第百十話 利用される善意と正義

 ガキの頃神様に教えて貰った学問は色々とあるのだが、未だに良く分かっていない内容も数多くある。

 最たるものが『文字』で、言葉は通じるのに最後まで神々の国の文字を理解する事は出来なかった。算数などは書いて覚えやすかったのに比べてコクゴという学問は全て口頭で覚える感じだった。

 同時に自分たちの世界とかかわりの無い『神代の世界』の情勢や歴史、いわゆるシャカイも馴染みが無く分かりにくいものだった。

 ただそれでも根気よくかつ分かりやすく教えてくれる神様のお陰で『過去からの教訓』として何割かは理解できたんじゃないかとは思う。

 ただ神様が学問の休憩として見せてくれた『預言書』とは別の動く絵の物語は全く理解できない現象が多かったのだ。

 何度か質問しても神様は『こいつはそういう娯楽作品だから』と苦笑いして誤魔化していたが……今になって考えると神様にとってその辺は『教えてはいけない知識』に分類されると考えたからこそ曖昧にしか言わなかったのかも……。

『物語として楽しめ』と言われたその物語の数々は……確かに何も考えずに見るだけなら劇場の活劇よりも遥かに迫力があって楽しいモノだったが……魔法でも無いのに鋼鉄の鳥が空を飛んだり、空の果てに暗黒の空間と丸い大地が存在する世界など神々の世界の概念は理解しようが無かった。

 その理解できない概念の中に『四次元』というモノがあった。

 平面に描かれた世界が2次元とすれば立体の物質が存在する、つまり俺たちが存在する世界が3次元である。

 そしてそれらを超える物質の概念も無くなる、場所も時間も超越した概念……。

 もしも……もしもだ。

 六大精霊とは別にそんな四次元に干渉するような、そんな精霊がいて本来イリスに寵愛を送る精霊がソレだとするならば……恐ろしいほどに今までの疑念がかみ合ってしまわないか?

 10歳そこそこの幼女……格闘のセンスは本人のたゆまぬ努力のお陰だろうが、要所要所で見せていたあり得ない程のスピードがもしも無意識に自身の時間を『加速』させていたとしたら?

 怪我の治療をする際に自分は回復魔法で身体の活性をしようとしているのに、属性の魔法は負傷部位の時間を『逆行』させようとしていたとしたら?

 無駄に魔力を垂れ流して尚、実行しようとしている結果がちぐはぐで中途半端にしか戻す事が出来なかったのでは?

 時間に干渉する精霊と属性の魔法……俺の思い付きを聞いていたバアさんは静かに手を組んで溜息を洩らした。


「……精霊神教には聖典があるのは知っているだろうが、その聖典には『新約』と『旧約』があるってのを聞いた事はあるかい?」

「……いや?」

「私は聞いた事はあります。何でも旧約は現在の言葉では伝わりにくい記述も多く、読みやすく理解しやすいように改稿されたのが現在知られている聖典なのだとか」


 カチーナさんの言葉にバアさんは頷きつつ補足する。


「もうアンタたちに取り繕う意味も無いから言っちまうと、正確には現精霊神教会にとって都合よく改竄されたのが今の教義の元になってる新約聖典さ」


 そんな聖職者である者から教義批判めいた事を言わされても、最早“だろうな”としか思わない。

 俺だけじゃなくカチーナさんも向こうにバレたら速攻で火あぶり案件な真実を知ってしまっているからな。

 精霊だの神だのがどうかは別にして、精霊神教そのものが清く正しくない事なんか本当に今更……それくらいは余裕でするだろうさ。


「ただ、精霊神教でも各国に赴任した大僧正よりも上の教皇だけは代々旧約聖典を受け継いでいるらしいのさ。それこそ組織にとって都合の悪い事実を改竄する前の“精霊神の真実”の詳細すらも記してあるだろうな」

「……つまり教会側が都合が悪いと隠蔽した内容に7人目の記述がある可能性が?」

「根拠があるワケじゃ無いがね、精霊神が降り立ち悪を払ったと謳っているこの地に精霊神教の総本山オリジン大聖堂が無い事で都合の悪い事が隠蔽されている事はほぼ間違いないからねぇ……」

「……何で言い切れるんだ?」


 俺がそう聞くとバアさんは鼻を鳴らしてジト目になった。


「今まで理由なんざ考えた事も無かったがね、誰かさんが精霊神の正体なんて暴きやがったせいで合点が行ったよ。正体が地獄の窯を押さえる蓋だなんて言われた日には、その事実を知っている輩がそんな場所に居を構えようと思うかい?」

「あ~~~なるほど」


 邪気が封じられた事故物件だと代々の教皇とやらは知っていた……だからこそ総本山は別のところに作ったと……。

 ちなみに場所を確認すると大雑把にこの国から山脈を挟んで西側に位置するらしく、ザッカールから相当に距離が離れていて……バアさんも洗礼の為に一度だけ訪れた事があるのみなのだとか。


「しかし……色々正義だの何だの語っても、最終的には自分の保身の為に他人に危険地帯を任せて高みの見物か……せこい新約だこと」

「まあ代々の教皇全てがそうだったワケでは無いだろうな。比較的若く正義感のある者が教皇に選ばれると、驚くほど任期が短くなるという通説もあるくらいだから」

「……せこい思想を受け入れないと長生き出来ないか」


 今までもそんな改竄を公にしようとした教皇はいたようだが、その者たちは公表されると都合の悪い者たちによって消されたのだろうな。

 感想がせこくても、関わると危険が大きい精霊神教のトップシークレットが旧約聖典なんだろうが…………バアさんがここで話した理由は一つしかない。


「つまり俺の憶測の是非を問うには『旧約聖典』を確認するしか無いって事か……」

「そこまで断言は出来んよ。しかし精霊魔法の禁忌に触れる存在など確認する術はそこにしか無いのも事実だからな。何しろ『召喚』については隣国の伝承にもあると言うのに、ソイツがどの精霊の属性魔法なのかだけは不自然に伝わっておらんからな」

「……確かに」


 結局は大本を確認するしか知る術は無いって事で……俺はジョッキを一気に煽って溜息を吐いた。


「やれやれ……お次のターゲットは他国、しかも精霊神教の総本山か……今度こそ死ぬんじゃね~か? 俺……」

「まあまあ、ワーストデッドは貴方一人じゃないんですから……道連れ上等です」

「あ~あ、さすがに他国遠征じゃあアタシはちょっかい出せんねぇ。こうなると大聖女の肩書が邪魔くさいよ」

 

 縁起でもない同調をするカチーナさんと、立場上教会を留守にするワケにも行かず付いていけないと嘆くバアさんに苦笑するしかなかった。


                *


“アタシの方でも色々探ってみるよ”そう言って大聖女のバアさんはまだ飲み足りないらしく追加のワインを注文していた。

 俺らよりも先に食堂で飲んでいたのに晩飯を終えて出て行くのは俺たちの方が先……あのバアさん一体どんだけ呑む気なのか。

 最近飲み始めた俺は元より、職場のストレスで酔いつぶれたい事も少なくなったカチーナさんも酒量はたしなむ程度、二人ともあんまり強くないから付き合ってられん。

 食堂から外に出るとアルコールで火照った体に丁度いい夜風が心地よく、少し顔を赤らめたカチーナさんが表情を緩めるのが……何とも色っぽい。

 元々は魔道具で男装をしていた彼女がこんな表情をする事を知っているのは今のところ俺だけなんだよな~~~~。

『預言書』に登場した外道聖騎士の面影何て影も形も無く、凛として美しい女性剣士が親しい仲間にだけ見せる表情。

 そう考えると妙な優越感に顔がにやけそうになり……。


「ギラル君、さっきの話だけど……」

「ヒャイ!?」

「ど、どうした? 妙な声をあげて……」


 ボンヤリと不埒な事を考えていた事で本人に声を掛けられ慌ててしまい……俺は己の不審者っぷりを慌てて取り繕う。


「いや、何でもない、何でも無いっスカチーナさん」

「そうか? それなら別にいいのですけど……本当に精霊神教の総本山が次の目的地なのでしょうか?」


 イカンイカン、落ち着け自分! 今はその情動を押さえ込むのだ!!

 心配そうに言ってくれる彼女には悪いけど、まさか正直に綺麗なお姉さんの酔いどれ姿に欲情してましたとか言えるか!!

 不思議そうに小首を傾げないでくれ……何か行動が一々琴線に触れる!!

 俺は自分の色々を落ち着かせる為にも真面目な話をダシに精神の鎮静化を図る事にする。


「多分あの様子じゃ大聖女のバアさんも察していたと思うが、どうにも『預言書』で俺が見たものでは知る事の出来なかったヤバ目の事実がまだまだありそうでね。どうしても大本の『旧約聖典』を確認する必要はありそうなんだよな~」

「……でも今のところ『最後の聖女』であるイリス殿は見習いであり、今でも実力者のようですが君が言うような聖魔女を単身で仕留めるほどの力はない。仮にコレから君の推測通りに彼女が7人目に寵愛されたとして……何か問題が?」


 問題……カチーナさんが心配するのは『聖魔女』シエルさんとイリスが殺し合う未来の事だろう。

 今となっては最大の原因である魔導僧リリーが存命なんだから、仮にイリスが今以上に強くなったとしても殺し合う未来は想像できない……それは俺も同意だ。

 大聖女VS光の聖女並みの手合わせは日常でしそうだけど……そんなのは勝手にしてくれってところだ。

 肝心なのは『預言書』で大々的に活躍している『最後の聖女』自体の強さに関する事。


「自分の力の根源を自覚していないイリスは元々の未来じゃ、一体どうやって己の属性魔法を知る事が出来たんだ? 特別何も説明なく回復も召喚もしていたから『預言書』のイリスは最低限自分の属性を知っていないと辻褄が合わない」

「あ……確かに」


 神様が見せてくれた『預言書』は起こった出来事を見せていただけ、その時間を切り取っただけのものだと考えるとイリスは邪神軍によって国が滅ぼされ隣国に移った後でその事を知り、異界から勇者を召喚出来るほどまでになる。


「最大の問題点はイリスが『預言書』ではどうやってその事実を知ったのかって事なんだよな~。隣国では召喚勇者の伝承が残っているみたいだけど、イリスの属性とつなげて考えるのかと思うのも何かしっくりこないような……」

「どうやって…………」


 俺の言葉に思案気になるカチーナさんを他所に、正直予測は出来る。

『旧約聖典』なんてモノを確認しないと分からない精霊神教が隠蔽した7つ目の属性について元は見習い聖女であったイリスが知るのは誰かに教えてもらうしかないだろう。

 では誰が何のために? それもある程度の予想は出来る。

 邪神軍の侵攻で国を失い人々が虐殺、蹂躙されて行く中で何とか人々を救おうと伝説の勇者を召喚するという最後の手段に望みをかける。

 あくまでも正義の、善意からの行動……『預言書』の冒頭はそんなシーンだった。

 それは高位の魔導士数千人は必要な高度な魔法で、イリス自身も命がけの魔法だったはずなのだが…………孤児院でホロウ団長が言った言葉が気にかかる。

 この世を破滅に導く禁忌の呪法が『生贄の儀』『蟲毒の儀』、そして『異界召喚の儀』だとするならば……。


「……『預言書』はイリスがこの世を滅ぼしたい何者かに踊らされたストーリーって事になるのかな?」



  • Xで共有
  • Facebookで共有
  • はてなブックマークでブックマーク

作者を応援しよう!

ハートをクリックで、簡単に応援の気持ちを伝えられます。(ログインが必要です)

応援したユーザー

応援すると応援コメントも書けます

新規登録で充実の読書を

マイページ
読書の状況から作品を自動で分類して簡単に管理できる
小説の未読話数がひと目でわかり前回の続きから読める
フォローしたユーザーの活動を追える
通知
小説の更新や作者の新作の情報を受け取れる
閲覧履歴
以前読んだ小説が一覧で見つけやすい
新規ユーザー登録無料

アカウントをお持ちの方はログイン

カクヨムで可能な読書体験をくわしく知る