誕生した事で計画が始まったとみるべきか……」


 そう考えると“何者か”にとってもヴァリス王子の誕生は偶発的に起こった僥倖だったのだろう。

 千年前の真実が風化して王家すらも本当の意義を忘れた時に今代の国王クズがやらかしたとか……そんな事まで予想出来ていたというのは余りに計画性がなさすぎるからな。

 しかし俺の言葉にカチーナさんは首を傾げる。


「う~~ん、確かに計画を実行した切っ掛けは生贄の子の存在を何らかの方法で黒幕が知った事なのは否定しません。ただ流れに任せて真実が風化したと考えるのは違う気がしますね」

「……と言うと?」

「黒幕は何らかの切っ掛けが起こった時に動けるように用意周到に準備していたように思えませんか? この国のみならず他国も、そして精霊神教の総本山にしても行動が歴史を風化させ人々に忘れさせるように、そして何かが起こった時……邪神軍なる強大な脅威が生まれた時にその者たちが拠点しやすいように動かされている気がしてならないのです。それこそ数百年と時間をかけて仕込んでいたかのように」

「!?」

「時間という事を抜きに兵法として考えてみれば全体的に流れが不自然に思えます。大陸の端で他国との国交を精霊神の名の元、精霊の力を独占する為に最小限にするザッカールも、本来ならば邪とは反し抑え込むべき精霊神教がこの地に総本山を置かないのも……隣国で国の英雄譚の如く召喚勇者の物語が横行しているという事実含めて」


 時間を忘れる。

 それは楽しい時間があっという間に過ぎる事への比喩のハズなのに、これ程楽しくない運用方法を俺は初めて聞いた。

 戦術、作戦は情報戦がキモであり最も大事なのは速さと正確さであるのは間違いないのだが……それは想定しても数年単位の換算で、それすらも既に遅いと捨て置くくらいだ。

 精霊神教も国も発足してから百年二百年では利かない……その間に滅びた国もあるし何世代にも渡って人物そのものが変わって行く。

 その事を踏まえてもそんなに気が長く迂遠で正確性の無い作戦を実行できるモノだろうか? 俺の中の人間としての常識がそんな事はあり得ないと否定しかかって…………同時にある可能性が脳裏に浮かぶ。

 そう……カチーナさんが言ったように時間を忘れて考えるなら、人間としての時間を忘れる事が出来る“何か”ならそんな迂遠な計画を気長に偶然を待つ事だって可能だっただろう。

 そんな片鱗を俺は一度目にしているじゃねーか……。

 千年前から存在していて、今現在この地に生きる全ての者に対して世界を滅ぼしても良いくらいに恨みを抱いてそうな何か。

 かつて理不尽に土地を、国を、命を奪われた古代亜人種による千年越しの復讐……。

 口に出す事が出来ずに俺はカチーナさんと顔を見合わせるが、同じような顔をしている事で互いに同じ事を考えている事が分かってしまう。


「「はあ~~~~~~」」


 二人そろってふか~~~い溜息を漏らしてしまう。

 最早折角の昇格の祝い酒だったのにすっかり酔いが醒めてしまっていた。


「カチーナさん……取り合えず一度家に帰ってから飲み直さない? 何か気分的に今日は酔いたい気分になって来たよ」

「奇遇です……私も久々酒に溺れたい気分です。知っている事で予測できるのも厄介なものですね……君はいつもこんな気分で最悪な未来を盗み続けて来たのですね」

「最低だろ? 知りたくなくても知っちまったら無視も出来ねぇ……俺みたいな小心者は特にな」


 知らなかったら何も感じないだろうけど、知ってしまったら最早逃れる事は出来ない。

 何もしなければ自分が何もしなかったという当たり前の結果だけが確実に残るのだ。

 実害が全くなかったとしても、後悔という形で……。

 とは言えだ……。


「ただ勇者に真っ二つにされて面白おかしく死ぬ予定だったハズの、魔力どころか正義の心すらねぇ、ようやっとCクラス昇格出来た程度の盗賊風情にゃ相手がデカすぎね?」


 ここまでで予想出来るのは相手は千年かけてあらゆる組織に浸透しているという事だ。

 国を、宗教を、伝承を、そして勇者すら利用する事で碌でもない目的の為に更なる外道を行い犠牲を増やそうとしている。

 俺が持っているアドバンテージはいつもと同じ、コレから先に起こる予定だった『預言書』を知っているという事、それ一点だけなんだから。

 未だに黒幕の尻尾すらつかめない、唯一のつながりとして分かるのはホロウ団長の直弟子だったジルバくらいだが、そのジルバにだって俺の実力は及ばない。

 これ以上俺が出来る事は無いんじゃないだろうか?


「コラ! またらしくない事を考えているな?」


 そんな後ろ向きな考えが頭の中に立ち込めだすのだが、その瞬間カチーナさんが俺の頭にびしっとチョップをかまして来た。


「……カチーナさん?」

「本来の未来なら今現在リリーさんは殺され、アンジェラさんも殺され、私は耐え難い屈辱を味わい外道聖騎士としての道を歩んでいたハズだった。どいつもこいつも勇者や聖女を追い詰めるくらい強大な敵になる予定だった連中を特殊な力じゃなく創意工夫で無力化したのは誰かな? 現状の私も君と同様、ようやくCクラスを合格できて喜んでいる剣士風情でしかないぞ」

「う……」

「それに確かに相手も予想しか出来ず不気味ではあるが、君は相手よりも先に知っていて、相手が知らぬ間に手駒なる予定だった四魔将を潰し、更に向こうは知りようも無いのに先にイリス殿という主要人物を知っている。元から力に正面からぶつかるのは我ら『ワーストデッド』の流儀では無いだろう?」


 そう言ってニッと笑って見せたカチーナさんは実にイイ笑顔をして見せる。

 彼女だって元軍人で実力者なんだから現状のヤバさを認識出来ていないハズはない。

 だというのに先に笑って励ましてくれるんだから…………ほんと、こんなひとを外道に堕とした『預言書』の未来はつくづく間違っている。

 俺も空元気とは自覚しつつもニヤリと笑って見せた。


「……すっかり盗賊の流儀に同調しちゃって。元騎士様が嘆かわしい」

「私をここまで堕落させた張本人が何を言うか。責任は取って貰うと言っているだろう?」

「毎度毎度、分かってて言ってます?」

「…………? 何がだ?」


 カチーナさんは聡明ではあるが変な所で感覚がズレている。

“責任”という言葉は古巣の王国軍とリンクさせた隊長としての責任に近いモノがあって、そっち方面の他意があるわワケではない。

 それでも美人の女性に言われて緊張感を覚えない男はいないだろう。

 ……本日あたりに本当に“そっち”の意味で今後の責任問題が決まる友達のロッツ君に比べれば微々たるもんだが。

 そんな風な会話をしつつ家路の道すがら、飲み直す為のワインを購入しているとカチーナさんが思い出したように口を開いた。


「話は変わるけど、いい加減に私たちもギルド登録するチーム名を考えないか? 折角昇格したというのに張り出された所属が無所属なのは味気が無いからね」

「あ……そう言えば」


 リリーさんが仲間になる以前はバディ状態だったから、たった二人でチーム名もねーな~って後回しにしていたのだが……さすがにそろそろ考えとかないとマズイ。

 現に張り出されたチーム名が無所属だったせいであまり面識のない冒険者たちから俺もカチーナさんも勧誘されたりしていたしな。


「当り前だが『ワースト・デッド』はダメだからな? 既に億単位の賞金首と同じ名前になってしまうからね。好き好んでそんな名前を付けたがる冒険者も一定数いますが」

「そいつらと決定的に違うのは俺たちが本物であるって事だけどな」


 王城で要人に不敬どころではない所業を働き最終的には国王の庶子を殺害し、王妃を文字通り弄んだという『ワースト・デッド』は今や国家転覆を企んだ極悪人として賞金稼ぎの方々に大人気だ。

 不用意に本人が名乗るリスクは言うまでもない。


「まあ飲みながらゆっくり考えましょう、リーダー?」

「え~~~? リーダーはやっぱり俺なの?」


               *


 昇格試験の翌日……丁度お昼に差し掛かろうかという時間帯に冒険者ギルドの美人受付嬢にして元Aクラス冒険者ミリアは提出された申請用紙を眺めてクスリと笑っていた。

 そんな彼女にもう一人の受付嬢ヴァネッサが声をかけて来た。


「はあ~~~やっと終わった……」

「お疲れ様。随分と揉めてましたね」

「張り切るのは良い事だけど空回り気味ね。『アマルガム』自体が年季のあるパーティだから仲間たちがフォローするだろうけど、これからが大変だろうね……あの新米リーダーにして新米パパは」

「責任から逃げず、そして押しつぶされないように足掻くのは立派な事です。ジニーさんも良い男性を掴まえたものですよ」

「それは否定しない」


 結婚、妊娠、リーダー昇格と昨晩の内にあらゆる人生の重責を背負う覚悟を決めたらしい新生アマルガムリーダーのロッツだったのだが、他人から見ても分かりやすい程に舞い上がり過ぎにして気負い過ぎであったのだ。

 無駄に高額で難易度の高い依頼に手を出そうとして仲間やヴァネッサに止められるという行動を繰り返していたのだ。

 ミリア同様ヴァネッサとて長年の付き合いのある友人が即日未亡人になるような無茶をさせるつもりもなく、説得に時間を要してしまったのだった。


「悪かったね、書類仕事全部そっちに回しちゃって……お? そいつは」


 そう言いつつ覗き込んだ申請書類に目ざとく見慣れた名前を見付けたヴァネッサはニヤッと笑った。


「そっちもそっちで色々と先に進んでいるようじゃない?」

「同期に比べれば俺の責任何てまだまだ軽いもんだとか嘯いていましたが……このチーム名を見る限りあの子なりの何かを背負おうとしているのでしょうか?」


 それはパーティ申請用紙であり、それぞれ個別の筆跡で署名がなされていた。


『パーティリーダー、盗賊ギラル』『副リーダー、剣士カチーナ』『魔導師リリー』

 以下のメンバーをパーティ『最悪を盗め《スティール・ザ・ワースト》』として登録いたします。

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