第百八話 馬に蹴られて死ぬ役目

 俺がそう言った後、大聖女ばあさんは溜息を一つ吐いてジョッキをテーブルに置いた……次の瞬間。

 ゴ!?

「ッ!? いって!?」

「こ~のバカタレ、そういう大事な話はもっと早く言わんか!!」


 にぶ~い音が響いて俺の目の前に火花が散った。

 思わず椅子から転げ落ちそうになるのを必死で耐えて体勢を戻すと、見えたのは大聖女の片手……というか指だった。

 俺はその時ばあさんのデコピンを喰らった事を認識した。

 仰け反るほどの威力はどう考えてもデコピンの範疇じゃない……早朝訓練のリリーさんの風魔法弾に匹敵する威力だぞ?


「いやまあ……確かに前もって言わなかったのは悪かったけど」

「……大方この先の『預言書みらい』の内容がアタシらにゃ不快な事だから出し渋っていたんだろうがよ」

「……う」


 思わず文句を言いそうになるが、バアさんの怒りと言うよりは複雑そうな顔に言葉を詰まらせてしまう。


「教え子に殺される、教え子が殺し合う……確かに知らずに済めば一番良いって考えたのかもしれんが死にぞこないのババアではあるがアタシもお前らワーストデッドの一員、仲間だって勝手に思ってんだから今更そういう気遣いはいらん」

「そうですよギラル君。君がなるべく他者を巻き込まないように『預言書』の開示を限定している事は察していましたが、君に未来を盗まれた者は皆共犯者ですよ? 仲間を生かし、仲間に生かして貰う盗賊の貴方が仲間に遠慮してどうするのですか?」

「…………」


 その辺に関してはカチーナさんも同意見のようで……ちょっと咎めるような目つきで俺の事を見ていた。

 そう言われるとグウの音も出ない。

 確かに俺は『預言書』の未来を変える為に奔走しているが、当初は出来る事なら犯行は自分のみで完遂するつもりだったのだ。

 この行動が正しいかどうかなんざ分からない、神様にだって“やってくれ”って頼まれたワケでもない。

 ただ気に入らない未来を変えるって自分勝手をやっているだけなのだから。

 事情を知る仲間内でも最も付き合いの長いカチーナさんでさえ、正体がバレなければ繋がりを持つつもりも無かったというのに……。

 つくづく俺は一人でカッコよく解決できる英雄にも勇者にもなれない『盗賊』なんだと自覚せざるを得ない。


「そもそも、結局こうやってアタシに『最後の聖女』の名を開示せざるを得ないんだったら結果は一緒じゃね~かい」

「悪い……御説ご尤もだ。正直こういう情報って友達の知り合いの悪口を言っているような気にもなって言いづらかったのもあってよ……」


 今までも『預言書』については色々話してはいたものの、それは各々に訪れる最悪の結果、最低な死に様についてばかりで……『預言書』自体のストーリーを話していなかった。

 理由は単純……要するに俺は知り合いを嫌な気分にさせるのをビビっていたからだ。

 バアさんの指摘に俺は平謝りするしかない。

 確かに結局聞いて情報開示するなら出し渋る意味は全くない……ただ仲間を不安に、そして不快にするだけだから。

 俺は覚悟を決め、仲間に本当に『共犯者』になって貰う為に『最後の聖女』という『預言書』で最も悲惨な人物の詳細な物語を語る事にした。

 召喚された勇者に最後まで付き添い、想い人と強制的に引き離した罪の意識に悩まされ、報われず許されない恋心に苦しみ、そして最期の最後までその想いは報われる事無く残されたのは激しい罪悪感と喪失感だけという、悲惨を通り越して無残でしかない最期の聖女イリス・クロノスの物語を……。

 話し始めた当初はバアさんも「へえ、あのお転婆でもしっかり恋愛するんだ」と若干嬉しげでもあったが……話が進むにつれてドンドンと険しいモノになる。

 そして最後に聖王ヴァリアントと相打ちになった勇者の遺体を元の世界に送る事になる事まで聞き終えると……カチーナさんもバアさんも目に見えて暗くなってしまった。


「むごい……ですね」

「……人生において失恋の経験だって一つの財産かもしれねぇ、それこそ個人個人が自分で結果を受け止めるべきだし俺が今やろうとしている事はイリスにとっちゃ本当に余計な事でしかないかもしれないが…………」


 俺は顔を上げて神様と出会ってから今日まで変わらずに抱き続けて来た自己本位で自分勝手で、最低な余計なお世話と知りつつも……それでも変わらない目標を口にする。


「この世界の面倒事はこの世界の人間が解決する……その為に召喚の勇者と最後の聖女の出会いを邪魔して面識すら無かった事にする。それを実行する為には当事者のイリスが持つ魔力の正体を正確に知る必要があるんだよ」

「…………人の恋路を邪魔するのが目標だとか……最低な男だなギラル」


 その通り、どんな目的があっても結局俺がしようとしているのはそういう事、馬に蹴られて死んでも文句の言えないこの世で最も無粋な事だろう。

 聖職者として、そして師として親として見守って来た大聖女ジャンダルムから見ても俺がやらかそうとしている事は善行とは言えないだろう。

 しかしバアさんは再びジョッキを煽ると呟いた。


「だが…………その最低な計画……アタシも全力で乗らせて貰うよ」

「…………ん?」

「なるほどな……若い娘の恋路を“お前のためだから”“お前を想って”な~んて言って邪魔しようってんだから、ガワだけ見りゃどこぞの親バカ貴族と何ら変わらんからのう」

「ギラル君が自分一人の悪事として納めたかった気持ちも分かりますね。親や姉にそんな事をさせたくないって……」

「……そんな崇高な志があったワケじゃね~よ」


 苦笑してそう言う二人に俺は何とも言い難い気分でうまい言葉が出てこなかった。

 そして話題は現在絶賛聖女見習い中のイリスについてに移るのだが、バアさんは早速腕を組んで悩まし気に眉を顰める。


「しかし召喚魔法、しかも異界からの召喚とは……イリスは魔力の総量は申し分ないのだが、精霊の寵愛を受けているかと言われると微妙でな~」

「その辺がちょっと気になったけど、あの娘の一番近くには魔法の放出に難があったお姉ちゃんがいるのにそっち方向では適性が無かったっスか?」


 魔力があるのに魔法が使えない……そんな状況なら真っ先にリリーに相談しそうに思えるのに。


「むろん真っ先に相談してヤツの狙撃杖とかを試したらしいがね、その結果は芳しくなかったのさ」

「……なんも充填発射出来なかった?」


『狙撃杖』は属性の魔力自体を充填して発射させる武器で、リリーさんは己の属性火と風を魔力弾として発射させている。

 俺は充填作業すらできなかったのかと思ったのだが、バアさんは首を横に振った。


「逆だ。魔力充填に狙撃杖が耐え切れずに爆発っしちまったらしい。あんときはリリーがブチ切れちまってイリスが泣いて謝ってたっけな~」

「「爆発!?」」


 しみじみと懐かしそうに言うバアさんだったが、俺たちはその事実に衝撃を受ける。

 だって普段からリリーさんの狙撃を目にしている身としては『弾数制限がある』と常々口にする彼女の主張を信じられないくらいに彼女の『狙撃杖』は魔力を充填させている。

 それを上回ってしまう程の魔力量って……。

 彼女が聖女見習いとして見極めの為に今回の昇格試験に来たのはミリアさんに聞かされてはいたが、バアさんもその辺の判断に迷っている様子ではある。


「単純に膨大な魔力を持った娘が制御出来なかったとも言えるがね、巨大な魔力がある事だけは分かるが魔法を発現しないと属性はハッキリしないからな。まあ回復魔法をつたないながらも使うから光属性として見てはいるが……聖女であるかと言われるとな」


 バアさんの物言いに俺は少し違和感を覚えた。

『魔導僧』と『聖女』の違いとは魔力の総量、強さで見極めているワケでは無さそうであるという事を。

 単純な強さだけならミリアさんだって聖女として任命されてもおかしくは無かったハズなんだからな。

 明確な違いと言えば……。


「なあバアさん、そもそも聖女に任命された者たちが言っている“寵愛”ってどういう事なんだ? アンタ等みたいな特殊な連中だけに見える精霊神教が石像にしているみてぇな精霊様とダチになったとか、そういう事なんか?」


 俺はこの際だからと昔から疑問に思っていた事を聖女の大ボスたるバアさんにきいてみる事にした。

 大図書館とかで気になって調べて見た事もあるけど、内容は主に精霊神教にとって都合がいい感じに“選ばれし乙女のみに許された寵愛”とか実にフワッとした表現でしかなかったからな。

 仮に精霊ってヤツをバアさんみたいな聖女じんしゅが視認出来るなら、イリスが寵愛を受けているかは一目瞭然だし、自分だけに見える存在というならイリス自身が気が付かないのも変だ。

 俺の疑問にバアさんは少し意地悪そうな顔でニヤリと笑った。


「そんな都合の良い存在じゃね~よ精霊ってヤツは。エレメンタル教会が掲げる六大精霊の石像はプロパガンダに利用したい上層部のイメージに決まっておろう。そもそも先日はその頂点として崇めていた精霊神の正体を暴いた張本人が何を言っとるんだか」

「あ……やっぱり?」

「アタシ長年のダチである『炎の精霊イフリート』がどんな姿をしとるかなんぞ分からん。男なのか女なのか、竜の姿か鳥の姿か……存在を感じる事はあっても見たり話したり出来るって事じゃないのさ」


 俺は正直何となくそんな気はしていたのだが、カチーナさんはバアさんの言葉にそうとう驚いたようで目を丸くしている。

 まあ俺と違って王都で騎士やってた彼女は教会との繋がりもあったろうしな。

 

「聖女ってのは結局己以外の自然界の魔力を持った何かに気に入られた大きな魔力を持ったヤツって事だからな。誰が何の精霊に寵愛を受けているのかは判断できんし、自分でも魔力発現して見なければ精霊の正体すらよくわからん」


 そう言って指先にポンと火を灯して見せるバアさん……つまり大聖女自身も最初は魔法を使えた事で初めて寵愛の正体を知ったって事なのか。


「その点『魔導僧』の分類になる魔導士の基準は分かりやすいぞ? 属性を2つ以上持っているって事は一つの精霊に寵愛を受けておらんって証明になるからな。だからと言って魔導士でも属性を一つしか持っていない輩だって大勢いるからその辺も曖昧ではある」

「そらまた、随分と大雑把な……」

「幼く魔力を持ち、属性がたった一つである者は総じて『聖女見習い』として扱われるが属性一つでも魔力量が伴わなければ自然と脱落していくものなのだ」

「だったら単一の属性魔法を寵愛なしで操る『魔導僧』が精霊の寵愛を語って聖女を名乗ったら?」

「精霊の寵愛なしでそんな真似ができる豪傑であれば遠慮なく聖女を名乗るがいいさ! そこまで根性の太い輩を精霊が放っておくとも思えんがね」


 本当に大雑把……というか精霊神教であっても結局強さの基準の最初は自己申告、後は結果で証明していくしかないって事らしいな。

 リリーさんはその過程で『魔導僧』の道を選び、シエルさんは『聖女』の道に行った。

 そしてイリスはその岐路に立っている真っ最中。


「ちなみに精霊に寵愛された聖女の共通点とか……何かあるの?」

「……特別な事があったとも思えんが…………しいて言えば武闘派が多いかね? 属性が違って聖女間の仲は歴代で案外悪くない」

「あ~~~……あの『光の聖女』やアンタみたいな輩と仲が宜しいと……」


 精霊に気に入られる基準になる人物の性格……俺は瞬時に脳裏に浮かびそうになった言葉を慌てて振り払った。

 あんまり同調したくはないけど精霊神教がクリーンで清楚なイメージを付属したがる気持ちが分かる気がしてしまって……。


  • Twitterで共有
  • Facebookで共有
  • はてなブックマークでブックマーク

作者を応援しよう!

ハートをクリックで、簡単に応援の気持ちを伝えられます。(ログインが必要です)

応援したユーザー

応援すると応援コメントも書けます

新規登録で充実の読書を

マイページ
読書の状況から作品を自動で分類して簡単に管理できる
小説の未読話数がひと目でわかり前回の続きから読める
フォローしたユーザーの活動を追える
通知
小説の更新や作者の新作の情報を受け取れる
閲覧履歴
以前読んだ小説が一覧で見つけやすい
新規ユーザー登録無料

アカウントをお持ちの方はログイン

カクヨムで可能な読書体験をくわしく知る