第百七話 燃えるババア、IN酒場

 人間やらなければならない事があると余計な事を考えなくなるもの……昇格試験という重大事に立ちふさがったのが師であり母代わりであったミリアさんと、盛りだくさんのイベントで俺はつい忘れていた。

 そして、当然ながら試験が終わり心の余裕が戻ってくれば当然忘れていた事を思い出して来るものである。

 そう……祝勝会として自然と飲みに行きましょうって感じになったのだが、別に計画したワケでも何でもないのにカチーナさんと二人っきりの状況になってしまっているという気付かなくても良い事に思い至ってしまう。

 ……や、やべえ! 意識し始めたら一気に恥ずかしくなって来た。

 コレから夕食を終えるまでの時間、変に意識してしまった女性と二人きりの状況でどう乗り切ればいいのか!?

 そんな、とてもチキンな事ばかり考えていた俺だったが……馴染みの酒場に入った瞬間、見た目は聖職者に見える修道服で豪快にローストチキンを手づかみで食いちぎり、ワインをかっ喰らう老女の存在を目にして……ちょっとホッとしてしまった。


「大聖女様!?」

「大聖女ジャンダルム……アンタこんな場所で何してんだよ?」

「いようご両人、何って見てわかるだろ? 礼拝堂で祈りを捧げている敬虔な聖職者のように見えんのかい?」


 ケタケタと笑う大聖女の姿は自然体で……服装はいつもの紅い法衣ではない一般的な修道服を着ている辺り一応のカモフラージュはしているつもりで……明らかにいつも通りの行動だろう事は分かってしまう。


「良いんっすか? 大聖女なんて大層な地位の方がこんな酒場で晩酌とか……清貧粗食がアンタらの教義じゃ無かったっけか?」

「ハン、教会のやんごとない連中に比べりゃ可愛いもんだろ? 信者に清貧謳っといて自分たちは屋敷が買えるくらいの酒に美人侍らせて、夜の戦士気取ってやがんだからな。その後始末で何人の孤児がうちに放り込まれた事かよ……」

「うげ……」

「同じ目線で同じ飯を食い、同じ酒を飲む……そうする事で見えて来るもんもあら~な。アタシが飲みたいだけってのも否定せんがね?」


 皮肉のつもりで言ってみたのだが、大聖女は全く気にした様子もなくもっとひどい内情で撃ち返して来た。

 信仰の名を私的に流用してその結果生まれた未婚の母、孤児がどれほどいた事か。

 長年その腐敗の犠牲者たちを助ける為に行動し、あらゆる手を尽くして来た大聖女だからこそ、その言葉には重みがあった。

 それすらも屁理屈には違いないのだが、それでも不快では無い屁理屈ではある。


「仕方がない……この場にいるのは大聖女とか言う脳筋ババアじゃなく不良聖職者の年寄りって事で」

「カカカ! おう、そうそう!! こんな場所にそんな偉そうなババアがいるもんかい。面倒だからアンタらもこの場じゃアタシの事は本名で呼ぶんじゃないよ? 肩っ苦しいのも嫌だからねぇ」

「へ? では何とお呼びすれば?」


 基本的には貴族で騎士出身の礼儀正しいカチーナさんが若干困ったっように言うと、大聖女ジャンダルムはニヤリと笑った。


「何でもいいさ、バーさんでもお婆様でもおバアちゃんでもクソババアでもよ~。マイブームは“バーニングババア”だがね」

「気に入ったのかよ、その名前」


 それが盗賊団『ワーストデッド』の正体を明かした時に自分で名乗っていた字“バーニングデッド《焼け死ぬ》”から流用したんだろうが……それだと単純に“燃えるババア”と言う事になるんだが、まんまじゃねーか!!

 俺たち二人はその場の流れで晩酌中の大聖女ジャンダルムと相席する事になり、適当な食事と酒を注文して席に着いた。

 そして乾杯してからの歓談の内容は当然ながら本日の昇格試験について。

 自分の元部下で弟子の一人でもあるはずのリリーさんが今回不合格だった事を知った途端、不良ババアは大笑いしやがった。


「ブハハハハ、あのじゃじゃ馬が不合格たぁ何とも凄いじゃ無いのさ! その内容だったらアタシが受けても落ちたかもしれん。冒険者ギルドも中々侮れんなぁ」

「おいバアさん、元部下とは言えアンタの愛弟子じゃね~んかよリリーさんは……」

「そうですよ、そんなに笑う事は無いじゃないですか?」


 俺たちが少し抗議紛いな感じで言うと、バアさんはそれすらも面白いとばかりに笑い続ける。


「い~んだよ、言っちゃあ何だが実力が上がって行けば中々軽々と失敗が出来なくなるのも事実。リリー自身最近は狙撃手として実力を付けた半面それ以上の壁を超える為の失敗を出来ない時期になっていたからね。色々とタイミングも良かったってもんさ」

「む……」


 そう言われてしまうと余り反論する事も出来ない。

 確かに戦闘を生業にする者にとって失敗は死に直結する重大事だからな……特に遠距離からの攻撃を主とするリリーさんの失敗は仲間の死に直結しやすい。

 精神的な何かを超える為の失敗というのは中々に難しい課題でもある。

 例えば『預言書』での四魔将の内3人なんかは“超える為の絶望的な出来事”というモノを俺自身が全て潰してしまったワケで……悪事云々を抜きに考えるなら超越した力を得る機会を奪ったという事にはなる。

 かと言って今更同等の絶望と引き換えに彼女たちに化けて貰うつもりはサラサラ無い。


「慰めが必要なら、勝手にアイツの親友やら妹が担当してくれんだろ? 性格の悪いババアは精々笑ってやって怒りの矛先になってやらにゃあ」

「……アンタも大概、イイ性格してやがんな」


 それからしばらくは配膳された料理を摘まみつつ今回の試験についての詳細を話す事になった。

 やはりそうなるとエレメンタル教会の脳筋代表としては色々と気になるらしく、今回の試験で行われた集団戦について細かい内容を求めて来た。

 特に俺が今回の試験で『剛腕のミリア』と当たった事については興味津々で……。


「ほう……とうとうあのミリアを超えたか、やるじゃないか!」

「超えたって言えるのかな~あんなの。4対1での集団リンチを仕掛けてなお、こっちは満身創痍の上でようやくの一勝だぜ?」

「近接戦専門の、しかも教会にいた当時は光の魔導僧のクセに格闘僧よりも強かったミリアに支援職の盗賊が土を付けたんだ。やり方が正々堂々だったらそれこそ立つ瀬がない」

「そうですよ、君はもっと誇るべきです。師を超えたという事を……そうでなくてはお母様が可哀そうですよ」


 ミリアさんの教会時代を知るバアさんに同調するカチーナさん……言いたい事は分かる。

 今回ミリアさんは俺に免許皆伝的な事を目論んでいたようだが、俺が勝利した際には自分が敗北した事実、『剛腕のミリア』を破ったという付加価値を与えるつもりだったのだ。

 元Aクラス冒険者を破り最優秀合格者となった者という、冒険者としてのハクを……。


「ま……その辺は素直に受け取っときなよ。ヤツにとっちゃ巣立ちに渡せなかった何かをようやく渡せた心境だろうからよ」

「むう……」


 個人的には恩人を下した事を誇りたい気持ちは欠片も無いんだがなぁ……。

 師という立場になればそういう心境も理解できる日が来るのか……自分にもいつかそんな日が来るのかなぁ……何かしんみりとそんな事を考えてしまう。

 そんな風に考え込む俺に対して空気を換えようと思ったのかバアさんはジョッキを一気に煽ると話の矛先を変えて来た。


「と……そういやギラル、アンタ今の話じゃ今回の試験で教会の協力者にイリスがいたって言ったよな? シエル付きの聖女候補の」

「んあ? ああ、確かに言ったが……」

「冒険者って目から見て……どうだいあの娘は? 生粋のリアリストを気取るスレイヤの弟子として忌憚ない意見を聞きたいんだが?」

「スレイヤ師匠が聞いたら怒られんぞ、バアさん」


 そう返しつつ、俺は本日初顔合わせだった聖女見習いのイリス・クロノスについて感じた事をそのまま口にした。


「率直に言えば前衛でパーティに参加してくれるんなら大歓迎な実力者だな。ミリアさんの寸勁を喰らって尚ビビらず超接近でトンファー振り回す胆力も動き続ける持久力もあの年で文句のない“格闘僧モンク”だったな」

「ふ……だろうね。あの動きを見て“聖女候補”としての“魔導僧”だなんて誰も思わんよなぁ……」


 俺の答えは予想通りだったようで、バアさんにさしてガッカリした様子もない。

 元より強者という意味合いで考えればイリスが格闘僧という立場になっても問題はないのだ。

 多分バアさん自身はその事について含むところは無い……そもそも派閥だ何だを気にする性格はしていないからな。

 イリスに魔法の適性は低いと判断しても格闘僧としての道筋を考えて置こうとかその程度の感覚なのだろう。

 ただ……『預言書』を知っている俺には無視できない事実がイリスにはある。

 たまたまだが、この場にいる“同類”であれば口に出しても問題ないある事について。


「なあバアさん……ちょっくら件の見習い聖女について聞いてもいいか? 彼女の今後の進路についても関わる事かもしれんからさ……」

「今後の進路ねぇ……あの娘は魔力は多いけど使い勝手が悪いから、やっぱり卓越した身体能力を高めた方が無難じゃないかとは思うが……」


 案の定バアさんはただ自分の下に集まった聖職者の一人の将来を心配するという実に人間味のある事を言い始めるが……俺はそんな心配をもっと悲惨極まる心配で上塗りするような事を口にする。


「あの娘の未来しんろが異界の勇者を召喚する『最後の聖女』だって言えば……どう思う?」



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