第百九話 7人目のお友達と算数の時間
「何が言いたいのかは分かるぞ。そういう意味じゃイリスも実に精霊に好まれそうなイイ性格しとるじゃろ?」
「こっちがワザワザ言わないで置いたのに……」
つーか自覚あったのな。
カカカと自分も含めた聖女をある意味貶めかねない事を笑い飛ばすバアさんに対してそんな事を気遣うのもバカらしくなる。
俺はこの際だから聞きづらいと思っていた事も聞いてしまうと思い立った。
「アンタ、いやアンタ等聖女連中としてはイリスって見習いの事をどう考えていたんだ? 今後自分たちの後輩になるとか思ってたんか?」
アンタ等、つまりはバアさんやシエルさんを含めた他の精霊に寵愛を受けた聖女たちも含めてって事なのだが……ある意味で予想通りにバアさんは首を横に振った。
「正直に言えば聖女としては向いてないとは思っとった。それは才能うんぬんは勿論だが性格の方に適性が無いのが大きい」
「どういうこった?」
「あの娘は先輩よりもお姉ちゃんに似ているって事だよ。才能を自覚して一つの道を突き進むってタイプじゃない」
「……ああなるほど」
そう言われると納得するのと同時にイリスがリリーさんを姉と呼ぶ理由も分かる。
魔法の力が弱いなら格闘へ、力が低いなら武器を、自分にあった攻撃法であるなら小回りの利くトンファーを……使えるモノ、利用できるモノを模索して力にしようという悪く言えば節操のない発想。
イリスにとって一番共感出来るのが魔法の欠陥や力不足を創意工夫で補ってきたリリーさんだったんだろうな。
そしてその発想は盗賊の俺や柵が無くなり強さの為にアッサリと得物を持ち換えるカチーナさんにも共通した認識だ。
「実際イリス自身聖女という立場にあこがれも固執も持ってはおらん、だったら格闘僧を志そうとするくらいだからな。全ての属性魔法を試してみた結果、唯一出来たのが不完全な回復魔法であったから格闘に精通した光魔法の聖女のシエルに付けられたに過ぎん」
「そんな経緯でミリアさんすら足止め出来るほどの格闘センスを発揮するんだから、末恐ろしい幼女だよ」
「そ、そんなに強かったんですかあの娘!?」
元Aクラス冒険者ミリアの実力を知っているだけにカチーナさんは信じられないとばかりに目を丸くする。
「おお、同じ土俵でやったら俺なら確実に負けるぜ? それ以外でも要所要所での技の入りや足運びなんかじゃミリアさんや盗賊の俺よりも早いあり得ないくらいのスピードを見せやがったからな。それでもミリアさんの経験則には上を行かれていたけど」
「あの人に経験則で対抗させる幼女という時点で既に化け物ではないですか!? むう……
悔しいというよりは不思議そうにそう呟くカチーナさんに俺は苦笑してしまう。
『預言書』では『聖騎士カチーナ』は何度も勇者たちを圧倒し、恐怖と絶望を与え誰よりも憎まれるほどの暴虐的な強さを誇っていた。
そう考えると俺は疑問を覚えてしまう。
聞いた所のイリスの年齢は現在10歳、奇しくも預言書の『聖王』ヴァリス王子と同じ年齢ではあるが、その年齢から『預言書』のイリスの年齢を逆算すれば大雑把にコレから約6~7年後って事になるのか……修練の結果、人間の成長を加味してもそれくらいであのような圧倒的な力が身に付く者だろうか?
俺の周りで今現在最も圧倒的だと思えるのは調査兵団のホロウ団長だが、あの人の強さは200年以上に及ぶ長寿を元にした長年の修練があってこそ。
なのに『預言書』ではそんな彼は『聖尚書』として登場するものの、他の四魔将と肩を並べられ最後に至っては勇者の攻撃に“ついでに”やられている……強さのインフレと言っても成長速度が異常だ。
『聖騎士カチーナ』はあまり考えたくは無いけど『聖王』の邪気を受け入れて邪人化した事で人間離れした強さと狂気を得たんだと思う、同様に『聖魔女エルシエル』も。
ただそう考えると『邪気』とは対抗に位置するイリスは一体どうやって?
確か『預言書』でのイリスは常に勇者と共に前線で戦う格闘兼回復役……身近な例で考えればそれこそミリアさんやシエルさんの立ち位置がしっくりくる感じ。
決定的な違いを考えるなら圧倒的とも言える回復魔法……どんな大怪我を負ったとしても一瞬にして治療してしまう手腕は凄まじく、時には切断された腕を一瞬にして接合したり、半身を魔法で焼かれた仲間を瞬時に戻したり……『預言書』でのイリスの活躍は『聖魔女』として敵対したエルシエルにも遜色ないくらいで……。
「今から数年後にそんな実力者になるヤツが俺の怪我を完全に治す事は出来なかったんだよな~」
俺は試験中に一度へし折られた右腕を何となくポリポリと掻く。
既にへし折った張本人に治して貰った今は何ともないけど、戦闘時には骨折が繋がり切っていなかったのか激痛は残ったままだった。
「そういやバアさん、魔力を膨大に使って時間をかけても思ったように魔法が使えないってのはよくある事なんか? 試験中にミリアさんにそんな事を言われたけど」
イリスが魔力だけなら自分より遥かに膨大な量を使っているのに回復できていなかった辺りについて聞いてみると、バアさんは何でも無い事のように頷く。
「ああ、イリスの魔法が中途半端だったんだろ? 魔力と時間をかけてもさ」
「へし折られた右腕を動けるようにしてもらったんだから贅沢は言わねーけど、最後まで振る度に激痛が走って酷かったぜ」
「子離れの儀式で親は息子の腕をへし折り、息子はその腕で親を超える……豪快な親子関係だのう」
「アンタの師弟関係に比べりゃ可愛いもんじゃね?」
俺が皮肉を込めてそう返してやると「違いない」とバアさんはひとしきり笑ってからジョッキを煽った。
どうでもいいけどこのバアさん、これで何杯目になるんだ?
「身体強化も出来ないアンタにゃ魔法の感覚ってのはイメージし辛いだろうがな、魔法とか魔力とかは技術や筋力を鍛えるのと大して変わらんところがあってな……膨大な魔力を持っていたからって魔法の技術が伴わないと無駄が多くなるのさ」
「……技術が伴わない?」
「ああ、例えるなら力自慢の男が体を鍛えまくったからと言って何も知らない初心者だったら剣を渡されても使いこなす事は出来ない。むしろ無駄な力を入れて無駄な体力を消耗しても巻き藁一つ切断出来ない……つまりそういう事さ」
あ……分かりやすい。
バアさんの説明に身体強化魔法を使うカチーナさんもしきりに頷いているし……つまりそういう事なんだろう。
イリスは魔力という力はあるのに利用するための技術……と言うよりも利用すべき武器が分かっていないという事になるのだ。
「コツさえ掴めば最小限の魔力で最大威力の魔法も使える。魔力の量は多ければそれに越した事は無いが、例えりゃ熟練した魔導士になると湖一つ分の魔力を持つ者をバケツ一杯分の魔力で屠る事すら出来てしまう……バトルアックスを振るう巨漢を短剣一本で小娘が倒すようにのう」
「……なるほど、確かに理屈は筋力や武力とあんまり変わんねーな」
「まあ違いがあるとすれば魔力は肉体に寄った力ではないから老齢であっても弱体化しづらい。魔導士にジジババが多いってのもその辺が理由じゃな」
カラカラと笑うバアさんの言葉が真実である事はバアさん自身が体現している……そもそもこのバアさんに年齢的弱体化すらあるのか疑問に思えるしな。
「ではイリス殿は、言うなれば剣の握り方すら分かっていない新人のようなもので力を持て余しているという事なのでしょうか?」
「んや、アイツは今のところ使えそうな武器……つまり属性魔法がかみ合っていないような気がするんだよさっきも言ったが火水地風光闇……全ての属性を試した結果、唯一発現したのが負傷の回復だったんだが、ギラルも知っている通りでな」
何となく自分の境遇にも被るイリスの現状に共感したカチーナさんの質問にバアさんは更に首をひねった。
「むしろ逆に聞きたいくらいだね。あの娘が『最後の聖女』だって言うなら一体何の属性魔法を使っていたのだ? 寵愛の精霊が完全に一致すればと思うんだが……」
「そう言われても……」
困った…………。
『預言書』ではイリスに寵愛を与えるのは『精霊神』という事になっていた。
しかし俺は知っている、知ってしまっている……精霊神なるものの正体が『邪神』である事を……。
千年前に滅ぼされた亜人種たちの憎悪の念『邪気』を封じるために利用、生贄にされたエルフの女性であり、ヴァリス王子の実母。
真実ソレの寵愛を受けたとしたら……授かるのは魔力どころか邪気になっちまう。
そして思い返してみても『預言書』のイリスは呪文詠唱などで精霊の名を呼んでいるシーンは無かった。
………………アレ? 待てよ……何か俺を含めて勘違いしている気がする。
パーティの回復役、実際に腕が良いとは言えなくても俺自身治療もして貰ったのだから余り疑う事は無かったのだけど………………。
回復したからと言って、果たしてそれは『治療』だったのか??
いやでも俺の傷は少なからず治ってはいるからやっぱり『治癒』なのか???
無限ループ……考えても考えても魔法の使い方どころか魔力も感じる事のできない俺にそっち方面の頂点に位置する大聖女が分かんない事が分かるワケが…………。
しかしその時、不意にカチーナさんが言った言葉が俺のループを遮った。
「だったらギラル君の言う『預言書』で勇者を召喚した召喚魔法とはどの属性の魔法何でしょうか?」
「え……そりゃ……イリスが未来で行使したなら光属性の魔法…………」
俺が素人の思い込みを口にしつつバアさんに視線を投げると、カチーナさんの質問に対して眉を顰めつつ首を横に振った。
「いや……違うだろうな。光魔法は“強化”“治療”“浄化”と根本的には人体であれ土地であれ基本活性化を担う属性魔法だ。おとぎ話でしか聞かんような魔法とはいえ別の場所から呼び寄せるなどという概念は光属性の分野ではないだろう」
「う…………マジか?」
「ワシも迂闊であったな……召喚魔法の属性なぞ考えた事も無かったが六大魔法のどれかくらいでしか考えておらんかった。そして常道で考えると別世界の別の空間から転移させるなど他の属性魔法と照らし合わせても不可能だろうな」
そう口走ったバアさんは珍しい事に一筋の冷や汗を流している……ヤバイ事に気が付いてしまったとばかりに。
そしてそれは俺とカチーナさんも同様で……どうせなら気が付けないバカの方が幸せだっただろうか?
多分“ゴブリンの生態”以上に教会の教義の禁忌に触れるであろう予測がたってしまう。
「バアさん……もしかしてお宅らには7人目のお友達が?」
「ギラル……“それ”を不用意に口にするんじゃないよ? お前だけじゃなく仲間も、そしてイリス自身も危険に晒されるかもしれんからな」
「う、うっす……」
「もちろんです」
7つ目の属性魔法の可能性……精霊神を主神として六大精霊を祭る精霊神教にとって絶対に認められないだろう七体目の精霊が存在するという事。
教会側にとっては異端どころの話じゃない、審議も拷問も通り越して即殺間違いなし案件だろう。
「しかし秘密主義を注意された矢先に秘めるべき共有する情報が増えてしまったのは因果なモノッスなぁ……」
「く……さっき説教したアタシだが、こうなると知ってよかったとも言い難いねぇ。今更知らずに済ませたかったとは言わんがな」
「もうこの際一蓮托生だぜバーニング・デッド?」
「ウルサイわい。まあここは新たな脅威、まだ見ぬ好敵手が現れた可能性と捉えておいた方が気持ち的には楽そうだね」
いつもの如く脳筋的ポジティブに置き換えようとしているようだが、さすがのバアさんも案件がデカすぎるのか引きつった笑顔を浮かべている。
教会でも相当自由な発想の方であるこの人も長年属性は6つと思っていたのだから、いきなりその固定概念を覆すのは難しいハズだ。
「でもギラル君、もし仮に7人目のお友達がいるのだとして……その人は一体どんな武器を得意にしているのでしょう?」
反対に昔から騎士として、そして男性としての振舞を強要されてきたカチーナさんにとって魔法は身体強化の一手段という捉え方なのか、むしろ興味津々な様子すら伺える。
一応気を使って言い回しを当たり障りのないモノにしているが…………まあ確かに俺も気になるけどね。
「君の記憶でイリス殿の振舞を想定すると、とにかく戦闘でも回復でも圧倒的なスピードを見せて召喚魔法で世界すら隔てた距離すら無にする、くらいしか思いつかないですが」
「う~~んスピード……早さ……異世界…………距…………離…………あ……」
その何気ない会話の中、俺は何の気なしに幼い日に神様に教えて貰った学問、算数の一文を思い出していた。
『数学ってのは不思議だが便利なもんだ。本来だったら全然違う単位なのにそれが分かれば違う値を導き出す事だって出来る……本当に考え出したヤツは天才なのかどこかおかしいのか分かんねーな』
まるで他人の知識を口にしているかのように語る神様が教えてくれた『公式』ってヤツは距離と速さが分かればあるモノを導き出す。
距離割る速さ、イコール………………。
「……………………時間?」
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